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2005-03-19
■ [law]人権擁護法反対論批判 リジョインダー編(その3)
昨日申し上げたとおりこのエントリでは、webmasterの意見への反論をいただいた「人権擁護法案検討メモ―番外編その2」(@an_accusedの日記3/17付)について触れたいと思います。
#数日にわたり非常に丹念に議論を進められていますので、その全てをご一読されることをお薦めいたします。
an_accusedさんのご意見について
「<前回を受けて>」の部分については異論はありません。webmasterのしばしばわかりにくい、もっとはっきり言えばいかにも官僚的だ(笑)と評されるテキストを丁寧にまとめていただきました。
「<「公表」規定の意味>」の部分について、次のテキストを見てみます。
法律あるいは条例に行政指導に従わないことを理由とする公表の規定が設けられている場合には、その公表については、一応認めるという立場を取っています。これを理論的に説明することは難しいのですが、行政指導に従わないことへの制裁ではなく、行政指導に従わない者がいることについて情報提供することに意味があるという説明は可能です。例えば、行政指導に従わない悪質な業者が、どんどん被害を広げていく可能性があるので、こういう悪質な業者がいますよと情報提供として公表をするということですと、一応は説明が付きますね。
(「法令解説資料総覧」275号「座談会 改正行政事件訴訟法の自治体への影響<第2回>」より宇賀克也教授(東京大学)の発言を抜粋)
この考え方に沿って「公表」制度を置く理由を色分けしてみるとどうなるでしょうか。例えば食品衛生法は違反者等を公表する旨の規定を置いておりますが(食品衛生法63条)、これは公表により消費者の健康被害を防ぐという情報提供的色彩が濃いといえます。これに対し均等法に基づく「公表」は、それによって保護される対象が不明確で、制裁としての意味合いが濃厚であるということになります。
では具体的に、人権擁護法案における勧告の公表を分析してみます。同法案に基づく勧告の公表は次の2種類があります。
- 第61条第1項の規定によるもの
- 「特別人権侵害が現に行われ、又は行われたと認める場合において、当該特別人権侵害による被害の救済又は予防を図るため必要があると認めるとき」にした勧告について、「当該勧告を受けた者がこれに従わないとき」に行うもの。
- 第64条第2項の規定によるもの
- 「第四十三条に規定する行為が現に行われ、又は行われたと認めるとき」にした勧告について、「当該勧告を受けた者がこれに従わないとき」に行うもの。
これだけでは意味不明でしょうから(笑)、ブレイクダウンしてみましょう。前者の「特別人権侵害」ですが、これは第45条で定義されています。具体的には次のとおりです。
- 人種等を理由とする公務員による差別的取扱いと商売に当たっての差別的取扱い
- 次の不当な差別的言動であって相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの
- 人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせ等
- 職務上の地位を利用し、その者の意に反してする性的な言動(労働者に対するものを除きます)
- 次の虐待
- 公務員、医師等、教師等、配偶者、高齢者を介護する者による次の行為
- 傷害・暴行
- 自ら行う、または他人に行わせるわいせつ行為
- 保護責任の放棄
- 心を傷つける言動
- 児童虐待(内容は上記の4行為にほぼ同じです)
- 公務員、医師等、教師等、配偶者、高齢者を介護する者による次の行為
- メディアによる次の行為
- 犯罪被害者、未成年犯罪者、犯罪者の家族のプライバシー侵害(犯罪報道そのものは当てはまりません)
- 上記の者の取材に当たっての執拗なつきまとい・電話等による接触
- 以上に準ずる人権侵害で自力救済が困難であるもの
他方、後者の「第四十三条に規定する行為」は次のとおりです。
- 部落地名総鑑の出版等、不特定多数の者が人種等の属性を有することを容易に識別することを可能とする情報の公開で、それにより第三者の差別的取扱いを助長・誘発するおそれが明らかなもの
