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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)
2005-07-07
■ [law]行政法学に目指してほしい方向
先月書いた「カネになっていた行政法」の続編のようなものです。きっかけは、当該エントリとは無関係にplummetさんのところで出されたan_accusedさんの次のコメントです。
法曹のなかで行政法に強い方はごく少数です。たしかに「読み方」は一般人より習熟しているかもしれませんが、官僚に敵うものではありません。例えば商売に影響する規制法が改正されるとして、それに合わせるために法律案を弁護士に依頼しても大した助言は得られず、お上(法律案を作成した原課)に問い合わせたり業界向けの説明会に参加して情報を得るしかありませんし、施行後はお上(法律案を作成した原課)の出す逐条解説や通達、通知、事務連絡などをひたすら読まされることになります(私もホント苦労させられています。ネットではなくリアルで。)。
webmasterはan_accusedさんのコメント中の「法律案を作成した原課」側に身を置いているわけですが、ほぼ同様の現状認識でして、どちらの側から見てもそうなのだなぁと。同種の問題として、上記「カネになっていた行政法」を受けて六角さんが次のような状況をご紹介です。
学界が個別法の解釈論を展開しない結果、自治体の現場で参照できる文献は全て中央省庁の手になる解説書・解説論文だけである。仮に学者の成果があったとしても、一地方公務員が気軽に参照できることはまずない。専門的な雑誌や大学の紀要は、大学図書館や都道府県図書館に行かなければ読めないのである。(略)
自治法解釈権の行使の必要性・重要性が叫ばれるようになって久しい。そして、地方自治法にとどまらず都市計画法や生活保護法といった各論の個別法のレベルで法解釈論の積み重ねが未だに進まない現状を振り返り、前途程遠しの感を深くする。
こうした状況に対する行政法学者側のご尽力については、まず「カネになっていた行政法」を書くきっかけを与えていただいたdpiさんがそれを受けてご紹介の次のような取組みがあります。
しかし、行政法における総論と各論の関係という論点は、実は30年前から議論されてきたことでもあります。かつては総論を手続法に純化させて実体法は各論・個別法の枠組みで議論しようという提案もありましたが(兼子先生)、現在ではこれは克服されて、個別法の研究を進めることで実体法としての総論の内容を豊かにし、それをまた個別法の解釈にも反映させていこうというあたりが到達点だと思います。
これと関連して、個人的に面白い体験をしたことがあります。ある省庁の知人から、ある法律に基づく営業許可取消しの法的性質について質問を受けたことがあります。僕はまさにその省庁の立案担当者が書いたその法律の逐条解説を参照して、「釈迦に説法とは思いますが」と前置きして、「これは講学上行政処分の撤回に当たるので、制裁目的で発動するものではない」という行政法の教科書には必ず書いてあることを指摘したら、内部ではあまりそういう議論がなかった(制裁目的でやったことも結構あった)と言われてだいぶ感謝(?)されました。僕はこのときはじめて「ああ、行政法総論も役に立つんだ」と感じました。
個別の法律の立法趣旨や具体的な事例判断については、立案担当者や実際に運用担当者より詳しい人はいないわけですが、行政法総論の知識をもってすればそうした「専門家」の解釈をオーバーライドすることも十分可能なわけです。もちろんそれでも運用が変わらなければ、おなじみの「実務と理論の乖離」が言われて終わってしまうのでしょうが、このたびの行政訴訟改革で裁判上のサンクションの可能性が増したと考えれば、この溝を埋めていくことも十分期待できそうです。ここにおいて学者の役割は、陳腐な指摘に属しますが、こういった個別事例をできるだけ多く収集して他事例へも応用可能な一般理論へと抽象すること、学生に一般理論と個別法との関わりを理解させること、にあるのではないでしょうか。
#ちなみに許可取消については、こちら側が制裁目的ではないと認識して発動しても、処分の相手方は制裁されたと受け止めることがほとんどで、また、メディアが天誅が下ったといわんばかりにはしゃいでいるところに「いえ、制裁じゃないんです」と説明したところで聞く耳があるはずもなく・・・。
