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2005-09-07
■ [politics][economy]再び雪斎さんへ
「論座」2005.10号における選挙特集に雪斎さんが寄稿された論考が、ご本人のblogに再掲されています。つい先日も雪斎さんのエントリへの反論をさせていただいたところですが、ネットでも公開されたことに甘えて、この論考について思うところを述べたいと思います。このような機会を与えていただき、雪斎さんには心より感謝申し上げます。
拝読してwebmasterが最も異議を申し上げたいのは次の部分です(強調はwebmasterによります)。
筆者は、小澤の「普通の国」路線と同様に小泉の「構造改革」路線を一貫して支持してきた。小澤と小泉の政策路線には、「小さな政府」を標榜し、たとえば「自助努力」の意義を強調する余りに、「格差」を容認し「平等」の価値を軽視するという批判が向けられた。しかし、我が国の本質的な課題は、現在の我が国が持つ経済上の実力や社会上の活力を、どのように保つかということに他ならない。そうした社会上の「活力」を前提にしてこそ、我が国は、どのように対外的な影響力を発揮し対内的な「公正」を確保するかということを議論できるのではなかろうか。此度の総選挙に際して下されるであろう「構造改革」路線への評価は、この社会上の「活力」の維持という観点からも判断されるべきであろう。
現在の日本経済には全く活力がなく、「経済上の実力や社会上の活力」という観点からの構造改革路線支持は矛盾しています。前回雪斎さんのエントリを取り上げた際に、現在の景気回復は輸出増加に過ぎないと申し上げました。統計上は設備投資も堅調ですが、以前論じたように資本ストックの水準は低調なままで、単に寿命を迎えるまでとことん使い尽くされた設備が多いというだけのことです。家計消費は底堅いと言われていますが、逆に言えば下掲のように、実際の支出を示す帰属家賃を除くベースでは、10年前の名目水準に劣っています(支出額は単位兆円。なお、帰属家賃とは、持ち家のある家計においては家賃支出がありませんが、それでは持ち家比率が上昇するとGDPが低下することになるので、調整のため家賃相当額として算出される数値のことです)。
| 年度 | 家計最終消費支出 | 除く持ち家の帰属家賃 |
| 1994 | 268.9 | 226.3 |
| 1995 | 273.7 | 229.6 |
| 1996 | 281.1 | 235.4 |
| 1997 | 282.2 | 235.1 |
| 1998 | 281.9 | 233.7 |
| 1999 | 280.5 | 231.3 |
| 2000 | 280.2 | 230.0 |
| 2001 | 278.9 | 227.6 |
| 2002 | 278.0 | 226.0 |
| 2003 | 277.4 | 224.5 |
| 2004 | 279.4 | 225.7 |
念のため実質支出も掲げると次のとおりですが、4年で20兆円弱という輸出増に比べればそのインパクトの小ささがお分かりいただけるかと存じます。
| 年度 | 家計最終消費支出 | 除く持ち家の帰属家賃 |
| 1994 | 267.2 | 222.3 |
| 1995 | 273.3 | 227.6 |
| 1996 | 280.4 | 233.7 |
| 1997 | 277.8 | 230.2 |
| 1998 | 278.4 | 230.0 |
| 1999 | 278.6 | 229.3 |
| 2000 | 280.7 | 230.6 |
| 2001 | 282.7 | 231.6 |
| 2002 | 284.6 | 232.8 |
| 2003 | 285.9 | 233.2 |
| 2004 | 289.5 | 235.9 |
