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2006-01-05

[politics][economy]中国は封じ込めるべきか

雪斎さんのエントリを読んで、大学時代に故佐藤誠三郎先生から"conteinment (policy)"に「封じ込め政策」の訳語を当てるのはミスリードであると伺ったのを思い出しました。封じ込めるというとその対象に直接何らかのアプローチをするようなニュアンスが出ますが、ケナンの趣旨はそのようなものではないと。

わかりやすい例としてThe American Heritage Dictionaryでcontainmentを引くと次のような説明がなされています。

2. A policy of checking the expansion or influence of a hostile power or ideology, as by the creation of strategic alliances or support of client states in areas of conflict or unrest.

(webmaster試訳:戦略的な同盟関係の構築や紛争・不安定地域の従属国家への支援により、敵対する勢力・イデオロギーの拡大や影響を抑制する政策)

"containment" in The American Heritage® Dictionary of the English Language: Fourth Edition(2000)

端的にはcontainmentはblockade(封鎖)ではなく、より防衛的・間接的なニュアンスとなります。「封じ込め政策」の典型とされるマーシャルプランを見ても、要すればアメリカの傘の下にいた方が得だと思わせることによりソ連へなびかないようにしたわけです。どうでしょう、日本語の「封じ込め政策」という響きから連想されるものとは違いませんか?

さて、この「封じ込め政策」という言葉を雪斎さんは次のようにお使いです。

ケナンの展開した「封じ込め」の論理が現在でも参照されなければならないのは、現下の我が国が明らかに対中「封じ込め」の論理を徐々にではあっても確実に展開しつつあるからである。東アジア共同体にインドやオーストラリアを巻き込もうとした我が国政府の努力は、多分、「東南アジア地域から中国の影響力を排除する」という「対中封じ込め」の論理からは、誠に理に叶ったものであるであろう。

「正月休みプレミアム」(@雪斎の随想録1/4付)

とりあえず中国とは対立する関係にある点に議論はないとしましょう。そこで有効となる戦略は中国に対して合従を形成して主導権を握ることでしょうか。もちろん対立陣営が多数派となってしまっては不利なのは間違いなく、そのような取組みが不要なはずはありません。しかし、それで十分なのでしょうか?

ケナン自身のアイデアに立ち戻りましょう。「封じ込め政策」は相手陣営より自陣営についた方が得だと思わせることが鍵でした。これを東南アジアにおける中国との関係に当てはめるとどうなるのでしょう。マーシャルプランに倣うならODA増額? そうした支援がなかなか実を結ばないのはウィリアム・イースタリー「エコノミスト/南の貧困と闘う」に描かれているとおりですし、実を結ばなければ引き止める効果は薄いでしょう。

「封じ込め政策」時代のアメリカのやり方を見てみましょう。いわゆる西側陣営諸国にとってアメリカの何がありがたかったかと言えば、どんどん輸入してくれたことです。意図的な輸入拡大手法としてのドル高維持はニクソンショックにより潰えましたが、それ以後においても日本やヨーロッパ諸国にとって大事なお客様であったことには変わりありませんでした。度重なる貿易摩擦で日本が譲歩し続けたのは、もちろん安全保障への配慮もありましたが、何よりアメリカがつむじを曲げてスーパー301条の発動などを行うと困るのは輸出国である日本だからでした。

そうした目でASEANの主要貿易相手国/地域の推移を眺めると、ASEANにとっての日本の重要性は下がる一方、中国の重要性は上がる一方なのが大いに気になります(1980年で日本25.9%・中国1.8%、2003年で日本14.1%・中国7.6%)。ブレトン・ウッズ体制のようなことはあまりにコストが高すぎるでしょうけれど、FTA等による輸入拡大は積極的な活用が望まれるのではないでしょうか。何よりODAとは異なり、輸入する側にだってメリットがあるという点は見逃せません。

最後に応用問題を1つ。中国とは対立する関係にあることは前提としてきましたが、以上のASEANに対する考え方を適用してみるとどうなるでしょう?

世界の貧しさをほっとけない人々がその願いをかなえるためには何をしたらよいのか、というのも面白い応用問題ですね。

[economy]webmasterの書いたことを他でも書いてもらいました‐その1:中国の1人当たりGDP見込み

上記エントリで日本の購買力について書いたわけですが、GDPの大きさで言えば中国は遠からず日本を追い抜くでしょう。しかし、1人当たりGDPに差があれば、ASEANから見た市場としての価値にも反映されます。1人当たりGDPが高い国に対しては概してより付加価値の高いものが輸出できますから、儲けは大きいですし経済発展にもつなげやすいといえます。

この点に関して、中国の見通しは決して明るいものではないとかつてwebmasterは書きました。あくまで素人の手計算だったわけですが、Angry Bearにおいて同様の見通しが示されています(比較対照はもちろんアメリカですが)。

