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2005-09-13
■ [politics]民主政の具体的あり方・国際比較の巻
今回の選挙は二大政党による政権選択だということが半ば自明とされてきたわけですが、必ずしも民主政における選挙とはそうではないよ、ということをひとくさり。題材としてG7諸国を例にとってみます。
| 国 | 行政府の長の選出 | 議会(下院)選挙制度 | 政党構成 | 連邦/非連邦 |
| アメリカ | 大統領制 | 小選挙区制 | 二大政党制 | 連邦制 |
| カナダ | 議院内閣制 | 小選挙区制 | 多党制 | 連邦制 |
| イギリス | 議院内閣制 | 小選挙区制 | 二大政党制 | 非連邦制 |
| フランス | 大統領制 | 小選挙区制 | 多党制 | 非連邦制 |
| ドイツ | 議院内閣制 | 小選挙区比例代表併用制 | 二大政党制 | 連邦制 |
| イタリア | 議院内閣制 | 小選挙区比例代表並立制 | 多党制 | 非連邦制 |
というわけで、先般の選挙改革で我が国の模範とされた議院内閣制・小選挙区制に基づく二大政党制=ウェストミンスターモデルは、実はイギリスでしか見られない制度ということになります。多党制において政党連合により2つの政権選択が示されるというものを含めればイタリアも入りますが、イタリアは我が国の選挙制度改革とほぼ同時期に現行制度を導入していまして、その意味では我が国と同様に定着期にあり、今後の運用がどのようなものとなるかは定かではありません。
他の国についても簡単に触れておきますと、アメリカは行政府と立法府が完全に独立していて、解散もなければ政府提出立法もありません。最近は下院多数派と大統領所属政党がともに共和党ではありますが、立法府での投票行動において他党のそれに同調するクロスヴォーティングがまま見られ議会運営には苦労がつきものです。まして戦後長らく下院多数派は民主党だったので、共和党大統領は常に議会では少数派だったわけです。
カナダは多党制といっても二大政党のいずれかと少数会派の連立になるのでウェストミンスターモデルの例とされることも多いのですが(アメリカと違ってイギリスから平和裏に独立したこともありますし)、そもそも連邦制なので中央政府の権限は限られており、ケベック州の独立問題なども抱えていたりします。
#連合王国たるイギリスにもそのような側面がないわけではありません。
フランスは大統領に議会解散権があり、その点アメリカよりも議会に対する大統領権限は強いのですが、やはり選挙が別であるため、大統領所属政党と議会多数派が異なる(コアビタシオン)ことは珍しくありません。
ドイツは「併用制」が実態として比例代表制に近く多党制となってもおかしくないのですが、ワイマール体制が多数の少数党の連立政権による不安定な政権運営ゆえにナチスの台頭を招いたとの反省から、少数党に厳しい枠組みとなっているがために二大政党制(という整理になっていますが、実態は自由民主党を加えた三政党制。イギリスも実は同様ですが)という凝った制度になっています。解散権の制限(二本でいう69条解散に限定)など他にも細かな工夫がいろいろありますが、最近のシュレーダー政権による自招不信任解散など今後の成り行きが気になる現在ではあります。
イギリスに話を戻しますと、当面我が国では純粋なウェストミンスターモデルというよりはサッチャリズムが志向されていますが、なぜブレア政権が登場したか、端的には功罪相半ばするとのイギリスでの現在の評価(例えばflapjackさんの現地でのお話などをご覧ください)をどこまで知ってのことか、という点には疑問があります。まして往時のイギリスのように供給制約にない我が国においては、さらに功は少なくならざるを得ません。
#ところでflapjackさん、なんでtrackbackに勇気がいるのでしょう?(笑)そんなに敷居が高いのでしょうか?
そもそもウェストミンスターモデルの評価について、あまりにいい面だけが紹介されているのではないでしょうか。例えばかみぽこさんがご紹介の実態(もちろんこれも評価軸の一つであって絶対視すべきではないのですけれども)を見て、そうしたデメリットよりもメリットが大きいとの判断がなされているようには、webmasterには見えないのです。
やや旧聞に属するが、9月2日付毎日新聞より(http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20050903k0000m010112000c.html) 衆院選:「日本で最も予測つかない選挙」と英タイムズ紙 英国はマニフェストや小選挙区制など日本が選挙のお手本にしてきた国だ。衆院選に対するメ..
「『ポリローグ』はひとつの賭である。(‥‥)特異な言行為のただ中に、そこにみずからを措定する、肯定的な、単一の主体、すべての人がもつ模倣し得ないもの、取り込まれ得ないものに呼びかける単一の主体が目覚めることは可能なのだ、という賭である。 『一なる復活』..