- 人種等の属性を理由として差別的取扱いをする意思の公開で、その公開をしている者が実際に差別的取扱いをするおそれが明らかなもの
これらを見ていろいろ考えた結果、webmasterは、勧告の公表は提訴(判決にあらず)の前段階としての措置として位置づけられているのではないだろうか、という仮説に至りました。
まず第61条第1項の規定によるものですが、これが対象とする特別人権侵害は(メディア規制を除き)不法行為であることが明らかで、訴訟に持ち込まれた場合には、不法行為に相当する事実の存否は争いになっても、その事実がそもそも不法行為であるのかについての争いにはまずならない行為です。
#メディア規制については、メディアが自力で「公表」できる存在であることへの対抗という側面があるのかなと思います。
また、第64条第2項の規定によるものは、その対象となる行為は不法行為に該当しませんが(具体的な法益侵害が生じていないので)、第65条において差止訴訟が認められています。
憲法上、人権に関する訴訟は必ず公開されます(第82条第2項ただし書)ので、その提訴は事実上勧告の公表と同じ効果を有します(原告が敗訴した場合であっても、訴訟が公開して行われたという事実が遡及的になかったことになるはずもありません)。とすると、あくまで相対論ですが、勧告の公表となる対象者が公知の状態にはおかれないという保護法益は、一般人に比べると少ないということになります。
#念のため申し上げておきますと、憲法のこの規定は密室裁判による人権弾圧防止のため設けられているものです。
言い換えれば、どうせ提訴されれば、その訴訟が仮に言いがかりであっても、被告はその名前や控訴事実が何であるかを公開されることを逃れることはできません。勧告の公表によって受ける損害は確かにあり得ますが、その損害を回避できる可能性は低いのです。
これを前提にすると、次のいずれがより妥当かという総合判断になります。いずれの結論も間違ったものではないと思いますが、これ以外の選択肢は本件についてはありません。
- 提訴されない可能性もあるので、提訴により勧告の公表と同じ効果があるとしても、勧告の公表は認めないというもの。メリットは提訴されなかった場合に公知の事実となることを避けらることです。デメリットは、勧告を公表すれば提訴しなくても避けられる差別等は避けられないことです。
- 提訴されない可能性は低いのですから、勧告の公表はそれがなかった場合に比べて対応を早くするものに過ぎないと位置づけて認めるというもの。メリデメは上記の逆です。
補足しておきますと、個人の提訴と人権委員会という公的機関による公表では重みが違うという意見もあると思いますが、それは本件については当たらないと思います。勧告の公表は勧告に従わないことが条件なので、必ず勧告が先に来ます(ま、行われてもいないことは公表のしようもありませんが、同時に行うことは認められていません)。つまり、勧告の公表と等価な提訴とは勧告を受けた後に行われる提訴、すなわち人権委員会が勧告すべき=人権侵害等が行われていると認めた後のもので、提訴されればその事実が明らかとなる場合のものなのですから。
「<行政指導に従わない者への不利益な取り扱いの禁止>」の部分については、次のテキストに反論させていただきます。
行政手続法第32条第2項に規定する「不利益な取扱い」とはあくまで「行政指導に携わる者」によるものですから、公表に伴い第三者から「不利益な取扱い」を受ける結果となっても、同項違反とはならないと考えます。確かに公表の副作用は大きいでしょうから、「前編関連」で既述の公法関係確認訴訟が同時に活用されることが望ましいかもしれません。(Bewaad Institute @Kasumigaseki2005年3月17日より抜粋)
私はこのお考えには賛成できません。たしかに「公表」によって生じる損害は、行政指導に携わる者が“直接”与えたものではなく、「公表」によって“反射的に”第三者から与えられるものに過ぎないと解釈する限り「公表」は「不利益な取り扱い」にはあたらず、法文上明確に禁止してはおりません。
