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2005-01-21
■ [politics]パウエル国務長官の退任挨拶(webmaster訳)
パウエル長官:(拍手と歓声)本当にありがとう。みんな、ありがとう。ありがとう。(拍手と歓声)フー!(笑)私の親愛なる友よ、本当にありがとう。今日はパウエル一家にとって心沸き立つ日です。私たちは、人生におけるある1つの章を閉じて、他の章に移ります。しかし、その章とは、この4年間、すばらしい人々と働いたという最高にすてきな記憶を、いつでも心に呼び戻すものです。
私がこのロビーに足を踏み入れ、そしてあなたたちみんなが暖かく愛情を持って歓迎してくれた最初の日のことを覚えています。その日の朝ここに来る前、アルマは私にこういいました。「わかってるわね、あなたはもう陸軍にいるわけじゃないのよ」(笑)「だから、昔の気分のままで、歩兵大隊みたいなまねをしちゃダメよ」(笑)それに私はこう答えたのです。「了解、奥様」(笑)それからすぐに私はここに来て、集団を見て、あなたたちを歩兵大隊のように扱い始めたのです。(笑)みなさんこそが私の部隊だったからです。あなたたちはアメリカの部隊でもありました。一人一人がすばらしい人たちです。すばらしい家族です。アメリカ外交の最前線の拠点に駐屯する部隊として祖国に奉仕するすばらしい愛国者です。アメリカの外交政策の先陣を切っているのです。
そして、第65代国務長官として働く機会、そして外交政策のアドバイザーにとどまらず、この偉大な省のリーダーとなる機会を与えてくれたブッシュ大統領に感謝したいと思います。
この省のすべての人に感謝したいと思います。外交官のみなさん、国内で働くみなさん、海外現地採用のみなさん、そしてその他この省でどんな形で働いているひとであれ、また、この建物、国際開発庁、平和維持軍、海外民間投資公社、そしてその他国務省に連なるいかなる組織にいるひとであれ。私は心の底から感謝しています。
私はまた、世界中、それにこの省で私たちの非常に多くの使命に取り組んでいる人々の家族にも、その捧げた犠牲に感謝したいと思います。アルマと私は、35年間の軍歴を重ねた結果、家族の犠牲がいかなるものであるかをよく知っていますが、それにしても、私の目に入る国内外のあらゆる部門で働くみなさんの配偶者と子供の犠牲というものは、私たち夫婦が子供たちに求めてしまったものと等しいものでした。だから、特別な敬意をそうした多くの家族に表したいと思います。
みなさんが私に与えてくれた支援と忠誠を、私の長年の親友にして、天賦のリーダーシップをこの省とアメリカの外交政策にもたらしてくれるに違いない、私の後任であるコンディ・ライス博士にも与えてくれるということを知っています。
また、たいへん一生懸命働いてくれた幹部の人々にも特別な敬意を表したいと思います。私と歩みをともにし、長年に及ぶ友達であり、急造の首脳部に入ってくれた特別な2人がいます。みなさんよくご存じでしょう。1人はあのブッダ、そう、私の副長官(笑)、リッチ・アーミテイジです。(拍手と歓声)
もう1人は、多くの人々を外交準備イニシアティブを通じてこの省に入れてこの省を再生させるために多大な努力をし、IT方面で活躍し、世界中の我々の施設を一新し、議会からそのための予算を勝ちとるのに大いに働き、真のリーダーであり、私の初登庁の朝に私のPTクルーザー(webmaster注:クライスラー社の自動車の1つ)で一緒に通勤し−(笑)−これは国務省が私を管理するより前のことだったのだが−(笑)−私が車を止めて、正直に言えばここで事故にあいかけたことを国務省は知っていたので−そう、管理担当次官のグラント・グリーンです。(拍手と歓声)
