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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2006-03-01

[economy]続・経済学・科学論争 その1

#「その1」としているのは、明日に中村正三郎さんのその後のエントリを取り上げる予定だからです(webmasterに対するものとして明示されたものはありませんが)。

2/24に取り上げた中村さんの議論に関連して、半日庵さんが「経済学は科学か?」というエントリを書かれていらっしゃいます。以下は本来コメントで対応することが適当であるのでしょうけれど、trackbackの受付のみされているので、こちらもエントリを立ててtrackbackさせていただくこととします。お手すきのときにでもご回答いただければ幸いです>半日庵さん(相手にする価値なしとご認識であれば、無視されても何の問題もないのは当然です)。

現状では、日本の経済学者はトランク学者が多い。それは、経済学で世界的に評価を受けている研究をしている経済学者が日本にどのくらいいるのかを見てみれば分かることだと思う。工学や理学では数え切れないほどいるけど、経済学ではあんまり知らない。まあ、報道されていないというのが正しいのだが、数が少ないので報道されないと考えて間違いないだろう。そんな貧弱な日本の経済学者達をみて、経済学は科学とはいえないと中村氏が主張するのも理解できる。私は科学ではないというのは言い過ぎとしても、まだまだ発展途上で物理学などに比べれば何百年も遅れているのは間違いないと思う。当の経済学者たちがそういう自覚があればいいのだが、ないような気がする。遅れていると言っても、経済学の歴史がそれほど長くない(200年くらいではないか)と思うので、当然だ。これから発展していくのだから、それほど悲観する必要もないと思っている。

「経済学は科学か?」(@半日庵のつぶやき2/27付)

日本の経済学者のレヴェルが世界のトップに伍すとの前提であれば、「貧弱な日本の経済学者達をみて、経済学は科学とはいえないと中村氏が主張するのも理解できる」のは論理的だと思いますが、ここで書かれている「貧弱な日本の経済学者達」というのは、世界的に見て第一線の経済学者のレヴェルと比べてということですよね?

であるなら、仮に日本の経済学者達が「貧弱」であるとの前提が正しいとしても‐むしろ正しいとするなら‐、そこから経済学が科学とはいえないとの見解は論理的には導かれないのではないでしょうか? この仮定に基づけば、あくまで科学とはいえないのは日本の経済学者の業績に過ぎないのであって、経済学の水準はその上をいっているということになるのですから。

経済学擁護派の反論が、あまり科学的な反論になっていないというのが面白い。つまり中村氏の上げた理由に対して、具体的または論理的な反証をあげて反論できていないのだ。まあ、具体的な反証を探すのは大変なので、ブログの議論でそこまでやる人は少ないとは思うけど、その行動が中村氏の主張を補強しているのも事実だと思う。このあたりの理論展開は中村氏に一日の長があるようで、反論者たちは中村氏の術中にはまっているいるようだ。

「経済学は科学か?」(@半日庵のつぶやき2/27付)

webmasterの反論はなるべく「具体的または論理的な反証」に基づくものとするよう努めたのですが、どのあたりが具体的でなくかつ論理的でないか、後学のためにご教示いただければ幸いです。

さて、中村氏は科学の定義として「数学を使って精密な議論をしている」というものをあげている。この議論には賛成といえば賛成なのだが、「論理的な議論をしている」なら数学を使わなくてもいいと私は思う。しかし、厳密に論理的に議論するには数学を使った方が楽なので、多くの場合数学を使うだけだろう。

論理的な考えを鍛えるには、数学を勉強するより、コンピュータのプログラミングを勉強した方が良いという人もいる。今の数学の表現は自然言語を使っているのでどうしても論理的に曖昧な部分や、論理的な飛躍を許してしまう部分があるというのだ。その点、コンピュータを動かすには、論理的に曖昧な部分があればバグになるし、論理的な飛躍をしてしまうと動かないという目にあう。中村氏はプログラマとしても有名なわけで自身は数学という言葉が読み書きできないと述べているけど、コンピュータで論理的な議論は十分に鍛えられていると感じる。

