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2005-10-23
■ [economy][politics][book]ポリー・トインビー「ハードワーク」
かねてからflapjackさんのご紹介を受け読まなければと思い、Apemanさんからもtrackbackをいただいた本書をようやく読了。過半を占めているイギリスの低賃金労働の実態の描写はさておき(興味深い事例ではありますが、ここで論じる話ではないかな、という趣旨です)、その政策的含意がなかなか悩ましい一冊です。
本書では最低賃金の引上げを対策として提案しているわけですが、サッチャー首相の知恵袋として紹介されるパトリック・ミンフォード教授のように、何らかの価格統制を導入すれば、それにより基本的には供給ないし需要が減少する(本件で言えば、最低賃金規制の導入ないしその水準の引上げにより失業者が増える)というのがミクロ経済学における普遍的知見だからです‐ミンフォード教授のように、正確にどれだけの減少につながるかの試算(p267)が可能かどうかは別としても。つまり、最低賃金以下なら雇いたいという労働需要が顕在化せず、その賃金でも働きたいという労働者は失業から脱出できないということになります。
しかし実態として本書で紹介されるのは、そのような径路での失業率は増加しなかったという結果です。手がかりの一つは最低賃金規制の導入によって、100万もの雇用機会が創出されたため、喪失分を計測することができなかった
(p268)との記述ですが、これがいかなるロジックによるものかは分析されていないので、低賃金労働者の所得向上が総消費の増加につながってマクロ経済が上向いたというwebmasterが思いつく理由によるものなのか、それ以外の理由によるものなのかはわかりません。
また、以前hicksianさんがご紹介の強迫観念による政策の偏りを端無くも表している点も、本書に日本の将来を重ね合わせるに興味深くあります。筆者はしきりに70年代の階層構造を引き合いに出して現状を批判しますが、同時に70年代の労働組合への嫌悪感をも持っているようです。組合がサッチャリズムを招いた(=組合がもう少しまともだったらサッチャリズムの出番はなかった)からというものであるならともかく、サッチャーも悪かったがああした組合の復活も困るというものであれば、そうした組合への拒否感こそがサッチャリズムのゆりかごだったからです。
もちろん組合を復活させるべきという話ではないのですが、組合復活の芽を完全に摘むというのであれば、サッチャリズムからそう離れた政策体系にはなり得ないでしょう。筆者のようなサッチャリズムへの批判者ですら、結局はサッチャリズムをその意味で支持してしまっているわけです。だとすれば、次のhicksianさんのご指摘のように(ご指摘の対象は対照的にサッチャリズム・レーガノミクスが超克を目指した70年代以前の経済政策体系ですが)、イギリスが真にサッチャリズムを相対化できるのはまだ先だということになるでしょうし、いわんや日本における構造改革原理主義においてをや。
もし1960年代のマクロ政策が現実よりも景気刺激的でなかったとしても(1960年代の終わりにおけるインフレ率がヨリ低かったとしても)同じような1970年代を迎えたことだろう。失業率の引き下げを要求する声は鳴り止まず限度を超えた総需要喚起策が採られたに違いない。我々が体験した1970年代は不可避的なものなのである・・・。説得によって観念の誤りをただすことはできない(現実に痛い目見ないと間違いに気づかない)、といってるも同然のような気が・・・(追記;観念の呪縛から逃れることはなかなかに難しいものだということならば納得)。う〜ん。
#でも本書によりますと、最低賃金の導入は低賃金労働者をかき集めるしか能が無い企業を淘汰する効果があるとして、(イギリス)財界主流は前向きとのこと。それに引き換え・・・。
>最低賃金の導入は低賃金労働者をかき集めるしか能が無い企業を淘汰する効果があるとして、(イギリス)財界主流は前向きとのこと。
ここは私も興味深く読みました。ほんとなら“耳が痛い”方も少なくないと思うのですが…。
自分たちがそうした経営を目指しているなら合理的ですけれどもね(笑)。
>高い給料を求めて教員になるというモラルハザードが起きる
という説を思い出します(笑)
そうした主張をする者が率先して自らの給料を引き下げないのは、自らが無能であることをよく自覚しているのでしょう(笑)。