みなさんご存じでしょうが、私は家族という考え方にいつも焦点を合わせていました。私たちは一つの大きな家族で、アメリカ国民に奉仕するために存在しています。私たちは大統領を、その外交政策の実行を手伝うことによりアメリカ国民に奉仕しています。私たちは、大統領とともになしとげた、手柄として誇ることができる多くの成功を、満足とともに振り返ることができます。9/11テロに震撼したとき、テロに対する世界的戦争を遂行したことが有効な反応であったかどうか、そして、この文明に対する脅威に立ち向かい、世界中をいかに糾合したのか。私たちは地球上で最も専制的な2つの政権、カブールとバグダッドを取り除くのにどのように成功したのか。そして、課題は難しくはありますが、アフガニスタンとイラクという2つの国が、人々が十分に享受すべき自由と民主主義を獲得していくのをどのように見守っていくのかを。きっとそれは成し遂げられるでしょうし、みなさんはそれに大いに貢献したのです。(拍手)
私たちは世界中の友人と同士と接触を持とうとしました。私たちは、NATOの拡大を通じて、EUの拡大を通じて、大西洋を又にかけた大陸の枠を超える共同体の拡大を助け、そしてロシア連邦を手助けし、見守り、よりよい関係の構築を助けました。最初の9ヶ月間は誰もが、ABM制限条約の失効により、この関係を私たちが壊してしまうのではないかと心配していました。しかし、実際には、大統領は我々の手の内にどのような種類の外交政策があるのかを示したのです。私たちはミサイル防衛構想促進のためABM制限条約の撤廃を進め、そしてなぜ我々がそうしているのかをロシアに理解させることでそれを実現しました。私たちは我慢強く取り組みました。私たちは時間を費やしました。私たちはきちんと説明しました。6ヶ月後、重大な決裂よりも撤退を選ばなければならないと伝えてから、モスクワ条約に調印して、新しい戦略に立脚するロシアとの関係を築いたのです。
一頃であれば敵対陣営と呼んだであろうもう一つの大国、中国との関係においても、私たちは同じことをしました。覚えていますか、2001年4月の初旬、私たちは難問を抱えていました。航空機の衝突事故があり、誰もが深刻なまでに凍り付いた関係を頭に描きました。しかし実際には、辛抱強い外交と、彼らの話・関心事項を聞くことにより−彼らは私たちの話を聞いたのですが−問題を解決し、過去数十年にわたる米中関係の歴史の中で、この数年は最も安定した関係を作り上げたのです。
私たちが成し遂げたのは何かと世界を見回すなら、インド亜大陸においてインドとパキスタンを仲介し緊張緩和に努め、私たちは両国における個人的な関係を使ってそれぞれの友人であると知らしめ、ともに汗を流して、両国間の難問のいくつかの解決を手伝いました。
アジアの同盟、そしてその加盟国・協力国と何をやってきたかを見れば、めざましいものがあります。
貧困、疾病、飢餓についての世界の大変嘆かわしい問題について私たちが何を行ってきたかを振り返るなら、大いに誇りに思うべきです。HIV/AIDSプログラムへの財政支援を倍増し、世界の最先端にいるのです。
リベリアやハイチで私たちがどのように問題を解決したのか、また、数年に渡るねばり強い外交努力を継続してきたことによりどうなったかを見れば、先週の日曜日に大統領を代理して、そしてみなさんを代理して私が光栄にもSPLM(スーダン人民解放運動)とハルツーム政府による包括的平和協定の調印に立ち会うことができ、スーダンでの20年に及ぶ内戦が幸運にもついに終わりを近づいたという、驚くべき瞬間を迎えることができるようになるのです。
みなさんが、私たちが自由貿易に関して何をしたかを見れば、そして、私たちの世界である半球とアフリカにおける私たちの国益に関して何をしたかを見れば、そこには私たちがみな誇ることのできる記録が残されています。
みなさんこそが、それらを行っている人なのです。私は7階で、6階や7階から来たすばらしい同僚たちと一緒だけど、このコーラスみたいに私の後ろに整列している人たち。(笑)(webmaster注:国務省7階には国務長官以下の政治任用スタッフの執務室がある)いきなり歌い出すなんてことはしないと信じてるよ。(笑)しかし、私たちはリーダーで、みなさんのリーダーであることを大変名誉に感じているけれど、なんでそんな立場にあるかも知っています。私が話をしたりとか、ここに来たりとか、あちらに行ったりするからではありません。みなさんがそれを毎日してくれているからです。みなさんのやり方であなたたちが勤め、世界中の使命に関わる同僚たちのやり方で彼らが勤めているのです。