このようにデフレを放置した結果、企業の新陳代謝はますます滞っています。まず、以前田中秀臣先生がご紹介の開廃業率の推移(竹森俊平「経済論戦は甦る」記載計数の補足)を紹介すれば次のとおりです。
| 年度 | 開業率(%) | 廃業率(%) |
| 75〜78 | 5.9 | 3.8 |
| 78〜81 | 5.9 | 3.8 |
| 81〜86 | 4.3 | 4.0 |
| 86〜91 | 3.5 | 4.0 |
| 91〜96 | 2.7 | 3.2 |
| 96〜99 | 3.6 | 5.6 |
| 99〜01 | 3.1 | 4.5 |
最新の調査結果を見ますと、ベースが違うようなので過去の分もまとめて別途掲載しますが、次のように相変わらず開業率は伸び悩む一方、廃業率は右肩上がりです。
| 年度 | 事業所新設率(%) | 廃業率(%) |
| 1994 | 4.6 | 4.7 |
| 1999 | 4.1 | 5.9 |
| 2004 | 4.2 | 6.4 |
これらは偶然そうなったというわけではなく、次のようにカバレロとハマーによる理論的解明も進められています。
もう一つは、不況時は事業家がリスク許容度が小さくなったり、保有する純資産が低下し、外部資金コストが上昇するため、新規参入が見送られたり、新規の雇用や設備に対し消極的になる点だ。カバレロとハマーが米国の製造業を対象に行った実証研究の結果は以下の通りだ。一般に不況下でも果敢に参入するのは技術力に自信を持った事業家だが、社齢の若い企業が不況で損失が発生し、融資を受けられなくなって退出して、雇用が破壊される。情報の非対称性で技術力の優劣ではなく純資産が多い企業が外部資金を得やすい。このため、不況時に参入できるのは純資産が大きい企業に限られる。不況から時間が経過した後でも、純資産の小さい事業家はなかなか参入できない一方で、社齢の古い企業のリストラに歯止めがかかる。このように、不況は新規参入を抑制する一方で、社齢の古い企業の存続を促進する。この結果、経済全体の生産性を下げる。不況が創造なき破壊となる点でシュンペーターには皮肉な結果だ。日本でも、景気の良い時期に開業率が高く、廃業率が低く、不況期には開業率が高く、廃業率が低くなり(ママ)、需要が冷え込んだ時期に新たな起業が起き難いという常識が当てはまる。
#なお、「ママ」の部分は、正しくは不況期には逆となります。(9/8追記)
「「構造改革」の政策思想−創造的破壊か創造なき破壊か」@連合総研
以上のように、経済の実力や社会の活力といった観点から構造改革路線を評価するのであれば、絶対に路線存続を許すべきではないという結論しか導き得ません。構造改革に賛成であるというなら、それらを損なってでも成し遂げなければならないことがあるとの理由でない限り、知的に不誠実であると断ぜざるを得ません。無礼を承知で申し上げるなら、「社会上の「活力」を保つために必要な「構造改革」」というタイトルは悪質なプロパガンダです。
その他の主な気づきの点についても触れますと次のとおりです。
英国紙『ザ・タイムズ』は、「日本における『真昼の決闘』」と題された記事の中で、「国会内での崩落は、小さな政府(smaller government)か旧式の費用が高く付く大きな政府(the old-style high-spending big government)かを選ぶ岐路に日本を押し遣った」と書いた。此度の総選挙の争点は、表面的には郵政民営化の是非であるけれども、本質的には「小さな政府」への歩みを速めるのを是とするか、あるいは非とするかということなのであろう。
- 現在の日本が国際的に見れば「小さな政府」であることは以前論じましたし、cloudyさんによるわかりやすいまとめもあります。そもそも、仮に小泉政権が敗北したところで、その際に与党の中心となるであろう民主党にしても構造改革原理主義であることに変わりはなく、「『小さな政府』への歩み」以外の選択肢など事実上ありません。しょせん今回の選挙は構造改革原理主義者どうしのポケットの中の戦争であるに過ぎません。
