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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)
2005-10-11
■ [politics]さらにミームで遊ぶ
前々回に引き続き、前回のエントリにもtockriさんからtrackbackをいただきましたので、こちらとしてもよろこんでお付き合いさせていただきます(笑)。
#遅くなっての対応で恐縮です。
最初に、征服や革命はミームの淘汰であって君主制ミームにおける政権交代ではないのでは、というwebmasterの考えに対していただいた次の立論を考えてみます。
まず征服について。君主制ミームが社会を満たしている社会では
- 政権交代を目論む人は「今の君主はダメだから(あるいは弱いから)オレが新しい君主になってやる」とは考えても「君主制をやめたほうがいい」とは考えない
- 被統治民は「新しい君主様になってくれたら少しは暮らしが楽になるかのう」とは考えても「君主制をやめたほうがいい」とは考えない
という状態があって、そこでおこる政権交代が征服。日本の国盗り合戦とかフランス百年戦争みたいなのをイメージしてます。ここではミームの淘汰は起こっていません。
革命について。君主制ミームが蔓延している社会において突然変異的に誰かが「誰が君主でも同じことだ、共和制っていう新しい政治のほうがいい」という新しいミームを生み出し、当時はそのミームに環境適応性が高く淘汰されずに蔓延して君主制ミームを淘汰し、結果的に政権交代がおこり制度が変わってしまうのが革命。
順序は逆になりますが、革命についてはまったく異論はありません。では征服はどうでしょうか。tockriさんがお示しの例では、君主制ミームが支配的な集団が他の君主制ミームが支配的な集団に征服されるケースが想定されているわけですが(これを「征服→被征服」(この例では「君→君」)と表すこととします)、他にも「君→共」、「共→君」、「共→共」というパターンがあり(「君」と「共」のみ存在すると仮定します)、うち2つでは明らかに淘汰が生じます(「君→共」の例としては中世都市国家(イタリア諸都市やハンザ同盟諸都市など)の領域国家への統合が、「共→君」の例としてはアメリカのハワイ併合などが挙げられます)。
では「君→君」や「共→共」はミームの淘汰なのかそれともミームが可能性を内包する政権交代なのでしょうか。webmasterの考えでは、アメリカザリガニにザリガニが駆逐されるように似て非なるものによる淘汰ではないかと思うわけですが、なかなか一筋縄ではいかないケースもあります。恥ずかしながら先日読了した長谷部恭男「比較不能な価値の迷路」に教えられたことの一つとして、イギリスの名誉革命とは実はオラニエ公ウィレムによる征服に他ならず、ルイ14世率いるフランスと対立していたオランダが親フランス国であるイギリスへ侵攻したものだということがあります。
実際、イギリスは名誉革命によりアウグスブルク同盟に加盟し、後にファルツ継承戦争に参戦するわけですが、被征服者であるイギリス支配階級はウィレムに対して参戦と引き換えに従来型統治の継続を持ちかけ、その取引の結果が権利章典その他の名誉革命の成果ということになります。ミーム自体がきちんと根付いていれば、このように征服されても生き残ったり、ウィーン体制のようにナポレオンの征服を覆したりすることもあるわけです。
しかし、こうしたwebmasterの考えに対しては、次のご指摘が痛い点を突くことになります。
しかし、返答頂いたエントリの後半でだんだん「政治ミーム」=「制度そのもの」になってしまっているように思えます。それではせっかく「ミーム」ていう面白いものを取り出した意味が薄れてしまうと思います。政治ミームと制度はちょうど遺伝子と表現形質の関係だとしたほうが面白いのではないかなと。
webmasterは法学部卒であるゆえか、例えば「立憲君主制」というものが制度そのものであるとは思っていない点がこのようなご感想の原因であるのかな、と思います。ご指摘を受けて考えるところも多々あるのですが、とりあえずこれまでのwebmasterの路線からはどのようなお答えができるかを考えると次のようになります。
