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2006-05-30
■ [government][media]「何故農水省はWTOに照会しないのか」と問う人は何故農水省に照会しないのか
branchさん経由の話題ですが、まずは発端である朝日の19日の記事から。ネット上にないので全文転載します。
「上限関税はコショウだ」。多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)の行事役である世界貿易機関(WTO)のラミー事務局長の発言の解釈をめぐって、農水省内が二分している。
「コショウ発言」は今月1日、ジュネーブのWTO本部を訪問した中川農水相との会談の最後に飛び出した。
すべての農産物
完全関税(5/31訂正)を一定水準以下に引き下げる上限関税の考え方は、日本にとって絶対に認められない案。発言の真意をすぐに確かめたかったところだが、「フランス人に比喩の意味を問い直すのは無粋だし、上限関税の話題には触れたくないという意識もあった」。農水相に同行した政府幹部は、その場で確認できなかった事情をこう説明する。「コショウは料理にとって絶対に必要な食材ではない。WTO交渉でも、上限関税は必要ない、という考えを伝えたかったのではないか」。農水省ではこんな都合のいい解釈が語られている。
一方で、別の意味でとらえる官僚もいる。「欧米にはコショウが無ければ味わえないメニューも多い。交渉を主導する欧米各国は上限関税の導入を求めている、と言いたかったのではないか」
会談から2週間たった今もラミー氏の発言の真意は不明なままだ。ただ、最近の農業交渉の関心が米国の巨額補助金問題に移っていたため、同省には「上限関税からは逃げ切れる」という虫のいい期待が高まりつつあっただけに、そこに冷や水を浴びせる効果は十分にあったようだ。(佐藤泰)
朝日「WTO行事役/『コショウ発言』冷や水」(5/19気流)
この記事を前提に、日向清人さんは次のようなご指摘をされています。
この点、このコラムで引用されている出席者の言い分がふるっています。いわく「フランス人[ラミー事務局長のこと]に比喩の意味を問い直すのは無粋だし、上限関税の話題には触れたくないという意識もあった」のだそうです。何をか言わんやです。相手が何人だろうと問い直さず、勝手な推測をする方がよほど無粋というものでしょう。
気になります。しかも、コラムの中で、「会談から2週間たった今もラミー氏の発言の真意は不明なままだ」とあるので、余計気になります。そこで、以下のような文面でWTOに直接尋ねてみました。
それよりもっと気になることがあります。今回私がやったように一市民でさえメールで簡単に WTO に問い合わせることのできる時代なのですから、自分たちで勝手な推理などせず、しかるべきルートで照会すべき問題だという点です。自分たちが英語ができなくても外務省という立派な組織があるじゃないですか。それとも格好が悪いとか、これは自分たちの縄張りだといった狭い了見で外務省ごときには頼めないのでしょうか。
われわれの税金でジュネーブまでの往復旅費と滞在費がまかなわれているのですから、基本動作ぐらいきちんとこなしてもらいたいものです。省の内外から「あの人は国際派」と評価されているだろう人々がこの程度では困ります。こういう人たちがわが国の対外交渉を担っているのかと思うと心細くなります。
「コショウの例えにふりまわされる農林水産省の国際派官僚たち」(@日向清人のビジネス英語雑記帳5/24付)
日向さんのご指摘が当を得ている前提は朝日の記事が正しい、つまり、
- ラミー事務局長の比喩を農水省の担当者は理解できず、
- その解釈を巡って省内が二分され、
- 5/19の時点でその事態が継続している、
ことが事実でなければなりません。しかし日向さんは、少なくともエントリを拝読する限り、WTOに照会はかけても、朝日新聞や農水省には照会はかけていらっしゃらないようです。例えばコメント欄には次のような記述があります。
記事を図書館などでご覧いただければ、わかりますが、コラムを書かれた佐藤泰という記者は「農水省内が二分している」という表現を使われています。たかがコショウを使った例え話ですから、省内がまっぷたつになって険悪な雰囲気で対峙しているはずもないわけで、ただの言葉のあやでしかないというのが私の理解です。
