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2005-11-22
■ [BOJ]11/18の福井日銀総裁記者会見
政府・与党関係者の牽制を受けてか、いつにも増してヒートアップしております。そうした答えを引き出した記者の方々に感謝しつつ。
(問) 速水総裁の時、2000年8月にゼロ金利政策を解除し、その後ほぼ半年後の2001年3月に方向転換した。この政策変更は外部からは失敗だったとの声もあるが、総裁はこの政策変更をどのように判断しているか。また、次に政策変更される場合、この経験をどのように活かすのか。
(答) 当時の政策について、それが成功だったか失敗だったかということは私の立場からはコメントしない。ただ、金融政策というのは、その時々に与えられた条件、そして将来にわたって予見し得る諸条件をすべて点検しながら、最も適切と思えるところを、機動的に一番良いタイミングで実施していくということだと思う。2000年の時も、そのような観点からそのような政策がとられたと理解している。
今回と前回とでは、与えられた条件が全然違うと思うし、予想する将来の姿も違っている。従って、過去の材料を下敷きにしながら私どもが判断するということではなく、現在私どもが直面している材料、そしてこれから予見される材料の中で、最も適切な政策判断をする。そしてタイミングが一番大事である。経済がグローバル化され、市場もグローバルな中で一体として動いているもとでは、政策運営のタイミングにズレがあるとその皺が将来むしろ増幅して残り、かえって悪い結果を呼ぶということもあるので、ライト・タイミングできちんとやっていきたいというのが基本的な考えである。もちろん、将来にわたって予見し得ない様々なショックが起こり得る可能性があるということは、すべての国の中央銀行が十分念頭に置きながら、そういう意味ではある程度リスクをとりながら政策運営をやっていかざるを得ない。予見し得ないことまですべて織り込もうとして、手をこまねいてタイミングを失するわけにはいかない。これは金融政策の一番難しいところだ。予期せざるショックが仮に起こった場合にも、ショックを吸収するだけの粘着性というか、そういったものを備えているかを十分計算に入れながらやっていくということである。
(後略)
コメントしないといいつつ、ゼロ金利解除は政策判断に問題はなく単に運が悪かっただけということを事実上言っているわけで、自身の退任会見でゼロ金利復活をITバブル崩壊(それも主としてアメリカのそれ)のせいにしていた速水前総裁と同じ考えだということですね。じゃあ議決延期請求権を行使した政府の見通しは間違っていたとでも? ま、ある意味金融政策の透明性を確保する発言ではあります。あのときと同じことをやるつもりだと。
(問) 量的緩和政策を続けることの副作用について改めて伺いたい。また、インフレ・ターゲティングについて、今の段階でどのようにお考えか伺いたい。
(答) 量的緩和政策の枠組みをいつ修正するのか、予断を持って臨んでいるわけではない。従って、なお当面量的緩和政策を堅持するということであるので、量的緩和政策のコスト、ベネフィットについてバランス・シートの計算が終わったわけではない。しかし、ごく大掴みに一般論で言えば、量的緩和政策は、経済を健全に運行していくメカニズムの中で一番大事な金利メカニズムを封殺しながら運営してきている。そのような大きな犠牲を払いながら、デフレ・スパイラルから脱却するためのかなり異例な措置であるという点を忘れずに、私どもが今後することについて、なぜそのような転換が必要かを是非正しく理解して頂きたい。従って、消費者物価指数に基づく約束が満たされたという判断に至った以降も、そのような大きな犠牲を払い続けた場合に、よりダイナミックで健全な息遣いが聞ける経済になるか、ということが問われなければならない。私どもは、皆さんにそれを問いながら、きちんと答えを出していきたいということが一番基本的なところである。
インフレ・ターゲットについては、少なくとも量的緩和政策を堅持している限りにおいては、消費者物価指数の前年比変化率が安定的にゼロ%以上になるというものを──これはインフレ・ターゲットとは言わないとは思うが──、重要な通過点という意味で厳格なターゲットとしている。そこから後、私どもがどのようなかたちで金融政策の透明性の枠組みを作っていくかということについては、今のところオープンである。将来重要な課題として検討していきたい。金利政策の領域に入った後の話としては、インフレーション・ターゲティングであれその他の手法であれ、一番重要な点は、金融政策の透明性の確保と機動的な運営が両立するような枠組みでなければならない。
金利メカニズムが働かないのは量的緩和をしているからではなくてデフレと名目金利非不制約の組み合わせゆえでしょうに。仮に量的緩和を行っていなかったとして、実質金利1%で資金調達可能な企業Aと同2%で資金調達可能な企業Bがあるとします。さて、2%のデフレ下において企業Aと企業Bの名目資金調達金利に差は生じるでしょうか?
で、ターゲットという単語に「通過点」という意味があるとは初めて知りました(笑)。英語のtargetにはそのような意味はないと思うのですが、何語でしょう(笑)?
(問) 先程、政府・与党との対話について質問があったが、官房長官はデフレ克服を再三おっしゃっている。目指す目標は日本銀行もデフレの克服であると思うが、消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になることが即デフレ克服であるのかという点で、総裁は以前も、その時点でデフレを克服したとはなかなか言い難いという趣旨の話をされていた。タイミングが大事であるならば、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比が安定的にゼロ%以上を達成した時、政府はデフレ克服と考えていないが、日本銀行はそれを条件にしたわけであるから、量的緩和政策を解除することになる。しかし、依然として政府にデフレ克服が目的であるという声があるとすれば、その溝を埋める説明の仕方はどういうものがあるのか伺いたい。
(答) 私どもも、消費者物価指数だけでデフレから脱却したかどうかを判断しようとしているわけではない。ただ、仮に消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になったと判断できる状況になったとすれば、以前の状況に比べれば、経済のデフレ的な要素は相当後退しており、消費者物価指数がプラスであり続ける限り、そうしたデフレ的要素はその後も時の経過とともにさらに薄れていく。私どもが言っていることはそういうことである。ただし、直ちにインフレを心配しなければならないという状況に一足飛びにはいかないであろう。量的緩和政策は、あくまでもデフレ・スパイラルに陥って経済が死んでしまうことを捨て身で防ぐための異例な措置であり、これには大変コストがかかっている。金利機能を封殺しているし、多くの消費者の皆さんも、ほとんど一文も預金利息を受け取れないという犠牲を払ってこの政策を支えている。消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になると判断した時点は、そういった異例な政策を通常の政策モードに切り替えるためのひとつの通過点である。それは通過点であっても、いくらかデフレ的雰囲気は残っているかもしれない、あるいはすぐにインフレの心配を目の前にしなくていいかもしれないが、経済は連続線上で変化していくので、私どもは経済実勢に合わせて金利政策のレジームに移っても、そこは経済実態を飛び越えて引き締め政策に一挙に転ずるという、そういう意味でのタカ派では決してない。経済が緩やかなスロープで上昇し、インフレ期待についてもあまり上昇する雰囲気がないのであれば、私どもは余裕を持ってその後の金融政策に対処する、と明言しているのはそうした意味である。むしろ、あまり異例な政策を長くやりすぎて、すべての人が「もうデフレは終わった。明日からインフレが心配だ」というところまで引っ張っていくと、その後の反動は大きく、大変な混乱を起こす。これを避けようということである。
今回の会見のエッセンスがもっとも凝縮された応答です。あまりにも盛りだくさんなので以下簡潔に。
- 消費者物価指数が安定的にゼロ以上という基準がそもそもの間違いで、ボスキンバイアス(消費者物価指数が技術的に内包するバイアスで、実際の物価の動きよりも指数が高めに出るというもの。概ね1%程度と推計されています)を考えれば安定的に1%以上は必要でしょう。
- 「消費者物価指数がプラスであり続ける限り、そうしたデフレ的要素はその後も時の経過とともにさらに薄れていく」という根拠は何なのでしょう。風を吹かせて桶屋を儲けさせる無理をしても、消費者物価指数がインフレ率指標としてよく知られているので、それがプラスになったことがプラセボのように効くかも、といったものしかwebmasterは考え付かないのですが。
- 金利機能の封殺云々は既述のとおりです。
- 預金者の犠牲は福井総裁お得意のフレーズですが、インフレ率マイナス1%(GDPデフレータで見れば今はそのぐらいです)環境下でのゼロ金利とインフレ率2%環境下での1%金利なら前者が得だってことわかってます?
