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2005-05-02
■ [economy][politics]福知山線事故について考えてみた(上)鉄道の安全性
一般論としていえば、鉄道輸送は他の輸送手段、例えば自動車に比べて遙かに安全です。といってもきちんとした一次資料を探し出すことができませんでしたが、たとえば新幹線誘致のための資料と思われるので客観性に欠けるおそれがあり、さらに作成者が不明で、加えて今ではファイルが404 Not FoundなのでGoogleのキャッシュとなりますが曽根先生の「今後の高速鉄道のあり方」という講演において(webmaster注:以上、情報提供に基づき5/5訂正)、次のような指摘があります。
この 1 万数千人という数字は、実はとんでもなく大きな数字でありまして、日本で原爆が落ちてから後の不慮の死の中の圧倒的に大きな比率を占めるのが交通事故なんです。もちろん、それ以外に不慮の死というのはいろんな事故で起こってはいると思いますが、圧倒的に高いのが交通事故であります。これは自動車だけで起こっているものでありまして、鉄道でも船でも飛行機でもけた違いに少ないんですね。輸送人キロ当たりで鉄道の数字と自動車の数字を比較しますと、10年間ぐらいの平均値でみて3けた違う。ある10年間でみると4,000 倍ぐらい違う。別のある10年間でみると800倍ぐらい違う。
何でそんなに違うのかというと、鉄道はほとんど事故がないものですから、例えば、信楽高原鐵道の事故が入っている10年と入っていない10年で、鉄道側の事故率が10年間で見ても数倍違うのです。そのくらい鉄道の事故による死者の数というのは少ないわけです。文明が進むにつれて人命の価値は高まるわけでありますが、そういう中で自動車のみに依存した交通というのはやはり許されない。どちらも社全的コストからみて、環境面からみても、安全面からみても、マイカーだけに頼るような交通システムというのは破綻をするということであります。そのためには公共交通の整備が必要でありまして、ここでいう公共交通というのは、もちろん高速鉄道だけのことではありません。高速鉄道も一般の鉄道もバスもタクシーも含めて、いろんなレベルの公共交通をシステムとして整備しておくことが不可欠であります。その際に、新幹線をつくるかわりに生活交通を犠牲にするというようなことをやらないようにしてほしいということです。
とりあえずこの数字が正しいと仮定すれば、今回の事故による犠牲者を加算しても、おそらく自動車よりも輸送人キロ当たり死亡者数は二桁少ないことには変わりないでしょう。であるなら、今回の事故でこれだけの非難が寄せられることが本当に妥当なのか、と思わざるを得ません。こと交通に限っても、死亡者数を減らすためにより有効な手段、具体的には自動車交通環境の改善により多くの労力が割かれることが検討されていいはずです。
#限界投入労力に対する改善率がわからないので、必ずそうすべきであるとまでは言えません。ちなみに交通に限らないなら、明らかに不況の影響により増えている自殺への対応があまりにもずさんで、早く対策を講ずべきだとwebmasterは思いますが。
以上を念頭に置きつつも、こと鉄道に話を限って検討を進めてみます。少なくとも目先の事象にとらわれた議論、例えば事細かにオーバーランを報道することが事態の改善に貢献するかと考えれば大いに疑問です。
#最近悪役になっている日勤教育と根は一緒といいますか、そういう報道をするメディアこそがJR西日本のそうした体質を育んだのではないかと思います。
というのも、ハインリッヒの法則も最近は知名度が上がっていると思いますが、この法則の使い道は、大事故に至る前の小さな事故・ミスに制裁を科すことをやめて広く事例を集め、そこから得られる改善策をフィードバックすることなのですから、むやみに言挙げするのは明らかに隠蔽体質につながりろくなことはありません。
運転手や車掌の管理について言うなら、重大な結果につながらなかった軽微なミスを、さまざまな手がかりを与えてくれる貴重なテストケースだと考え、その理由が仮に個人の問題行動によるもの(例えば不可抗力的でない脇見)であっても、きちんと報告しさえすればお咎めなしとすべきでしょう。
もちろん野放図なモラル低下(報告しさえすればよいとなり、注意しようとするインセンティブが下がる)を防止する必要はありますが、それは重大事故への厳正な対応でカバーできると思います。
より難しいのは、そうした対応へどのようにして鉄道会社を導くかでしょう。官僚だからそう主張すると思われるのは本位ではないのですが、規制で何とかするしかないのではないか、とwebmasterは思います。まず、各鉄道路線は、並行路線があったとしても駅の配置や乗換えの有無等によって代替不可能である顧客にとって独占的になる部分があり、ましてバスなど他の交通手段ではなおさらと言えるからです。
次に、既述のとおり鉄道の安全性がかなり高い点があります。相対的に安全だとしても、それが顧客にとってどこまでアピールするか疑問である、要すれば市場を通じた安全性向上圧力がそれほどはかからないのではないでしょうか。というのも、例えば上記を援用すれば、おそらく非常に安全な鉄道とそうでない鉄道の安全性の差よりも、後者と自動車の安全性の差の方が断然大きいと考えられます。自動車と鉄道の安全性の差ですらどこまで認識されているか疑問だというのに、鉄道同士の微細な差が、運賃の差やスピードの差よりも集客力に影響を与えるとは、webmasterには思えません。
#そもそも安全性については情報の非対称性があるという問題もありますが、こちらは特別なディスクロージャー制度の整備などにより、ある程度は解消可能であると考えられます。
さらに、これはまったくの憶測なのですが、以上のように安全性を向上させることのベネフィットが小さいことに比べ、そのためのコストが高すぎるのではないのでしょうか。企業にとって合理的な経営判断として、今のレベルの安全性にとどめているのだとすれば、そういう構造が背後にあることになります。それを是正しようとするなら人為的に、安全性を向上させたときのベネフィットを増加させるか、そのためのコストを負担するか、安全性が相対的に劣ることに対してコストを負荷するしかないのではないかと、webmasterは思うのです。
4月25日に発生したJR西日本福知山線の事故、私自身、毎日通勤で電車を利用しているし、電車好きな息子を二人抱える身としては、今回の事故は他人事とは思えない。お亡くなりになった方のご冥福と怪我をされた方の一日も早い回復をお祈りします。
事故から1日たったところ
[http://bewaad.com/20050502.html#p01:title] 自分に非があることも多い自動車事故一般と、自分にまったく非がない鉄道事故をまったく同列に扱うことはできないのでは。事故の死亡率等については、原子力安全委員会・安全目標専門部会第9回資料が詳しい。残念ながら、輸..