「コショウの例えにふりまわされる農林水産省の国際派官僚たち」(@日向清人のビジネス英語雑記帳5/24付)
単にこのような報道があったと紹介するだけならばさておき、その報道に立脚して批判をするのであれば、その批判が相当の根拠があるかどうか、確認されることが望ましいといえるでしょう。ましてこの批判は、簡単にできる確認(照会)を怠っているというものなのですから。
#安直にすませるなら、批判に入る前に「この報道が事実であるなら」と逃げ道を確保しておけばよいのですが(笑)。
メディアの報道が誤報/虚報は決して珍しいわけではないですから、もしそうならば日向さんの批判はいわれなき誹謗ということになりますが、誤報/虚報でないとしても、この記事はよく読むと非常に含みが多く考えさせられます。ずばり言うなら、意図的にミスリードしておきながら、事実に反すると指摘された場合に備えて巧妙に言葉を選んでいるように見えます。意図的にミスリードしていると疑われる点は、先に箇条書きの3点全てです。
第1点については、かぎ括弧でくくられた発言は正確な引用だったとしても、発言者が「農水相に同行した政府幹部」となっているところが気になります。それが農水省の人間であるなら、「農水省幹部」と言いそうなものです。現に朝日新聞の別の記事でも、次のように「農水省幹部」と「政府幹部」を使い分けている例があります(webmaster注:強調はwebmasterによります)。
今回の会合の眼目は、背骨混入が、問題を起こした二つの牛肉処理施設以外でも起こる恐れがあるのではないか、という日本側の懸念をぶつけることだった。事前には「日米間で大きな認識の溝がある」(農水省幹部)とみられていた。
ところが、2日間の会合で「日米は完全に共通した理解に達した」(ランバート米農務次官代理)。急な歩み寄りに、ある政府幹部は「『貿易戦争』という激しい表現まで使って早期の輸入再開を迫る米側に配慮した」と説明する。
朝日「対米配慮にじませ 牛肉輸入再開問題『落ち度』言及を歓迎」
一般にオフレコ発言を引用する際に新聞が使う隠語として、「政府首脳」=「官房長官」というのは有名ですが、同様にここで言う「政府幹部」は官邸その他の人間であって農水省の人間ではない可能性があります(メディアの隠語については詳しくないので、中の人のご示唆があれば幸いです)。もしこのwebmasterの推理が当たっているなら、農水省の担当者が省外の人間から比喩の説明を求められ、「比喩で何を言おうとしていたかなんて、正確なところは本人じゃなきゃわかりませんが、それをいちいち聞くのも野暮ですよね」などとごまかすシーンは大いにあり得ることです。
もちろんその比喩の理解なくして言わんとすることがわからないなら野暮を承知で聞かなければならないでしょうが、WTO事務局だって組織なのですから、トップの意向がどのようなものか、組織としてはどのような対応をしようとしているかなんてことは、事務的な接触で十分探ることができます。それができているなら、トップ会談の場でたまたま出くわした比喩の含意を確認しなかったからといって責められる筋合いはないでしょう。
第2点については、これまた引用が正確であったとしても、その話者が「農水省ではこんな都合のいい解釈が語られている」と「別の意味でとらえる官僚もいる」となっている点が気になります。後者は1人でもいれば間違いではないわけで、日本にも相対性理論は誤りだなんて主張をする人がいないわけではありませんが、それをもって日本では相対性理論が正しいかどうか国論が二分しているなんて言われたら困ってしまいます(笑)。
さらに下衆の勘繰りを発展させるなら、この引用部分、よく読むと実は相対立する見解を述べているわけではなく、同じ事柄を違った切り口から述べているとも解釈できます。再度引用してみましょう。
- 「コショウは料理にとって絶対に必要な食材ではない。WTO交渉でも、上限関税は必要ない、という考えを伝えたかったのではないか」
- 「欧米にはコショウが無ければ味わえないメニューも多い。交渉を主導する欧米各国は上限関税の導入を求めている、と言いたかったのではないか」
前者で「上限関税は必要ない」と考えているのはWTO事務局、後者で「上限関税の導入を求めている」のは欧米各国。欧米各国は導入を求めているけれども、自分(=ラミー事務局長)としては必要だとは思わない、というのが発言の趣旨であるなら、これらは何の問題なく両立します。本当に解釈が食い違っているんでしょうかねぇ?
