toppage memoranda
(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)
2005-09-02
■ [economy]「過疎地の郵便局がなくなる」とは脅しか
あまり郵政関連の話題を取り上げると小泉総理のアジェンダセッティングを受け入れてしまうようで気が引けていた(笑)のですが、ネット上で評判の高いものの中には若干異見を申し上げたいものがあり、本日は「「過疎地の郵便局が無くなる」という脅しに騙されるな!」(@Irregular Expression8/23付)を取り上げたいと思います。
当該エントリにおいてgoriさんが過疎地の郵便局はなくならないと判断されている理由は以下のとおりです。
- そもそも郵便のユニバーサルサービスを維持するためには普通郵便局・集配特定郵便局があればよく、15,000以上の無集配特定郵便局は郵便のユニバーサルサービス提供とは無関係(=これらがなくなったとしても郵便のユニバーサルサービスの提供は可能)。
- 無集配特定郵便局については、
- 仮に全廃すれば、年間約4,400億円のコスト削減。
- 行政監察により同等の業務内容をより低コストで営むことが指摘されている簡易郵便局に仮に置き換えれば、年間約2,600億円のコスト削減(なので、いずれかを行うことにより過疎地の普通郵便局・集配特定郵便局の維持コスト分は捻出可能、という含意ではないかとwebmasterは受け止めました)。
- その配置は都市部に集中しており、これらを廃止しても民間企業が提供する代替サービスが存在するので利用者利便は維持可能。
- 他方、郵政公社の試算では6,000局が黒字とされており、民業圧迫なくこれらのポテンシャルを活用するためには民営化が必要。
まず、現在の政府案でも郵便のユニバーサルサービスは維持されることとなっているので、それがなくなってしまうと心配している人は少ないでしょう。問題視されているのはあくまで貯金・保険のユニバーサルサービス提供の可否です。一口にユニバーサルサービスの提供と言ってもどの程度の密度で提供するかによって必要な局数は異なりますが、とりあえず現在の郵便局網の基本は徒歩でアクセスが可能ということになっています。
なぜそのようなことが言えるかといいますと、各市町村に最低1つの郵便局を設置するため簡易郵便局制度が導入されたのは、「市町村」が昭和の大合併前の1万強市町村だった時代でしたが、昭和の大合併に先立つ明治の大合併(直後で約16,000市町村)は各市町村に最低1つの小学校を設置すれば全国民をカバーできると考えられた徒歩圏内を基準に行われたものだからです。
#ですから、この基準を例えば自転車でアクセス可能であればよい(中学校基準)とするなら、昭和の大合併後の市町村数=4,000弱が最低郵便局数の目安となります。
したがって1番から2.1番までは、そもそも貯金・保険のユニバーサルサービス提供は不要であるとするなら別ですが、多くの反対派の懸念を払拭するものではないということになります。
また、2.2番から3番までについては、それらの前提の妥当性について議論があります。まず簡易郵便局については、行政監察に基づく勧告そのものにおいても、無集配特定郵便局と置き換えを検討すべき対象としては、立地上利用者の性質が限定され取扱業務範囲の差が問題にならない場合や人口減少などにより取扱業務量が減少した場合とされています。つまり、簡易郵便局が低コストといっても、総じて取扱業務の範囲や量の差がある故でもあり、そもそも置き換えが困難なケースや、置き換えてもコスト低下にはつながらないケースがあるということになります。
#あくまで個人の体験であり統計的に妥当なサンプリングではありませんが、郵便局めぐりを趣味とされている方の体験でも、簡易郵便局のコンプライアンスの問題や施設・設備の整備の遅れが見られます。
