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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2005-03-17

[law]人権擁護法反対論批判 リジョインダー編(その1)

かねてより予告していたとおり、下記のエントリに寄せられたコメントについてのwebmasterの見解を説明いたします。なお、テーマごとにテキストをまとめますので、各コメントへの一対一対応にはなっていない旨、あらかじめお断りさせていただきます。

  1. 人権擁護法反対論批判 前編nextさんの(2005-03-15 15:44)でのコメントまで)
  2. 人権擁護法反対論批判 後編上stinさんの(2005-03-16 00:03)でのコメントまで)
  3. 人権擁護法反対論批判 後編下Beckyさんの(2005-03-16 02:33)でのコメントまで)

#なおご報告ですが、「前編」、無事復元できました。

前編関連

公正取引委員会は総務省の外局から内閣府の外局へ変更されたが、同様に人権委員会を内閣府の外局とすることが適当ではないか
霞が関の住人としては、橋本行革で公正取引委員会を総務省にくっつけたのが変な話で、自然な姿に戻したという理解ではあります(笑。ちなみにそれ以前は総理府の外局でした)。

公正取引委員会の所属変更の理由については、法案審議でも盛んに議論されていますが、本件との関係では、(1)内閣府には「現場」担当を置かないという橋本行革の理念にこだわる必然性はなく、(2)総務省所属だからといって実務に悪影響はないが、外から疑いの目で見られるのがうざい(意訳。笑)ので内閣府所属にした、という点を押さえておく必要があるでしょう。

これらを踏まえれば、人権委員会を内閣府の外局にすることは可能です。ただ、「前編」での凍結条項についての記述と重なりますが、独立性が担保されているにもかかわらず、そのような形式にこだわることにどれだけの実益があるかといえば疑問です。法案推進側にとって「人権委員会は内閣府に所属させます」というカードは安いものなのに、買い手がわざわざ高く買う必要はないでしょう。

念のため付け加えますと、webmasterは人権委員会を法務省の外局とすべきと主張するものではありません(ここまでで明らかでしょうけれど、どっちでも大差ないと思っています)。内閣府の外局にすべしと大キャンペーンを展開したところで、それによりもたらされるベネフィットがほとんどないことに鑑みれば、自己満足に過ぎませんか? ということが言いたいのです。

なお、人権委員会の独立性に関する人権擁護法案の条文としては、独立性を付与した第7条、国が関与する関連訴訟における法務大臣指揮権の停止を定めた第86条などがあります。
勧告の処分性及び救済手続はどう考えるべきか
勧告は直接権利義務を創設するものではありませんから、いわゆる行政指導に含まれ、処分性はないと考えられます。このwebmasterの推測が正しければ、行政事件訴訟法上の取消訴訟や無効等確認訴訟の対象にはならないはずです。

他方、昨年の行政事件訴訟法改正で「公法上の法律関係に関する確認の訴え」が規定されましたので、これにより勧告の違法性を争うことはできるのではないかと思われます(が、具体的にどこまで争えるかは判例の蓄積を見る必要があることは否めません)。なお、この確認の訴えは従前からの当事者訴訟で認められていたものの明確化という位置づけなので、改正法施行前でも提訴は可能なはずです。

また、勧告の公表については、それによる風評被害等があれば国家賠償の対象になるかと思います(その他の人権委員会等の活動による被害についても同様です)。
人権委員・人権擁護委員の選定手続における公平性が担保されていないのではないか(特に国籍条項との関係)
まず人権委員についてですが、国籍条項がないと言い出せば大臣だってそうです(内閣総理大臣だけは国会議員から選ぶという憲法の縛りがありますので日本人(の被選挙権保有者)しかなれませんが)。

法律上大臣について国籍条項がなくても日本人しか就任しないのは例の「当然の法理」に基づくものですが、国籍条項が法律上なければ安心できないというなら、外務大臣や防衛庁長官、国家公安委員長(警察を所掌する大臣)の国籍条項の方がよほど必要でしょう。それらのポストにある外国人がその祖国のために公権力を濫用した際の影響は、人権委員の比ではありません。人権委員の方が身分保障があるとはいえ、人権委員会がある人権委員を「非行」があると判断した場合には、それを理由に総理大臣は罷免できるのですから、しょせんは程度問題です。