しかしながら、均等法に基づく「公表」のように厚生労働省が明確に「制裁」と位置づけているものについても、その「制裁」が“たまたま”蒙った損害に過ぎず「不利益な取り扱い」とは言えないとするのは現実からかけ離れているように思いますし、また「不利益な取り扱い」ではないとするならば、前述の「公法上の法律関係に関する確認の訴え」に求められる「確認の利益」も極めてあいまいなものとなると考えられ、結局行政訴訟によっては救済されなくなるおそれが高まるように思われます。
これは法学のいやらしいところなのですが、法律用語は日常生活で用いられる言葉と完全には置き換えは不可能です(そうでなければ弁護士の存在意義がなくなってしまいますが(笑))。an_accuesdさんのご意見は立法論・政策論として価値のあるものだと思いますが、解釈論としてはとり得ない可能性が高いです。
というのも、法律の言葉遣いは同じように書いてあれば同じように解釈しないと、法律を見ても意味がさっぱりわからないということになってしまいます。ですから、日常生活での語感を持ち込んで、この法律のこの文章はこういう意味だ、と言葉遣いのルールを逸脱すると、かえって社会的混乱が大きいということになります。
典型例として便利なのは「善意」「悪意」という言葉。日常生活ではまさしく見た目のままの意味で使いますが、法律の言葉遣いとしては前者は「事情を知らない」、後者は「事情を知っている」という意味になります。例えば民法第96条第3項では、詐欺や脅迫による意思表示の取消しは善意の第三者には対抗できないと規定していますが、この規定の趣旨は次のようなものです。
例えばwebmasterが詐欺にひっかかって家宝を売ってしまった場合、その詐欺師に対しては詐欺だから取り消すといえば取り戻せますが、その家宝が詐欺師から第三者に転売されていたときには、その第三者がその家宝が詐欺で売買されたということを知らなければ、そもそも詐欺師に売ったという取引を取り消したのだから返してくれといっても取り戻せません、ということです。道徳的な善悪にはまったく関係ありません。
これをおかしい、日常生活でいう善意として解釈すべきだ、ということになってしまうと、これ以外にも「善意」「悪意」という言葉を使っている法律は山のようにありますので、それぞれが従来どおりの意味だと解釈していいのか、それとも日常生活的意味で解釈すべきなのかわからなくなってしまいます。だから、いくら見た目が変であっても法律の世界に引きこもって(笑)使うことが求められるのです。
ではその引きこもりの世界でどのように行政手続法第32条第2項の規定を解釈すべきなのでしょうか。今回は上記引用部で紹介していただいたwebmasterの説明とは違うロジックで説明してみます。まず同項の規定を改めて紹介すれば次のとおりです。
行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。
ここで、勧告の公表をこの規定の「不利益な取扱い」に該当すると解釈されるという仮定を置くと、人権擁護法における勧告の公表は既述のとおり勧告に従わなかったことを要件にしていますので、明らかに両者は矛盾することになってしまいます。従ってその仮定が誤りである、ということです。QED.
#矛盾した立法があり得ないわけではないから背理法での論証は無茶だ、というご指摘もあると思いますが、少なくとも立法者は矛盾したものと考えていないはずです(ましてどちらも内閣提出法案なので、内閣法制局でこの手のロジックをさんざん詰められていますから)。法解釈は究極的には裁判所のそれのみが正統性を有し、立法府や行政府が矛盾だと主張しても司法府が矛盾でないといえばそうなりますし、まして裁判所だって判例変更をすることがあるのですから、背理法が絶対の正しさを保証するものではないのは事実ですが、傍証としての補強材料ぐらいに受け止めていただければ。
ちなみに以下は余談ですが、違う解釈として、行政手続法を一般法、人権擁護法を特別法と位置づけ、「特別法は一般法を破る」の法諺を援用して整理するというものもあり得ます。そしてこの場合、an_accusedさんの解釈のとおり、一般には勧告の公表は「不利益な取扱い」に該当するものの、政策判断としてあえて「不利益な取扱い」を認めた、ということになります。