1. 報告義務について 2. 自動車と鉄道のちがいについて asin:480830726X:detail (著者はJR東日本元会長) *報告義務の徹底――ただし処罰ではなく問題把握のために >> 〔些細なトラブルについても報告義務を課す厳格な〕規程を改めて、たとえば列車を十分以上遅ら..
尼崎の列車脱線事故について。 id:dojin:20050501#p1 >> あの地域はJRと私鉄の競争が激しく、運賃が高いJRは、客を確保するためにスピードで私鉄と勝負していたらしい。その結果、顧客を私鉄から奪うことに成功していたらしい。 > 消費者の評価軸に安全を明..
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20050503it01.htm (ほぼ)2次元平面上をランダムな方向に走ることのできる自動車の側面衝突や,オフセット衝突をケアするための方策として,しかも,年間膨大な件数のある自動車事故の件数を勘案すると,自動車に対する対策は必..
私の父は私鉄の元運転士であり自分で起こしたことはないが生死にかかわる事件には何度か遭遇している。
ヒントである。小田急にロマンスカーという車両があるが、
1970年頃だったか父の会社でこれと似た形の特急電車ができてブルーリボン賞という
この事故については、JR酉が営業上の理由で所要時間を短縮しようとするあまり、守ることが非常に難しいダイヤを組むようになってしまったことが、最大の原因だと思います。
だから本当にJR酉が事件を反省して再発防止を誓うのなら、所要時間を増大させてでも列車のスピードダウンを行うべきでしょう。
本当に反省してるか、それとも小手先だけの対応で済まそうとしてるのか、次のダイヤ改正に注目ですね。
>企業にとって合理的な経営判断として、今のレベルの安全性にとどめているのだとすれば、そういう構造が背後にあることになります。
自分は市場原理主義を自認してますので、基本的に企業(特に大企業)は経済合理性で動いていると考えていて、経済全体や社会の求めるレベルとして、例えば安全性を個別企業の合理性を越えたレベルに設定すべきならば、それはおっしゃられるように規制が必要と思います。
ただ、同じマーケットに存在するはずの三菱自とトヨタの差違というものも存在するわけで、特に元国営企業で規制の強い業界の寡占企業企業であるJRでは、やっぱりモラルとか社風の問題もあるのかなと。こういう精神論みたいなのは自分の趣味では無いのですけれど、オーバーランの距離とか置き石とかの公表の流れを見てもおよそ合理性に基づいたものでは無いと思われますし。
今回の悲惨な事故での避け難い感情論も、JRのインフラとしての堅牢性を高め、将来の被害者を減らすことになるならば、それが唯一の救いかと。。大阪在住者としては思ったりします。。。被害者と遺族の方々には心よりお見舞い申し上げます。。。
経済的には安全性へのインセンティブが上がらないので、規制でどうにかするしかない、ということには同意するのですが、その規制へのハードルが高いのではないかと心配しています。
鉄道会社はめちゃめちゃ儲かる路線の利益を赤字垂れ流しの路線の維持に回しているわけで、儲かる路線の整備すらままならないのが現状です。
結局、赤字路線をどこまで切り捨てられるかがカギであって、これが政治的には大きなネックになる気がするのです。
まあ根本的な解決にはならなくても、今回の事故を反省して安全性向上への道筋はつけられると思いたいですが。
交通事故についての資料としては
平成15年版 交通安全白書 概要
http://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/h15kou_haku/h15gai.html
などは如何ですか?
また自動車交通事故については確かにもっと労力を割かれるべきだとは思いますが、
結局の所「現在の交通規制について包括的に見直した上で」「【いつでも】【どこの道でも】自動車【ばかり】使う」ことを
制限しなくてはならないのでそれを嫌がって検討さえもしないか
ヘンな対策 (自転車雑誌「バイシクルクラブ」などで書かれている方向
引用情報は http://itttw.exblog.jp/1554440/ など) にいくのだとは
邪推しています。
くだんの資料はここに
http://www.harenet.ne.jp/shinkansen/shiryo/9-p7.PDF
講演者は曽根悟先生です。信頼はおけるはず
http://www.harenet.ne.jp/shinkansen/shiryo/9-p1.PDF
情報提供ありがとうございます。訂正いたしました。