人権委員に国籍条項がないことを理由に人権擁護法に反対している方々、今まで上記の事実を知らなかったというならそれは仕方がないでしょう。しかし、これを読んだ今はもう違うはずです。人権擁護法案なんて些末な問題は放置して、まずは大臣の国籍条項法定化運動を始めるべきではないでしょうか? そうでなければ、人権委員に係る国籍条項不在を理由とした人権擁護法案反対は裏の意図があるか、優先順位を間違っているかのいずれかでしょう。

まして人権擁護委員は、行使し得る権限は「加害者」に対する強制力を有しないものばかりなので、手続的にはさらに緩やかな縛りであっても許容されるべきです。人が作る制度である以上完璧なものはないわけですから、濫用されれば悪影響があるといえばそもそも公務員など選ぶことができません。その悪影響がどのようなものか、その生じる可能性はどの程度か、悪影響が生じた場合の救済の難易などを総合的に勘案して制度設計は行うものですし、そうした観点から人権擁護委員の選定手続を見るに、国籍条項の有無でそれほど大きな結果の差が出てくるとは思えません。

(webmaster注:3/25に訂正しました(強調部分)。)

過料や立入検査、勧告の公表には人権侵害の危険性があるのではないか
反対論批判のためにあたかもこれらに人権侵害の可能性がないかのような書きぶりになってしまったのはwebmasterに慎重さが足りませんでした。これらの人権擁護法に基づく措置により人権が侵害される可能性はあります。ただしそれらだけを問題にするのはバランスを欠いていて、人権擁護法案が成立した場合に、それにより新たに侵害されることとなる人権と、それにより新たに侵害からの救済が図られる人権について、それぞれその蓋然性、変化の量、誤って適用された場合の回復の難易度を比較する必要があります。

過料はしょせんは金の話(それも最高で30万円)ですし、裁判所が妥当と判断しなければ払う義務は生じません。立入検査は、正当事由の説明も不要であればその方が侵害性はありませんが、説明を求められることがそれほど重大な人権侵害でしょうか。勧告の公表については、先に触れた「公法上の法律関係に関する確認の訴え」が提起され判決が出るまでの間は行われないだろうとは思いますが(もし違法な勧告であるという判決が出れば公表する根拠が失われますから)、その点の確認・条文化を求めるという選択肢もあるでしょう。
人権擁護法案の成立による救済の変化はどのようなものか(法案提出の目的は何か)
基本的に救済手続の整備で(従来不法行為等として取り扱われてきた)救済対象については一部を除き変化はありません(従来から認められてきた人権侵害の類型及びその現行法上の取扱いについては、法務省(人権擁護推進審議会)が資料をまとめています)。

なお、「一部」の趣旨ですが、これまで不法行為のみが差別に対応する法であり、その点において人権擁護法案では変更はないかのように書いてきましたが、先のリンク先をご覧のごとくそうではない旨を明らかにしておきます。ほとんどはそれ以外の現行法制で外縁が定まっていますが、特定人を対象としない集団誹謗的表現、差別助長表現については人権擁護法により新たに設けられたカテゴリになるようです。不勉強を謝罪し訂正させていただきます。

言い換えれば、本来与えられて当然の救済が手続上の問題で与えられがたかった場合について、本来法が予定する救済が与えられるよう手続を整備する部分がほとんどで、それに集団に対する部分につき対象を拡大したものです。
人権擁護法に基づく救済による損害は人権擁護法に基づき回復可能か
人権擁護法に定める人権侵害に該当すれば回復可能ですが、おそらくは該当しないでしょう(人種等に起因する取扱いではないため)。ただし既述のとおり、その適法性を裁判で争うことは行政事件訴訟法上可能だと思いますし、国家賠償の対象になると思います。