しかし、webmasterはこれは妥当でないと考えます。というのも、立法においてはそうした法諺(といえば聞こえはいいですが、これも先の言葉遣いに似たもので、業界の内輪での暗黙のルールです)というあやふやなものに頼らなくても紛れがないよう、一般法の側に「他の法律に特別の定めがある場合を除き」といったことを書くか、特別法の側に「○○法(第×条)の規定にかかわらず」といったことを書いて、両者の優先劣後関係を明らかにしています。この両者にはそうした規定がありませんから、一般法と特別法の関係にはないと解すべきでしょう。
#上記リンク先の商法が民法に優先するとの関係についても、そこで説明されているとおり、法諺のみに頼って関係が整理されているわけではなく、商法第1条の「商事ニ関シ本法ニ規定ナキモノニ付テハ商慣習法ヲ適用シ商慣習法ナキトキハ民法ヲ適用ス」という規定が明文の根拠となっています。なお、この解釈をとったところで、特別法が優先適用されるので、勧告の公表を行政手続法を根拠に違法だとすることはできません。
勧告の公表についての別案
先に勧告の公表を認めないとの選択肢を書きましたが、勧告の公表を認めるとしても、今の方法でいいのかという議論はあり得ます。勧告の公表が行いづらくするためにはどうしたらよいかという観点から検討すれば、次のような案が考えられるでしょう。今日のところは、あえてそのメリデメは示さず、単に列挙するにとどめておきます(互いに排他的ではありませんので、組み合わせることも可能でしょう)。
- 勧告の公表については、出席者の過半数という人権委員会の一般の意思決定手続(第14条第3項)ではなく、出席者全員の賛成や、出席者の人数にかかわらず4人の賛成が必要といった、より慎重な手続を求める。
- 人権擁護法に定める別の救済手続では対応が不可能な場合に限る、といった条件を付す。
- 人権委員会の決定によってはあくまで裁判所に公表の許可を求めることしかできず、許可があってはじめて公表可能とする。
- 勧告の公表に対する差止訴訟を認める。
- 勧告の公表に対する国家賠償請求訴訟については、懲罰的損害賠償(実際に生じた損害を補填する額を超える額の損害賠償)を認める。
- 勧告の公表に対する事実確認訴訟を認め、その判決により人権侵害等の事実がなかったことが確認された場合には、人権委員会が謝罪することとする。
#このエントリは、以下の一連のエントリの続編です。
■ [economy][BOJ]金融政策関連報道等
久しぶりにリフレ派ネタを。
経財諮問会議「21世紀ビジョン」にインフレ目標@読売新聞
いやだから福井総裁より竹中大臣を評価すべきだと申し上げていたわけで。小泉総理にこんな発想はないでしょうから、明らかにこれは竹中大臣のイニシアティブだと思います。これで構造改革原理主義を捨て去ってくれれば・・・。
#あと読売も、新聞業界随一のリフレ派らしさを見せていると言えるでしょう。
というわけですから、25日の経済財政諮問会議は要注目ですね。何より、その日の議事要旨公開が待ち遠しいです。竹中大臣がうまく取り繕った記者会見の説明ではなく、生の議論でいったいどんな議論をしてくれるやら(笑)。
大機小機「量的緩和の終わり」@日本経済新聞
量的緩和やめろ、という点には目新しさがないのですが。
仮に、量の枠組みからの脱却が引き締めへの転換と誤解される恐れがあると言うのなら、同時に長期国債の買い入れを増額すればよいだろう。
これがアドバルーンだとするなら、webmasterの予言的中でしょうか!? 改めて申し上げておきます。来年度中に日銀は、長期国債買切オペ額の引上げ額から当座預金残高誘導目標の引下げ額を引いた額(=両者の絶対値を足した額)が10兆円程度になるよう、金融政策を変更するはずです。
日銀理事「インフレ目標はデフレ克服の障害」@いちご経済板
いちごのレスより。記事が見当たらないなぁ・・・と思ったら、一昨年の話だったのね(笑)。
レス先の記述は若干バイアスがかかっているので公平を期すために「「(日銀が)極端な政策を取るのではという予想が起こり、市場で不安定な動きが出る恐れがある。逆に日本経済再生、デフレ克服の障害になる」と述べ」の部分について原文を紹介しておきます。
