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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2005-03-05

[book]桜内先生からのメール

先日"writings"にて公開した「会計とは何ともよくできた制度であることか−「公会計革命 『国ナビ』が変える日本の財政戦略」(桜内文城著)」について、著者の桜内先生より以下のメールをいただきましたので、(ご意見以外の部分を除き)ご紹介させていただきます。

標記「公会計革命」の著者の桜内文城と申します。
このたびは拙著をお読みいただき、また詳細なコメントをいただきまして、ありがとうございます。以下、ご指摘のうち「社会保障給付」と「資本的支出」に関する処理について、釈明させていただきます。

1.社会保障給付のような非交換性(非対価性)取引の処理については学説上争いがあるところで、確かにご指摘のように損益取引として処理する立場もありますが、拙著では「収益」(成果)と「費用」(犠牲)の厳密な対応を重視し、これらを限定的に解釈する立場(伝統的アプローチとか純利益概念に基づく考え方とかいいます)を採用しています。後者の立場では、社会保障給付などを損益外の取引として処理することになります。

2.資本的支出については、確かに現在の企業会計で一般的な仕訳上はご指摘の通り純資産を変動させないものとなりますが、資本的支出という言葉の由来に従って「資本を財源とする支出」として処理する方法においては、仕訳上、支出時にいったん資本が減少すると同時に資産の取得に対応した資本が同額で増加することになります。厳密に言えば、純資産の内部的な構成が変動する(流動性資産に対応する部分が固定資産に対応する部分に同額で置き換わる)という意味で、損益外の純資産変動として処理することとしています。

以上、ご理解いただければ幸いに存じます。これらの点については、別の拙著「公会計」(NTT出版)でより詳細に説明しておりますが、新書では「公会計で何ができるか」という機能等の説明に重きを置いた反面、紙幅の都合上、理論的背景の説明等を割愛せざるを得ませんでした。その他の「資質」等に関するご批判については、特に申し上げるべきことはございません。

本来、ご紹介のあった「公会計」を読んでからさらなるコメントはするべきではありますが、とりあえず手持ちの知識で気づきの点を申し上げます。

#上記「公会計」をAmazonで検索した際、「財務省OBの本」というリストを見つけたのですが、その中の12番は傑作です。ある意味この中で一番凄いかもという言葉には、一片たりとも疑いを差し挟む余地はございません(笑)。

1点目につきましては、責任準備金の積立・取崩という損益をかませば収益と費用を対応させた処理になりますし、現に保険会社はそのような経理処理をしているのですから、あえて損益外処理とする実益があるのかと思います。完全に偏見(笑)で申し上げれば、損益内処理を行う場合、アクチュアリーを雇う等のコストがかかる一方で、本業が別にあるなら大してアカウンタビリティの向上が図れるものでもないため一般事業会社には要求していないのではないかと。

つまり、退職給付会計における積立不足充当の損金処理の導入や包括利益概念の議論を見るに、基本的には損益内であるべきというのが理念ではあるのですが、コスト・ベネフィットを考えて例外を許容しているのではないかと考えられるわけです。本業がそれである保険会社にはそんな処理は許されず、原則に立ち返って損益内処理が求められるのでしょうし、政府に求めても何の問題もないと思います。

2点目につきましては、逆に言葉にとらわれてしまっているのではないかという気がします。しょせんは資産も負債も政府という法人格に帰属するもので、ノンリコースでもなければ倒産隔離が行われているセグメント間での流動性の融通でもありませんから、財源が資本なのか負債なのかという議論にあまり意味があるとも思えません(例えば、「インフラ整備なら建設国債で資金調達をしているわけで、むしろ負債が財源である旨投資家にも明示しているから『資本的支出』ではなく『負債的支出』だ」という主張と訓詁学的に言葉の解釈の正当性を闘わせたところで得るものはないでしょう)。