そうした「反」の論理や感情は、それに拠る人々に何らかの正義を背負っているかのような錯覚を与えるものであったとしても、何ら積極的なものを生み出せるわけではない。
- 小泉総理の動機として反田中・反経世会という部分が相当程度あるのではないかとの指摘は数多くなされていますし、構造改革原理主義にしても既得権(と世間的に信じられているもの)への反感という一点において共通を見るだけで、その具体論が異なるというのは珍しいことではありません。ここでのご指摘が「抵抗勢力」にのみ向けられ、小泉総理らに向けられないのはダブルスタンダードでしょう。
今回の選挙の核心的な争点は、小泉総理のネオリベラル改革の継続→結果としての格差の
>しょせん今回の選挙は構造改革原理主義者どうしのポケットの
>中の戦争であるに過ぎません。
禿げ上がるほど同意
どうも論評、多謝に存じます。
拙者からの所見は後で改めて提示させて頂きます。
とりあえず御礼まで。
>名無しさん
普通なら「コップの中の嵐」という言い方をするのでしょうが、ガノタの性で・・・。
>雪斎さん
ご好意に甘えて書かせていただきました。建設的な議論ができればと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
消費税の増税についての人々の街頭インタビューでの答えが気になったのですが、はっきりと福祉や年金に使われると約束されれば増税も容認する(どころか歓迎する?)ような意見が多かったようです。今は不透明で何に使われてるのかわからないからそのままでは嫌だ、みたいな。こうした反応からは日本人は本質的には大きな政府容認の傾向が強いんじゃないかと感じたのですが、どうなんでしょうか?「高福祉なら高負担でも受け入れる」というのは北欧型の大きな政府の発想でしょう。もし小さな政府が好きなら基本的に公共サービスには頼らない(自分で自分の面倒見る)のだから、条件付でももっと強い拒否反応があるはずですが。もっともテレビ見ただけの印象なので、信頼置ける調査ではどうなっているのかわかりませんけど。
まあ、四国のダムみたいな話なんですよね(笑)
今度の台風が来たら一晩で満水になり水飢饉は解消だそうです。
もちろんマクロ経済政策が「雨乞い踊り」みたに全く無効であるなら、
四国の産業構造を変革して水の消費量を大幅に減らすとか、そもそも
水なしでも生きていける強靱な体力を得るように努力するとかいった
構造改革以外に水飢饉の再来を避けることは不可能でしょうが。
それにしても、今度の郵政民営化の政府案vs民主党案に関しては
大笑いなのは、政府案が事実上完全に骨抜き&郵政肥大化策だと郵政の
中の人が気が付いてしまい(笑)、どうも小泉改革支持に回っている
らしいという話です。
これまでも、大声で「財政赤字30兆円まで圧縮」とか「都市銀行でも
駄目銀行の淘汰は当然」と大向こう受けする発言はするものの、最後は
全部尻抜けで公約反故にしてきた(おかげで破局は避けられたw)のが
現政権の政策なわけで、それに対して「最後までやり抜く」と民主党が
言い募れば言い募るほど支持は低下するんじゃないでしょうか?
まったく、正直者には生きにくい時代ですなorz
僕は小泉首相の「構造改革なくして景気回復なし」というスローガンはあべこべで、本当は「景気回復なくして構造改革なし」が正しいのではないかと考えてます。
日本経済や社会の構造が一変したのは1955年〜1985年の経済成長期ですしね。
こう考えると、構造改革を目指す人こそ、リフレ政策に賛成すべきだと思うのですが。
>日本でも、景気の良い時期に開業率が高く、廃業率が低く、不況期には開業率が高く、廃業率が低くなり、需要が冷え込んだ時期に新たな起業が起き難いという常識が当てはまる。
コピペで間違ってませんか?