郵便局別の損益の公社試算についても、goriさんのご指摘のように黒字局の活用がなされるとして、赤字局は廃止された場合にはより都市部への集中が進むことを示唆するものです。goriさんは平成15年度都道府県別郵便局数を見れば分かる通り、実は無集配特定郵便局が集中しているのは過疎地ではなく大都市圏だったりする。東京1379局・神奈川681局・埼玉543局・千葉590局・愛知716局・大阪1010局・京都368局・兵庫696局、これらを合計すると合計5983局に上る
とされています。
郵便のユニバーサルサービス提供に必要な普通郵便局・集配特定郵便局は制度的に存続させざるを得ないとして、無集配特定郵便局の赤字局が廃止される場合、次のような結果となります。
| 都府県 | 無集配特定郵便局 | 全国シェア(A) | 赤字(=廃止)局 | 黒字(=存続)局 | 黒字局全国シェア(B) | シェア増加(B-A) |
| 東京 | 1,380 | 8.96% | 880 | 500 | 9.89% | 0.93%ポイント |
| 神奈川 | 680 | 4.41% | 200 | 480 | 9.49% | 5.08%ポイント |
| 埼玉 | 543 | 3.53% | 104 | 439 | 8.68% | 5.16%ポイント |
| 千葉 | 590 | 3.83% | 270 | 320 | 6.33% | 2.50%ポイント |
| 愛知 | 716 | 4.65% | 161 | 555 | 10.98% | 6.33%ポイント |
| 大阪 | 1,010 | 6.56% | 483 | 527 | 10.42% | 3.87%ポイント |
| 京都 | 368 | 2.39% | 219 | 149 | 2.95% | 0.56%ポイント |
| 兵庫 | 696 | 4.52% | 410 | 286 | 5.66% | 1.14%ポイント |
| 全国 | 15,403 | 100% | 10,347 | 5,056 | 100% | - |
上記都府県の全てでシェアが増加する見込みが示されていますが、その他の道県を含めても、シェア増加となるのは静岡、岐阜、奈良、群馬、栃木、香川、茨城、三重だけで、その他の道県はシェアが低下します(率として低下が最大なのは北海道(5.02%(773局)から0.97%(49局)へ4.05%ポイントの低下)で、数として存続局が最も少ないのは鳥取(97局すべてが赤字で存続局なし)です)。郵便とは違い貯金・保険についてはユニバーサルサービス提供義務が課されていませんので、赤字店舗の廃止をためらう理由はありません。goriさんのロジックはwebmasterが勝手に推察しているだけですが、その推察が正しければ、コスト的に可能であることと経営判断として妥当であることはイコールではなく、廃止すればより利潤が増加するであろうことを行わないと期待できる合理的理由はありません。
法的には、あくまで郵便局を設置するのは郵便局株式会社(窓口ネットワーク会社)であり郵便貯金銀行や郵便保険会社ではありませんが、貯金・保険にとっては郵便局株式会社の過疎地郵便局の存続を可能とするための内部補助をサポートするような委託手数料を設定するインセンティブはありません。頼りになるのは2兆円規模と想定されている基金のみであり、足りなければ郵便局株式会社に損失がたまることとなります。
それを避けようと郵便貯金銀行や郵便保険会社に政府が圧力をかけるようなことがもしあるとすれば、それは不透明な行政介入に他なりません。民営化とは利潤追求を第一義とする経営判断に基づき効率的な経営を行わせるためのものであり、そのような圧力・介入が必要というケースがあるとすれば、それは民営化に無理があることを示す以外の何物でもないのです。
同じにしてはいけないのかもしれませんが
旧国鉄(JR)の赤字ローカル線廃止の話がアタマに浮かびました。
どうなんでしょ?
