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2005-02-02

[law]制度変更に要するコスト

これまでのテキストについてmojimojiさんからお答えをいただいたので、それについての考えを今日は書きます(昨日宣言したまとめは別途やります。自分のためでもありますので)。

mojimojiさんの意見をwebmasterなりにまとめると、「社会的弱者にとって制度の変更が必要な場合、その制度変更を正統な手続に則って行うためのコスト負担が大きいので、事実上制度変更が不可能な場合がある。したがって、制度変更を社会全体で負担することにより、そうした制度変更を容易にすべきだ。でなければ、制度変更を求める者がよりコストの低い非正統的なやり方でその実現を図ることを非難すべきでない」というものです。

まず、webmasterの立ち位置から先に申し上げれば、「制度変更を求める者がよりコストの低い非正統的なやり方でその実現を図ること」を非難するものではありません。これは先に書いた「まとめ」で詳しく取り上げたいと思っていますが、世の中の事象は合法と違法に截然と分かたれるものではなく、「非正統的なやり方」は必ずしも違法なものとして排除されるものではないと考えています。

mojimojiさんの挙げた例で言えば、障碍者がバスの運行を妨害するやり方は、形式的には威力業務妨害に該当するかもしれませんが、世の非難をおそれて告訴されないこともあるでしょう。他方、通常テロ行為とされるものはそのようには許容されないでしょうから、取り締まりの対象となるでしょう。これらの「やり方」がどこまで許容されるかは、その「やり方」が有する非難すべき度合いに依存するものであって、非正統であるからということのみをもって許容されないものではないでしょう(以前から申し上げているつもりではありますが、webmasterは、非正統だからダメだというのではなく、非正統であれば正統と同じ取扱いは受けられないのだ、と考えています)。

だから見解の相違ですね、と結論づける選択肢もありますが、制度変更コストが過大であるが故に適正な頻度で制度変更が行われない、という命題が真である可能性は確かにあると思いますので、制度変更コストを削減する方法があるのかどうか、以下考えてみたいと思います。(ちなみに、webmasterは制度はむやみやたらに変更されるべきでないと考えていますので、低ければ低いほどいいとは考えていません。この点についてコメント等があればそれにお答えするということで、その理由等を詳細に述べることは割愛しますが、要すれば制度の評価に当たっては具体的妥当性のみならず法的安定性も重要だ、ということです。)

まず、制度変更コストを定義しなくてはなりません。mojimojiさんの意見では、次がそれに相当するものかと思います。

キーになるのは「変える理由が十分にあれば変えるべきである」という点である。これを示すためには非常に手間がかかる。問題の所在が主張され、それについての事実調べがあり、当然その中には虚偽や誇張も含まれており、何が事実かを確定することにすら慎重な手続きが必要であり、その間も人々の生活は続いていてそれに伴う負担は現実に存在し・・・社会問題を問題化する運動が負うコストは計り知れない。

僕が身近に観察することのできた障害者の介護保障の要求運動(の一部)に関して言えば、制度について勉強し、討論し、行政とアポイントをとって交渉し、それを持ち帰ってさらに勉強をする。しばしば、行政はアポイントを取ることすら嫌がる。それだけでなく、行政が介護保障をしない間も個々の障害者の生活は続いており、日々の介護を「誰かが」負担する必要がある。「最低でもデメリットよりメリットが多い」ことを証明しなければならないといわれる人たちは、このような生活の中で「証明しなければならない」。

まず、勉強のところは一般的な情報提供の強化、つまり積極的な情報公開ですとか、図書館等の施設の整備ですとか、そういったもので対応すべき話でしょうから、制度変更特有の問題ではないとwebmasterは考えます。また、世の理解を得るための言論・広報活動も、政府が特定の主張のみをとりあげてサポートするのは適当でないでしょうから、これも情報インフラの整備等を通じた発信コストをおよそ一般的に低下させるといったレベルにとどまり、実際に行われる個別の活動については自助努力にまかせるべきでしょう。

制度変更に要する期間中の生活のサポートについても、これまた一般的な支援制度、つまり生活保護その他の制度の活用・改善・拡充等により対応すべきことでしょう。制度変更を求めること自体に何らかの支援が与えられるとすれば、例えば大金持ちが相続税減税を求めて政治活動をすることにも支援が与えられることになりますが、そうしたものが必要だとはwebmasterには思えませんので。

となりますと、後は行政(をmojimojiさんは取り上げていますが、立法もまたそうでしょう)に検討させるためのコストということになります。ある程度の社会的ニーズが存在する可能性が高い事象について、それが検討の結果採用されないのではなく、そもそも検討の俎上に載らないことを防止(して、あてどない活動の継続によるコストの膨張を抑制)するための措置が考えられるかどうかが残ります。が、実はこうした目的を有する制度は既に存在します。憲法では選挙権(第15条)、請願権(第16条)が定められていますし、加えて地方自治においては各種の直接請求権が認められています。

ですから、これ以上の検討は、まず現行のこれら制度の問題点の指摘を受けてからということにしたいと思います。

ちなみに、mojimojiさんの私が考える代替案とは、「すべての人が、すべての問題に対して、このコストを負担する義務がある」とするルールであり、これに皆が同意するべきだ、ということだという意見については、少なくとも上記の各制度は、租税負担により運営され、それがどんなものであれ少なくとも受け付けることは拒否されていないわけですから、既にそのルールは実現されていると考えられるのではないでしょうか、とのみ指摘したいと思います。

#なお、以上は一般論ですが、こと従軍慰安婦問題については、既に国会に「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」が提出され、それが審議未了で廃案となったのですから、これは検討の俎上に載せてもらえなかったというものではなく、正統な手続に則って国の判断を問われた結果、それを採用しないという政策決定がなされたものと理解すべきだとwebmasterは考えます(が、これは今後その成立に向けた努力を否定するものではなく、単なる事実関係の確認であることを、念のため申し添えます)。

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制度変更に要するコスト@bewaad.com http://bewaad.com/20050202.html 「非正統なやり方でも、この範囲なら認めるよ、ここから先は認めないよ」とか、私たちの側から何を言うかに関係なく、彼らにとって生きるための条件が保障されない社会であるならば、彼らはあらゆる..


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