- 経済実態以上に引き締めるのがタカ派とのことですが、経済実態の評価が過大ならその過大な経済実態に即した金融政策は結果においてタカ派ということになります。では経済実態の評価は、というのは後述します。
- 「その後の反動は大きく、大変な混乱を起こす」ってのは具体的に何?
(問) 今の質問に関連して、消費者物価指数に関わる3つの条件がクリアした時は、デフレを脱却したということではないのか。
(答) それは一概に言えないと思う。どういうお考えでお尋ねになったかによるが、デフレという言葉は非常に多義的に使われる。一般物価の下落として使われる方もいれば、資産価格の下落にウエイトを置いて考えておられる方、両方つき混ぜて言っておられる方、さらには経済活動の落ち込み、あるいは部門的落ち込みというところまで含めて様々な意味で用いられている方もいるので、デフレが終わったとか終わらないということを論ずること自体、どれほど意味があるのかどうかということである。それよりは、経済の回復の持続性、そして物価の趨勢がどちらに向かっているかについて、判断をシェアできる人が多くなるのが一番大事なことであると思う。定義論争はデフレの場合に一番危険なことではないかと思う。皆さんが見ておられる側面とか、個々の方々が思っておられる利害の側面が違っていると思うので、デフレ脱却宣言は多分政府においてもできないのではないかと思う。
定義論争も何も、一般物価の下落以外は誤用でしょうに。じゃあお聞きしますが、インフレの定義は何?
(問) そうすると、量的緩和政策というのはデフレ・スパイラル対策であって、デフレ対策ではないということになるのか。
(答) デフレ対策である。それは妙な質問であると思うが、デフレ・スパイラルを免れるように努力するというのがデフレ対策そのものであるし、デフレ・スパイラルに陥るのを防ぐことにある程度成功して、安定的な拡大に戻っていく過程すべてがデフレ脱却のプロセスである。その間、量的緩和政策が効果を発揮し続ける限り、それはデフレ対策と言って良いと思う。
妙な質問も何も、2つ前の質問への回答において「量的緩和政策は、あくまでもデフレ・スパイラルに陥って経済が死んでしまうことを捨て身で防ぐための異例な措置」と評したのは福井総裁ご自身では? どうも福井総裁、いわゆるヴィクトリアン・デフレ的なデフレ(物価下落と不完全雇用経済成長の同時達成)はデフレでないとお考えとしか・・・。
(問) 先行きの景気と物価について伺いたい。2003年度、2004年度の実質成長率が2%となったのに続き、2005年度、2006年度もほぼ2%の成長率が予想され、また、足許の完全失業率の水準も相当に低い。持続性のある息の長い景気回復といった場合、目先の経済成長率に対する総裁のイメージを伺いたい。
また、2年続けて2%成長を遂げているが、日銀は日本の潜在成長率を1%近辺と述べている。すなわち、潜在成長率を1%超える成長を2年続けているので、それなりに需給ギャップは縮小していると思われるにも拘わらず、物価が上昇していない。こうした背景には、生産性の上昇に伴って潜在成長率が上昇している可能性がある。潜在成長率上昇の結果、需給ギャップの縮小が緩やかになる中で、消費者物価指数が0.5%を超えて1%に向けてどんどん上昇するということはなかなか想像し難いのではないか。
(答) 大変重要な質問である。今後の日本経済の安定的な姿を最終的にどのように認識できるのかということにつながる重要な問題である。とりあえず、この先の当面の見通しも、少なくとも1.5%を上回る成長とみており、民間の予測でも2%に足をかけている。これは潜在成長能力を少し上回っている可能性が非常に高く、需給ギャップがかなり縮んで来て、今後も縮小し続ける。これは少なくとも明確に言えることであると思う。需給面から物価の基調が変わる。
しかし、もう一つは生産性がどれくらい上昇しつつあるか、従って日本経済の潜在成長能力がどの程度のスピードで上方修正されつつあるのかが大事である。ここのところは、どこの国でも前もって読みとれないところであるが、生産性が上がり、潜在成長能力が少しずつ上方に向いているとすれば、それだけ成長を嵩上げする力が増している。その一方で生産性が上がって潜在成長能力が上がり、潜在成長能力通りの成長が続いていく過程にあっては、需要が増えてもインフレにはなりにくい面があると思われる。需給ギャップが縮まることと、生産性が上がって物価上昇圧力を吸収する余地が広がることの両面から考えていかなければならない。今後はその点について究明努力をしっかりやっていかなければならない。これは日本銀行だけでなく、能力のあるシンクタンクの方々や経済分析家に、少しエネルギーを割いて頂くと私どもとしても大変助かるところである。
(後略)
というわけで先ほど後述としていた経済実態の評価です。日銀は本来1%程度の成長しか見込めない日本経済がそれを1%ポイント程度上回る成長が続いていると評価しているわけで、つまりは相当背伸びした状態であると見ているわけです。ではその評価が妥当かどうか、以前にも取り上げた2003年のESRI(内閣府の研究所)でのパネルディスカッションから吉川先生(東大教授・経済財政諮問会議委員)のコメントを引きます。
最後に、一番大事なことですが、ジョルゲンソン教授のチームの発表、それから、深尾・宮川両教授の発表、いずれにおいても、これから10年ほどの日本の潜在成長率は2%以上となっている。ジョルゲンソン教授ですと2.4%、深尾・宮川教授ですと、幅がありますが、真ん中をとりますと2%ぐらいの成長率ということであります。これは政府が言っているよりも、オプティミスティックかもしれません。私自身は、個人的には、今日、発表されたものに近い考えを持っています。最後に、このことの持つ意味合い、なぜ2%超の潜在成長率が重要であるか。この点についてコメントしたいと思います。
(略)
第2点は、2%を超える成長力が日本経済にはポテンシャルとして十分あるという点は、実は経済学者の間では、かなり共有されている見方だろうと思います。しかしながら、一般の日本の経済社会、これはマスコミも含めてですが、これは、一番初めに牛嶋次長がちょっと紹介されたように、ゼロ%成長といいますか、2%成長を語るということは無責任な楽観論であるという雰囲気があると思います。そういう意味でも、今日、発表された方々のような、いわばしっかりとした経済学的な分析に基づく結果として、日本経済には2%程度の成長能力があるということを示すということは大変重要なことだと思います。
2003年11月10日開催 国際共同研究フォーラム『技術革新、構造改革の効果と我が国の潜在成長力の展望』議事録, pp26,27