あえて申し上げれば、流動資産から固定資産への変更に伴いリスクエクスポージャは増えるでしょうから、それに対応した何らかの引当科目を作るということの方が、おそらくは桜内先生が有しているであろう問題意識により答えられるのではないかとも思います。会計主体は政府ですから、新たな引当金を作って損金処理の対象を拡大をしても税務当局から文句は出ないでしょうし(笑)。

[movie]「ローレライ」本日公開

#ネタばれは避けたつもりです。

かつて原作の小説について触れた身であり、かつ、「潜水艦映画にハズレなし」といわれるのですから、期待してしかるべきなのですが、予告編などを見るに不安が首をもたげてきます。

#試写会の感想などにはあえて目を通しておりません。

私見では、潜水艦映画にハズレがないのは、潜水中の潜水艦内は臭くて狭くて暑くて汚いので、ミッションコンプリートとなって浮上した際には、普通に太陽の下で広い空間を目にすることに多大なるカタルシスの上乗せ効果があるからだと思っております。となると、潜水艦映画でハズさないためには、如何に潜水艦内のシーンを臭く狭く暑く汚く描くかにかかってきます。ストーリーなど極端に言えば二の次で(笑)。

ところが、どうも予告編などを見る限り、どうもそうではなさそうな気がします。ローレライシステムとミッションコンプリートの実現方法という2つの派手なギミックをかませているのですから、その釣り合いを取るためにも、その他の部分はとことん暗く望みがないよういじめてもらわないと(笑)。さわやかに戦ってすがすがしく勝ちました、なんてことでは何のために潜水艦映画にしたのかわかりません。

他にも不安要素はあって、艦船の映像やヘッジホッグ等による攻撃シーンがチープに見えて仕方ありません。たかだか制作費12億円でハリウッドとタメ張ろうっていうのなら、CG関係は極限まで切りつめてここぞと言うときにハイクオリティで出さなきゃいかんでしょう、と思うのです。だからこそ、戦闘中もひたすら臭くて狭くt(略)潜水艦内に限定したカット割りにして室内劇のように進行させれば(=金をけちっておけば)、クライマックスの5分ぐらいにCG制作費の全てをぶち込んでハリウッド並みのクオリティが出せるのではないでしょうか。

#それだけじゃ主人公たちのおかれている状況についてわけわからんかもしれませんが、何のためのローレライシステムかということです。これならチープでいいのに。いや、「が」いいのに。

という不安はあったりしますが、後者は劇場の大画面で見ればまた違うかもしれませんし、少なくとも役者さんはいい人たちがそろっていると思いますので、見に行こうとは思っています。小説に触れた際に書いたとおり、webmasterはこの作品は戦争でなくジュヴナイルがテーマだと思っていますので、そう割り切ってみればまあそんなには悪くないのではないかと。

#ちなみに、ガンダムエース4月号に掲載の富野由悠季によるこの作品のプロット批評は一読の価値ありです。軍事に疎いと自嘲しながらも、押さえているポイントはさすがだと思いました。

本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]
韓流好きなリフレ派 (2005-03-05 16:40)

ところでなんで邦画がつまらなくなったのか。それを経済学的に考えるには、矢野誠氏の『「質の時代」のシステム改革』が外せないのだ。>yanoさんもbewaadさんも立読みしてみてはいかが?
なぜデビルマンが出現したのか、その淵源がわかるかも(適当)。

bewaad (2005-03-06 05:34)

>韓流好きなリフレ派さん
今後はそのハンドルを継続使用されるという理解でいいのでしょうか?(笑)
ところで、面白そうな本を紹介していただきありがとうございました。早速チャレンジしてみたいのですが、時間どうしよう・・。

Koiti Yano (2005-03-06 07:21)

>韓流好きなリフレ派さん
同じくありがとうございます。

>早速チャレンジしてみたいのですが、時間どうしよう・・。
同じく、僕も時間どうしようって感じです・・・
ミクロはまだあまり興味が湧かない状態ですし。

韓流好きなリフレ派 (2005-03-07 07:57)