他方、現時点ではなぜかnot foundなのですが、dpiさんのエントリを受けて田中孝男先生が書かれたエントリでは、阿部泰隆先生をご紹介の上、そのような実態に見えるのは霞が関や東大等の狭い世界の話ではないかとのご指摘もありました(意図があって閉鎖されたのかもしれないので、URIの紹介や直接の引用は控えさせていただきます)。
ではこれらの取組みが実際に効を奏すのだろうかと考えますと、webmasterは難しいのではないかと思います。dpiさんのアプローチについて申し上げるなら、個別法の数が多すぎるので、一般理論へと抽象することができても、その個別事例への当てはめの部分までカバーするものでなければ、弁護士や地方公務員、企業の法務担当者等の実務家は結局、それを頼りにすることが事実上困難です。
学者数が十分に多ければ人海戦術で対応することも可能でしょうけれども、大屋先生が国立大学の独立行政法人化に伴う学内の「法化」に関連してご紹介の次のような実態を見れば、特に地方においては可能となるにしても遠い将来でしかあり得ないように思えます。
まあ名大は良い。旧帝大最小とはいえ一応フルラインナップの法学部を自前で持っているので、それを駆使すれば(いや駆使される方の心理的肉体的な健康状態はさておいて)きちんと「法化」を進めることはできそうだ。しかし目の前で進んでいる事態を見るにつけ、いったい法学部のない大学はどうしてるんだろうという疑問は募る。うそかまことか、某国立大学に就職した先輩は「県内唯一の行政法学者」だという(しかも先輩ほんとうは環境法学者じゃないすか)。「地方分権」とか「民営化」「法人化」という言葉は美しいが、本当にそれを実現できる人的リソースがあるのか、それを整備するためのコストを社会的に負担する覚悟があるのか、とは問いたいところなのである。
阿部先生の業績については、webmasterは不勉強故に不案内なのですが、実務家が必要としているのは学問的に優れた業績なのではなく通説、つまりはそれに依拠すれば結果の予測可能性が高まるものだということにかんがみれば、それが優れた学説であればあるほど、行政法学にとっては有益であっても・・・ということになってしまいます。
#2ちゃんの法学板を見る限り、強烈な先生のようですが。
可能性を見いだすとすれば、dpiさんのご紹介では時代遅れと学界においては整理されているようですが、webmasterは兼子先生のアプローチではないかという気がします。というのも、霞が関において影響力のある行政学者を思い浮かべてみますと、塩野宏先生や藤田宙靖最高裁判事という大御所に伍して、宇賀克也先生がいらっしゃいます。何故宇賀先生にそのような影響力があるかといえば、行政手続法や情報公開法の立法に携わり、それらの法律の解釈においては霞が関の担当者(総務省)ですら頼りにせざるを得ないオーソリティとなっているからです。
霞が関の住人が、本来知識やセンスにおいて適うはずもない行政法学者に対して法解釈において優位に立ち得るのは、ひとえに条文を書くので、その趣旨や関連条文の存在を熟知しているからに過ぎません。そのポジションに行政法学者が入り優位をはぎ取ってしまえば、その結果は自ずと明らかでしょう。
行政手続法や情報公開法のような可能性がある分野としてwebmasterが思いつくのは、roi_dantonさんが先日お取り上げの行政手続オンライン化とノーアクションレターです。このあたりが行政法学者主導で法制化され、霞が関が学界に従属するようになると、実務家にとっては相当程度負担が軽減されるのではないでしょうか。
究極的には、かつて妄想めいた構想としてwebmasterが書いたリーガルパターンに行き着くわけですが。お寄せいただいたtockriさんやMartinさんのコメントを見る限り、ソフトウェア工学側には対応できるだけの可能性が十分ありそうなので、行政学者とのコラボレイトが確立できるなら、決して夢物語というわけではない、といいなぁ・・・。
あなたの目的にあった審査が甘い消費者金融を見つけて、上手にお金を借りよう。
>阿部先生の業績については、webmasterは不勉強故に不案内
>2ちゃんの法学板を見る限り、強烈な先生のようですが。
阿部先生の「こんな法律はいらない」東洋経済新報社という本では、「ダフ屋の取り締まりは違法である」「理容師法により、高校中退・中卒の人が理容師になれないのは、参入規制による既存業者保護である」(これは八田先生もそのように指摘している)「借地借家法は悪法」「抵当権実行を妨害する短期賃貸借保護はいらない(民法395条)」などの主張を法学的というよりも経済学的な論理でされています。