「能力のあるシンクタンクの方々や経済分析家に、少しエネルギーを割いて頂くと私どもとしても大変助かる」などと言うのはずいぶんと失礼な話だということに尽きるのですが(とっくにエネルギーは割いているのですから。ちなみにこのパネルディスカッションには西村審議委員が東大教授の肩書きでご参加ですから(当時は就任前)、まずはじっくり話を聞かれてはいかがかと)、とまれ現在の経済成長は楽観的に見ても潜在成長率程度、平均的にはまだ潜在成長を達成していないというのが「経済分析家」(ってのも妙な名詞ですが)の観測であるわけです。
この点、馬車馬さんは日銀があまりにも低く潜在成長率を見込んでいるのでインフレリスクを過大評価している可能性があるとし、bank.of.japanさんにいたっては金融を引締めたいがゆえに潜在成長率を逆算した疑いがあるのではとまでご指摘です。これらのご指摘を考えすぎだとはwebmasterはまったく思いません。
#馬車馬さんのエントリでは当サイトについての言及がありますので、それについては明日にでもお答えしたいと考えています。
(問) 先程から量的緩和政策の解除条件を満たすことと、デフレ脱却の判断に関して、いろいろな所見を伺ったが、デフレ脱却の判断と量的緩和政策の解除の条件が満たされることが、直接リンクしないという見解は、政策委員の方々の間でコンセンサスとしてあるのか。さらには、例えば、デフレ脱却を判断するタイミングと量的緩和政策の解除条件が満たされることが、同じ政策決定会合ではなくとも、1、2か月程度の時差をもって認められるとお考えか。あるいは、直接的な関連の判断が難しいことや、経済の回復の度合いによっては、半年から1年程度も時差があり得るのか、見解を伺いたい。
(答) これは、答えれば答えるほど危険な質問だと直感した。私は消費者物価指数の判断とデフレ脱却の判断を切り離すなどということを明確に申し上げていない。もしそのように受け取っている方は、メモから消して頂きたい。消費者物価指数が安定的にプラスになるということは、経済のデフレ的色彩は相当薄まってくるという判断と表裏一体になっている。デフレは見る人によって非常に広い概念なので、私どもは国民一般の皆様と一番共有し得る消費者物価指数を、異例な金融政策の解除の基準として持たせて頂いたと言っている。この基準を満たすということは、日本経済がデフレ脱却の方向に着実に進んでいることを示しており、その確信のもとに判断することに間違いない。切り離すというフレーズは、非常に危険なフレーズで私はそういうことを一切言った覚えはないので、メモからこれを是非消して頂きたい。
そして、先程申し上げた通り、デフレは人によって見方が違うので、全員一致して「ようやくデフレが終わりました」と判断した時には、もうインフレになっているかもしれない。それくらい、この判断が揃わない事項であることを申し上げた。従って、異例な政策は、皆さんと共有し得るある明確な時点に判断を揃えて解除する。しかし、経済全体の脆弱性がどれぐらい払拭されたか、あるいはどれくらいショックに対して強さが備わってきたかという点については、経済は連続的に変化していくので、日本経済があらゆるショックに対して急に強くなるとは私どもは想定していない。従って、私どもは金融政策の面から、余裕をもってできる限り緩和的な対応を引き続き行って、経済の持続的な回復を更に促し、構造改革も金利メカニズムを活用しながらより自然な姿で促進していってもらいたい。これが私どもの基本的な思想である。デフレ脱却判断と消費者物価指数とを切り離して乱暴に量的緩和政策を解除するというようなメモを一切消して頂きたい。
「デフレ脱却判断と消費者物価指数とを切り離して乱暴に量的緩和政策を解除する」という一節の意味がこれほど食い違っているのはもはやなんと考えればよいのやら。普通は「消費者物価指数がゼロを上回ったとしてデフレから脱却したとは言いがたい状況なのに量的緩和を解除する」ことを乱暴とすると考えるべきところ、「消費者物価指数がゼロを上回ったのにデフレから脱却したとは言いがたいことを盾にとってしばらくたってから量的緩和を解除する」ことを乱暴だとは・・・。
といいますか、明らかにここで記者は好意的にこれまでの回答を受け止めて‐すなわち、解除3条件を満たしたとして消費者物価指数がプラスになったらただちに解除するのではないかとの危惧がある中、先ほどの定義問答などを聞いてそんな機械的なことを日銀はしないと解して‐、そうはいっても金融政策決定会合は合議体ですから、そのような福井総裁・プロパー職員の慎重な判断を無視した審議委員が急進的な決定をするのではないかと思い、審議委員の首に鈴は付けたのかという趣旨で質問をしているわけです。
ところが痛い点を突かれると本音が零れ落ちることはよくあることですが、福井総裁はこの質問をまったく逆に自分や日銀に対して悪意あるものと理解して本音が出てしまったように見えます。つまり、消費者物価指数がプラスになっても解除は遅らせるんでしょうな、と悪意を持って言われたと勘違いをして(善意か悪意かを問わなければ勘違いではないのですが)、そんなことするものかと突っぱねてしまったのではないでしょうか。
(問) 政府がデフレ脱却が最優先であり、これが政府と日銀の共通目標であると言い続ける以上、政策に対するスタンスで政府と日銀のズレは続く危険があるということか。
(答) 基本的なズレは今もないし、将来にわたってもないのではないかと思う。デフレ脱却が最優先というのは言葉を変えて言えば、構造改革をさらに進めながら経済の足腰をさらに強くしてショックに対してより強い経済にしていくということであり、表現をフォワード・ルッキングに変えればそうなると思う。それは今後とも日本銀行の政策の目標とするところである。だから、基本的には相違にならない。ただ、定義論争であれこれとデフレの定義は何かということになると、それは皆さんが政府と議論をされても多分色々なズレが生じると思う。なぜならば、デフレというのは本来それほど明確な定義があるものではないからである。
「デフレ脱却が最優先というのは言葉を変えて言えば、構造改革をさらに進めながら経済の足腰をさらに強くしてショックに対してより強い経済にしていくということであり、表現をフォワード・ルッキングに変えればそうなると思う」というのがどういう趣旨なのか、webmasterにはまったくわけがわからないのですが、どなたか教えてくださいませんでしょうか・・・。
■ [BOJ]量的緩和解除を正当化する主張
経済同友会が「量的緩和政策からの転換に向けて」と題したレポートを21日に公表しました。結局は副作用が大きいからやめろということなのですが、その副作用とやらは次のとおりです。
