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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)
2006-01-04
■ [WWW]山形浩生さんの「最近の噂」用RSS
rnaさんが整備されたとのことですので、ご紹介いたします。rnaさんありがとうございます。
■ [government]福井秀夫先生、偽装建築問題について何か言ってくださいまし
福井先生vs国土交通省のプレジャーボート検査問題についての議論をpogemutaさんがご紹介なのですが、pogemutaさんの次の感想に深くうなづいてしまいます。
もし事後だというのであれば、仮に様々な問題が起きて責任問題や改善措置が議論になった時に、自ら手を挙げて「我々がこの施策を主張しました!!」と出てきて前面に立って責任をとるなり「自己責任だ!そんなボートに乗ったお前らが悪い!」と反論するなりして頂けるという事でしょうか?建築確認の民間開放に伴う問題では、そうした規制緩和論者の委員などではなく、結局(奇しくも同じ)国土交通省が矢面に立たされていますが、そういう事にならないよう、自ら積極的に矢面に立って頂けるという事なのでしょうか?
「施策の内容は正しかったが、各省庁のやり方が悪かった、だから各省庁が責任をとれ、俺らは正しいのだから知らん」
・・・ということになるんだろうなあ、やっぱり。まあいいけどさ(諦観)
「規制改革・民間開放推進会議」(@ダメオタ官僚日記1/3付)
この点、福井先生なんぞよりよっぽど考えさせてくれるのが山口浩さんの「政府の失敗を許そう」です。内容についてはぜひお目通しいただければと思いますが、抽象化すれば次の枠組みが特に重要だとwebmasterは思います。
- 霞が関住人も人間で、人間である以上インセンティブに反応する。
- ここでいうインセンティブの中身も他の人々と同じで、飴を欲しがり鞭を嫌がるというもの。
- だから霞が関を何らかの方向に誘導したければ、
- そちらの方向に進んだことへの飴が必要であり、
- その方向に進んだことを鞭打とうとする試みがあるならそれに対抗すべき。
山口さんのエントリはここでの3-2に着目したものと整理できるでしょう。その意見に賛成であれ反対であれ、この枠組みの中で実効性の観点から判断することが可能です。しかし福井先生ときたら、ご自身の意見に反する立場に鞭打つばかり。「抵抗勢力」の鞭より強く打てば靡くとお考えかもしれませんが、息絶えない保証はありませんよ(笑)。
福井先生がお好きな民間でも、例えばコンサルタントは一流であれば自ら汚れ仕事を厭わず花はクライアントに持たせることによって成功するものです。汚れ仕事を現場に押し付けて自分が花を独占するコンサルタントがどのような評価を得ているかご存知ですか? 推進会議の場で百万言官僚相手に罵詈雑言を投げかけるより、官僚に対する批判の盾にわずかばかりでもいいからなってみる方が、よほどご自身の意見に説得力を持たせることでしょう。
以上、代表して福井先生を取り上げましたが、構造改革原理主義者は大概がこの類の手合いだったりするからなぁ・・・。
しかし、この福井先生のようなやり方は、本来なら構造改革推進派にとっての「無能な味方」であって、
逆にこちら側抵抗勢力にとっては官僚が非難の矢面に立ちさえすれば本来の政策目標なり利権なりは安泰なはずなのですが…
そうなっていないのは、やはり世間の構造改革推進派が構造改革や規制緩和よりも「自分たちより恵まれている官僚や抵抗勢力」を叩くことが目的になっているとしか言いようがないみたいですな。
悲しいけど、これ、B層なのよね。←これが言ってみたかっただけ
はじめまして。
ひょっとすると、世界初で民間開放されちまうかもしれない部署に居る者です。
議事録を見るに、福井先生に対する課長さん、微妙にキレてますね(笑)。
いや、よく分かるというか、論理の通用しない「構造改革」厨相手は、疲れますね。
いっそ、後は野となれ・・・で放置しちまおうかと思わなくも無い今日この頃です。
所詮、困るのは一般国民ですからねえ・・・。
姉歯に関しては、某自転車通勤記者さん(ブ○○ドキ○○ターの P の一人)が http://www.melma.com/backnumber_16703_2391993/ に書かれているのですが、
『そこには言ってみれば「日本社会に対する最小限の信頼」のようなものが前提として存在した筈だ。姉歯をはじめとする一連の登場人物は、その社会への最後の信頼さえをも壊した。真面目な話、万死に値すると思う。徹底的に追及していただきたい。』
と衒いもなく書かれてしまうと、手抜き建築とかお宅の局で良くやっていますよね、なんでそこでマンションの選びかたをレクチャーしてくれないのと突っ込みたくなってしまう私は天邪鬼なのでしょうか。中学二年生にも分かるような事を書いていると、自分の頭までそうなってしまうのでしょうかと。これなら http://blog.a-utada.com/chikyu/cat5160081/ を読んだほうがずっとましだと思います。本当に困るなぁ。(昔の原稿が良かっただけに)
補足: 姉歯はとんでもないと思いますし、買った人間が悪いと言うつもりはありません。念の為。
今年も正月から拝見しております。
