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2006-08-04
■ [law]「法律のヒト」の弁明
少し前に「個人情報保護法セミナー」みたいな感じのものを聴きにいった。大学における個人情報の取り扱いについてのもので、聴衆は皆大学の教職員、講師は別の大学の法律の教員。この人はいってみれば「中の人」で、この法の解釈に関してはほぼ「完璧」な回答が期待できるはずだ。
わけなんだけど、ね。
私はこの問題について素人だから、これで正しいのかどうか確信はないが、講演の中にこんなくだりがあったように記憶している。法に対する「過剰反応」が目立つと。個人情報に配慮して大学のウェブサイトに学生の映った写真は出さないようにしました、という学校があるが、それは過剰反応であると。法にいう「個人情報」とは個人が特定できるようなもの、整理されたものであるから、たまたま誰かの姿が写真の中に映っていたからといって、個人情報保護法に違反するわけではない、だから安心して写真を出していいのです、と。
私を含め、聴衆みんながうんうんとうなずきメモをとる。なるほどそうなのか。目からウロコが落ちるようだねぇ、と。
しかし、だ。
いやぁ勉強になったななどと思いながら帰って数日たった後に気づいた(数日かかるところが私のだめなところ)。あれちょっと待てよ。
個人情報保護法ではOKだとしても、肖像権みたいなものがあるだろう。そっちの方では本人の同意は必要ではないのか。とりあえず著作権情報センターのサイトにあるQ&Aをみてみたら、ちゃんと「人物の肖像権は、その人物に属します(中略)。したがって、(中略)肖像権者(中略)に対して、使用についての許諾を得ることが必要です」と書いてあるではないか。
これだ。だぁから法律のヒトってのはヤなんだよね。
ご講演いただいた先生は、もちろんまちがったことは言ってない、のだろう。学生の写真を大学のウェブサイトに載せても個人情報保護法には抵触しない。それはわかった。しかし個人情報保護法と関係なく、肖像権の問題で、やはり写された学生の許諾は必要なのだから、それは私たちの求める「正解」ではない。私たち制度の利用者が知りたいのは、「○○が△△法に触れないか」ではなく、「○○をやって何らかの法に触れないか」だ。たとえ個人情報保護法に触れなくても、肖像権の点で許諾が必要なら、「本人の許諾が必要」が求められる答えのはず。どうせ肖像権で許諾が必要なんだから、そのときに必要なら別の許諾だって取れるわけで、本来なら「本人の許諾が必要か」という問題設定が適切だろう。「プロ」なら講演の依頼を受けたときにそうアドバイスしてくれてもいいではないか。これってある種「典型的」な態度、だと思う。まったくもう。
「だから法律のヒトってヤなんだよね」(@H-Yamaguchi.net8/2付)
そのように山口さんがお考えになるのはわからないでもないですが、「何らかの法」の専門家はいないわけで、研究者の先生方は皆A法なりB法なりの専門家なわけです。基礎法学といわれるような、法律(慣習等を含む)全般にわたる性質などを研究対象とされている先生方もいらっしゃいまして、そうした方々は個別の成文法を専門にしているわけではありませんが、逆に言えば個人情報保護法そのものが専門外ということであるわけです。
まして裏事情としては、大屋先生が以前お書きになられた次のような状況もあります。
まあ名大は良い。旧帝大最小とはいえ一応フルラインナップの法学部を自前で持っているので、それを駆使すれば(いや駆使される方の心理的肉体的な健康状態はさておいて)きちんと「法化」を進めることはできそうだ。しかし目の前で進んでいる事態を見るにつけ、いったい法学部のない大学はどうしてるんだろうという疑問は募る。うそかまことか、某国立大学に就職した先輩は「県内唯一の行政法学者」だという(しかも先輩ほんとうは環境法学者じゃないすか)。「地方分権」とか「民営化」「法人化」という言葉は美しいが、本当にそれを実現できる人的リソースがあるのか、それを整備するためのコストを社会的に負担する覚悟があるのか、とは問いたいところなのである。
個人情報保護法にしても、法学の分類としてはここで言う行政法(学)に属することになりますが、それ(not個人情報保護法but行政法)を専門とする学者の絶対数が少ないのです。何故かといえば多分に経緯的な話で、いわゆる六法(憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法)の専門家が数多く育てられてきていて、行政法は傍流扱いだったからです。