- 信用スプレッドが圧縮され信用力による金利格差がつかないこと
- 預金金利収入が抑制されていること
- 国債利払い等が少なくてすむので財政健全化努力が十分になされないおそれがあること
- 資産価格が急騰するおそれがあること
- 今後インフレになった場合に金融政策の転換が急激なものとなり混乱をまねくおそれがあること
1と2は上のエントリで論じたので再論はしません。3はじゃあ不十分にならないようきちんとやればよいでしょうとしか。というか利払いの多寡がっていうのはいかにも企業経営的ですが、企業と国家は徴税権や通貨発行権の有無という違いがあって同列に論じるのは間違いだというのに。4は資産価格を気にして金融政策をみだりに変更すべからずというのがバブルの生成・崩壊で得られた教訓じゃないのと小一時間。5は抑制しなければならないほどの水準のインフレになるリスクをどれだけ見込むかですが、上のエントリにあるように潜在成長率のまっとうな推計をベースにすればそれほどおそれなければならないものではありません。
輸出企業や寡占企業にとってはデフレによる内需収縮はそれほどの害がなく、相対的な競争条件変化を考えればむしろ好ましい側面があるので、意図的にデフレを継続させようとしてこのような提言をしているならまだ救われますが(少なくともベースに経済学があるわけで)、多分そうではなくって、単に清算主義的な心情から来ているだけなんですよねぇ・・・。
■ [economy]It's Baaack? The Psychological Law and the Return of the Ratchet and Demonstration Effects?
先日紹介させていただいたkaikajiさんによるアカロフ講義録シリーズですが、その2として恒常所得仮説に対する反論を読んで思いついたのが表題です。
#以下、学部レベル(それも教養課程)の経済学の話です。
そもそも恒常所得仮説って何よということですが、問題意識としては長期と短期で消費と所得の関係が違うのはなぜかということです。長期ではほぼ消費と所得は大差ない(=所得のほとんどを消費する)のですが、短期では所得がゼロでも一定の消費がある一方で所得が倍になっても消費は倍にはなりません。この違いはどこからくるのか、それを説明する仮説があれこれ議論されてきたわけですが、俗に次の三大仮説が存在します。
- 相対所得仮説
- ライフサイクル仮説
- 恒常所得仮説
相対所得仮説というのは、所得が減ってもなかなか消費水準は下げられない理由として過去の自分の所得に応じた消費や他人の消費を考えます。いい食材の味を知ったら安いものでは満足できないとかいうのが前者で、武士は食わねど高楊枝と周りの目を気にして羽振りがよかった頃の消費水準を下げることができないというのが後者です。
ライフサイクル仮説というのは、一生涯を通じての消費と所得が見合うようにするため行動するという仮説で、人生の途中では仮に所得が増えても引退後の消費に回すことを考えてその一部を貯蓄しておこうと思い、他方引退してからは所得がなくなってなお貯蓄を取り崩して消費するので、長期(一生涯)では消費と所得が大差なくなり、他方で短期(現役中・引退後)は所得の変化ほどには消費が変化しないということになります。
恒常所得仮説というのは、将来にわたって安定的に継続すると予想される所得(=恒常所得)と消費が見合うように行動するという仮説で、一時的に所得が増減してもそれは恒常所得の増減ではないのでそれほど消費には影響を与えず、その増減が一定期間継続してこれは恒常所得の変化ではないかと思うようになって本格的に消費を見直すので長期と短期で差が出るということになります。
で表題ですが、ラチェット効果とデモンストレイション効果というのは、相対所得仮説のそれぞれ過去との対比、他人との対比を気にして消費が変わる部分を指します。相対所得仮説はミクロ的基礎付けがないということでどちらかというと傍流の扱いを受けていたのですが、アカロフは"psychological law"とやらを持ち出して恒常所得仮説ではなく相対所得仮説(と明記されていませんが、三大仮説で言えばこれが一番近いものといえます)の復権を唱えます。アカロフとクルーグマンが実際にどのような関係にあるかは知らないのですが、思いついてしまったのでつい(笑)。
#当サイトの読者には解説不要の方も多いでしょうけれど、リフレ政策の端緒となったクルーグマンの論文は"It's Baaack! Japan's slump and the Return of the Liquidity Trap"といいます。以上、無粋な蛇足でした。
そういえばありましたね、「相対所得仮説」なんていう用語が。昔、中谷マクロでみたような気がします。アカロフの主張が「相対所得仮説」の復権を狙ったものだというのはご指摘の通りかと思います。ローマーの『上級マクロ経済学』では、こういった考え方は「現在見栄を張った消費をすると貯蓄が減るので将来ますます他人に差をつけられるかもしれないことを無視した俗説」と一言で切り捨てられているのですがね・・(邦訳350ページ)
イギリスでは、インフレ率2%強に対して預金金利は定期で4%です。政策金利も4%強です。逆に言えば、4%強の金利でなんとかCPIを2%強に保っているわけですが、CPIがゼロに近づいている場合、量的緩和を解除することで、おっしゃるように経済にあたかも大問題が生じるかのように(少なくとも私には聞こえますが)に論じるのはいささか大袈裟かと。仮にそのような大問題が起こるとするのならサステイナビリティーの問題で、特に2000年度と違って民間部門の過剰債務の処理が済んだ今、いよいよ問題は政府の過剰債務、過剰資産(過剰人員?)にあるということを白日のもとにさらす結果にならなければいいのですが・・・。
そのイギリスでは、下限つきインフレ目標が90年代から粛々と実施されております。イギリスと日本を比較するならば、まず日銀はインフレ目標を導入すべしという議論になると思いますが。
アメリカとの比較でもいいですよ。 議論の展開は同じですが。
経済学を十分に理解しているとはいえない身なので、質問するのもお恥ずかしい限りなのですが、一つ教えてください。英米ではCPI2%保つのに政策金利が4%強ですよね。ということは実質利子率というのが2%になるわけですよね。日本の場合は実質利子率ってどの程度なんでしょうか?
もう一点、現在足もとのCPIがマイナスそこそこで推移している中で、量的緩和を継続させ、インフレ目標を導入し、めでたくめでたくCPIが2%になった場合、政策金利はいくらくらいにすれば適当なんでしょうか?