「経済学は科学か?」(@半日庵のつぶやき2/27付)

例えば一橋大学の阿部修人助教授による応用マクロ経済学 Winter 2005 講義ノート(RBC)には次のような記述があります(ちなみにこれは中村さんが比較的科学っぽいものとして挙げているゲーム理論に関するものでもなければ金融工学に関するものでもありません)。引用させていただいた部分の定義に照らせば経済学も「論理的な議論をしている」とお認めいただけると思うのですが、いかがでしょう。プログラミングしているわけですから。

自分でプログラムを書くときでも、実際には他人の書いたコードを参考にする、あるいはそのコードの一部をそのまま使うことが多い。微分や数値積分については、すでに多くのコードが書かれており、数学パッケージとしてCやFortranのために提供されているし、一部はMatlab やGauss でも利用可能である。古典的なものではPress, Teukolsky, Vetterling, and Flannery による一連のNumerical Recipesシリーズがある。便利な数値手法の解説とコードをC, C++, Fortran90 やFortran77で提供しており、古本屋で安く見つけられたら購入しておくことをお勧めする。ただ、最近はIMSL 等の市販の数値解析パッケージでかなりカバーされてしまうようであるが。。

応用マクロ経済学 Winter 2005 講義ノート(RBC)

本日のツッコミ(全22件) [ツッコミを入れる]
cloudy (2006-03-01 05:22)

> 実務経験のない経済学者はアダルトビデオを1000本見て研究を重ねた童貞
誰の言葉かと思ったらハイパーネットを潰した板倉さんですか。会社を作るだけじゃなく、潰すところまでいかないと「経験」したことにはならないのですね。そりゃずいぶん厳しい基準だ。

hideous (2006-03-01 08:14)

はじめてのカキコになります。いつも読ませていただいています。
「社会科学は“科学”なのか?」という問題はときどき見かけますが、何が科学であり、何がそうでないかという「科学の境界設定」問題を追及した本である『疑似科学と科学の哲学』を著わした科学哲学者の伊勢田哲治氏は、『認識論を社会化する』という本の中でその問題を追及していたと思います。読んだのが結構前なのでちょっとアヤフヤですが……(^^;
その昔の論理実証主義者の「検証可能性」のみならず、カール・ポパーの「反証可能性」の議論も、当の自然科学自体がそれを遵守できていない“厳しすぎる”基準であることがわかって、それを科学の基準として立てる考え方はすでに棄却されています。一般に、「経済学は科学でない」と言いたがる人たちは、その時代の頭でそういうことを言っているようにぼくには思われます。

kumakuma1967 (2006-03-01 12:39)

経済学は科学だと思いますよ。
 より科学的であるためには分野外の人間を「上手に」説得出来なければいけない、というあたりで一工夫の余地があるかもしれない、という以上の事はないと思います。
 もっと科学的になれるのに十分科学的じゃないというのはいろんな分野であることで、教育と雇用が分野の目的に対して十分じゃなければそうなっても仕方ない。
 日本の高等教育修了者の結構な割合が経済学の専門教育を受けていて、膨大な数のスタッフがいて、それでもはてなの「貨幣の定義」で知的ゲームを面白がれる程度に未成熟な訳でしょ。やりがいがありますね。(法学も一緒か)
 課題が一杯ある事は科学者にとっていい事なんじゃないかな。

ksm (2006-03-01 12:58)

蛇足的ツッコミですが一応...
http://nakano.webmasters.gr.jp/nr.html
Numerical Recipes は便利だけど、
個々のコードについては一応眉に唾付けてから読め、
ってのがその筋では定評なんですが、これも計算機科学は(ry

銅鑼衣紋 (2006-03-01 13:30)

テレビに出てくる「専門家」がアレなら、その学問は糞という短絡
が許されるとすると、ゲイツがアレだからソフトウェア屋は糞とい
う結果になるわけですけど、そうなのかねぇ?(笑)

あと、企業経営者が経済学者の議論をAV1000と言って揶揄し
てるつもりらしいけど、経済学と経営学が別の分野って知らないで
書いてるんでしょう。別に経営学者が良い経営者でなきゃ経営学が
糞とはいえないけど、そもそも経済学は企業経営関係ないというこ
とすら知らないで批判してるのを聞くと、困りますなぁ。

でも、その論理で行くと、ゲイツとM$の偉大な実績(利潤と株価
だけでもw)をみれば、それを批判するSEは糞ということになる
わけですけど、それでいいんかねぇ?