また、「定期借家権」 阿部泰隆・野村好弘・福井秀夫編 信山社 という本にも係わられています。(他の執筆者は、八田達夫、山崎福寿、岩田規久男、西村清彦、八代尚宏、安念潤司先生などで、この分野の代表的な先生方が勢ぞろいしています。積読状態でまだ読んでいないので、詳しくは分かりませんが、このメンバー構成から考えて、この本はこの分野の代表的な専門書だと思われます。)この本は、土地・住宅問題の専門家である山崎福寿先生が「経済学で読み解く土地・住宅問題」(良書です)で再三参照先としてあげている本です。
(素人のいい加減な推測ですが)福井先生や八田先生あたりとかなり親交があるような感じですね。(借地借家法や法と経済学など)
法曹界の方々からすると、強烈な先生かもしれませんが、経済学サイドからすると、経済学的な思考法に理解がある数少ない良心的な先生だと思います。
引用していただいた私のコメントですが、表現のおかしなところがございます。私のコメント3行目「法律案を弁護士に」を「法律案の解釈を弁護士に」へと読み替えて下さいますようお願い申し上げます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
さて、監督される側(業界)に身を置く者が要求されるのは、行政庁の法解釈の批判的検討ではなく、行政庁の法解釈(≒通説)をひたすら学習することです(拙論がbewaadさんの粗悪な劣化コピーになってしまうのも、この「習い性」を払拭できないからかも知れません)。
しかし今後、行政的事前規制から司法的事後規制へとシフトしていくに従い行政府の行う法解釈は徐々に相対化されていくだろうと思いますし、また行政法学者の皆さんの活躍の舞台も広がっていくだろうと期待しております。
(もっとも、私の勤務先が“行政判例の蓄積=行政法学の発展”に貢献するのは勘弁していただきたいですが。)
いつもながら行政法学の行方に関心を持っていただきありがとうございます。
田中孝男先生の記事ですが、先ほど確認したら読むことができました。リンクしてくださっている私のエントリに張られているトラックバックから飛ぶことができます。
また、「かつて妄想めいた構想としてwebmasterが書いたリーガルパターン」へのリンクが"Internal Server Error"になってしまうのですが、拝見することはできませんでしょうか。
>のびたさん
丁寧なご紹介ありがとうございます。To buyリストに入れたいところですが、何冊リストアップされているのか自分でもわからないという困った現状(笑)、たどり着くのはいつなのかなぁ・・・。
>an_accusedさん
いわゆる事後チェックのどの程度が司法に行くかは、個人的には若干懐疑的です。
というのも、司法のキャパシティがキャパシティなので、相当程度の拡充が必要ですが、それがなされなければ、被監督者にとっては、正当性を長時間かけて司法で争うのは機会費用が高すぎ、不当だと思う処分でも受け入れて早く業務に専念したほうが得だからです。
暴力団の債権回収が金になる理由と同じですね・・・世間的な評判の悪さでは霞が関と暴力団に大差はなく、お似合いのたとえなのかもしれませんが。
>dpiさん
昨日昼間念のために見てみたらアクセス可能で、どうやら昨日未明のみの症状だったようです。
リンク先の昔のエントリは手当てをしましたので、もうご覧いただくことが可能かと思います。ご迷惑おかけいたしました。
少々納得できなくても訴訟を回避して処分を(あるいはその前段階としての行政指導を)受け入れるというのが大方の判断であるというのは全く仰るとおりです。
これは司法部門の資源不足とともに行政争訟制度の間口が狭すぎたということも大きいですね。
本の内容は、bewaadさんもご存知であろう経済学の定番ネタばかりですから(おそらく、「定期借家権」も多少難しい程度で想定の範囲内でしょう)、購入されなくても支障は無いと思います・・・
私も、「定期借家権」までたどりつくのにどの位かかるか判らないほど読書予定の本が貯まっています(汗)
阿部泰隆先生は、「政策法務」を唱えられていて、著名な方ですよね。借地借家法の改正(定期借地権・定期借家権制度の創設)に尽力されていましたね。
阿部先生のご著書は、法と経済学的な観点が盛り込まれている点がポイントで、かつ個別具体的な社会問題に取り組まれているのが印象的です。ただ、あまり体系的でないのではないか、というのが個人的な感想です。
>an_accusedさん
あと、逆恨みをされるリスクとか(笑)。
>のびたさん、Leoneedsさん
いろいろとありがとうございます。本屋で覗いてみるところからはじめます。