> yamaさん
横レスすいません。経済学を十分に理解されていないのでしたら、まずはマクロ経済学の教科書を読んだうえで、最近の本であれば若田部先生の『改革の経済学』や安達先生の『デフレは終わるのか』などを読まれてはいかがでしょうか。いずれも面白かったですよ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478210594/
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492394362/
http://bewaad.com/archives/themebased/reflationfiscal.html
総裁会見、確かに突っ込みどころ多かったです。改めて指摘するのも面倒くさい、というか書き疲れた気分でもあったので、取り上げていただいて助かりました(と私が言うのも変ですが・笑)。同友会の同調は余りにも日銀の主張を取り入れ過ぎて、説得力がないですね。もともと日銀に近いが故に、政府・与党から見ると、日銀が裏で手を回した印象を持ったのではないかと思いました。日銀も間が悪かったと思っているみたいです。最近、速水日銀に似てきたなあ、と不安です。
記者がよく勉強していますよねえ。総務省や東京都の記者会見に出てくる記者とはえらい違いです。もしかすると、このサイトを見て勉強されているのかもしれませんね
TBありがとうございます。
日銀が当座預金残高を政策目標にすると宣言して以来、日銀の各種コメントをマジメにチェックするのを止めているのですが、なんだか滅茶苦茶になってきているようですね。言語明瞭・意味不明瞭といいますか、本石町日記さんの『速水総裁に似てきた』というコメントに同意です。
『量的緩和政策のコスト、ベネフィットについてバランス・シートの計算が終わったわけではない』というのも、文章の意味が分からないこともさることながら、胸を張って言うようなことではないと申し上げたいところです。自分のやっていることの意味が分からないと公言するのはどうなのかなと(大体、その計算とやらはいつ終わるんだか・・・)。少なくとも日銀自身がどう考えているのかを明確にしてくれないと、市場参加者は混乱するばかりだと思うのですが(まぁ、もう慣れたという側面もあるでしょうけど)。
言語明瞭でもないような気がしますが、どの国も政治的なプレッシャーがある中では言葉の意味もあいまい化する点では共通するものがありますよね。結局、表現方法は誰とコミュニケーションするかに強く依存するんだと思います。市場のプロのみを対象にするなら、飲み会でも開いて、議論しあうんが一番いいのかもしれません。ま、その方法で最も市場関係者から評価を受けていた人が「接待」で逮捕までされたわけですからこうした手法は時代遅れなんでしょう。
一方、政治家や政府との対話となるとこれは一筋縄ではいかないでしょう。そもそも量的緩和の意味不明性はプロなら誰でも知っている話です。銀行の資金証券部なんかは昔は精鋭のトレーダーが集まった世界でしたが、今は、銀行によってはバイト感覚の一般職のねーちゃんだったりするくらいですからね。けれど、その意味不明性でも予算論議になれている人達には、10兆、20兆、30兆とか額だけが大受けした結果、当座預金はぶた積み状態。でも、とにかく政治家や政府に受けた。こうした中でコミュニケーションし、理屈をひねり出す。ある意味、日銀企画は言い訳、リーズニングの天才だと思いますよ。
>梶ピエールさん
「俗説」というのは、昔のザモデル論争を彷彿とさせますね(笑)。とはいっても、ルーカス批判で突き崩される類のものではないでしょうけれど。
>yamaさん(金利関連)
インフレ率2%という絶対水準を仮定しても、上がってそうなったのか下がってそうなったのか、またその変化のスピードはどうか、原因は何か(コストプッシュかディマンドプルか)、それまでの政策対応はどうだったのかといったといった要因で対応は異なるわけでして、それだけで論じられるものではありません。
ちなみに過剰問題ですが、インフレ時代は固定費用が多い方が有利で、デフレ時代は変動費用が多い方が有利になるので、ようすればそれらの過剰というのはデフレ時代に不利な固定費用を多く抱えていたということに過ぎません(個別に問題がないというわけでは当然ありません。念のため)。
あと、政府が大きすぎるというのは証拠のない話です。
>Fellow Travelerさん
与野党ともにイギリスを範にしているわりに、その点だけはほとんど見向きもされないのが悲しいです。
>gachapinfanさん
そのご両名と並べていただくのは気が引けます・・・。
>本石町日記さん
最近そちらとドラめもんさんに任せっきりでしたので、たまには(笑)。
ご指摘のとおり同友会はもともとああいう路線ですから、最後のようなかんぐりはあまりないのでは(笑)。
>馬車馬さん
結局、やりたくないことをやらされているという納得のいかなさがコメントにあらわれているというように見えます。わざとちぐはぐさを回避する努力を放棄し、それは量的緩和が悪いのだというのが主観的認識ではないかと。
>yamaさん(コミュニケーション関連)
あいまいな表現というのは官僚的な責任回避(とこちらがいうのも何ですが(笑))の役にはたっても安定的な金融政策運営には役立ちづらいのでしょう。それをうまくこなしたグリーンスパンが神業と呼ばれるのもむべなるかなですが、神業の持ち主じゃなければ中央銀行総裁がつとまらないのも困りものだと思います。
>bewaadさん
(金利について)
「金利に水準について、その時々の状況次第で答えられない」ということですが、ということは、裏返せば、0%でも4%でも(極論を除き)ありうるということですね。そうすると、インフレ目標を2%になった場合、量的緩和から一気に金利を4%に引き上げる場合もあるという可能性を排除していないという理解でよろしいでしょうか? 当プログのインフレ目標論ってその程度の話だったんですね。
(政府の大きさについて)
当方は、政府の絶対水準についての大きさを議論しているのではありません。要は、財政や経済の状況を所与とした場合、「サステイナブル」かどうかを議論しているに過ぎません。そりゃ、公共サービスは充実している方がいい場合だってあります、もちろん。固定費と変動費の話もどっちが有利かなんて、銀行に勤めていたら、常にALM管理やってるんで、当たり前すぎる話です。大事なのは常に資産・負債を総合的に管理し、様々なシミュレーションを行なって、その影響度を把握しているかどうかが大事なまででして。
訂正。
「インフレ目標を導入を2%になったとき」→「インフレ目標を導入し、CPIが2%になった場合」に訂正してください。
>yamaさん
ですからそのように状況を特定していただければ答えようもあるのですが(笑)。デフレからインフレへと金融政策主導のリフレ政策で遷移していく際には、現状の合理的に得られる潜在成長率の見積もり等から考えれば、誘導目標金利をゼロから4%にジャンプさせるような事態はほぼ起こりえないといってよいでしょう。絶対にではないのはいかなる外部ショックがあるかを人智では完全には予測し得ないからで、にしてもインタゲを設定しないよりはした方が期待インフレ率のばらつきは小さくすむことでしょう。