後編関連

#人権委員等の選定手続の公平性、法案提出の目的については既述ですので割愛させていただきます。

勧告の公表と行政手続法第32条第2項の関係はどう考えるべきか
行政手続法第32条第2項に規定する「不利益な取扱い」とはあくまで「行政指導に携わる者」によるものですから、公表に伴い第三者から「不利益な取扱い」を受ける結果となっても、同項違反とはならないと考えます。確かに公表の副作用は大きいでしょうから、「前編関連」で既述の公法関係確認訴訟が同時に活用されることが望ましいかもしれません。
人権調整委員の選定手続が人権委員会にすべて委ねられているのは問題ではないか
確かに人権調整委員の選定手続はご指摘のとおりです。ただし、人権調整委員は調停・仲裁に参画することしか職務がありませんが、調停は結論に両当事者の合意がなければ成立しませんし、他方で仲裁は仲裁判断について合意なくして当事者に対する拘束力が生じますが、調停とは違って開始に合意が必要です(調停は職権で開始可能です)。このように当事者が何らかの合意をしなければ何もできないのが人権調整委員だと考えれば、もちろん厳格な選定手続を法律で定めるという選択肢もありますが、現行法でも問題があるとまでは言えないと思います。ちなみに、調停・仲裁とも人権調整委員のみで組織しても適法であると解されるとwebmasterは考えております。
恣意的な運用により国民に多大な損害をもたらす危険があるのではないか
危険性の評価としては、その事象が起こる確率に起こった場合の損害を乗じた期待値からまず考えるのが確立された手法ですから、それにしたがって考えてみましょう。

最初に、恣意的な運用をする可能性の高い人間が人権委員になる確率を考えてみます。専門的なスキルの判定(弁護士や医師など)を除けば、法的には国会同意人事以上に慎重な手続は考えづらいです。国民投票にかけるなんてアイデアもあるかもしれませんが、多分国民投票で選任されるポストに対しては総理大臣の罷免権を付すことができないでしょうから(直接国民の信託を受けた者をそうでない者が罷免するのは理屈から言っておかしいので)、選任時の権威の付与により選任後の統制がかえって利かない可能性が高いと考えられます。

次に、そうした人間が実際に恣意的な運用を行う確率を考えてみます。人権委員会は合議制の機関ですから、少なくとも独任制の機関(1人で満たされるポスト。典型的には大臣)よりは内部でチェック機能が働きます。確かに人数の多寡の問題はあるでしょう。人権委員会は5人ですが、他の合議制の機関を見ると、三条委員会では公正取引委員会が5人、国家公安委員会が6人、公安審査委員会が7人、公害等調整委員会が7人、中央労働委員会が45人といったところで、司法機関を見ると、最高裁判所が大法廷15人で小法廷5人、高等裁判所が原則3人(例外的に5人)、地方裁判所が多くのケースで1人(3人のケースもあり)といったところです。もう少し増やすべきかどうかについての議論はすべきなのかもしれません。

次にどの程度の損害が生じ得るかを考えてみます。合意に基づく措置は本人が同意しているのですから問題ないでしょう(脅迫等による同意は取消可能ですし、それはこの法律により問題となるのではなく、この法律がなくとも問題になる話です)。裁判所が判断する事項はこの法律がなくとも同じかより悪い運用がなされる(ただし、「前編関連」で既述の特定人を対象としない集団に対する差別的行為は別です。これについては後述します)ことになります。

前例がないことは今後もないことを保証しないとのコメントもあり、それはそのとおりなのですが、少なくとも公序良俗規定(民法第90条)や不法行為(民法第709条)の曖昧さを減じる規定ですから、人権擁護法が成立しない場合の方が将来差別が拡大解釈される危険が大きくなります。以上に当てはまらないのが勧告とその公表ですが、既述のとおり公法関係確認訴訟の活用等によるチェックが望ましいですし、その点を法務省等に確認・要望することはwebmasterは極めて妥当だと考えます。