加えて行政法に分類される法律の数は、正確な数はwebmasterも知りませんが、おそらく2,000は下りません。個人情報保護法のほか、情報公開法も行政事件訴訟法も各種業界監督法も各種税法も各種組織根拠法も・・・全部行政法です。少ない数の学者で多くの数の法律が含まれる分野をカヴァーするとなれば、広く薄くになることは不可避でしょう。
もちろん「プロ」として講演の依頼を受けた以上、専門外であってもあれこれ調べてプロとして恥ずかしくないよう心がけていらっしゃるかと思いますが、逆に言えばプロとして恥ずかしくないだけの準備が整えられる範囲は限られます。今回の例で言えば個人情報保護法についてわかりやすく紹介してくれ、といったものでしょうから、個人情報保護法についてこそきちんと準備はされたのでしょうけれど、それ以外まで全部きちんと準備しろと言っても無理な話です。
山口さんが問題視されている例であるなら、写真の話は講師の側から切り出した話ですから、そういう話をするなら関連する話題は押さえておくべきだったとは言えるかもしれません。しかしそれとても、無味乾燥な話ばかりでは聴衆もつまらんだろうと具体例を持ち出そうとしたと好意的にwebmasterは解釈したいところです。そうした話を一切せずジャーゴンで固めれば今回のようなミスは回避可能ですが、そのような萎縮は決して好ましくないわけですし。
では、山口さんのおっしゃることは無理な話とあきらめるべきなのでしょうか? そのような需要に応えられる「法律のヒト」はいないのかといえば、そうではありません。「そのような需要」といってもあやふやですが、山口さんの一般化をお借りすれば次のような話になります。
一般化すれば、顧客が求めるのはツールではなくソリューション、ということになる。ソリューションを求める顧客に対してツールをぽんと渡してはいどうぞ、とすましているなんて、企業なら顧客のニーズを省みないダメダメ企業といわざるを得ないのではないか。困ったもんだ。
「だから法律のヒトってヤなんだよね」(@H-Yamaguchi.net8/2付)
ここでの言葉で言うなら、顧客にソリューションを提供する「法律のヒト」は、研究者ではなく弁護士、ということになります。歴史的経緯もあり、法律関係ではかなりの昔から研究者と弁護士の分業が進んでいるので、ソリューション指向の人は弁護士となり、業務を通じて経験を蓄えていきますから、今回の例のような一つの事象が複数の法的論点を含むような話についても、かなりの程度何らかの答えを持っているわけです。そうでなければ企業の顧問弁護士など務まりませんし(笑)。
ただし、弁護士にソリューションを求めるのであれば、以下の2点に留意しなければなりません。
- プロブレムの具体性
- 一般的な経営に関するコンサルティングにせよ、システム開発にせよ、ソリューションを提供するサービスにおいては、何をどうしたいのかがわかればゴールは見えたようなものです(見えてからがまた一苦労ではありますが)。今回の例で言えば、写真をサイト(でもパンフレットでも何でもいいのですが)で使いたいけれども、リーガルリスクにはどのようなものがあり、それにどう対処すればよいのか、とプロブレムを設定するなら、個人情報保護にせよ肖像権にせよあり得る問題を列挙した上で、訴訟等の紛争になった場合の手続までフォローしてくれるでしょう。しかし、個人情報保護法制について概要を教えてくれということであれば、大差ないことになってしまうでしょう。もちろんクライアントが全てをわかっている必要はなく、弁護士と相談しながら固めていくことではあるでしょうけれど、プロにお願いしたのだから後はお任せ、といったことにはなり得ません。
- コスト
- 弁護士に相談を持ちかけると、研究者に講演を頼むよりはるかにお金がかかります(笑)。真面目な話、関連する可能性のある問題のすべてをとなると、おそらく個人弁護士ではいかんともしがたいでしょう(時間がかかってもいいなら話は別ですが)。大手ローファームに依頼して、複数の弁護士からなるチームを結成してもらい、となると、当然ながらコストはどんどん膨れ上がっていくわけで。
眼科医に心臓外科の診療を頼む人はいないわけで...