役所でヘマをすると異動でフェードアウトするようですが、学者がムリを言うと名声がフェードアウトするようです。
ということで3年後くらいにでも振り返ると自ずと明白になる
かと。
まあ、よくもこのような議事録を出されました。政策に関する議論がオープンなのは良い事です。
>kogeさん
非難の矢面に立ち続けるのは民主政国家においては究極的には不可能です。外から見る以上に、霞が関は世論を気にしますし、動かされもするのです、本当のところ。
>一無能官僚さん
ご苦労、お察しいたします。最後の文のお気持ちはよくわかりますが、必ず見ている人はいると思います。頑張ってください。
ついでにこちらのエントリーにもコメントをば。
お役人のインセンティブも考えよう、というのは非常に私好みの考え方で、大いに賛成なのですが、Bewaadさんのポジションとは整合しないのではないでしょうか。
整合性の話は後に回して、脇道の話から入らせてください。この審議会で委員がお役人を攻撃したことをムチと表現されていますが、これはお役人のインセンティブを誘導するためのアメ&ムチの話と混同してはいけないと思います。お役人のインセンティブが問題になるのは、例えば検査の仕組みが確立された後、収賄で検査を台無しになってしまうような場合で、これをアメとムチでどう防止するかがポイントになります。しかし、この審議会?はその仕組みそれ自体を議論する、social planningの段階です。この段階でインセンティブの問題が発生すると、Social Planningを適切に行うためのSocial Planningが必要になり、そのための・・・と以下永遠に続いてしまいます。
ですから、『考え方としてはありだと思いますよ、勿論』であるなら、それを強く主張すること自体は全く問題ないと思います。この段階でお役人のインセンティブ問題が発生するなら、そんなお役人にはsocial plannerの資格はありません。また、その後発言責任を取るかどうかは必ずしも本質的な問題ではないでしょう。ただし、もっと政治的な(非論理的な)次元では、声高に主張するデメリットはありそうですが。
で、整合性の話ですが、例えば「なんたらボートの検査が誠実に実行されるかどうか」を考える際にお役人のインセンティブも考慮に入れねばならないなら、そもそもお役人に検査を任せる必要はなくなります。同等のインセンティブメカニズムを民間に適用すればいいわけですから。更に考えますと、この課長氏はある種の外部性の話をしているように見えますが、私のエントリーでも書いたとおりこれは外部性を考慮しなくて良いケースだと思います。整備不良で一番痛い目に会うのはオーナーですから(乗り合わせた子供に自己責任を求めるか、というのは完全にずれた議論です。斜め読みですが、この課長さんの議論にはあまり説得力を感じません。委員の主張もおかしいと思いますが)。
このとき、オーナーに整備のインセンティブを与えるのと、強制検査するお役人にインセンティブを与えるのとどちらが簡単でしょうか?おそらく前者です。オーナーへのもっとも厳しいムチは「事故死」or「社会的死」ですが、検査を怠ったからと言って役人が殺されることはありません。社会的死亡の度合いも小さいでしょう。お役人へのムチの厳しさには上限があるので、インセンティブを付与しづらいのです。アメを併用する手もありますが、余計なコストがかかります。
ですから、官僚のインセンティブ問題はほぼ全てのケースで規制緩和へのサポートとなるのではないかと思います。もちろん、ハードルを高めた上で「それでもなお規制が有効だ」という主張であれば、より説得的ではありますが。
こういう話は、「本来自分のためであるはずの整備が行われないのはなぜか」という所から議論していかないと、話が際限なく滑っていくような気がします(私にはそのへんが分からないので、このボートの件の規制緩和については特に意見がありません)。
>小僧さん
そのように信頼という言葉を安易に消費する方がよほど、と思う私も天邪鬼なのでしょう(笑)。
>sweetfishさん
ご愛読ありがとうございます。
結構霞が関はいろんな情報を出しているものです。ナヴィゲーションがあまりにも使えないので活用されていませんで、もったいないことだと思います。
>馬車馬さん
重量級のコメントありがとうございます。エントリを立てて考えてみたいと思います。
失敗学が日本で最も有意義に活用できる分野の1つが行政ではないか、と思ったりします。官僚の皆さんだけでなく、国会議員の皆さんも、マスコミの皆さんも、こぞって学んでいただきたいものです。道は遠そうですけど。
>山口 浩さん
おっしゃるとおりではないかと思います。ただし、その実現のハードルとなるのは、
○失敗学の要諦の一つである、失敗の報告を萎縮せずにさせるため、むやみに責任追及すべからず、という規範から縁遠いこと(内部で話が止まるのであれば十分可能だと思いますが、それは外部から見れば隠蔽と紙一重ですし)、
○さまざまな失敗のストックを整理・体系化して現場にフィードバックするための体制を構築する余裕があまりない、
という点だと思います。
行革としては、例えば役所の数をどうするとか、特殊法人のあり方をこうするとか、そういった議論よりも、例えばそうした体制整備を図っていくことの方が重要ではないかと個人的には思っています。