もちろん同じ側面もあると思います。以前下記で論じてみたのでよろしければご覧ください。
http://bewaad.com/20050708.html#p01
ただ国鉄の際には、ユニバーサルサービス提供義務の要不要についての議論がなされ、それは不要であるとのコンセンサス(もちろん反対が皆無になったわけではありませんが)も形成されていました。
しかし郵政民営化においては、(貯金・保険の)ユニバーサルサービス提供義務は廃止すると明言しつつ、過疎地での提供がなくなるわけではないとも答弁しており、そこにごまかしというか鵺的な不透明さがあると思うのです。
徒歩で窓口にアクセスできるってのは損保代理店の様に「書留」や「内容証明」を使う必要がある業務が成立できるかどうかにとって重要な話ですね。集配局だけが必要な訳ではないでしょう。ただ、人件費がかかっても、配達職員が窓口業務と同等のサービスを電話予約で提供すれば集配局だけでよくなるとは思うのですが。
以前の流れで考えてちょっと地域別にどんな風に郵便局があるか考えてみました。
「せいぜいマンション一棟分しか人口がない田舎の町村よりはるかに人口密度が高い中小のニュータウン」でも必ずしも郵便局が徒歩で利用できるようにはなってませんね。
DID内部でも徒歩で窓口にアクセスできるってことを放棄しているように見えるのに、過去に人がたくさん居た事を理由に、コストをかけて旧村単位で徒歩圏に郵便局を配置しているとなると無駄があるように見えます。
でも、サービス対象の分布とコストをつきあわせて局の整理統合が必要なんてのは当たり前の話。問題は、「組織の整理統合がうまくいかないので民営化してしまう」事ですね。「国には組織の管理能力はなくてもよい、管理能力不足が明らかになった部門は民営化する」って変な話です。行政の政治主導を明確にした上で総理大臣や内閣の方針としてこんなもんが出てくるとすると、かなり恥ずかしい話では?つまり行政府にはコスト意識や管理能力は不要って事なんでしょうか?
DIDであれば民間の同種サービスが存在するなど(信書便は現時点では存在しませんが、通常郵便であれば、局はなくてもポストで足りるので)、non-DIDに比べ公的なコミットメントを行う必要性は低いのは否めないでしょう。
なお、少なくとも行政においてコスト意識が低いのは事実です。やらなければならない仕事を金がないからといってやらないことはありませんので・・・。
> DIDであれば民間の同種サービスが存在
それがそうでもないんですよ。モータリゼーションなしでは生活できないということになると、徒歩圏では商業もうまく成り立っていない。徒歩圏にポストはあっても切手は売ってなかったりします。都市部でその程度でいいのなら田舎でもその程度でいいのではないかと思うけど、現在想定しているユニバーサルアクセスはどの程度なのか見えてないですね。(そんな状況で国民に信認を求められてもなぁ...)
> やらなければならない仕事を金がないからといってやらないことはありませんので
「やらなければいけない仕事」を明確にして、その実現に不必要なコストを削って、コスト総額を抑制する程度のコスト意識のつもりでしたが.....(郵政民営化推進の意見を見た時に、要求されてるのはその程度のコスト意識って思ってしまったらしいです。)
Bewaadさんのコメントを見て、国鉄技官→JRな人が「貨物部門の大赤字は土木工学的にやるべき事がはっきり見えすぎて予算要求が通りやすかった事が大きな要因」とおっしゃっていたのを思い出しました。
DID=Densely Inhabited District(人口集中地区)
パンピーにも通じるように行政用語には注釈を付けた方がよいかと・・・
>kumakuma1967さん
ポストのそばには(郵便局ではありませんが)切手販売所を設置する(タバコ屋さんなんかが典型ですが)というのが制度的に手当てされているはずなのですが、実態は違うのかな?
旧国鉄の話は参考になりました。
>ryonさん
kumakumaさんとは以前関連する議論をしたことがあって、それに甘えてしまいました。失礼しました。
bewaadさん、私がつけるべきでした。申し訳ない>DID
#私が受験したころは共通一次の出題範囲だったので、甘えていました。
タバコは自販機になってしまって、切手の取り扱いをやめる(ひょっとして公式には扱ってる事になっている)みたいですね。そういう場所で暮らしていくためには車に乗って毎日お買い物や通勤をしているわけですから、切手だけが販売されても意味はありませんし。
そのあたり、東京とそれ以外といった違いや、公共交通機関の密度などと照らし合わせてみると、実は自動車がなくて一番暮らしやすいのは東京だったりもしますよね。
とゆーか、郵貯と簡保だけの簡易郵便局って、切手の販売やってましたっけ・・・。過去に何度か使った時は、「切符ないです」と言われたケースが多くて。
悉皆的に調べたわけではありませんが、エントリ中でコンプライアンスの問題として紹介したリンク先のように、本来取り扱うべきものを取り扱っていないとした可能性があるのではないでしょうか。