「法律のヒト」ということでは、企業では法務部なり、あるいは人事部、総務部というのがありますから、まずはそちらに相談します。
おっしゃる事は良くわかるんですが、実際上建前としては全ての人が知っていて守らなければならない事を知るために、それなりのコストがかかるとなると、大企業はそういう部門にコストをかけてリーガルリスクを回避できるけど中小企業は回避できないなんて、歪曲が生じてしまいますよね。
そういう意味で、役所の配布するチラシの類はとても重宝しているのですが、最近はチラシが信用できない事があって・・・。重箱の隅をつつくような話ですが、例外になりそうなものがいっぱい見つかって、役所に問い合わせをすると毎回答えが違うとか。
最近では法律じゃありませんが駐車違反の話なんて、話し合いに加わっていた大手運送会社と個人経営の赤帽とでは情報の格差が凄かったし、まして意見を伝える手段の段階で相当な格差があったように思います。
行政法に関する人的リソースをもっとも豊富に持っているのは、その行政法を作り出した本人たち、つまり官僚なのでしょうから、人的リソースの育成に時間がかかるなら首相や知事の人事権を拡大して与野党入れ替わりの際は一気に官僚の10%くらいを罷免・入れ替えすれば民間に大量のリソースが開放されるのではないでしょうか。ま、最初は大変でしょうが任期1年の短命政権が4・5回入れ替わればずいぶん変わると思いますけど...
行政法であっても行政の解釈に全面的に頼るのは危険ですね(特に行政法各論分野では)。実質的な立法者意思として、行政の判断解釈は尊重すべきものですが。
著作物と一緒で、法律が世に出ると様々に解釈されます。最終的には、その解釈は世間(含む司法)が一番妥当と思うところに落ち着きます。或いは、PSE法のように死文化します(笑)。自分の考えで解釈するのが始めの一歩かと。
行政法解釈者の需要はそんなにありますかね? 一応、行政書士という資格もありますが、それで喰えている人は実質的に一部のようですし。公務員も行政法総論とその専門の行政法各論に詳しくても、全部を俯瞰できる超人はいないでしょう。
官僚の入れ替えは、アメリカのようなpolitically appointmentがいいような気もします。
その手の相談なら、大手ローファームに相談するより、その分野で定評のある弁護士の方が良いような気がします(なお、どの分野でどの弁護士が定評があるのかは、自社の顧問弁護士ないし企業内弁護士に聞くのが一番よいのではないかと思います。)。
>田中誠さん
本件でいえば、むしろ臨床医と研究医の違いに似ているのかな、という気はします。
行政法の解釈を役所に頼ることのリスクはご指摘のとおりですが、著作権法など多数の判例・研究が存在する法律がむしろ例外で、多くの行政法は解説といえば行政の資料のみ、というものです。
そのあたりの環境については、かつて↓で書いたので、ご一読いただければ。
http://bewaad.com/20050614.html#p02
>鍋象さん
役所の側の言い訳をすれば、
○かつては法改正の頻度が低く、十分な改正前の意見集約・施行前の周知徹底ができていたところ、頻度が高くなってきている、
○役所のキャパシティが教化されることもないので、上記に加えてその余の業務増加もあり、ますます手薄になってきている、
ということがあるのだと思います。
>winter_muteさん
アメリカ式のpolitical appointeeということになると思いますが、当然ながらある種の癒着は増加せざるを得ないわけで、そのあたりどこまで副作用を許容するかのバランスではないでしょうか。
>小倉先生
テーマが法の分野の面で事前に絞り込むことができればご指摘のとおりかと思いますが、一般にプロブレムは法の体系にはしたがってくれるとは限らないでしょうから・・・となるとどうなのかな、ということを素人ながら思います。