おっしゃるとおりだと思います。これは僕自身も非常に不思議に思っているのですが、80年代末期以降日本は、制度的には小選挙区の導入と二大政党制への志向という点で、政治思想的にはサッチャリズムを軸として、イギリスを強く意識してきたと思います。もう少し具体的には、94年に小選挙区制度が導入されたことでそれを所与の環境として、そのなかで民主党は二大政党制を志向し、一方、自民党(あと小沢自由党でしょうか)のなかではサッチャリズムへの志向が優勢になっていったと。
小選挙区制度(その結果として派生する二大政党制)についてですが、かみぽこさんとは同じ議論のラインではありませんが、ガーディアンなどでも、5月のイギリスの総選挙のあと、いくつもの論説が選挙制度の見直しは必須であるという論旨でこの問題を扱っていたのを覚えています。しかし、この問題は日本では5月にはまったく言及されませんでした(私のところでも扱えていません)。同様のことがサッチャリズムの功罪(特に罪)についてもいえます(いつぞやサッチャーが日本を訪れたときの下にもおかぬ英雄扱いぶりには驚くものがありました)。
こうしたことは一部では常識に属することではないかと思いますが、実際の日本政治においては、80年代末期ぐらいに理念化されたイギリス(なるもの)が90年代以降強い影響をあたえてきたのではないか。その像はかならずしもイギリスの実際をほんとうに知って考えられたものではないと思えます。長くなりました。
あ、trackbackに勇気? そりゃ、そうです。ここに、まともな議論を求めていらっしゃる数多くの方々の目に触れるのですから勇気いりますよ。
昔サッチャーにかぶれていた身としては他人事ではないのですが、我が国での好意的受容の理由を考えてみますと、退任の原因が人頭税という個別政策に帰せられサッチャリズムに及んでいないこと、政権交代はメージャーの時代であって彼女の時代でないこと、「第三の道」がサッチャリズムの部分肯定であること、といったところでしょうか。
サッチャリズムですが、私は日本ではあまりにも過大評価されているのではないかと思います。
今まで何人もの英国人とともに職場をともにしてきましたが、サッチャー婦人をボロクソに言う英国人にあったことはありますが、その逆はありません。
私がともに働いているのは主に20代後半の若者たちなので、70年代の構造不況を知りませんので、物心ついたときにはサッチャリズムでボロボロにされた地域社会を見て育ったためではないかと思います。
一応、階級別に採用しているわけではないので、労働者階級から貴族までいろんな出自の英国人がいますが、いずれもサッチャリズムについては「国家国民を分裂させ、英国を【衰退】させた」と口を揃えています。
統計的な事実と、彼らの評価が一致するかどうか知りませんが、英国人一般の評価として、特に若者の評価としてサッチャリズムは敬遠されるべきものだと理解されているものだと思われます。
サッチャリズムの辛抱者には以外に思われるかもしれませんが、彼らはサッチャー婦人の名を口にするたびに「穢れる」と言って唾を吐き、サッチャー婦人が倒れたときは全国の英国人に呼びかけてパーティーを開いて喜んでおりました。
「サッチャー家の奴らは悪人だ」とまで罵る彼らを見て、私はただ驚いていましたが、子息のマーク・サッチャー氏が逮捕されてその所業が明るみにでると、なるほど彼らの憎悪も理由のないことではないのかと多少納得したしだいです。
以上。私の知っている範囲のことです。
また、英国保守党においてもサッチャリズムを「過去のもの」として大会決議で放棄が宣言されていますね。
小沢一朗がその大会の数ヶ月後に英国を訪問して状況を聞き取りしてきています。帰国後小沢一朗は自由党を解散して民主党に合流。連合推薦の労組政治家に転向しました。
今回の選挙でも県内の日教組が小沢支持で集票していてのを不思議な思いで眺めておりました。
いまはやりの「構造改革」は、基本的にその国の地域社会をほぼ例外なくボロボロにしています。
参考http://www.enpitu.ne.jp/usr10/104241/
すみません。間違えました。
サッチャリズムを否定した保守党大会の後に小沢氏は自由党を解散して民主党に合流したのでした。
英国視察は、さらにその選挙の後でした。鳩山さんを連れていったことを思い出して間違いに気付きました。
小沢氏はロンドンの中央政党ばかりでなく、スコットランドやウェールズの地方政党の動向にも関心を持ったようで、帰国後「小さな政府研究会」は弟子の達曾拓也に任せて、自分は東北出身者議員だけを集めて「東北議員連盟」と言う地域別の政策集団・派閥をつくりました。
かつてサッチャリズムの辛抱者と思われていた小沢氏ですが、既に別の道を模索しています。でも、あんまり知られていない。
自分の選挙区なのに勘違いしていました。すみません。
