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2006-04-04
■ [government]理想の職場‐規制改革・民間開放推進会議
昨日に引き続きpogemutaさんの取り上げた話ですが、毎日「縦並び社会・格差の源流に迫る:ブレーキなき規制緩和」にて描かれたあまりに素晴らしい規制緩和関連の職場環境を見てうらやんでみたいと思います。
#格差の原因を規制緩和に求めるな、ブレーキなきってブレーキ役を抵抗勢力と糾弾してきたのはどこの誰だよ、といった毎日の問題があることも指摘しておきますが、本日の本題は別のところです。
03年12月16日、前身の総合規制改革会議。労災保険の民間開放をめぐり、委員の清家篤・慶応大教授が反対を唱えた。「セーフティーネットを弱体化させかねない」
(略)
多数を占める賛成派の委員が反論した。「当会議はメンバーが一致団結していく伝統がある」
小泉純一郎首相に提出された第3次答申には「労災保険の民間開放」が盛り込まれた。清家委員は次期会議に切り替わる際、委員に選ばれていない。国鉄民営化にもかかわった議長代理の鈴木良男・旭リサーチセンター会長は言う。「われわれの思った通りじゃない人の席は消えていく」
翌04年秋、今の会議の教育・研究作業部会の委員に内定していた飲食店チェーン「ワタミ」の渡辺美樹社長が「解任」された。学校経営の規制緩和による株式会社の参入について「株式会社は利益の株主還元を優先するため不適当」と持論を変えなかったためだった。
ワタミの話はかつても取り上げたことがありますが、その際も全体の空気に逆らう人間は不要であるといった趣旨でした。御用学者を集め役所の方針追認をするだけとよく批判される各省庁の審議会だって(そうした批判は少なからず不当だとwebmasterは思いますが)、少数意見・異論の存在そのものを認めないなどということはありません。というかこのような運営が許されるのは他にはカルトぐらいでは?
鈴木会長が「われわれの思った通りじゃない人の席は消えていく」とおおっぴらに言うのも、武部幹事長のイエスマン発言同様、建前さえとりつくろおうとしていません。自らの正しさに微塵も疑いを持っていないからでしょうけれど、世の中には守らなきゃいけない建前ってものがあると思うのはwebmasterだけでしょうか?
93年末、細川護煕首相の私的諮問機関「経済改革研究会」(座長、平岩外四・旧経団連会長)が報告書「規制緩和について」(通称・平岩レポート)をまとめた。バブル崩壊後、財政負担の少ない景気回復策が求められていた。今の規制緩和の出発点と言える。
当時の官房副長官で、レポートを取りまとめた石原信雄氏によると、安全や健康、環境を守るための規制も「必要最小限とする」という表現を入れるかどうか、激論が交わされた。結局、緩和推進派の中谷巌一橋大教授、大田弘子大阪大客員助教授(いずれも当時)らが慎重派の省庁OBを押し切り、盛り込まれた。
石原氏は「規制緩和が行き過ぎれば(格差拡大などの)弊害が起こるという議論はなかった」と振り返る。今の流れは予想していなかった。「規制緩和自体は悪いことではないが、敗者は切り捨て御免になっている。19世紀の自由主義と同じだ」
弊害論が正しいとは限りませんが、存在しなかったという石原元官房副長官の言は疑わしいのではないでしょうか。というのも、「慎重派の省庁OB」がいたわけですが、仮に規制が自らの権益につながるからその緩和に反対というのが本音だったとしても、それを公言するはずがないからです。公言される慎重論は高い確率で弊害のおそれを説くものであったはずで、ただそれを認めると「抵抗勢力」に理があったとすることになるからこそ、そのような発言につながったように思われます。それ以外にどのような慎重論があるというのでしょう?
−−事後チェックルールは整っているか。
「そこは各官庁の腕の見せ所。人手とお金がかかるものだという認識が必要だ。現在は移行期で嵐の中にいる。この程度で我慢できずに放り投げるようでは、日本経済はうまくいかないだろう」
これは規制改革・民間開放推進会議の宮内議長(オリックス会長)に対するインタビューからの引用ですが、この言葉自体の是非以前に、現行不一致じゃないですか、と言いたいです。他人事のように「人手とお金がかかるものだという認識が必要だ」とのことですが、それを実現すべく宮内議長は何をしているのかということです。そうした方向で全体が動いているならさておき、そうでないのは皆様ご案内のとおりです。自分の役割でないというなら、それは縦割りではありませんか?