プロブレムの解決にはどの領域が関与しそうなのか、そしてそれは自分のところのリソースで解決できそうな話なのか、「特殊領域の人」の力を借りた方がよいのかというその振り分けを顧問弁護士なり社内弁護士なりにやらせれば良いのです(顧客が自ら振り分けをやっても構わないのですが、一般には非効率出す。)。「特殊領域の人」に任せた方がよいという判断を多くの弁護士が行いかつ顧客もそれを納得する分野については、これに特化する弁護士ないし法律事務所が生まれてくるでしょう。
最近の起草担当者のコンメンタールは結構裁判で覆るので(ex.映画の著作権の保護期間)、それで安心すると危険ですし。
>小倉先生
行政法の対象の広さを考えると、「これに特化する弁護士ないし法律事務所」が成立し得る分野は限られるような気がするのです。となると、多くのケースでは何でも屋的な対応が可能なところ=大手ローファームになるのではないかな、という考えがエントリの背景にはあります。
役所作成のコンメンタールが信頼できなくなっているからこそ、それ以外にもソースを求めてきちんと対応する必要が高まっていくでしょうし、かといってそのコストが(個人対応では)収入に見合わないような分野においては、規模の経済・範囲の経済によりコストダウンが不可欠で、となれば大手かな、と。
独占禁止法分野では公取出身の弁護士、産業財産権法分野(特許、意匠、商標)では特許庁出身の弁理士、刑法分野ではヤメ検弁護士というのはありますね。いわゆる天下りとは異なる行政官僚OBが活躍している分野があるのも事実です。
(デパート型の)大手ローファーム以外にも、特化したブティック型ローファームというのもマーケティング的には今後もありと思うのですが。
>>bewaadさん
>役所作成のコンメンタールが信頼できなくなっているからこそ、
自分たちでやりたくないからといって、安易に民営化を訴えるのは、構造改革論者だけでよろしいのでは?
それと、安易に「規模の経済」という単語を使用されておりますが、大手ローファームでも人がコンサルタントする限りにおいては限界費用は逓減しないと思います。主な費用は人件費となり変動費比率がとても高いですから。もし規模で費用を逓減させようとするのなら、それこそチラシが該当するんじゃないかと思います。
これは役所の人に言うことではなく、内閣な人に言う事かも知れませんが、郵政民営化でB層向けのチラシを随意契約でコンサル使って作る予算があるのなら、やれる事はもっと色々あるのではないかなと。
大手ローファームが「何でも屋的な対応が可能」というあたりに事実誤認がありそうです(もちろん、若いアソシエイトさんに1から勉強させればある程度は対応できるとは思いますが、そういうところは若いアソシエートさんでも(しばしば13年目である私よりも)タイムチャージ高かったりしますからね。)。
>田中誠さん
もちろん「特化したブティック型ローファーム」もあると思いますが、それがカヴァーする(=商売として成り立つ)範囲はそれほど広くないだろうなぁ、と思います。おそらく、大型書店の法学書のコーナーで名称がタイトルについている単行本が売っている法律なら成立するでしょうけれど、そうでない法律だと難しいかなと。根拠レスですが。
>鍋象さん
信頼できなくなるというのは、事前介入から事後チェックへの転換に伴い不可避的に生じることだと思います。例えば独禁法の運用においては、公取委の審判も裁判所でそれなりに覆されていますが、これも公取委が手を抜いているわけではなく、第三者に最終判断が委ねられれば不確実性が増さざるを得ないことの証拠でしょう。
ほとんどの法の運用に当たっては公取委に匹敵するリソースが行政府にあるはずもなく、行政の事前解釈が裁判所で通用しない(正確には、行政の事前解釈の適否の判断が裁判所に持ち込まれる)ケースは増えこそすれ減ることはないでしょう。