表現形質に相当するものは、例えば君主制国家であれば承継がどうであるかとか(最近話題の女帝論など)、共和制国家であれば元首の選出方法がどうであるとか、その他民主制なら選挙制度、さらにこれらがいずれかにかかわらず必要となる税制や軍制などであると考えています。先の話に戻すなら、征服後においても被征服側のこれらが存置されるのであれば淘汰はされていないということになりますし、多くの場合では「君→君」「共→共」であっても征服側に影響されざるを得ず淘汰にいたるということかと存じます(戦前も戦後も日本は立憲君主制だけど、ということです)。
#この考え方が妥当かどうかは、結構迷っていたりもします。
僕は「そういう悪い政権を選んだのは自分たちじゃんか」という責任転嫁というか、不満の矛先がぐるっと回って自分に向いてしまう構造を持っている点で立憲民主政が政治ミームとして(生き残り能力で)優れていると思います。あと、ミームには(ちょうど人間の遺伝子のジャンク部分に太古の生物の遺伝子配列が含まれているように)記憶があって、過去の制度のよくなかった点をちゃんと覚えていて、そちら方向に振れそうになるとブレーキがかかる性質もあるため、新しい政治ミームになればなるほどよっぽど強い別のミームなり環境の大変化がない限り淘汰しにくい、なんていうのもどうでしょう。
日本でも戦前・戦中の責任が主として一部の者、とりわけ陸軍に帰せられたり、ドイツでも同様にナチスに帰せられている状態を見るに、なかなか「不満の矛先がぐるっと回って自分に向いてしまう」ということにはならないように思います。民主政において統治者、ひいては政策の方向性を選ぶのは抽象的な有権者集団ですが、そのような集団はあくまでフィクションとしてのみ存在するにとどまります。個々の有権者について見てみれば、野党に投票していれば与党を選んではいないわけですし、与党に投票していてもだまされたとか、政策Aは支持したけど政策Bは支持していないとか、いろいろと言い訳はあるわけでして。
■ [misc]クラシック音楽についてのひそひそ話
- hoge
- 「どうしよう、軽い気持ちでお薦めするというより感想を垂れ流したら、いっきに大人買いされちゃいましたよ」
- fuga
- 「しかもなぁ、ブル8を2枚一度に。もっと言えば片方はクナだし」
- hoge
- 「言及しておいてなんだけど、社会人失格の道をまっしぐら(笑)」
- fuga
- 「クナはクナでもワーグナーまで。でもせっかくクナのワーグナーを買うなら・・・」
- hoge・fuga
- 「パルジファル!」
- fuga
- 「ですよねぇ・・・」
- hoge
- 「だよなぁ・・・って、さらに廃人への道を切り開いてどうする(笑)」
- fuga
- 「いいじゃないですか、「指環」を薦めているわけでなし(笑)。webmasterだって「のだめカンタービレ」一気に漫喫で読んだのですからおあいこでしょう」
- hoge
- 「でも、のだめに関係ない曲に触れるのも・・・」
- fuga
- 「ブル8だってシベリウスの第2以外の交響曲だってのだめには出てこないでしょうに」
- hoge
- 「じゃ、パルジファルはそのうちヴィエラが振るということにしておきましょう(笑)」
- fuga
- 「amarettoさんがベートーヴェンの交響曲全集を買おうと思ったのはのだめの影響なのでしょうけれど、それ以外は・・・」
- hoge
- 「少なくともこのサイトではシベリウスには触れてません(笑)」
- fuga
- 「ま、クラシックファンが増えるのはいいことでしょう。前回結果的に(それほどの思い入れがなかったので)スルーしてしまったベートーベンからいきますか」
- hoge
- 「のだめからベートーヴェンの交響曲に行くなら奇数番でしょう、まず。迷わず選べるのは第7で、クライバー盤で決まり」
- fuga
- 「第5は好きじゃないのでどうでもいいや(笑)。クライバーの第7にカップリングされているので、そちらで」
- hoge
- 「残りはフルトヴェングラーといきたいところですが、第3にしても第9にしてもやっぱり録音がいまいちなので、最初に聴くには不向きなことこの上ありませんし」
- fuga