> すなふきんさん
阪大の大竹先生が週刊東洋経済「軽い負担、重い負担感」にて似たような事を書かれています。
http://www.toyokeizai.co.jp/mag/toyo/2005/w0910.html
蛇足
つ【今週の「ダカーポ」いまどきの「教養」の条件。はたして「教養人」と言われることはホメ言葉か?】
http://www.magazine.co.jp/regulars/magamix/contents.jsp?shiCd=DC&gosu=568
こんばんは。
このエントリーに関するコメントですけれども。きちんとしたものを拙ブログのエントリーで書くということで対応しますが、それでよろしいでしょうか。
>すなふきんさん
たいていは増税は徹底的な歳出削減の後、なんてされているわけですが(笑)。銀行の公的資金狂想曲は、事前にはそれなりの支持を得ていながら、実際に動き出したら叩かれだしたものの好例ではないかと思います。
>銅鑼衣紋さん
小泉総理は改革において妥協しているといって民主党支持に回る人間もいるわけで、ご指摘のようなメカニズムがどこまで支持率上昇につながっているかは要検討かな、とは思います。
ちなみにダムのたとえ、とってもわかりやすくていいなぁと思いつつ、ダムって抵抗勢力の典型例として妙な理解をされやしないかとの不安が完全にはぬぐいきれません・・・。
>Baatarismさん
高度成長といえば、現代においてはそのいくばくかの程度であっても今では高望みとされるのはつらいですねl・・・。
>一国民さん
ご指摘ありがとうございました。訂正いたしました。
>小僧さん
大竹先生は立派な業績ある経済学者ですが、今年の経済財政白書をめぐってちょっと疑問なコメントをされたりもしていて、それはそのうち取り上げますが、改革に傾斜するきらいがあるのかな、と思っています。
>雪斎さん
まったく問題ありません。よろしくお願いいたします。
>すなふきんさん、小僧さん。ちょうどいま書店に橘木さんの『消費税15%による年金改革』がでてますね。読んでないので予想ですが、基礎年金部分を消費税、二階部分を民営化みたいな話ですかね? 書評の依頼きたけど辞退したんですよね。
>bewaad さん
今月の「経」の佐和先生も似たような trap に嵌まっていらっしゃいますし。
>坂東大橋近辺に勤務の方
いま手元に当該雑誌がないのでうろ覚えですが、大竹先生の文は年金政策の具体的な話までは踏み込んでいなかったと思います。無駄を減らさないと納得の行く使いかたをされていないと感じるので負担感が減らない云々...
#清志郎クラスとは言わねども良い自転車で利根川を走りたいもので
>消費税と年金
負担感云々をいうならまずは大きな政府についての誤謬を正していただきたいもので・・・。
ちなみに消費税増税は財界の主張と重なるわけですが、それへの反論が共産党・社民党からしかなされないってのも不健全なように思えます。
インチキ論法。
金持ち喧嘩せず、嫉妬するのは貧乏人。よって、いわゆる無駄遣いと年金問題がリンクしてしまうのは、多くの受給者の必要を満たしていない年金制度に問題がある。
まあでも満足している人間(例えば現在・近い将来の受給者)はわざわざ満足しているとは言わないわけで、それらの者はサイレントマジョリティ(は言い過ぎでもノットマイノリティ)であるともいえます。
お詫び
私の書いた文章により大竹先生の文章の意図とはまったく違った方向へと解釈されているようなので、後日訂正させて頂きます。
取り急ぎまで。
少なくとも私は大竹氏の論文の解釈なんかしてませんが?
慌てて書いた発言に重ねて的外れな発言をしてしまうのだろうと思いつつ....