アルベルト (2006-03-01 15:15)

中村氏のその後のエントリを確認していないのですが、2/24のbewaadさんの引用箇所を見る限り、あまり時間をかけて反論するほどの内容には見えないのですが・・・
hideousさんのおっしゃる通り、「科学とはなんぞや」という問題に関しては膨大な議論の蓄積がある中で、中村氏や半日庵氏の主張はそれを踏まえた上でのものとは思えませんし、定義上経済学(というより社会科学)が科学でないような定義を勝手にした上で社会科学は科学じゃないと主張するのはトートロジーですのであまり議論しても仕方がないと思います。
もちろん、純粋数学などの非常に限られた分野だけを「科学」とする立場はありえると思いますが、少なくとも「理学や工学」を引き合いに出してくるのであれば、理学や工学の各分野でどのような論証が求められているか自覚した上で主張してほしいものです。

渡久地明 (2006-03-01 19:12)

経済学は科学です。

それよりも、物理学者なら物理学の言葉で、生物学者なら生物学の言葉で経済現象を説明してみたらどうでしょう。

わたしは電気工学を勉強しましたが、電気の自動制御などは経済学の教科書にあるビルトインスタビライザーそのままだと認識しています。本業の沖縄の観光産業にも気体電子工学のアナロジーがとれます。

それにしても、わたしの学生の頃はプログラミングは単なる言語で、非常に軟弱な分野であって、人気もなく、それこそ科学じゃないと思ってましたが(失礼)。

truly_false (2006-03-01 23:14)

件の中村氏や半日庵氏の議論って、どこかで聞いたことがあるなと思ってたら、小室直樹御大が、もう30年くらい前に言ってたことじゃなかったですかね(『危機の構造』?)経済学はヒトのことを扱ってるので、物理学や数学ほどには要素を形式化できないところは、どうしてもネックになってしまうんじゃないでしょうか?

ITOK (2006-03-02 00:11)

中村さんのところのコメント欄の流れもそうですが,経済学が科学かどうかというのは不毛だと思います。
結局のところ,(ある定義での)科学であろうがなかろうが経済学にとっては関係がないでしょう。
経済学に対する無用な誤解を解くことには意義があると思いますが。

小僧 (2006-03-02 00:20)

岩波「科学」 2005/3 2005/4 に収録された『【座談会】ツチヤの「科学者の生活はどうなっているんでしょうか」』を踏まえた上で、「経」の飯田先生の最終回を書き直してみると

これまでの歴史から分かることは
○ 「何が分かっていて、何が分かっていないか」の範囲が分かる。
○ 説明できる範囲では時代を越えて(そこそこ)成立し、どうすれば再現するかが予測できる。そこに論理がある。
○ 何が間違っているか分かる。
との性質を経済学の標準理論が備えている事である。さらには
○ 社会で重要な事を説明できる。
事も分かる。だからこそ、標準理論が導くルールは複雑さや裁量による名人芸に頼る割合を減らす事が出来る。しかしながら(指標が sticky な)短期の変動については予測できないし出来る方法があるとは思えないので、それで経済学を腐すのはヤメレ。

と言う訳で経済学は科学です。で十分だと思います。
#人口に膾炙する後付け事情通な「ケーザイ学」は知りませんが。

なので、乳の詫び状は昔から変わらないなぁと。

bewaad (2006-03-02 06:45)