○ 宮内議長 (略)
ただ、やはり1つの物事を決める場合には、現在のところはその担当省庁がノーと言い続けますと、なかなか動かないと。内閣府という総合調整機能を持っているところは、懸命に説得するという意味で、我々の機能と余り違わないわけであります。そうすると、意見がどうしても調整できなければ、そこで止まってしまうか、総理の裁断を仰ぐということになりますけれども、一つひとつの問題についてそういうことをするわけにもいかないと。そういう意味では、やはり縦割りの省庁の力は強いなということは、依然として私は感じております。
平成16年度 第14回規制改革・民間開放推進会議 会議終了後記者会見録(webmaster注:強調はwebmasterによります)
言行から推し量るに縦割りを是認しているのかと思いきや、批判的であるようです。じゃあまず自ら縦割りを打破して次のような動きや、総人件費改革として人件費切下げを主導している経済財政諮問会議を何とかしてはいかがでしょう。自分たちは正しいことをした、後はやるべきことをやらなかったところが悪いと開き直るのは縦割りの弊害の最たるものではないかと(でもそうしてきちんと諮問会議を批判するならまだましで、すべては「抵抗勢力」の悪行のせいにし諮問会議とは馴れ合っているのが実態で・・・)。
国家公務員純減で新規採用3割抑制を決定
http://www.sankei.co.jp/news/060331/sei092.htm
政府は31日、国家公務員5%以上純減に向け、配置転換や新規採用の3割以上抑制を柱とする「セーフティーネット」と、商工中金のサービス多様化などを盛り込んだ「詳細な制度設計に向けた論点整理」を決めた。行政改革推進本部(本部長・小泉純一郎首相)の持ち回り会合などで決定した。
新規採用抑制は平成19年度から4年間にわたり、一部の職種を除き3割以上を削減。配置転換と合わせて、政府の「国家公務員雇用調整本部」が実施計画をまとめる。
帳尻は結局あとで合わせるのですか。。。
3割となるとかなり大きいので、人員配置をどうするか、また人事担当が頭を悩ませることになりそうです。
とまれ、これだけ好き勝手な運営が許される組織は他にそれほどありません。さぞかし苦労がない職場だと思うのですが、どうせ抵抗勢力の反対が多くて大変だとでも言うのでしょう。人には立場の違いがあり何でも思いどおりになるとは限らないことが世の常であることぐらい、常識的な経験をしてきている大人なら誰だって承知しているはずでしょうに。
4月5日付けの毎日新聞に[http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060405k0000m010170000c.html 「総合規制改革会議 議事録作成せず」]と題する記事が掲載されています。 確かに、[http://www.kisei-kaikaku.go.jp/about/rules/management.html 「規制改革・民間開..
>世の中には守らなきゃいけない建前ってものがあると思うのはwebmasterだけでしょうか?