最後に、先ほど後述とした集団への差別に関する規定を考えてみます。具体的には第3条第2項ですが(ちなみに法案上、同条第1項各号に掲げる行為は「人権侵害」ですが、この項に掲げる行為はそうではありません)、この規定にどれほどの危険性があるのでしょうか。第1号の規定は次のとおりです。「人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対して当該属性を理由として前項第一号に規定する不当な差別的取扱いをすることを助長し、又は誘発する目的で、当該不特定多数の者が当該属性を有することを容易に識別することを可能とする情報を文書の頒布、掲示その他これらに類する方法で公然と摘示する行為」です(強調はwebmasterによります)。

法務省は典型例として部落地名総鑑の出版・頒布を挙げていますが、少なくとも「後編下」で引用した西尾先生の例示がこれに当たらないのは明らかです。被差別集団とされている人々の社会学フィールドワークは若干グレーゾーンのように思いますが、地名等の固有名詞について仮名を用いれば(しかも公表する論文においてのみ。私的メモ等は無関係です)研究には支障がないようにwebmasterは思います。ただし、最後の一文については実際にそうした研究をされている方々の指摘により見解を変更するにやぶさかではありません。

第2号の規定は次のとおりです。「人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対して当該属性を理由として前項第一号に規定する不当な差別的取扱いをする意思を広告、掲示その他これらに類する方法で公然と表示する行為」です(強調はwebmasterによります)。これは具体的に特定人に対して差別行為をすることができる者について、その一般論を適用すればかかる特定人に対する差別行為となる一般論の公表を禁じる規定ですから、第三者の言論活動は対象外で、これまた西尾先生の挙げた事例には適用されるはずもありません。

そもそも論を言えば、この第3条第2項に関連して人権擁護法が講ずることを許している措置は第44条、第64条及び第65条の3条しかなく、その他の各種権限は同項違反を理由としては行使できないので、この条項の判断はすべて究極的には裁判所において行われることとなります。

具体的には、第44条の特別調査は正当事由で拒否できますから非訟事件手続法による裁判所の判断となり、第64条の勧告及びその公表は公法関係確認訴訟により裁判所の判断となり(くどいようですが、要確認ではあります。為念)、第65条は訴訟そのものですから、結局はその判断が司法によって適切になされるかどうかにかかってくるからです。とすれば、少なくとも憲法との関係でいえば、違憲の運用がなされるはずもありません。合憲か違憲かは裁判所が判断するものですから、裁判所(厳密には最高裁判所)のすることはすなわち合憲なのです。
過料が刑事罰ではないとの判断自体が問題ではないか
政策論としては十分に議論に値するご意見ですが、少なくとも合憲か違憲かでいえば、最高裁まで上がったうえで合憲とされました、としか申し上げようがありません。
人権侵害についてはすべて司法で判断することとし(特別法を作る等の改善はあり得る)、行政府の関与は避けるべきではないか
これも政策論としては十分に議論に値するご意見ですが、他の法体系や外国の事例を見ても、ADRによる紛争処理は決して例外的なものではありません。相対的に気軽に使えるかわりに強制力の小さいADRと、各種手続がより厳密で使いづらいかわりに大きな強制力を有する司法府の組み合わせで対応するという政策判断は、webmasterにはそれほど非合理なものとは思えません。
行政府への不信がこの問題が紛糾している理由なのではないか
行政府の一員として至らず申し訳ありません。ただ、本件についてどこまで行政府と司法府を厳密に区別して議論されていのかなぁ、とは思います。何度も例に引いている公正取引委員会などは準司法機関で行政府よりも司法府に近いとwebmasterは思うのですが。
具体的な団体・特定の事件等についてどう考えるべきか
皆様に例示いただいた事例については概ねある程度の知識を有してはおりますが、個別問題に立ち入って答える立場にありませんし、なにより一般に流布している以上の特別な情報等を持っているわけではありませんので、コメントは差し控えたいと思います。