>cloudyさん、銅鑼さま
脱線である上、書き出したら止まらなさそうだったのであえて引用しなかったのに(笑)。

あの理屈は政府・日銀にとって一番都合がいいんですけどね。マクロ経済政策運営なんて彼(女)らしかやったことがなく、部外者は黙れと言い出せばノーチェックになるわけですから。

bewaad (2006-03-02 06:52)

>hideousさん、kumakuma1967さん、渡久地明さん、ITOKさん、小僧さん
明らかに科学ではない法学の出身者としては、実際のところ科学かどうかには経済学徒ほどこだわりはないと思います。それよりも科学じゃない=軽蔑すべき存在という枠組みの方が気になっていて、科学かどうかは定義問題であり定義によっては科学でないにせよ、誤解に基づく偏見は勘弁して欲しいと思うのです。

bewaad (2006-03-02 06:55)

>ksmさん
補足ありがとうございます。自分で使ったこともないのにぐぐって引用するからこんなことになってしまいます・・・。

bewaad (2006-03-02 06:58)

>アルベルトさん
多分英-Ranさんもそうだと思うのですが、ネットで長らく遊んでいる身には中村正三郎という名前はちょっと特別な響きを持つんです。

そういう思い入れ先行で去年も失敗したなぁ・・・(2ちゃん・軍板との一件)。学習能力なさすぎ。

bewaad (2006-03-02 07:01)

>truly_falseさん
小室本(の昔のやつ)はほとんど読んだのですが、日米社会科学比較でそのようなことを言っていたような・・・?

ksm (2006-03-02 12:42)

いや、というかネット以前の時代からパソコン界隈(業界という言葉はチョイ不適当)に常にネタを提供してきていて、昨今若干ロートルの気配あれど現役技術者としてそれなりに注目されている人物... なのですよ > 若い衆

興味があれば図書館で「電脳騒乱節」とか是非読んで欲しい、と年寄りからの要望

小僧 (2006-03-03 02:27)

「さべ」騒動とかは知っているので、そういう事を考えるとあいかわらずだなと。それはさておき、

        「A は B でないからまともではない」という議論はあまり筋が良くないと思います。まともではない具体例とその根拠をちゃんと調べてね。

と言えば済むはずですが。みなさん「俺の話を聞け」に御執心で、「俺の話」の妥当性に思いが至らないのか不思議で不思議で。
# gachapinfan さんなどの所に話題となっている「議論の仕方」に
#ついては、数年前から知っていたのですが、紹介していれば
#良かったのかなぁ。

bewaad (2006-03-03 09:27)

>ksmさん
あまり若い衆ではないのですが(笑。英-Ranさんはお若いと思いますが)。ネット普及により部外者でも知ることができるようになったといいますか、小僧さん言及の「ざべ」はごくまれにしか買っていませんで、そこで名前を見たようなかすかな記憶もあるのですが・・・。

bewaad (2006-03-03 09:29)

>小僧さん
ご指摘、忘れないよう心がけます。

ところで、「議論の仕方」って、今回だけでなくちょっと前にもはてなブックマークでブックマークされていたような気が。

kumakuma1967 (2006-03-04 20:31)

例の式の次元については課税単位をUとして[\/U]だと思ってたんですけど、あちこちで[\]であるとの話が見られますね。単価や価格の次元が\なのか、金額の単位が\なのかわからなくなりました。
 もっとも経済学って次元に鈍感になる科学だとは思うんですよね。次元を異にする物品が交換されるのが大前提なわけですから。

kumakuma1967 (2006-03-04 20:33)

うわあ\が\で表示されてる。¥のつもりでした。

bewaad (2006-03-05 14:01)

>kumakuma1967さん
U=1との前提を置いている人もいるということだと思います。そうでないとpが単価にならないのですが、通常pは単価を指しますから。その点中村さんの批判にもうなづける部分はあると考えていますし、だからこそ第3版では表現が変更されたのでしょう。

円記号がバックスラッシュになるのは仕様です。私もそれで書いてバックスラッシュ表示され、しかも訂正せずに放置してあるものもあります(笑)。

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