政府の大きさについてもそうですが、yamaさんがそのような意味で言葉をお使いである旨を明示されなかったのでこちらが補って説明した部分にそのようにけんか腰で噛み付れても困ります(笑)。で、そちらの土俵に乗りますが、デフレを解消しないまま政府支出の削減・増税でPB黒字→政府債務削減を目指すなら、下記エントリでの引用のように歳出をゼロにするか現状の倍程度にまで増税するか、その程度の施策が必要です。ぜひシミュレートしていただければ。
http://bewaad.com/20051120.html#p01
>CPIが2%になった場合、量的緩和から一気に金利を4%に引き上げる場合もあるという可能性を排除
してますが。そういう厳格なインフレターゲットは、ここでいうリフレ
政策を「いかさまインタゲ」と批判している「ルール至上主義者」
の主張であり、「政策フレームワークとしてのインタゲ」という
考えかたとは無縁です。勝手に決めないように。ネット以外に
関連啓蒙本はいくらもあります。
追伸
そもそも、金融政策の将来経路が不連続に変化し、それが予見される
ばあいには、新たな政策に対応するインフレ率に収束する以前には
一時的に目標水準を上回るインフレが必ず発生することが色々な
モデルで共通して確認されています。そのデフレ脱却からの調整
期間においては、マネーの増加率を上回るインフレが起こる。
だが、そうだからこそ、「物価水準目標」つまり基準年(今の日本
なら94年位?)から長期目標3%(たとえば)が現在まで続いた
場合の物価水準への急速なキャッチアップは望ましいし、そうなる
だろうと推論されるのです。
>銅鑼さま
そういえばそちらの切り口もありました。ご指摘ありがとうございます。
>bewaadさん、銅鑼衣紋さん
中長期的な目標としてインフレ目標が期待の安定化をはかるという議論があることは承知しております。
その上で、現在の局面におけるインフレ目標の導入論議は、果たして、そのような目的を主に意図した議論なのでしょうか?私には「デフレ脱却の手段としてのインフレ目標論」のように聞こえてます。そうすると、銅鑼衣紋さんがおっしゃったような「ルール至上主義者のいかさまインタゲ批判」のような批判を招く誤解を与える余地は十分あると思います。もちろん、経済学の造詣が深い人達に対する批判としては不適切ですので、この点の誤解がありましたら、率直にお詫び申し上げます。
インフレ目標がそもそも手段なのか目標なのかという点で私は正直、まだ十分理解しておりません。「物価が安定し持続的な経済成長を維持する」というのがあくまで政策目標であってインフレ目標はその道具立ての一つなのか、それともインフレ目標自体がそもそもの政策目標なのか。
「マーケットの期待形成に資する」というのも、もしそうであるなら、もっともマーケットが発達している米国において、なぜマーケットからその導入論議が起きなかったのか?あるいは、マーケットから絶大な信頼を受けているグリーンスパン議長はなぜインフレ目標導入に反対なのか?
インフレ目標導入議論が学者サイドからだされているとすれば、学者がマーケットにもっとも近い存在と言えるのかどうか? こうしたある種庶民的疑問に回答できて初めて、説得力をもちうるような気がします。
ちなみに私はインフレ目標論者でもルール主義者でもありません。また、両者を語る資格も備わっていると思っておりません。多角的な分析は、今後の日本の経済学の水準を引き上げることにもなると思いますので、こうした啓蒙活動は続けてください。
(喧嘩腰のつもりはなかったんですが、普段からこうですので、あしからず。)
>現在の局面におけるインフレ目標の導入論議は、果たして、そのよう
>な目的を主に意図した議論なのでしょうか?私には「デフレ脱却の手
>段としてのインフレ目標論」のように聞こえてます。
いや、まさにそうんですけど。だからインタゲ派との自称をやめて
(正統インタゲ派=期待安定が目的でデフレ脱却なんか関係ない派
からの抗議により)リフレ派を自称しているわけです。
>ルール至上主義者のいかさまインタゲ批判
なんか誤解あるように思いますが、こと日本ではインタゲとは
ルール至上主義と理解されているし、それが正しいと思っている
人が多いんですね。だから、一時的には高いインフレを当然と思う
リフレ派は「イカサマ」だと、ルール至上主義者から批判されて
いるんです。
>インフレ目標がそもそも手段なのか目標なのか
リフレ派には手段。ルール至上主義者には目標。
>もっともマーケットが発達している米国において、なぜマーケット
>からその導入論議が起きなかったのか?
アメリカの金融政策は、大部分の期間、少なくとも事後的には
テーラールールで解釈できる。つまり、インフレと失業だけ見て
いればFFレートのトレンドはわかる。そういう意味で、インタゲ
の一部は既に織り込み済み。あとはアート(技芸)の腕前勝負であ
り、グリンスパンはそれに命を懸けていたから、インタゲ嫌い。
かたや日本は、ルールも技も(以下略
>学者がマーケットにもっとも近い存在と言えるのかどうか?
マーケット参加者は日本経済の行く末なんか関係ないわけで、自分
のボーナスが重要。彼らのポジショントークに金融政策が振り回さ
れる理由はないでしょう。
>銅鑼衣紋
そうしますと、リフレ論なるものは、マーケットの期待形成を犠牲にしてでも、デフレ脱却を図るという主張だと理解していいわけですね。そうすると、デフレ脱却の時点ではインフレ率にブレが生じるケースもままあると。それを認めたなら、金利がジャンプする、百歩譲っても、金利変動のボラティリティーが大きくなるということですね。
ALMをやっている立場からすると、金利のリスク量はボラティリティーをベースにはじいているので、国債保有には負のインパクトが働きます。ま、今は自己資本が充実してきてますので、一概には言えないですが、長期金利には必要以上のインパクト与える可能性大です。 これは政府さんから見ても最悪の事態ですね。
なかなか厳しいなあ。
>bewaadさん
政府の債務削減についてですが、アセットの議論とフローの議論を混同してませんか? 直接的には負債に対応するのは資産です。フローの赤字を削減するには増税等によるフローの改善というのが対応するでしょうけど、過剰債務(規模の絶対額ではなく、サステイナブルでない債務)削減には資産論議もしないと。政策金融機関の民営化論議は、フローの問題だけでなく、資産・負債両建てでの広義の政府貸借対照表からの削減だと理解してるのですが。 卑近な例では、JT株売却によっても両建てでバランスシートから落とせるはずです。
>マーケットの期待形成を犠牲にしてでも、デフレ脱却を図るという主張
これ理解できません。マーケットは中央銀行・政府の目標とする
インフレ経路・物価経路を信じてないから、無理にそれを実現する
ような政策は、マーケットの期待形成を犠牲にするという意味
でしょうか?
政策当局がマーケットに信頼されるということは、当局の目標が
実現する方に賭ける(予想を合わせる)ことで、実際に利益を得る
ことが出来ることで醸成されるんじゃないでしょうか?それとも
市場参加者の考えに当局が妥協することが「信頼」に意味ですか?