ただ一般論としていえば、人権擁護法はこれまで私的自治に委ねられていた分野について一定の公的コミットをし定型化するものですから(既述の集団に対する差別的行為を除きます)、「逆差別」と指摘されているような行為についても、当事者が自らの価値観に基づき行う従前のものから、刑事裁判ほどではないにせよ一定のデュープロセスの下で第三者のチェックを受けて行うものになり、その外縁も、それが十分かどうかは議論があるにせよ、少なくとも従来よりは明確化が図られています。そうした面と比較考量して判断すべきだとwebmasterは考えます。なお最後に、リンクを張っていただいたページについて簡単に触れておきます。

「人権関連法案突然の再浮上/仕掛けは解放同盟」(東京新聞報道):主張者の属性ではなく主張の内容で主張の是非は判断すべきだと考えます。

「〈自主解放の魂=差別糾弾闘争〉つぶしの攻撃/「人権擁護法案」を許すな!」:上記の逆差別の改善という予想の一つの傍証ではないかと考えます。

「 パリ原則ふまえた法の今国会制定へ」及び「「確認・糾弾」についての法務省見解」:前者については、いただいたコメントの理解はあたらないと思います。従来自由に行うことができた「糾弾」について、人権委員会から差別への対抗は「糾弾」ではなく人権擁護法に基づく諸措置で行うべきだという圧力がかけられて、それが行えなくなることを懸念しているようにwebmasterは解しました。後者はそれを裏打ちするものといいますか、まさに人権擁護法案の作成者である法務省が後者のような見解を持っているからこそ、そのような懸念を有しているのだと思います。

最後に

いうまでもありませんが、以上はあくまでwebmasterの個人的見解でその正確性等についてはまったく保証はありません。一般に通用し得る人権擁護法案の解釈等については、法務省その他の関係組織にお問い合わせ下さい。なお、冒頭に掲げた対象コメント以外のコメント、及びこのエントリに対するコメントは、再度このようなエントリで取り上げたいと思います。

#しかし、本来こういう分析は(法務省は当然ながら第三者としては)日弁連とかにやってほしいなぁ。

本日のツッコミ(全7件) [ツッコミを入れる]
an_accused (2005-03-17 08:01)

>webmasterさま
 詳細なご回答をいただき、ありがとうございました。
私は一民間労働者ですが、本法案についてはwebmasterさまのなさるような冷静な議論が欠けているように思いますし、本来それを担うべき人々に対してふがいなく感じております。
 webmasterさまのご回答について私の雑駁な印象を述べてみましたので、トラックバックさせていただきます。拙い内容ですが、ご笑覧いただければ幸いです。

wolf (2005-03-17 10:13)

勧告や事実の公表については、新設された差止訴訟(改正行訴法37条の4)または仮の差止(37条の5)という手も有効かと思います。

通りすがり (2005-03-17 10:43)

反対論とは関係ありませんが、古典的な「消防署の方から来ました」式の関係者を装った活動とか、オレオレ詐欺紛いの架空請求の方が、「悪用」としてはまだ現実味があるような気がしますね。(w

暇人 (2005-03-17 11:15)

非常に誠実なご回答をいただき、感激しております。
いろいろ私見を述べてみたいとも思いましたが、an_accused様の秀逸なエントリーがございますので、webmaster様も是非ともご覧下さい。

fpop (2005-03-17 13:07)

「 パリ原則ふまえた〜の一段落についてですが、西尾氏のブログによれば、推進派が、国籍条項外しを提案した部会の前日に、部落解放同盟委員長と会談し、委員長に活を入れられたとのことです。「活」はさておき(笑)、この法案で解放同盟にwebmaster様のご指摘通りの懸念があるなら、反対派に就いて会談するか、提出の協力者とされる古賀氏を説得して国籍条項以外の改善を要求するのが当然ではないでしょうか。よって、これまでの部落解放同盟の動きは、「逆差別の改善」というご指摘の反証になるのではないかと思いますがいかがでしょうか。

Becky (2005-03-18 01:23)