僕もそう思います。(笑)
最近、僕は新聞の特殊指定見直し問題における、あまりに一方的な新聞報道に憤っているのですが、これも報道機関が「守らなきゃいけない建前」をかなぐり捨てている例だと思います。公平性や中立性の建前を全く無視している新聞というのは、いくら何でもねえ。
そして、こうやってその問題点を指摘する言論があるわけです(^^
なんか時代の動きを感じます。
審議会は、昔の官と民の情報共有が行われていたよき時代から、官の承認機関の傾向が強くなり、最近はコンサル的な改革請負チームのような傾向になりつつあるなあと思いました。
バブル以降のリーダーは建前、品性、配慮のようなものを忘れてしまった方が多いようですね。
「官から民」の中の「民営化」「規制改革」「特区」とその裏面の「行革」というのは、各々都合もあって、距離感や方向性が見えにくいですね。
政策論はさておき、「常識」が崩壊している時代だから、それが欠けていてもトップになるわけですよねえ…、官も民も。
ここから1930年代を想起するのは、自分だけしょうね。
>国家公務員純減で新規採用3割抑制を決定
自自連立の時から何度も減らす減らすと言いながらまあ有耶無耶で終わってますからねえ。というよりこれ以上減らすと後々問題が発生するような気がしてならないんですが。
>新聞の特殊指定見直し問題
まあ連日この記事見て腹立ちますわね。(もちろんネットです。新聞取るくらいならCATVに金回しますし)
お前ら自分たちだけ助けろだと?ふざけるなと言いたくなる
この際新聞は末端公務員や市井の人々がどれだけ構造改革の結果苦しんでいるかを自覚すべき。
自覚しないなら堀江被告じゃないが新聞は殺された方がいいと思う
竹島公取委委員長にはあんな連中の言い分には屈せずに是非頑張って欲しいと思う。
まあ、ちょっと前までの日本は戸別配達(と社会の横並び志向?)のおかげで世界でもまれな「新聞がなければ生活していけない国」でしたからねぇ。それが高い識字率、高い水準で格差のない教育につながっていたという彼らの言い分にも一理はありますが…。
しかし、これだけ娯楽が増えて他の先進国同様「新聞もTVもネットもなくても生活していける国」になった以上、特殊指定が維持されようと補助金で無料配布になろうと、欧米並みの購読率になるのは避けられないんじゃないですかね?
全く関係ありませんが、毎日新聞の記事に「<総合規制改革会議>設置法で定めた議事録作成せず」というものがありました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060405-00000010-mai-pol
内閣府のコメントの「議事録を作成する担当者を置いておらず…」って、まるで知らなかったかのような言いぐさですね。法制局の議事メモならまだしも、これだけ記録を取らなければならないのに、そういう対応をしていなかったというのは驚きを超えて呆れます。
もしかして、これは内閣府(規制改革会議)が最初から発言主を隠蔽するための作戦?真偽はともかく、設置法に罰則がないからといって、その義務を果たさないのはやはり行政組織としてまずいのではないかと思います。宮内議長も、まさか議事録おこしは「人手とお金がかかるものだという認識」がなかったわけではありますまい…。
>Baatarismさん
昔はもっとひどかったですけどね、その件に関する自己弁護。少しは他人の目を気にするようになったのかな、と。あくまで彼(女)らの時系列比較で、他産業との比較ででは断じてありませんが(笑)。
>ひろさん
霞が関界隈では昔からある愚痴を代弁しただけです(笑)。
>sweetfishさん
審議会にもいろいろあって、と言い出すと別にいい点ばかりでないことも言わないとフェアでないのですが(笑)、少なくとも長年多くの批判にさらされただけあって、官庁の代弁をするようなものは間違いなく減ってきています。
ただ、かつては関係者の利害調整の場として機能したわけですが、それが密室だと批判されたためオープンになり、妥協できずに引くに引けなくなって調整がつかなくなることも増えました(昔どこかで書きましたが)。もちろんかつての調整過程はそこに参画できない者の利害が反映されないという欠点があり、だからこそ批判にも理があるとして変わってきたわけですが、最初からスタンスが決まっていてそれをぶつけ合うだけという議論を見ると、事務局を担当している場合に若干のむなしさを感じないではないです。
>estevanさん
純減が難しいのは退職条件を変えることが難しいからで、民間ならリストラしているといっても、合法なものであれば退職金の割り増しとかいろいろインセンティヴをつけているからこそです。民間は必死だからグレーゾーンに踏み込んでいるのにそこまでいかないのはダメだというなら、まず解雇法制を変えてくれ(まさか役所が率先して脱法行為をやるわけにもいかないでしょうから)と思うのですが、そこはまた縦割りで(笑)。退職を増やせないから新採抑制でというのは、現場を見るとなかなかこれ以上はご勘弁をというのが正直な気持ちです。