アメリカで、グリンスパンを信用しなかったソロモンが回復不可能
な損失を出して潰れたような事態は好ましくないということですか?
中央銀行は、債券ディーラーのために存在しているわけではないで
しょう。
私が申し上げたかったのは、中長期的な目標としてのインフレ目標でない場合、つまりデフレ脱却目標に資する手段としてのインフレ目標を導入した場合、一時的にであれ、インフレ調整が発生する可能性がある。従って、こうした場合、どうしても、金利形成において、ボラが発生しますので、これをベースに計測してるVarの値が大きくなると。もちろん、儲けが大事なので、変動が激しくなると必ずしもディーラとして稼げない(寧ろ達人にとっても儲け材料が増える)というわけでなくて、ミドルやバックあたりからポジション枠による制限が入ってくると。ただでさえ、日々、デルタやガンマにうなされているわけでして、枠が狭まると、当然、ディーリングだけでなく、その他有証(満期保有目的除く)で保有できる国債の量にも影響してきますので、長期金利に予期し得ないインパクトを及ぼす可能性があるということでして。 これは、政府の国債管理政策上、大丈夫かなと危惧した次第です。
>中長期的な目標としてのインフレ目標でない場合、つまりデフレ脱却目標に資する手段としてのインフレ目標を導入した場合、一時的にであれ、インフレ調整が発生する可能性がある
「可能性がある」ではなくて、ほぼ確実にそうなるでしょう。
問題は、デフレ脱却しようとすれば、他に選択肢はほとんどない
ということです。90年代、日銀はマネーの中長期的な成長経路を
下方にシフトさせたわけですが、マイナスになったのは短い期間
でしかなかったのに、10年デフレを招いた。いくら日銀に批判的
といっても、まさかデフレを意図的に演出したとは我々も思っては
いませんよ。だが、それまでの中期的な金融政策スタンスを変更す
ると、連続的な変更であっても不連続なデフレ圧力が生じるのです。
それを是正し、日本経済を正常な成長経路に載せるのは、逆の過程
が必要だというだけです。ですから、中長期のインフレ目標だけで
はなく、調整期の高めのインフレの可能性も公言し、それを市場
参加者に周知するしかないでしょう。
それが嫌であれば、結局は「デフレと共に生きる」ならぬ「デフレ
と心中」しか選択肢は(幸運を別にすれば)なくなるだけです。
>規制業種さん
昨日はお答え漏れがあり失礼しました。もしそのようなことがあるとすれば、本石町日記で紹介を受けたりとか、そういったことのおかげだと思います。
>yamaさん
けんか腰云々は言わずもがなでした。ごめんなさい。
で、まずインフレターゲットについては銅鑼衣紋さんとのやりとりがあるのであまり書く必要もないかと思いますが、漏れていると思われる点のみ補足させていただきますと、
>アメリカでのインフレターゲット受容
「インフレターゲット」という政策手段がまだ存在しなかった時代のヴォルカーはインフレファイターとしてある種の市場の信認を得てインフレを沈静化させたわけで、そうした効果はインフレターゲットにつながるものがあると思います。バーナンキが次期FRB議長として指名された際にはマーケットも好感したわけで、グリーンスパンのような者であればインフレターゲットは足かせになるかもしれませんが(にしてもテイラールールが、というのは銅鑼衣紋さんご指摘のとおりです)、そのような「神」はそうそう現れるものではなく、「神」なき時代におけるインフレターゲットに拒否感があるようには見えません。
>銀行の債券ポジション等への影響
銀行内でどのような整理がなされているかは存じませんが、バブルの後始末としての不良債権処理はどれほど大目に見ても90年代には決着がついていて、遅くとも2000年以降の不良債権処理はデフレによるマクロ経済不調により増加した不良債権処理に追われていたことになります。デフレである限り名目で2%成長できれば御の字でその分だけ(貸出)債権ポートフォリオは脆弱化せざるを得ないことになるわけで、現状の継続は債券には優しくても債権には厳しいということになると思います。
で、政府の大きさについてですが、ご指摘の政府系金融機関の民営化等による政府連結ベースでの資産負債両建てでの縮小は、仮に資産の利回りが負債の利回りを上回っているならサステナビリティを損なうものですし、逆であればその損失を負うべしという判断は基本的に政策的になされているわけで、民営化したところで政府系金融機関の逆鞘補填が補助金や保証負担に化けサステナビリティについては大差ないということになります。
当然ご案内のことと存じますので蛇足ではありますが、フローで継続したキャッシュインがあればそれは資産と観念可能で、政府が債務超過と言う際にはにもかかわらずこのキャッシュインを資産として扱わないが故のことです。この政府にしかないキャッシュインは税収と通貨発行益で、本来バランスシートで見るべきというならこの両者の資産価値(あえて企業会計原則に押し込めるならのれん代として計上するのでしょう)を考えなければならないはずです。景気回復により税収が伸びればこの「のれん」に評価益が生じるのでサステナビリティは向上しますし、逆であれば逆ということではないでしょうか。
>銅鑼さま
自戒でもありますが、今までの議論の蓄積をベースに話してしまうとついつい先回りしがちで、そのあたりのさじ加減は難しいですよね。悩みは尽きません・・・。
>bewaadさん
ひつこいようですが、2点だけ。
(銀行の債券ポジション)
「90年代に不良債権のけりがついていた」という点には多少の違和感があります。例えば、産業再生機構でも話題になったカネボウにおいては、そもそも問題は70年代の繊維不況にさかのぼります。バブル崩壊後露呈した問題は、本来もっと早期に改革に取り組むべきであった企業が、バブルという空前の好況によって結果的に問題を先送りすることが可能になったというのが本当ではないでしょうか。もちろん、デフレによって不良債権処理が難しくなった面もありますが、個別にミクロでみた場合、大口案件はサステイナブルでない過大な資産の投資によるものだと理解しています。現に、日本の金融実務でDCFが導入されたのはつい最近のことで、それまでは、将来のCFを度外視したゴルフ場、リゾートホテルへの投資はやってきたわけですから。
あと、債券と債権の違いは、ご指摘のように流動性の問題から売却可能かどうかという問題はもちろんありますが、それに加え、時価評価できるかどうか、あるいは時価評価しないといけないかという問題があります。2002年になって大量に不良債権が増えた一つの要因に、今まで時価評価していなかった債権を時価評価的な視点で資産査定し始めたことは無視できない事実です。例えば、ゴルフ場向け融資の場合、従来のゴルフ場の資産評価は積算価格ベース(つまり開発費用等をベースに積み上げた価格)で評価していました。が、当該市場への外資系企業の参入もあり、ゴルフ場の資産評価が収益還元方式に変遷していく(公認会計士や不動産鑑定士の実務指針も改正されてきた)。この結果、資産価格が10分の1になったケースなんてざらです。これはデフレの要素を勘案したとしても、異常な資産価格であったことがわかります。
(政府の大きさについて)
おっしゃることはわかりました。ただ、資産から出る益と負債から生じる費用について、前提となる金利の置き方で随分変わりますよね? 私は政府でどの程度ALM管理をやっているか知りませんが、例えば、30年とか超長期の融資を出している政策金融機関がどのように資産負債のマッチングをやっているのか大変興味があります。また、徴税資産(仮にこう呼びます、のれんでもいいですが)と長期負債(例えば長国)との関係でも、長期金利が上昇した場合、フローの利払い費用は増えますが、税は簡単には引き上げられないでしょう。
そうした場合、ALM的シミュレーションをやった場合、もっと言えば、長期金利の前提条件を変えた場合、どの程度のデュレーションギャップがあるかわかるはずです。すなわち、そのサステイナビリティー性です。
ちなみに、こうした議論は必ずしも日本銀行による金融政策とは関係ないということもポイントです。デフレであることは長期金利にとってはプラスであるケースもあるからです。よって、必要以上に金利変動のボラティリティーを上げることは、政府の国債管理政策上、大丈夫ですか、ということが言いたかったわけです。
経済学のフレームワークは重要だと思いますが、ミクロ(個々の実務)の積み重ねも同様に重要です。そうでないと、結局、頭でっかちの議論なのか深みのある議論なのかよくわからなくなってしまいますしね。(自戒をこめて)。
ボラが問題なんですか?水準じゃなく?>yamaさん
>経済学のフレームワークは重要だと思いますが、ミクロ(個々の実務)の積み重ねも同様に重要です
マクロ経済問題を論じるのに?
