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2006-06-13

[economy]農家の経済学・後編:企業経営への道‐所得変動リスク・流動性リスクをヘッジせよ(下)

一昨々日・一昨日と書いた日本の農業のこれまでたどってきた道筋・現在直面する課題を改めてまとめれば次のようになります。

  • 作況や価格の変動が大きく、基本的に収穫時に所得が集中するため、農家は給与所得者に比べ所得変動リスク・流動性リスクが大きい。
  • これまでは、省力化投資(機械化や農薬・化学肥料の使用等)による労働集約型から資本集約型への変化に伴い生じた余暇を給与所得の獲得へ振り向けることにより「分散投資」を図り、そうしたリスクをヘッジすることが可能となった。
  • しかし、そうした資本集約型農業をペイさせてきた農業保護政策=農産品価格維持が行われなくなっていく傾向にあり、将来的には兼業農家(とりわけ第二種)は農業を廃業した方が合理的な選択となるだろう。

ではどうすれば日本の農業の未来が開けるのでしょう。といっても話は簡単、基本は次の2つです。

  1. 低価格農産品でも利益が出るよう効率化する。
  2. 政策支援が無くとも高価格を維持できるよう産品の付加価値を高める。

1つめの道を進むには、導入した機械を効率的に使用する、つまり面積を拡大するのが第一歩となります。もともと労働生産性は高いのですから、資本生産性を上げてやれば少なくとも国内の他産業に比べての生産性格差は解消できるでしょう。こうなると週末だけで農作業を終わらせることは難しくなり、過程で兼業農家として給与所得も縮小せざるを得なくなるでしょうけれど、兼業でどちらを選ぶかとして農業を選ぶのですからある意味必然ではあります。

この場合の問題は、結局は問題が振り出しに戻って所得変動リスク・流動性リスクが拡大することです。稲作をモデルとするなら二毛作という手である程度はヘッジ可能ですが、連作を続ければ土地が痩せてしまいますし、主要な米どころである東北・北陸地方では降雪を考えると二毛作にも限度があります。稲作以外では、例えば果樹栽培ですとそもそも二毛作が成立しません。

二毛作は時間を利用した「分散投資」ですが、これに限度があるなら面積で勝負することになります。複数の田畑で同時並行的に多品種を栽培し、産品の作付期間によっては二毛作にとどまらず三毛作・四毛作と(部分休耕を組み合わせつつ)取扱いを増やしていけば、それぞれの価格変動パターンは異なるでしょうし、それぞれが不作・豊作となる自然条件も異なるでしょうから、所得変動リスクは相当程度ヘッジ可能です。むろん、収穫期が異なりますから流動性リスクもまた。

こうした農業経営を効率的に行っていこうとすれば、どうしても間接部門が必要となってきます。多種多様の産品に適した営農手法の習得までは、まだ農業者の自助努力でなんとかなるかもしれません。では、それらに必要な機械・資材の管理はどうでしょう? ましてそのファイナンスは? 産品のマーケティングは? 通常の作況管理は省力化するにせよ、規模拡大で効率化するなら種付け・収穫といった農繁期にのみ労働量が増えるのは避けなければなりませんから、農繁期を分散化させること等により人員・機械配置の最適化も図り、遊休経営資源を最小化しなければなりません。

こうしたことを考えれば、専門の担当者を置いた方が効率的になってくるでしょう。栽培品種を増やしたからといって作るものが箸にも棒にもかからなければ収益性を悪化させるだけですから、仮にメインの産品があるにせよ、他産品にもそれなりに頭は使わなければならないわけで、ごく一部の有能な者を除けばそれらを一人なり一家なりで抱え込むのは非現実的です。

若干脱線するなら、従来の農家にとっては、農協(や営農指導等を行う公的機関)がこのような間接部門の機能を部分的に代行していたという面があります。農協を通して出荷すると農家の取り分が少ないといった批判もありますが、それはこの関節部門機能の対価でもあったわけです。農協の言うように経営していれば大過なくやっていける、と。先進的な農家にとっては農協など邪魔だというのも、そのような機能は自ら賄うので不要であるにもかかわらず、対価だけは徴収されるのですから、当然の話です。

話を元に戻すなら、そのような経営にとっては企業形態が合理的となってきます。おそらく規模を相当程度拡大しても、単品栽培であればわざわざ専門の担当者を置かなくても、農業者の自助努力(経理の自習など)でなんとかなるでしょう。しかし、上記のようにそのような規模拡大ではリスクは大きなままで、安定的な経営は困難です。効率的な資本の活用とリスクヘッジの双方ために目指すべき規模拡大においては、企業経営がより適した選択なのです。

ちなみに、このような効率化を図っても、国際商品と同等の価格まで引下げるのは困難でしょうから、一切の保護政策が行われなくなった場合には、相当程度作付体系が変わらざるを得ないでしょう。非貿易財的な性質を有するもの、端的には長期保存が困難であるものを中心とした農業に変わっていくことが考えられます。最もわかりやすい例としては、稲作は脇役になっていくことでしょう。海外で栽培されているのはジャポニカでなくインディカが中心だって? 日本が輸入してくれるなら、喜んでみなジャポニカを作りますって。

他方、2つめの道は、例えば魚沼産コシヒカリを目指すものです。丁寧な営農を図ることで労働投入量は増えますが、その分だけ高く売れると。もともと機械を効率的に使用できるほどの規模で作付けをすれば、単位(面積≒作物)あたり労働量は減少して付加価値の源泉がなくなるので規模拡大指向も少なく、ましてそれが職人芸によるもので他人に伝授できないならおのずと規模には上限ができます。これなら企業経営は不要なのでしょうか?

