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2005-07-11
■ [science][book]スティーヴン・ストロガッツ「SYNC」
内容についてwebmasterがあれこれ語れるところは少ないのですが(下手な要約はかえっておもしろさを損なってしまいそうで)、人々のネットワークのあり方と、そのネットワークを通じた流行の広がり方に触れた第10章は、昨今の日本のネット事情を考えるにいろいろと考えさせられます。
ネットワークの接続密度が極めて高いものとなると、なかなか流行は起こりづらくはなるけれども起これば大規模なものとなるというのは、詳しい部分はとことん詳しくなり、その反射的効果として、人間の情報処理能力の限界故に詳しくない部分の知識レベルはどんどん落ちてゆくというwebmasterの従来からの認識にもしっくりきます。モデル上は、ネットワークからの情報のインプットがホワイトノイズになるまでネットワークが密になれば流行は起こらなくなるわけですが、本書でも触れられているように、実際にはいくら密になっても受け手が情報にある種の格付けをして摂取するわけですから、そのような安定状態には達しない可能性もあります。
そのあたりに惹かれた身としては、このテーマの主役の一人として本書が紹介するダンカン・ワッツの著作、例えば「スモールワールド・ネットワーク」などを読みたくなるのですが、amazonのカスタマー・レビューを見る限り、訳者が余計なことをしてクオリティを下げていそうなのが気になります。その手の失敗例としては、カーリス・ボールドウィン、キム・クラーク「デザイン・ルール」で痛い目に遭ったからなぁ・・・。
『SYNC』について…
>amazonのカスタマー・レビューを見る限り、訳者が余計なことをしてクオリティを下げていそうなのが気になります。
いろいろ書かれていましたですね…。ただ、学術書の翻訳が非学術系の出版社から出るときに註や文献表がばっさり切られるってのはちょくちょくあることじゃないかと。訳者というよりページ数を減らしたい出版社側の意向じゃないかなぁと思ってました(訳者にとってはただ転載すればいいんだから―良心的な訳者なら邦訳のあるものはその書誌情報を追加しますが―別に手間でもなんでもないですし)。
注や参考文献は、正直あきらめている部分もあるのですが、まさに「デザイン・ルール」がそうだったのですけれども、余計な訳注が目に入ってしまってむかついて、読むリズムが乱されるのがいやだったりします(笑)。自分の意見を言いたければ自分の名前で本を出せ、他人の褌を借りるような真似はするな、と。