現在日本で議論されておりますインフレーションターゲティングは、これは期間を決めましてインフレ目標の達成を政策運営上の最優先課題として位置づけるということでございまして、いわば日本的インフレーションターゲティングというべきものでございまして、これは現在世界で議論されておりますインフレーションターゲティングとは内容がかなり異なっているというふうに思います。
その日本的な意味でのインフレーションターゲティングが効果を持つか、あるいは弊害の方が大きいかというのは、先生も御指摘のとおり、目標を実現する手段やメカニズムの裏づけがどの程度あるのかということに大きく依存するというふうに思います。この点、残念ながら、現在の日本は短期金利がゼロに達しまして、さらにさまざまな構造問題が金融緩和効果の波及を制約している。そういう状況のもとで、金融政策だけでインフレ目標を達成するというメカニズムはとても十分ではないなという感じがいたしております。
そうした中でも努力目標的に今インフレ目標を導入してはということはございますけれども、しかし、これでは透明性を高めるという本来の目的にもかないませんし、それから、もし何か変化があるとすれば、日本の経済政策全般への信認を失わせるような、何か極端な政策になるのではないかという期待が生じた場合でございます。そうなりますと、市場でいろいろな動きが出てまいりまして、不安定な動きが出てくるおそれもございます。現在、円や日本の国債というのは、海外の投資家も含めまして幅広い投資家の信認を確保し得ているわけでございまして、万が一にもこうした信認が崩れることがあれば、逆に日本経済の再生あるいはデフレ克服にとっても大きな障害となるというふうに思っております。
#一応、「万が一にもこうした信任が崩れることがあれば」という条件付なので。ま、五十歩百歩ですが(笑)。
なお、この発言(by白川理事)を引き出した質問者の達増拓也議員ですが、上記の答弁に続く質問で、こんなことを言っております。
実は先週、インフレ誘導的なことがハプニングで起こったわけであります。それは、ある通信社のコラムで、インフレターゲット支持の人が次の日銀総裁になるかもしれないというようなコラムがインターネット上掲載されたものが、たちまち、その人に決まったといううわさで市場に流れて、円高ぎみだった為替市場が円安の方にぎゅんと振れてしまった、うわさだけでそういうマーケットの変動が先週起きたわけであります。
これでもし政府が本腰を入れてそういう方向に持っていくぞと決めたときに、どういう市場心理、一般の国民心理が起こるのか。さらに言えば、イラク戦争が始まりますと、原油高騰の可能性とかも出てくる。そういう戦争も絡んだ不確実なときに、かえってハイパーインフレを生じさせる危険性もあると思うんですが、同じく参考人に伺いたいと思います。
達増議員はこれが持論のようです。割れ鍋に綴じ蓋というか何というか(笑)。
#上記引用部分の「インフレターゲット支持の人」とは、(昔からのリフレ派には説明不要ですが)中原伸之日銀政策委員会審議委員(当時)のことです。噂だけでこれですから、実際に就任していたらどれほどよかったことでしょう。今さらですが・・・。
ここ一週間ほどこの問題に注視してきて、この問題に対するスタンスが若干シフトしてきましたので、自分自身の整理の意味合いも込めて現段階の思うことを書き連ねようかと。 基本的なスタンスとして「基本的人権侵すべからず」ってのは明確な意識としてではなく、暗黙の意..
私の敬愛するブロガー、webmasterさま(Bewaad Institute @Kasumigaseki)が人権擁護法案を取り上げていらっしゃることを奇貨として、あえてイチャモンをつけてみたところ予想通り得るものが多く、教えを請うてみるものだと思った次第です。ニュースでよく見かける「力士..
前回まで、率直な疑問とか危惧について書いてきた。小倉先生からもTB頂いたので、また少し考えてみたい。国民の権利についての制限を加える法案ですから、十分慎重な議論がなされることが必要かと思っています。私は法学の専門家でもありませんので、大したことは分かりま..
見逃してた。 人権擁護法案、法務省が修正案 侵害「定義」依然あいまい@yahoo news 自民党内で賛否が分かれている人権擁護法案で、法務省の修正内容が一日、わかった。人権委員会による救済手続きの乱用に歯止めをかける一方、あいまいとされた「人権侵害の定義」などは..