すんません。マクロ経済問題ってマクロ理論で閉じて良い世界だとは思いませんでしたので。
ただ、大先輩と思しき「今朝のドラめもん」さんからも「若いなーお前(意訳)」的なコメントをいただいたようですので、マクロ理論も十分押さえた上で議論するのも筋かなという気がして反省しております。
ただ、蛸壺的議論の恐さはあります。ボラが問題かという質問なのですが、通常、私の知る限り、どの金融機関さんもVarでリスク量計測しております。でVarにもいくつかのバリエーションがありますが、ごく簡単に言えば、日次ボラティリティーに対象日数の平方根をかけて算出するのであります。で、ボラティリティーが上がれば、リスク量も当然上がるわけでして。ディーラーにはポジション枠がかけられておりまして、リミットをブリーチするとウォーニングかかるわけでございます。
もちろん、ディーリングだけの話でなく、政策株や長期保有なんぞの問題もあるわけでして、当然ボラが上がれば(上がりすぎれば)、保有量も見直すことになる可能性があるのであります。となると最悪のケースは以下のように想定されるわけでして、
調整インフレー→ボラティリティー上昇→Var上昇→現保有量がリミットオーバー→保有国債売却→市場での長期金利上昇。
ていう感じですな(あくまで平たく言うと)。
そうすると、政府のALM管理は難解極まりなくなると思うんですが、これは知らぬが仏、マクロモデルでレッツゴーていう感じですかね。
>yamaさん
うーむ、ご指摘の問題は「銀行ポートのリスク管理を画一化させる事の問題」であって、リフレとかインタゲ導入とかとちょっと論点が異なるんじゃないかと。
ちなみにyamaさんご指摘の「ボラ上昇で相場大暴れスパイラル」は2003年に一回発生しやがりました。そこから少しは監督官庁は学習しているかとは期待してますが(笑)。
>yamaさん
>不良債権
好景気であっても不良債権がゼロになるということはなく、一定量は生じ続けるのですから、そこからどれだけ上ぶれているかという部分が問題だと思っています。減損会計による土地評価額の引下げにしても、銀行のB/Sには担保価値減価を通じた追加引当という形で主として効いてくるわけで、そもそも返済が滞っていなければ一般貸倒引当金の世界=B/Sには影響なしということになります。
おそらくバブルについての考え方が違うのかな、とご意見を拝読して思ったのですが、資産価値の上昇はまさしくバブルでしたが景気の程度としては「空前」のものだとは考えていません。日本の潜在成長力を考えればあの程度の成長は今でも好景気時には十分可能だと考えていますので(循環をならせば平均値としてはそこまでいかないでしょうけれど)、あの時点でのフローの景気が問題企業を無理やり延命したというより、たまにあのぐらいの景気があれば存続できる企業は存続しても問題ないという認識があります。
>政府
政府の税収弾性値(名目GDP成長率と税収増減率の相関関係)は中長期的に平均すれば1.1程度と観測されていまして、税収は名目成長率の増減にレバレッジをかけた形でフローが変化し(、それに応じて徴税資産の価値も増減し)ます。他方で金利は絶対にゼロ以下にはならないわけで、デフレにより名目成長に足かせがはめられている現状では、まさしくご指摘のような観点からサステナブルではないと考えております。他方、長い目で見れば名目成長率と長期金利にはそれほどの乖離は生じないということになりますが、今はデフレにより潜在供給が遊休化しているので、デフレからの回復局面ではそれらが有効活用されるでしょうから(例えば設備投資には借金より先に自己資金が当てられるだろう、など)、当面は名目成長率が長期金利を上回ることが想定され、サステナビリティを大いに改善させるというように考えています。
>マクロ
ご指摘のような立場もあってそこからはミクロ的基礎付けがなっていないと批判を受けているのは事実です。そうした批判については、分子(さらには量子)の振る舞いがわからない時代から気体の振る舞いについては一定の知見が得られていた(ボイル=シャルルの法則とか)ように、ミクロ的基礎付けがないからといってマクロが論じられないとは限らない(経験的知見などで有益な示唆は相当程度得られるということで、「パッチワーク」などとあえて自称することもあります)と言えると思います。
また銀行の国債売却については、それこそ私など基本的に市場を信頼していまして(笑)、一時的なオーバーシュートはあるでしょうけれども、それで価格が下がりすぎるなら必ず拾う投資家が現れてそのうち調整されると思っています。
>銅鑼さま
上記のように、ザモデル氏的な反論を考えるとチキンになってしまう(笑)のをお許しください。
>ドラめもんさん
それに先立つ数年前、運用部ショックなんてものがあったことを思い出しますと、あまり学習能力はないかも(笑)。
>bewaadさん
それ「ミクロvsマクロ」じゃなく、「国民経済vs特定産業の利益相反」ですよ。銀行守るためには国民経済はさておいてという銀行屋さんにありがちな思いこみ。斉藤誠よめと(笑)
>銅鑼さま
その構図でいえば、最近加藤出さんってあまり積極的に露出していませんよね(見落としているだけかもしれませんが)。木村剛さんすらインタゲ賛成になった今、彼に期待する人は多いのでは(笑)、と思います。