日本ではサッチャリズムのその後の経緯はマスコミであまり報道されてないように思うのですが。これは意図的なものなのか、ただ情報不足なのか、どうなんでしょうか。vodkaさんのお話が実情ならば、日本の構造改革を好意的に受け止める英米でも、サッチャリズムとダブらせて評価しているとはいえないということになりますよね。そこらへんで彼我の認識にズレがあるのでは。
>vodkaさん
サッチャリズムへの批判的検討が日本においてなされていないのは、ちょうど左翼の退潮に時期が重なり、反対言論が負け犬の遠吠えのごとく受け止められたという背景があるのではないかと思います。
サッチャリズムの副作用については、flapjackさんもお取り上げの「ハードワーク」の邦訳が出版されたところですので、そのうち目を通してみたいと思います。
>ゆーきさん
ニュージーランドについては、一時期こぞって改革派がほめそやしたものの、最近ではまったく取り上げられなくなっていますが、ご紹介のような実態がわかってきたということなのでしょう。リフレ派だけがインフレターゲットによるデフレ脱出の成功例として今なお取り上げていますが(笑)。
>すなふきんさん
欧米のメディアにしてもクルーグマンに叩かれているようにでたらめなことを書くことはあって、特に日本については意識的にか無意識的にかステレオタイプな記事も少なくありません(もちろん優れたものも多いですけど)。finalventさんがよく依拠しているヴォルフレンにしても、自らの祖国が「柱状化」にもとづくコーポラティズムの伝統があるのですが、それをおくびにも出さずよくもまああそこまで偏った見方ができるものだと思いますし。
スティグリッツのIMF批判にしても欧米メディアでメジャーではなく、IMFのワシントンコンセンサス路線にはおおむね好意的ですが、そのような観点から小泉路線を評価しているのでしょう。
詳しいことは知りませんが、私が配信してもらっている銀行のレポートを読む限りでは、内政に関してブレアがサッチャリズムを継承していると言う評価は出来ないと思います。
ブレアはスコットランド、ウェールズの自治を復活させた上に、グレーターロンドンなどイングランド諸都市の自治も復活させ、地方公共団体の公共部門を強化しました。(サッチャーは大ロンドンの市政を国家の管理化においてたんですね。昨日まで知りませんでした。)
サッチャーは大胆な民営化を行いましたが、水道や電気事業などの民政部門まで民営化してしまったため市民生活上大きな弊害を生んでしまいました。参入した民間企業がカルテル化してコストを下げずにサービスを悪化させたのです。
そこでブレアは、民間企業に自由競争を強いるため、水道局などの公営企業を復活させました。現在イングランドの公共サービスは公共企業と民間企業が入札競争によって事業を獲得する方法をとっています。すると税金で支えられた公営企業の方がどうしても価格を安く抑えることが出来るため、民間企業は更なる低価格と高サービスを実現しなければ入札に勝てません。こう言う制約を課されることでやっと民間企業は自由競争原理に基づいた仕事をするようになり、民営化の効果が表れると言う理屈だそうです。
さらに、大都市の渋滞緩和とエネルギー節約を口実に、大都市中心部へは自家用車の乗り入れを禁止して公共交通機関を使わざるを得ないように仕向けました。大ロンドン市は市内中心部の乗り入れに高額の入場料金を課し、その売り上げを公共交通機関の運営費に足して公共企業を守っています。この方式は今年になってイギリス全土に適応されることになったそうです。GPSで各車両の行路をチェックして都市部への乗り入れに重税をかけることになるそうですす。
ブレアの政治は「民営化」ではなく、「費用対効果」の最大化が目的であって、民間企業が効率を最大に出来るなら民営化、公共企業が良いなら公営のまま、どちらでもなければ公営企業と民間企業を競争させるというものです。
新保守主義者はブレアを労働党を右傾化させてサッチャリズムを継承したといいたがるようですが、ブレアのこういう政策をサッチャリズムと言うのでしょうか?
イギリス現代政治は、多くの面において日本がそれを手本としているとされるだけに、いろいろと精査の余地があるように思います。大いに問題意識を喚起していただき、本当にありがとうございます。
ブレアの政治とか、スティグリッツやクルーグマンの発想には、「第三の道」を目指す上でヒントになることが多そうですね。
今の日本の政党はどこもこういうことは見えてなくて、第一の道と第二の道の間で右往左往しているだけなのでしょう。やれやれという感じですが。
> 民主政の具体的あり方
こんなのもあります。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326301589/
これまた面白そう&得るものの多そうな本の紹介、ありがとうございます。相変わらず積読が多い状態なのですが、そのリスト候補としてメモらせていただきました。