第3点については、引用もなければ主語すらありませんなぁということで。それこそWTO交渉なんて長丁場をこなしてきているのですから、途中で人事異動がありはしますが、農林水産審議官(国際問題担当の次官級ポスト)から係長までのラインを構成する担当者のすべてが、見合うレヴェルのカウンターパートと電話で気軽に話が出来る仲でないとは考えられません。
にもかかわらず「会談から2週間たった今もラミー氏の発言の真意は不明なままだ」って、それは佐藤記者にとってそうだから引用も主語もないんじゃないの、と勘繰るwebmasterはやっぱり下衆ですかそうですか(笑)。
ラウンド交渉においてWTOの事務局長の発言が目くじらを立てるほど重要な意味を持つほど重たいものかどうか、というと正直疑問なんですが・・・議長国なる存在は別にありますし。
むしろ調味料の話が取り上げられ、メインの肉の議論がどうなっているのかが報道されていない方が気になりますが・・・
>すべての農産物完全を一定水準以下に引き下げる上限関税の考え方は、
農産物完全→農産物関税でしょうか? 元記事読んでないので分からないですけど。
>すみすさん
ラウンドに関しては、旧GATT時代なら事務局の存在感などあってないようなものでしたが、WTOになってからはどうなんでしょうか? やっぱり執行機関としての強化が中心で、ラウンドの仕切りは相変わらずなのかもしれません。
>iさん
ご指摘ありがとうございます。訂正させていただきました。
胡椒が「料理のボリュームの大半を占める重要なものではない」の意味でも「最後の仕上げとしてボリュームはないけど大事」の意味でも、官僚のやるべき仕事(その場でこちらの立場を説明する、会議での議論に十分な時間がないことを覚悟する)に変わりはない気がしませんか?事務局長としては「ボリュームを割かない」事だけが伝わればよしとして、暗喩を使っても大丈夫だと思ってるのでしょうし......
そういう「知的ゲームとして安心して長く楽しめる案件」でマジレスやネタバレなんて無粋な事だと思いますが.....本当に省論を二分してそういうゲームを小ネタとして(同僚や部下の値踏みも兼ねて)楽しんでいるならば、いい職場なのかも。
>kumakuma1967さん
逆に悪い職場と受け止めるべき場合を想定してみますと、大臣ないしそれに類するお偉方から「あれってどういう意味なの?」と聞かれ、比喩ですから正確なところはわかりませんが、事務局から聞いている意向はかくかくしかじかなので、と答えたら「本当にそう言い切れるのか」といわれ、仕方なく先方に照会したら「本気で聞いてるの? そんなこと聞いたらこっちが笑われるよ」とか返されて、なんてことだったら同情を禁じ得ません(笑)。
仮にその高位の方が政治家だとすると、廃業した方が良い程度に言葉が不自由という気がします。
とりあえず、「事務局長という立場で政策の価値判断に踏み込む事はできず、事務的な面で『ボリュームがない』事を伝える」ためにはすごくよく出来た比喩です。フランス人は比喩が得意というより、単に言葉の使い方が上手という印象です。
そういえば、僕の知る数少ない外務官僚の一人(もう亡くなりましたが)はそういう面で言葉(日本語)の使える人でした。
いろいろ思いを深めてくれる印象深いエントリでしたので、bewaadさんとネタもとの皆様に深く感謝します。
>kumakuma1967さん
こちらこそ、あれこれ膨らませていただきありがとうございました。