- 「バーンスタインを気に入ってくださっているようですから、バーンスタインの全集からセレクトしていただければいいんじゃないでしょうか」
- hoge
- 「間違っても第9は「ベルリンの壁」録音をお求めにならないよう(笑)」
- fuga
- 「他の登場曲をじゃあ好きなものから適当に・・・」
- hoge
- 「バルトーク「舞踏組曲」のドラティ盤! って、廃盤じゃん・・・」
- fuga
- 「(あっ、死んでる・・・)ではフリッチャイ盤をお薦めしておきましょう(「弦チェレ」も名曲です)。ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」のデュトワ盤、amazonではレビューもついていませんが、軽快で悪くないですよね、って聞いてる?」
- hoge
- 「ドヴォルジャークなら絶対第8がベスト。第9は終わり方がなってない(って、ドヴォルジャークは一般に曲の終わらせ方が下手なお人ではありますが)! ドホナーニ盤はamazonでは見つからないので、世評としてはセル盤かクーベリック盤でしょうけれど、この曲に関して言っておきたいのが、JR東日本がかつてイオカードのCM(鈴木保奈美出演)で、イオカードのおかげで間に合ったって、第8の第3楽章をBGMに使っておいてふざけたことを言うな! 間に合ってないじゃないか!」
- fuga
- 「(・・・生き返った)年齢ばれそう(笑)。じゃあ最後に、のだめ関連から離れて、せっかくの機会なので書籍やネットではなかなか知ることができないような曲をご紹介するとすれば、何がいいでしょう?」
- hoge
- 「ウォルトン「ベルシャザールの饗宴」。輸入版になりますが(っていうか国内版はみな廃盤ですが)ショウ盤がとてもいいです」
- fuga
- 「これはまたあまりにマイナーな・・・もう少し一般的なのってありません?」
- hoge
- 「じゃあショスタコーヴィチ第13番「バビヤール」なんてどうでしょう。ハイティンク盤は国内版は全集のみでばら売りは輸入版のみですが・・・」
- fuga
- 「いや、タコなら絶対タコ4! ゲルギエフ盤って決定版も出たことだし・・・」
- hoge
- 「違うだろ!」
- fuga
- 「違わない!」
ISBN:4061493205:titleという本を、クラシックにはまった初期に購入したのですが、まあ全部を参考にするわけではないとしても、こんなこと書かれたら聴きたくなります、ショスタコーヴィチ。 後期の弦楽四重奏曲を聴いてごらんなさい。もう、生きているのがいやになる。 ..
おや、意外に(?)気が合うようですね。私もムーティのヴェルディ「レクイエム」、カラヤン/ウィーンのブルックナー#8は愛聴していて、今のところmy決定盤です。カラヤンのモツレク(1961年録音ですよね?)も愛聴盤のひとつです(この録音、イントロイトゥスのテンポなど、時代の流れを感じさせるものがありますね)。
いっぽうでクライバー#7は私にはちょっと・・・この演奏、あまりにも神格化されていて、他のすべての演奏はどこかどうかで知らず知らずにこれと較べてどのように劣るか、みたいな聴き方をされる傾向がある(極論です、もちろん)ように思いますが、虚心に聞くとそれほどいいのか、という気がするのですが(#5も同様。もっとも、これが出たときの衝撃は私も共有しているのですが)。#7は今のところ数年前のアバド/ベルリンを愛聴しています(カップリングの#8の演奏も好きなこともあり)。かつてはトスカニーニ/NYP(古めかしいシロモノですみません)しか聴く気がしなくて困った時期もありましたが。
(こんなこと書いてる場合ではないのだが、思いがけぬエントリを発見してしまったので思わず。まとまりなくてすみません)
いきなりミスポ失礼。ブルックナー#8→#7が正解です。お詫びのうえ訂正します。
同じ路線と聞くとうれしくなってしまいます(モツレクはご指摘のとおり61年録音です)。ベートーヴェンはエントリで書いたようにそれほど聴いている方ではなくって、後期ロマン派限定になるともっとディープになってしまいかねないのですが(笑)。
ちなみにフルトヴェングラーに触れているように、古い録音も大歓迎です。トスカニーニもいいですよねぇ。