所得変動リスク・流動性リスクをヘッジしないのであれば不要でしょう。しかしヘッジするなら実は話は1つめの道と同じことです。お百姓さんが丹精込めて、という気分を抜きに考えれば、先の例のコシヒカリにしても一般に労働量を投入しない稲作においては、というに過ぎません。もともと労働投入量が多い他の産品‐例えばハウス栽培の果樹‐と経済的には同じことと考えれば、ある一人ないし一家が受け持つ面積が小さいことは、経営として合理的に「分散投資」した全体の面積が小さいこととはイコールではないのですから。

えっ、農業者が農業に従事する給与所得者になるだけじゃないか? まあ、給与所得者並みにリスクをヘッジしようというのですから、考えてみれば当たり前の話ですよね(笑)。

本日のツッコミ(全8件) [ツッコミを入れる]
motton (2006-06-13 18:45)

経済成長して 10% 購買力が増した場合に各産業の成長を考えてみます。
まず、サービス料主体の産業(金融・公務員など)は、特に何もしなくても
かまいません。お金が 10% だけ多く流通すればサービス料も 10% 増えますから。
メーカーは 10% だけ新製品を作れば良いです。きっと買ってもらえるでしょう。
労働量は増えますが効率化でカバーします。流通関係はその中間ですね。

でも、農業は困ります。新作物を開発するのが工業製品の新製品開発より遙か
に困難なことを置いておいても、たとえ作っても 10% だけ多くは食べてもらえ
ません。人間の胃袋という物理的限界がありますから、その奪い合いになります。
結局、農家が他の業種と同じように 10% だけ売上を伸ばしたければ、10% の農家
が転業し、その土地で残り 90% の農家が 10% だけ多く作るのが基本になって
しまいます。労働量も増えますが機械化や化学化でカバーするしかありません。

極めて単純化してはいますが、これがここ一世紀以上の近代化を通じて行われた
ことだったのではないでしょうか。
そして日本では限界になってきているのではないでしょうか。

農業を他の産業と比較する場合、人間の胃袋は経済成長しないという成長性に
おいて圧倒的な不利が存在することを無視できないと思います。

kumakuma1967 (2006-06-13 23:19)

>胃袋は成長しない
だから気候が農業に好適であれば、所得水準の向上に従って作物的農業から園芸的農業へと変化するのではないでしょうか。

小僧 (2006-06-14 00:37)

>>胃袋は成長しない
>だから気候が農業に好適であれば、所得水準の向上に従って作物的農業から園芸的農業へと変化するのではないでしょうか。
他にも食物の単価を上げるというという方向もありますね。牛肉を製造するには多量の穀物が必要なので、胃袋の量が一定であったとしても消費が肉食の方向に向かうとという事は、穀類(特に大豆)について大量の需要が発生するという事です。ちゃんとは調べていませんが、ブランド牛(大抵黒毛和牛の A4 もしくは A5)の氾濫からみてさらに牛肉の質(ここでは等級)を上げようとする流れがあるはずです。等級については http://ehime.lin.go.jp/tikusaninfo/kyosin1.htm
        
とはいえ私は A5 の牛肉(殆んど食べた事ない orz)は油っぽいかなと思うので、 A2 程度(確かに固めなんですがこれも高め) でも十分過ぎですし、オージービーフの牧草で育てたのでも(草の匂いがするとかで、日本に入ってきているのは穀物で育てたのが大半)それにあった食べかたならば良いんじゃないかなと思うような貧乏舌ですが。

bewaad (2006-06-14 04:26)

>mottonさん
kumakumaさんや小僧さんご指摘の部分以外では、「ここ一世紀以上」のうちほとんどは人口増加時代で、胃袋は多くなっていたことが挙げられます。戦前の大陸進出にせよ、それ以前から戦後まで続いた移民にせよ、日本列島で産出可能な食料では賄えないという危機感から行われたことで、産出を増やせばそれだけ売れる状況だったのだと思います。

もちろん、ここ20年ほどは状況が変わってきていますが。

bewaad (2006-06-14 04:33)

>kumakuma1967さん
撤退した分は途上国から輸入、となるとちょうどよい国際分業になるはずなのですが、なかなかそうはいかないのは日本に限らない困った現状だと思います。

bewaad (2006-06-14 04:36)

>小僧さん
お示しの傾向がもちろん多数派ですが、鶏卵のように価格はそれほど上げずに他産業以上の合理化で収益を維持、なんていう珍しい事例もありますよね。食肉の流通には歴史的経緯もあり、他とは単純な比較が難しいですが。

kumakuma1967 (2006-06-15 09:08)

 米については今では産地品種の明示がかなり徹底されていますが、私が小学生のころは参考品種の滋賀県産日本晴以上の食味であれば問題なしという時代でしたし、それ以前では銀シャリならなんでもいいという時代がありました。今はデパートには10haにも満たない小規模経営にも関わらず品種産地のみならず顔写真や生産手法の開示情報をつけて高めの価格を維持している米が並びます。
 こういうのは作っているものが米でも、園芸化して収益を向上させている事例なのかもしれません。作物の園芸化が作目の変更に依るとは限らない証拠ではないかと思いますし、日本だけに見られる傾向ではありません。

bewaad (2006-06-16 07:36)

>kumakuma1967さん
農業だけ生産性向上がないということはあり得ないですし、他方で規模拡大等を通じた低価格化には限度があるとすれば、高価格化路線というのは自然な選択だと思います。


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