しかし竹島委員長、就任時には官僚をまたのさばらせるのかという批判が多々あったわけですが、そうした批判をしていた人たちは今頃彼をどう評価しているのか興味があります(笑)。
>kogeさん
今でも押し紙などを除けばどこまで、という話もありますね。
>vicinityさん
やっぱり世間の後押しを受けているというゆるみがあるのでは、とひがみつつ(笑)思います。世間の批判を浴びるような審議会でそのようなことをしようものなら、それ自体が批判の火に油を注ぐことになってしまいますから。
「そこは各官庁の腕の見せ所。(事後のチェックには)人手とお金がかかるものだという認識が必要だ。現在は(事前に導く形から、事後のチェックへの)移行期で嵐の中にいる。この程度で我慢できずに放り投げるようでは、日本経済はうまくいかないだろう」であるとしたら、人員の再配分で済むと考えているのかも知れず。という訳で言行不一致ではないかもしれません。まあ、これが正しいとしたのならば、持論をぶっているだけにすぎないので「びっくりする程の給料をもらった事がない」のは当然だとは思いますが。
前と同じ文章からファンタスムの部分を引用します。
「なぜか日本の官僚制は良くないと言われていて、確かにそうした部分もあるとは思うけれど、今の日本の官僚はほとんど戦後の教育を受けていて、一代前とは明らかに違っている。然るべき資料を示して討論すれば、それなりの答えは返ってくるんです。小沢一郎は一種のファンタスムですが、ファンタスムにたいして悪口を言っていれば済むような時代はもう終わった。文部省を批判していれば済む時代は終わったんだから、思い切って動いて見たらどうだろう、改めてみたらどうだろうと考えたわけです。」
蓮實 重彦, いま東大で起きつつあること, 広告批評 1994/9, マドラ出版. より。
追加:
蓮實先生の文章の中で一番強調しておきたいのは「然るべき資料を示して討論すれば、それなりの答えは返ってくる」です。ここに bewaad さんという実例がいらっしゃるわけですが :-)
>小僧さん
事前規制から事後チェックへの転換には人員純増が必要になりますから、その趣旨だとしたら宮内議長は誠実ではあるかもしれないけれども無能だということで(笑)。
ファンタスムについては、似たようなことをこれまでも断片的に書いてきたように思いますが、結局現代日本において官僚が最後に頼ることができるのは理屈しかないことが大きいのだと思います。政治家は立法行為により自ら規範を生み出すことができ、また選挙を通じた正統性も獲得しています。司法もまた憲法において自らの良心で規範を確定する正統性を有しています。ところが行政府は法の執行に携わる者として、立法府や司法府が確立した法規範という外部にしか正統性がなく、自らを守るのはそこから行動を演繹的に導くロジックにしかないわけです。やはり政治家から政策を示されれば、不合理だと思っても憲法違反でない限りはあれこれ細部を工夫することで何とか合理的だと納得できる範囲に収めるぐらいしかできることはありませんし。
はじめまして。TBさせていただきました。この会議ほんと何とかしなくては。
>theodor_w2006さん
エントリ拝読しました。利益相反の典型としては、容積率規制について森ビル社長(だったかな?)がメンバーに入っていたり、派遣労働規制について派遣会社社長がメンバーに入っていたりとか、そういったケースがあったように記憶しています。
諮問会議もアメリカのNECを手本にして設立されましたが、アメリカはそもそも大統領制で行政府の機関決定の立法府に対する影響度は小さく、議会公聴会などを通じて反対する立場の意見をぶつけられるわけですが、そういった部分抜きに形だけまねているわけで、他国の制度を導入しようというなら全体のバランスを考えて欲しいものです。
田中康夫氏が代表を務める新党日本が、議事録作成の問題を徹底追及するそうです。
http://gendai.net/?m=view&g=syakai&c=020&no=25691
国会審議には他の重要な案件もあるでしょうに、本件にどれだけの質問時間を回せるのか、注目はしませんがやりたければどうぞご自由に…。
>vicinityさん
他党が取り上げない点を取り上げるのは小党の存在意義を示す典型的手法ではあるわけで、他人事としては楽しんで観戦したいと思います(笑)。限られた質問時間といっても、それこそ主意書などを使えば嫌がらせなどいくらでもやりようがあるわけで(笑)。