訂正もかねて以下に、大竹先生の該当記事の要約モドキを添付させていただきます。これにもとづく議論をされる場合は正確を期す為に底本(東洋経済 9/10 号)も参照いただければ幸いです。
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日本ほど先進国で税負担が低い国はないのに少しでも税負担が上がりそうになると大きな反対の声が起こるのはなぜだろうか。第一に税金の使途が「国民の望むもの」ではないということだろう。言い換えると「政府の仕事の中身」に対する不満だ。
さらに深刻な第二の理由がある。一般のサラリーマンは税金と社会保険料の区別をあまりつけていないこと。さらに社会保険の負担額は基本的に所得比例ゆえに、低所得者でもかなりの負担率になっている。これらの事から源泉徴収からは税の負担額が小さいことを実感できないことである。
第一の理由の解決策は、政府支出の中身を変えることだ。産業別の付加価値や従業員数の分布とそれを管理する公務員の分布の間には大きな乖離がある事などから見ても分かるように、不要な公務員は多い。しかしながらそれを減らすのは意外に難しい。それを是正するには政治力学による歪を無くす方法を考えることが必要で、それが支出の中身を変えることにつながるのではないだろうか。さらに部門間の人員の配置転換や希望退職制度の導入なども必要だろう。割増退職金などを使うことで、一時的には支出が増えるかもしれないが、最終的には必要なことしかしない「小さな政府」が達成できる。一方で、してほしいことをしてくれる政府ならば、もっと税金を払ってほしい、という人たちも現れるかもしれない。
(次からは引用)
第二の理由である社会保険料の問題は、年金や医療保険を「個人勘定」にしていくことで解決できる。社会保険料は一種の貯蓄となる。結局使うのは自分自身なのだから、貯蓄をしているのに「負担が重い」という人はいなくなる。「それでは低所得者への再配分機能が働かない」という反論があるかもしれないが、社会保険に再配分機能を期待するのは間違っている。所得に比例して納付するが、保険料には上限があるから、社会保険は逆進的なのだ。もともと低所得者への再配分のためではない。再配分の問題は、税を財源にして低所得者に限定して給付するか、一律固定給付とすることで解決すべきだ。
新政権には「税金や社会保険料をもっと払いたい」と国民が思えるような政策を期待したい。
ていうか、bewaadさんやBUNTENさんのようにまず大きな政府の誤謬を正すほうがやはり先決でしょう。これ巧妙に書いているけれども日本=「大きな政府」批判を説いている人となにもかわらないように思えますが?
あといま気がついたけど職場の近くの橋の名前持ち出されてもねえ。笑。
>大竹先生のご主張
2点疑問があります。
1.所得再分配や資源配分に当たっては、負担者と受益者に乖離が生じて当然で、負担者が「税金や社会保険料をもっと払いたい」などと思うはずもありません。思うとすれば政府の業務がすべて受益者負担で行われ所得再分配や資源配分を行わないこととするようなケースで、大竹先生にとっての「小さな政府」ってのはそういうものですか、ということです。ビスマルクが社会保障を導入する以前まで時計を巻き戻すべきだとお考えなんでしょうかねぇ。
2.税と社会保険料を峻別しているからこそ、ネット増税がなかなか実現しない一方で、社会保険料はたびたび実質増となってきたのではないでしょうか。
所得の再配分をしないなら、国がわざわざ年金制度を運営する意味はないと思いますね。
それに日本の年金は多いほうです。スウェーデンより多い。
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/colCh.cfm?i=t_harada05
日本の高齢者は貯蓄も多く、就業率も高いことを考えればこれ以上年金を増やさなくてもいいように思います。
医療費負担の不安が年金額の要求を引き上げている事を考えると、スウェーデンより高くてもスウェーデンより豊かかどうかはわかりませんよ。(所得移転としては医療費を公的に負担して不安を取り除き、年金を減額した方が総額では安くなるかもしれません。)
所得移転を問題にしているのに、「高齢者は貯蓄も多く、就業率も高い」事を理由に「これ以上年金を増やさなくてもいい」というのも変な話に見えちゃいます。報酬比例部分が大きいため、十分貯蓄できた人は、年金をもらっても貯蓄性向が高いうえに就業してるなんてことがありそうです。そういう人が10%くらいいるだけで平均受給額は跳ね上がりますから。(平均を持ち出して問題をなかった事にする手法は一般的によく使われてますが.....)
私は累進制所得税の対象として年金もきちんと課税するか、無税化する代わりに累進制所得税相当額を減額すべきと考えています。
>◆さん、kumakuma1967さん
以下は1月にあれこれ書いたことの焼き直しなので詳しくはそちらをご覧頂きたいのですが(pensionカテゴリを選択ください)。
もちろん所得移転は公的年金に必須だと思いますが(そうでないと低所得者層に十分な年金が支給できるはずもないので)、それ以外にも、破綻の心配がないことによりマクロでの貯蓄額を抑制できる効果があると思います。
年金支給額が多少高くても、きちんと相続税で広く取り戻すことができるなら問題ないのでは、というように直感的に思っています。老後の不確実性に備えるための年金なのですから、結果として使わずにすんだお金から回収するのが筋ではないでしょうか。