大間違いをしたわけではないとほっとしてます(笑)。

[science]webmasterの書いたことを他でも書いてもらいました‐その2:アメリカ産牛肉より危険な中国産固形澱粉食品

5月10月に何の面白みもなく書いたことをfinalventさんが書くとかくも人をひきつけるのかと。文才の差というものを思い知らされます・・・。

本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]
雪斎 (2006-01-05 04:41)

 おひさしぶりです。
 貴殿には、提出しなければならない「宿題」が残っているのですな。そのうち、何とかしましょう。
 さて、containment というのは、正確には「塞き止め」と訳すべきものです。要するに、「中のものが外にあふれださないようにする」というニュアンスです。だから、マーシャル・ブランは、ソヴィエト共産主義がヨーロッパにあふれ出さないようにするうことを目的とする政策だったわけです。
 中国に関していえば、「塞き止め」の対象は、「膨張」なのか「混乱」なのかは見極める必要があります。貴殿が引用されているのは、前者を想定した場合の話ですが、後者だとすれば別の仕方を考慮する必要があるでしょう。この対応は容易でないですな。

bewaad (2006-01-05 05:21)

>雪斎さん
こちらこそご無沙汰しております。学生時代を思い出しながら書かせていただきました。

「塞ぎ止め」、適訳だと思います。実は何がいいかなと思いながら書きつつも、いいものが思いつかずにまとめてしまいました。

その対象が「混乱」であるとするなら、確かに対応は容易ではないと思います。今のところ共産党指導部がその防止に躍起になっているのが救いではありますが、そもそもそうした体制がいつまで続くのか自体が問題なわけですし。

「宿題」については、お忙しいと存じておりますので時間があるときに気が向いたらで結構です。ご本業頑張ってください。

大昔の経済学部生 (2006-01-05 23:09)

ASEANからするならば、日中の対立には何としても巻き込まれないように死力を尽くすということになるのではないかと思います。日中どちらかの陣営に属することを明らかにし、片方の恨みを買う、という愚かな指導者はいないのではないでしょうか。たとえば、国連安保理改革問題については、G4の決議の共同提案国にはならないことで中国の顔を立てる一方、日本の常任理事国入りには賛意を示したように。

また、合従策の関係で言えば、遠交近攻ということもあるのではないかと。日中の対立を内心喜びつつ、中国市場で利益を得ようとする欧州諸国の様子が目に浮かびます。EUの対中武器禁輸解除問題も、武器を売りたいのではなく、中国の好意を買いたいのでしょう。

したがって、対中封じ込めないし塞ぎ止めは、しょせん尻抜けになるというのが現実ではないかという気がいたします。

bewaad (2006-01-06 04:18)

>大昔の経済学部生さん
昔、次の記事でマハティールについて書きました。
http://bewaad.com/archives/themebased/monthlyreview.html#Nov0303

前半のご指摘についてはここで書いたことがある程度ASEAN全体にも妥当して、要すれば日米中のバランスを保つことが極めて重要ということだと思います。巻き込まれるという表現が適当かどうかはさておき、局外中立はあり得ないわけで、コミットが不可避であるならどう賢くコミットするか、逆から言えばコミットのさせかたとして特定のあり方を賢いと思わせるにはどうすればよいか、ということが議論になると思います。

後半について、そのあたりが応用問題の手がかりになると思います。

大昔の経済学部生 (2006-01-07 00:20)

マハティールに関する論文含蓄のあるいい文章ですね。

ところで、私が「巻き込まれる」という言い方をしたのは、ASEAN諸国からするならば、日中と言う、彼らにとり、いずれも劣らず政治的に・経済的に重要な国々が争うと言う状況は、「迷惑」としか言いようがない事態であろう、と思うからです。どちらを捨てるというわけにもいかないでしょうから、どちらの恨みも買わないように、まさに外交力を発揮するのだろうと思うわけです。もちろん、その中でもいくらかでも日本よりに動かすという努力はありうるのでしょうが、果たしてどれだけの実りがあるのか、疑問を感じざるをえません。

冷めた見方ではありますが、喧嘩というのは当事者にとっては重要でも、回りからは冷ややかに見られるものではないかと。

bewaad (2006-01-07 02:31)

>大昔の経済学部生さん
昔どこかで読んだ話を思い出しました。ブレジンスキーが米ソの世界戦略かなにかについて講演し、その次に立った人間が言うに「象が喧嘩してもセックスしても、下にいる動物には迷惑だ」と。喧嘩も当然ながら、両国が連合して覇を唱えても迷惑でしょうから、ASEANにとっては自分たちと無関係なところで勝手にやっていてくれといったところでしょうか。

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正月の間、いろんなネタを考えたのですが、なかなか書く機会がなかったので、在庫一掃してみたいと思います。

<先に「その1」をお読み下さい。> 前回は、中国の「封じ込め」をめぐる議論について、古典的なパワーの概念やリアリズムの理論に沿って、抽象的に中国の「台頭」と日本の「プレゼンス」の低下を恐れる議論は、必要な視点とは思いますが、それだけでは十分ではないと思..


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