矢野誠さんの主張を利用するとB級映画単体の市場が不在なのが問題であり、その淵源は遠く日本のブロックブッキング制(A級とB級の組み合わせ)に求められるとするもの。この種の指摘は、私が近場の歌舞伎町や文芸座に通いはじめた70年代はじめくらいからあった記憶(当時の『キネマ旬報』なんかでは年間ベストの発表と同時に年間興収だとかの経営分析をしてくれていた。また毎号ごとに隔週毎のデータも手に入った。これが結構面白かった。ここ数年、キネマ旬報を手にしないでもっぱらネット頼みなのでその種の記事が継続しているかは不明。『映画芸術』だとか『スタジオ通信』(これは嘘 笑)だとかも同じ主張をしていた記憶あり)。アートシアターギルド系とか単館でこれは新宿シネマ1だか2だかが独立系を上映していて、寺山修司だとか『戒厳令』だとか見た記憶あり。あとの邦画系はみんなブロックブッキング。

で、矢野誠氏の指摘ももっともらしいけれども、当時の私からするといわゆる(キネマ旬報的尺度で)A級ぽいのよりB級ぽいのがかなりの頻度で面白かったりするわけです。また若手のいい監督とか育つ経路でもあったみたいで、そこらへんは『映画芸術』なんかは当時も丁寧にフォローしてました。なにぶん小学生6年から厨房(じゃない中学生)くらいの記憶なんで定かではないですが。それに当時もキネ旬で上位にあるよりも、『映画芸術』で自分の好きな「B級」が上位にくると、子供ながらに「通」になった気がするので、そういう趣味嗜好を健全?に育成するにもいいかもしれない。あんましAとかBありきで市場がないとかなんとか指摘する矢野誠さんの議論はたいへんいただけない、と私は思ったりもするわけです。そこらへん「質」の議論の難しいところかなと。

B級からメジャー?への登竜門といえばその昔は日活映画のある筋だといわれてましたが、もちろん私は12,13歳ぐらいでしたのでさすがに観てませんが、余談ですが、当時、ファンだった『高校教師』(っても桜井幸子や上戸彩のではない)
http://miwako-f.hp.infoseek.co.jp/actress/koukoukyoushi.jpg
に出ていた山内恵美子姐さんが『ネオンくらげ』(子供の想像力はこういうので鍛えられていたりして)のポスターをみて、いたく鑑賞心を刺激されたものです。いまでも観てませんが…。

ちなみに余談ついでに、いまトトロの森第何番といってもてはやされている雑木林の中に、彼女の裸身を掲載した『週刊プレイボーイ』が捨ててあって(勇気ある?私の同級生が持ち帰りました)、後年、宮崎先生の大ブームでその森が話題になったとき、すでに社会人であったわたしが感慨深く(未練を含めて)思っていたことは、稲葉振一郎氏の『ナウシカ解読』にももちろん載っていません。

ついこのブロックブッキングには思いいれがあるので長くなりました。ご容赦くださいm()m

ちなみに団藤氏がなにか関連して書いているようですので貼っておきます。私は斜め読み程度です。

http://dando.exblog.jp/1940380

韓流好きなリフレ派 (2005-03-07 08:19)

すみませんでした。『ネオンくらげ』は日活じゃなくて東映でしたね。ついでに山口あけみ姐さん万歳、とも書いておきましょう(知らんよね?)。

http://miwako-f.hp.infoseek.co.jp/actress/emiko-yamauchi.htm

bewaad (2005-03-08 07:35)

>韓流好きなリフレ派さん
重量級のコメントありがとうございます。B級映画での人材育成・経験蓄積は、テレビの深夜番組やVシネマ、AVに受け継がれていそうですが、ネットで簡単に創作意欲が満たせてしまう時代において、そうした組織的な蓄積がどうなっていくのかについては、レッシグほど楽観的にはなれないように思います。

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(Bewaadさんのサイトからリンクいただいた記念エントリー)以前、二回にわたって映画「ローレライ」についてどうでもいいことを書いたのですが、現在の気持ちは非常に単純で「面白いか、面白くないかに関わらずとりあえず見に行こう」です。今週末はちょっと用事で外せな..


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