回答をいただき、ありがとうございました。
しかしながら、回答の内容には疑問が残りました。

http://www.bll.gr.jp/news2005/news20050307-2.htmlに対して、
>従来自由に行うことができた「糾弾」について、人権委員会から差別への対抗は「糾弾」ではなく
>人権擁護法に基づく諸措置で行うべきだという圧力がかけられて、それが行えなくなることを懸念しているように
>webmasterは解しました。
と有りますが、人権擁護委員の内かなりの割合を占めるであろう解同が、この法案の運用を
「恣意的に行う」と公言し実行しようとしている時点で充分以上に問題です。
しかもその「恣意的」の方向性についての問題点はそちらも理解しておられる通りです。
しかしながら、解同にとっての「確認・糾弾」とは彼らにとっての「正義を成す道」であり
(最高裁・法務省ともに否定しているにも関わらず…)
それの遂行を諦めるとは到底思えません。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog114.html
上記は法令規則を守り、卒業式で国旗掲揚・国家斉唱を行おうとした校長が自殺に追い込まれた経緯を紹介していますが、
これを見ている限り彼らの中で 解同の正義>法令規則 であることは明らかです。
先日の投稿において、「正しく運用される可能性は低い」と述べていたのは正にこのことです。

考えるに、この法案に対して出される反対意見において、法案そのものの問題点は実は従属的なものであり、
むしろ「人権擁護法を運用することになる者たち」を信用出来ない、という方が主なのではないでしょうか。
幾ら法案そのものに問題は無い、と主張しても、法案の実行者に名を連ねるであろう者たち、
「解同・在日韓国人団体・朝鮮総連・創価学会・過激なフェミニスト団体」e.t.c、e.t.c…。
彼らに任せて安全である、との保証が取れない限り、この法案の危険性は些かも減ずるものではない、と考えます。

ITOK (2005-03-18 02:42)

総論としては同意できるのですが,
>恣意的な運用により国民に多大な損害をもたらす危険があるのではないか
のところの“確率を考える”という説明は良くわかりません。
>法的には国会同意人事以上に慎重な手続は考えづらいです
などの部分からは,
>その事象が起こる確率
を低くするということが判るだけで,“その事象が起こる確率”が実際にどれくらいになりうるかは判りません。
したがって,この説明では期待値の大きさは判らないため“危険性の評価”の判断は出来ないと思います(たとえば,委員5人が恣意的な運用をする危険性を4人に減らせるから“危険性は少ない”とは言えないでしょう)。
現実に同様の手続きで“恣意的な運用をする”人間が選任されている確率ならびに同様の合議制の機関で“実際に恣意的な運用を”している確率と同じくらいと見積もるということでしょうか。

本日のTrackBacks(全5件) [TrackBack URL: http://bewaad.sakura.ne.jp/tb.rb/20050317]

*<前回を受けて> 先日のエントリー(人権擁護法案検討メモ―番外編)で、人権委員会の行う勧告が不当であると思った場合、裁判所に取消請求・無効確認請求を行うことができるかについて問題提起を行いましたところ、何人かの方から詳細なコメントもしくは別エントリー..

数日経てばしかるべきところがしかるべき反対声明を出すし、冷静な分析論も出るわけです。 まとめサイトのように、ただただひたすら扇動するよりはそういうところの存在を知らしめた方が良いと思うのですが。

幾つか不安に思うことがあると以前に書いたのだが、もう少し書いてみたい。これは、行政庁の持つ仕組みやシステムといったものが、本当に「条文通り」機能するのか、という信頼性の問題でもある。まだ作られてもいない法案や組織について、いくら不安だからといって反対す..

前の続きです。 2)行政指導について 人権擁護法案の勧告と公開についてですが、勧告は行政指導という解釈のようです。 通常行政指導には強制力もなければ、不利益処分もない。an_accusedさんが「勧告」及び「公表」について司法判断は及ぶか、という点に疑問を述べられ..

ニヤリ:BI@Kを見て (2005-03-18 15:54)

賛成派の意見を見るところによると「正当」な言動が「不当な判断」で人権侵害とされたときの対処はこうなるらしい。 人権委員会の罷免手続き 人権擁護法反対論批判 リジョインダー編(その1)→前編関連より 人権委員の方が身分保障があるとはいえ、「非行」を理由に総理..


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