彼らはアメリカの価値観を届ける使者で、みなさんもそうです。みなさんは、民主主義というものがいかに人々によりよい生活をもたらすことができるかを、教えに行くのではなく、押しつけに行くのでもなく、私たちの仕事がうまくいくよう、あらかじめ身をもって示しに海外へ出て行くのです。みなさんは、誰もが自由であるべきだという人権の大切さを体現する存在なのです。みなさんは、ここで働くその働き方により、私たちの同僚全てが世界中の大使館で仕事をするそのやり方により、アメリカの価値観を押しつけることを目的としてではなく、アメリカ的価値観をその国のニーズにあわせて適合させることができれば、それがいかにして世界を豊かにするのかということを見てもらうことを目的として、現地の市民に接する仕事をし、アメリカとは何かという話を、私たちが信じるもの−自由、人間としての尊厳、経済的自由−すべては何かということを話をしているのです。
中東・北アフリカで「未来のためのフォーラム」を周辺諸国の支援のため発足させたことのように、彼らの改革を支援していることを私たちは示しています。中東諸国、とりわけイスラエルとパレスチナとともに、自由で再建されたパレスチナの民主主義国家を、イスラエルとの平和共存のために建設するよう私たちは努力し続けることを示しています。
私たちは挑戦におののいたりはしません。イランと北朝鮮に焦点を当てて、よりよいやり方があるのだと説得を試みています。私たちは、この種の問題にスポットライトを当てます。私たちはリビアの大量破壊兵器の問題を解決しました。そのようなことを考えている他の諸国がリビアと同じ結論に至るよう願っています。
だから私たちは大いに誇りを持っていますが、みなさんも私たちが成し遂げたことに誇りを持つべき人たちです。みなさんのために働くことは名誉の限りでしたが、みなさんは大隊の歩兵です。私は、我が国にもう一度奉仕する機会がもてたことを大変誇りに思います。この仕事から退くときには、政府の仕事に40年近く携わってきたことになります。そのうち35年は合衆国陸軍に所属していました。私は兵士以外の人間には決してなれません。みなさんも35年もいれば、「私は兵士ではありません」とは言えないでしょう。だから陸軍は、私にとっていつまでも愛すべき大切なものでありつづけるでしょう。
しかし、4年間みなさんと時間をともにし、この省に身を捧げた今日この場で、つながりは同じだと申し上げたいと思います。みなさんの長官ではなくなりますが、みなさんから離れることは決してありません。私はいつだってこのすばらしい家族の一部です。ありがとう、みなさん、神の祝福がありますように。(拍手と歓声)
#誤訳などお気づきの点があれば、ご指摘いただければ幸いです。
ありがとさん。自分でやらなくてよかった!
お久しぶりです。そういえば就任挨拶はかんべえさんがご紹介されていましたね(ちなみにそのURIを紹介しますと、http://tameike.net/diary/jan01.htmの1/31です)。やっぱりパウエルは組織人にとって理想に近い上司だと思います。こういうこと言ってくれる上司って、あんまりいませんよね(笑)。
はじめまして。
「かんべえ」様の御紹介により、参上しました。
この「告別演説」の翻訳の労に、敬意を表します。
「みなさんの長官ではなくなりますが、みなさんから離れることは決してありません。私はいつだってこのすばらしい家族の一部です」。外交は、「一人でやる仕事」ではないことを考えれば、この一節は、かなり「泣かせる」ものだと思います。
http://sessai.cocolog-nifty.com/blog/2005/01/post_15.html