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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)
2005-07-24
■ [misc]地震
震度5ですと既体験なので、ちょっと大きいなという受け止めにとどまりますが、6になるとこんなものではすまないでしょうし、まして7では。テレビで地震体験装置(って呼び方でいいのかな?)による震度7の姿を見たことがありますが、明らかに立っていることは不可能な状態ですから、そうなると落ち着こうと思っても完全には落ち着けないだろうなぁ。
■ [movie]姑獲鳥の夏
中村先生から厳しいお言葉が。webmasterの場合、冒頭で姑獲鳥に俳優をあてた画を見た瞬間に、楽しもうと思ってみたらはしごを外されると直感して一歩引いて観るべく努めたので、それほど落胆はしませんでした。一番の印象は、京極夏彦ってしばらく見ない間に随分太ったなぁと(笑)。
やっぱり実相寺監督は幽明の境を画にしてしまう人ですから、幽を人の心に潜むものとして描く京極堂シリーズの監督を彼にした時点でこうなってしまうのは必然だったのでしょう。かつての帝都物語も脱力でしたが、あれはお金と技術がなくての脱力で、十分なSFXが可能なら(それこそEPISODE IIIなみなら)実相寺路線が恰好だったわけで、かたや京極堂シリーズはその路線自体がそぐわないようにwebmasterは思うのです。
#京極夏彦は実相寺監督のファンらしいですが、そうした好みで向き不向きの判断を曇らされてしまったのかな、とも。
そもそも京極堂シリーズが映画に向いていない(とりわけ「姑獲鳥の夏」は)のは否めず、というのも京極堂シリーズのプロットを支えるギミックのうち有り余る情報は映画に詰め込むことは困難で、であるならキャラ萌えで割り切ってしまった方がよかったのでしょう。榎木津(阿部寛)や敦ちゃん(田中麗奈)は割と良かったように思いますし。
まあ原作ファンとしては、映画のできなんぞよりも、「絡新婦の理」でポテンシャルを出し切ってしまったのかどうかがよほど気になるわけですが。あれを読んだ後では、以後の各続巻では物足りないんですよね・・・。