規模の経済云々は、基本的には情報収集のキャパシティを念頭においていますが、単に分業の利益といってしまった方が良かったのかもしれません。
某コンサルとの随意契約については、あれだけ各省庁の随意契約はけしからんといっておきながら郵政民営化ならあんな額であんな企画とはダブスタもひどいものですブチブチ。
>小倉先生
「何でも屋的」というのは、まさしくお金をかければ、というイメージです。これまでの職歴上、ローファームにはそれほど縁がなく、アカウンティングファームやコンサルティングファームとお付き合いした経験で類推しているのですが、事前には問題の範囲があまり確定できない場合においては、結局は関係ありそうな分野を専門とする腕っこきを集めてタスクフォースを組んでもらうしかないように思います。
そんなお大尽な発注は官公庁・大企業ぐらいしかできないかもしれませんが、逆に言えば万全を期すとはそのぐらいコストがかかることであり、コストを削れば何かが零れ落ちる可能性は増えざるを得ないということではないでしょうか。
>>bewaadさん
>第三者に最終判断が委ねられれば不確実性が増さざるを得ないことの証拠でしょう。
ここがわからんのです。司法に限らず読む人によって解釈が違ってしまう事を許容しているのでしょうか?それとも司法だけは条文を拡大解釈なり独自解釈してよいという事なのでしょうか?
それと日本語って曖昧ですよね。米軍の命令書みたいな奴は箇条書きで指示内容がとてもクリアですよね。英語圏でもこういう解釈問題は発生しているのでしょうか?素朴な疑問が生じました。
僕は法律音痴というか、むしろ経済学部にありがちな法律食わず嫌いタイプでしたので、変な事を言ってしまっているのかと思いますが。
>ブチブチ
なんか嫌味な書き方になってしまったなと反省。心中お察しします。
アソシエートさんに1から調べさせるのなら大手ローファームである必要はないし、そうだとすればタイムチャージが高い大手ローファームに依頼することはあまり合理的ではありません。そういうことをいくらいっても、大きい組織にいる人は大手ローファームに頼むのですが(そういう安易な弁護士選択をしている大企業の経営者が、「さらなる法曹人口の大幅増員によって、企業の法務コストの削減を」なんてことをいっているのを聞くと、この人たちの経営センスって一体……」と思ってしまうのですが。
>鍋象さん
法の解釈は多義的ならざるを得ませんが、思いつくまま並べると次のような理由によると思います。
○法律で規定できる内容は、現実に起こり得る事象に比べて遥かに少ないので、法律では明確でない部分についての当てはめをどうするかという問題は不可避です。
○厳密には解釈論ではありませんが、そもそもの事実認定が完全足り得ないので、どの規定を適用するか等において複数の立論があり得ます(芥川の「藪の中」ですね)。
○法律といっても人間が作るものなので、バグがあり得ます。コロンとセミコロンを間違えるといった類ならともかく、矛盾する規範があった場合の処理など。
○杓子定規とか前例踏襲といった批判があるように、そもそも法律は柔軟に運用すべきという価値観は少なからずあり、行政・司法もそれを完全に無視することはできません。
日本語が特に曖昧ということはないと思います。アメリカで訴訟があれほどあるというのは、彼の国においても法解釈にさまざまなものがあり得る証拠でもありますし、くどくど長ったらしくわかりづらい、という法律の規定への批判は、日本語において(相対的に)厳密に記述すればかくある、という実例でもあります。
>小倉先生
当業界も「大きい組織」の典型でして、その通弊からはまぬかれていないのはご賢察のとおりです。主として組織内を向いたリスクヘッジであるわけですが(選んだ担当者が上に説明するに当たって)。