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2006-02-15
■ [law]消えゆく法例への挽歌
法例といっても何がなんだかわからない方々がほとんどだと思いますが、れっきとした法律の題名です。「法例」という名の法律があるのです。
政府は14日、「法の適用に関する通則法案」を閣議決定した。国際的な契約などに関する争いが日本の裁判所に持ち込まれた場合にどこの国の法律を適用するかを決めている「法例」という名前の法律を、約100年ぶりに全面的に改めた。
この記事の内容についてはAKITさんが適切な補足をされていて付け加えるようなことは何もない(どころかwebmasterにとっても非常に勉強になりました)ので、本筋とは全く関係のない感情論を。
#あ、「改めた」っていう過去形が誤りだということは付け加えられますね。国会で議決されて「案」でなくなるわけですから。
「法例」という中国、日本の伝統的な用語が、まもなく行われる国際私法の現代化によって消失してしまう。この記事に象徴的に見られるような、語の持つ概念が正確に理解されない状況が、その語自体も吹き飛ばしてしまうことになる。「法の適用に関する通則法案」という法案名は、「法例」という語の持っていた概念を基本的に再現したものと言えよう。しかし、六法における配置に象徴的に見られるように、すでに法例という法令の位置づけが見失われてしまって久しい現在において、かえってこのような言い換えは「法の適用」の意義が見失われつつあるという、法を取り巻く現在の状況を浮き上がらせてしまうに違いない。われわれはこのような事態を座して見守るしかないのだろうか。
「「法例」→「法の適用に関する通則法」(案)」(@唯々諾々のもうぐだぐだ2/14付)
引用部の前になぜ法例がその名称となるにいたったかについての非常に興味深い事実が記されていまして、ご関心の向きにおかれましては是非読んでいただきたいのですが、それを前提に話を進めますと、法例の規定内容について口語化・現代化することには何の問題もないどころか積極的に推進されるべきでしょう(懐古趣味的な感慨がないといえばうそになりますが)。だからといって、由緒ある題名まで変える必要が果たしてあったのでしょうか。
百歩譲って法律の内容が具体的なもので体を表す名が内容の理解を助けるのであれば、題名をわかりやすくすることに一定の意義があるといえるでしょう。しかし、「法の適用に関する通則法」と聞いて内容がわかる人がどれだけいるというのでしょう? これでわかる人なら法例でもわかるでしょうし、法例でわからなければ新しい題名でだってわからないでしょう。そもそも国際私法なんて法学部でもマイナーな科目で、webmasterの学生時代を振り返っても受講者は1割いたかどうか。法学部卒だって例えば「反致」の意味など知らない人がほとんどです。
加えて、これで題名が「法」ないし「法律」の語で終わらない法律が1つなくなるというのももったいないとの感を強くします。他には今話題の皇室典範、形式上は政令相当であるにもかかわらず法律としての効力を有するいわゆるポツダム勅令、それに現在もなお効力を有する太政官布告等の古い法令(決闘罪ニ関スル件(明治22年法律第34号)などの法律もあります)しかない(はず)です。今後減ることはあっても増えることなど想定できないのですから、何とかならなかったんでしょうかねぇ・・・。
■ [history]日本100名城
なるものが日本城郭協会により定められたとのこと。roi_dantonさんならコンプリートかな、と思って調べてみたところ、ネットで確認できる限りで41城と過半数に届かず。意外でした(手集計なので誤りがあったらごめんなさい。ちなみにwebmasterは13城しか訪れたことがありません)。江戸、名古屋、大阪といったメジャーどころが抜けているのは、多分ネットで記録される前にということでしょうから、実際には過半数を達成していることと信じてます。
リストそのものにあれこれ言い出すときりがないのでしょうけれど、1つだけどうしても申し上げるなら大野城(福岡県)は岩屋城と併記してほしかったなぁと。高橋紹運(鎮種)が好きだからですけれど、彼の印象を強烈に刻む岩屋城攻防戦は激しさといい情勢に与えた影響といい戦国時代でも指折りの合戦だと思っていますので。
自分は会津の生まれです。地元では会津若松城は「鶴ヶ城」としか呼ばれてないのですが、全国的にはそっちは別名ということになるんですね。分かりづらいのかもですが、やっぱり違和感ある表記です。
良く数えましたねー。実は41城で合ってます。江戸は前やお堀端を通ったことはそれこそ腐るほどありますが、中に入ったことはないのでカウントせず。大阪と名古屋は敷地内のみで建物に入っていないのでカウントせずです。このリストは、どちらかと言えば建物がしっかり残っている系のものが多いので、元和の一国一城令で廃城になった城は殆どリストに入っていないと思います。私の職場に私如きでは足下にも及ばないような先達がいますので、彼の意見を聞いてみたいところです。ちなみに、彼は少なく見積もっても600城ほど攻略済みだそうですが、それでも全国の城郭の2%程度にしか過ぎないのではないかと思われます。
>名無しさん
ご指摘のとおり地名表記の方がわかりやすいといった理由ではないでしょうか。鶴ヶ城に限らず、そうした地域での名称が「愛称」として併記されている例はよく見かけます。今回のものも、一般的な知名度を優先したのでしょう。
>roi_dantonさん
今回改めて見させていただきましたが、私からすればroiさんでもまったく足元に及びません。「歴史群像」に毎号掲載の城郭解説記事を読むといってみたいなぁと思うのですが・・・。
ところで江戸城ですが、宮内庁に出向すれば職場になりますよね(笑)。