逆説的ですが、仮に・
失礼しました。
仮に
上手く投稿できずすいません。
仮に
・公表は行訴法上の不利益取扱いに反する法律違反の行為である。
・私はおそらく人権委員会から不当な勧告処分を受ける。
と、信じていらっしゃる方がいるならば、それこそ勧告処分を受けた後、裁判に訴えればよいのではないでしょうか。(これが正にwebmasterさんのおっしゃる背理法なのかもしれませんが)
もし、公表は行訴法上、合法ではあるが、公表は公表された者に甚大な損害を与えるため政策的に認めるべきではない、とおっしゃるならわかりますが・・・
それでも、司法による解決は時間も手間もかかり、大変だとおっしゃるかもしれませんが、それは、一方で司法による解決に信頼をおくべきだ(つまり本法案により差別行為に行政府が介入することを拒絶する)といいながら、当該立法の合法性についての司法的解決については懐疑的であるというのと同義であり、いささか矛盾を感じるのですが・・・
なお、均等法上勧告の公表を受けた者はウェブ上では発見できませんでした。これが勧告に至る行政のスクリーニング機能がしっかりしているがゆえか、勧告を受けたものが勧告に力なく屈しているためかはわかりませんが、果たして公表という措置が、反対される方の言うように公表措置を受けた者の人権を著しく害するものであるかどうかというのも、実態として検証に値すると思います。
(個人的には論点がいい具合に矮小化されつつあることはいいことだと思いますが。・・・余計でしたね。)
この量的緩和やめろ、もしくは引き締めシグナルと誤解されないようには長期国債の買いオペ増額、という話に基本的に足りないのは、もし仮に自然治癒派のエコノミストたちが予言しているように来年度のデフレ脱却が確実だとすれば、それを超える現行の政策スキーム継続(量的緩和だとかゼロ金利政策だとかひょうげんされるもの)することへのコミットを表明することがなにより大事でしょう。21世紀ビジョンについては「ビジョン」というと過去の産業政策もどきのビジョンシリーズを思い出します、とだけ述べたいと思います。
訂正。量的緩和やめろ、じゃあ、どうしようもないですね 笑。
>webmasterさま
私の愚考にお付き合いいただき、ありがとうございます。まさかここまで丁寧にお取り上げいただくとは思いませんでした。ご披露いただいたご見解につきましては、私なりに再応答を試みてみたいと思います。
なお、今後の法案審議においてwebmasterさまがご提示されましたような議論が行われることを期待しております。
>第3さま
私の関心は、準司法機関である人権委員会のなす判断がどのような手続によって司法審査の対象となるか、準司法機関と司法機関がきちんと接合しているのか、「勧告」「公表」という手法を用いることで、その接合が不明確になっているのではないか、というものであって、司法的解決に懐疑的であったことは一度もないつもりです。むしろ“司法審査原理主義”とでも言えそうな立場だと自覚しています(他の方はわかりませんが)。
なお、この論点にこだわり続けているのは(ここでは)私のみであって、他の方が「論点がこの点に矮小化した」と考えているかどうかはわかりませんし、私としてはまだ取り上げられていない論点が残っていると考えていることを申し添えておきます(マイナーな論点ばかりですが)。
(但し、いまのところwebmasterさまの「反対論批判」に対する有効な反論がないことは事実ですので、このままでは“論点が矮小化”するであろうことについては同意見でございます。)
WEB上に数多ある反対論をご覧になり「もはや理屈で云々しても仕方がない」とお考えになられるのもごもっともなのですが、この法案はまだもう少し丁寧に論じられてもよいように思います。
これも人権侵害? 全国弁護士会、次々「勧告」
http://www.sankei.co.jp/news/050319/sha042.htm
城内氏は、人権擁護法案について、人権侵害の定義のあいまいさや人権擁護委員の
選考過程の不透明さなどの問題点から法案に反対しているが、「法案が成立すれば、
非常識な事案が次々に『人権侵害』と認定される危険性がある」と指摘した。
法律論ではなく実務として、こういった事についてどうお考えでしょうか。
>tanakahidetomiさん
反量的緩和論を取り上げているのは、まともな議論を期待してというより、将来読み返すための材料集めのようなものでして(笑)。
あとビジョンは、25日の議事要旨を見て誰が何をいったか、詳しく追っていこうと思います。ビジョンがご指摘のようなものであってもまともなことを言う人もいるでしょうし、ビジョンがまともなものであってもトンでもな人もいるでしょうし。でも、某政策決定会合と違って個人が追えることはいいことですよね。
>人権擁護法関連のコメントをいただいた方々
明日まとめてお返しいたします。