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2006-08-22

[movie]The Sun(ネタバレあり)

なかなか評価の難しい映画です。昭和天皇役のイッセー尾形の演技はすばらしいというより他ありませんし、香淳皇后役の桃井かおりや侍従長役の佐野史郎をはじめとする脇役陣も、イッセー尾形に比べればひけをとるのは否めないにせよ、いずれも好演しています。それらがために、人間宣言へと進んでいく昭和天皇の描き方‐どこまでがフィクションであるか判然としませんが、相当程度フィクションであったとしても(例えば作中の御前会議については、戦前のもの(昭和16(1941)年9月6日開催)のエピソードを借りています)‐は、実際にそうだったかもしれないと思わせる説得力にあふれています。

#イッセー尾形の演技がすばらしすぎて、昭和天皇のあのしゃべり方(といっても大学生以下の世代のほとんどにとってはわからないんですよねぇ)に耳が慣れるまでは、台詞が聞き取りにくかったりもします。

他方で、戦時下にもかかわらず、スケジュールを消化するがごとく進められる昭和天皇の生活描写は、それが既述のようによくできた描写であるがゆえに、映画としては少々間延びしたものであるのも事実です。私生活を含め天皇という鋳型に自らをはめ込むことの、その必然性を共有しない者にとっての空虚さを観客に心底感じさせるものとして、メタ的には監督の狙いどおりなのかもしれませんが、特に映画の前半は、webmasterには時間が長く感じられました(娯楽映画に毒されすぎなのでしょうけれど)。

となると、webmasterが次のように評した「ヒトラー〜最期の12日間〜」以上に見る人を選ぶ映画であるように思います。

ことは第三帝国の終焉を描いているわけで、安直な総括は避けたいと思いますが、通常文字で読むことしかできない状況を質の高い映像で体験できることには十分価値があります。当時に関心を持つ人間には必見といえましょう(逆にそうでないと、わからない部分が多くなり、上映時間の長さと相俟ってしんどいかもしれません)。

話としては山あり谷ありの「ヒトラー」以上に、関心を持たない人にとっては退屈と感じられて仕方がないのではないでしょうか。

そんな本作ではありますが、残念でならない点が1つだけあります。作中では、昭和天皇とマッカーサー元帥の会談が2回描かれ、いずれにおいても昭和天皇が英語で受け答えをする部分があるのですが、そこの日本語の字幕がそれです。

  • 第一回目の会談において、マッカーサーが天皇の私生活について訊ねた際に、昭和天皇は"The emperor"を主語として答えますが、それへの字幕は「私」となっていました。
  • 第二回目の会談において、マッカーサーが家族について訊ねた際に、昭和天皇は"My wife"等を主語として答えますが、それへの字幕は「皇后」等となっていました。

第一回目の会談の際にそこまで気が回っていなかったので、すべての台詞がそうであったかどうかはわからないのですが、その場面では、マッカーサーの副官が英語での受け答えについて「陛下、お願いです。日本語でお話ください。彼と英語で話すことはご身分が同等になります・・・」(プログラムに採録されたシナリオより抜粋)と申し出たことも手伝ってか、昭和天皇は意図的に人間である自らから切り離した「天皇」なるものについて話した、という演出であったように思われます。

一方、第二回目の会談でも"The emperor"という主語は一度だけ使われてい(たように記憶してい)ますが、それはまさしく一般論としての天皇についてのもので、この場面では生身の人間としての天皇の言葉を発している、という演出であったように思われます。

にもかかわらず、なぜこのような逆の訳し方をしてしまったのかなぁ、とwebmasterはつくづく思います。まさしく人間宣言へと昭和天皇が意志を固めていく過程における、重要な言葉遣いの変化であるはずなのですが・・・。

本日のツッコミ(全8件) [ツッコミを入れる]
電算機専門官 (2006-08-22 21:50)

今週末から近所で上映始まるので楽しみにしている映画です。
まぁ、「朕」という一人称は詔書の中だけの話ですし、ご自身は
「わたくし」がもっぱらでしたし、皇后のことも「妻」とは呼ばず「皇后」か「良宮(ながみや、お名前の良子(ながこ)から)」だったと記憶していますが(発言の意図を汲めてなかったらすみません)

bewaad (2006-08-23 12:55)

>電算機専門官さん
神格化の否定にいたる兆候として人称の変化を英語では表したのかな、それを無にする字幕はどうかな、という趣旨でした。

電算機専門官 (2006-08-23 19:25)

自分としては、「そんな言い回しはなされない」と気になりそうなので、字幕の訳はありかなと。
ご自身は現御神などとは思わず、人間宣言も神格否定は二の次で、第一は「民主的な考えは明治からあることを伝えたい」と五箇条の御誓文を詔書に書き加えさせたくらいですので(昭和52年の記者会見より)、心境変化と言うほどのものがあるのか・・・。

bewaad (2006-08-24 08:11)

>電算機専門官さん
心境変化が実際にあったかどうかは事実の問題ですが、フィクションとしての本作はあるものとして描いているわけで、それを字幕翻訳者がニュアンスを変えてしまうのは越権では、という気がします。

なお、昭和天皇が現人神であると思っていなくとも、エントリで書いたマッカーサーの副官のような思いを受け止め、かく振舞わねばと自らを律していた、ということは可能性としてはありかな、と。

電算機専門官 (2006-08-26 14:54)

見てきましたが、映画のできはともかく、私のような皇室オタが見るもんじゃありませんね。現実との違和感が苦痛です。
「フィクションはフィクションと割り切ってみないと痛い目に遭いますよ」と昨日部下に言われた言葉が身にしみます。

bewaad (2006-08-26 15:22)

>電算機専門官さん
そのお気持ちはわかるような気がします。

思いっきり脱線ですが、部下から愛されていらっしゃる上司なんですねぇ。見習いたいものです。

電算機専門官 (2006-08-26 19:27)

映画としてはよいできだとは思いますが。
アルバムの写真が本物(の焼き増し)だったのには驚きました。
でも、昭和帝のご幼少の写真の次に皇太子を抱く皇后の写真というのはどうかと思う。
2カ所ほどBGMに雅楽使ってましたね。
エンドロールで玉音放送(終戦の詔書)が流れていましたが、知らない人だと話の流れ的に「人間宣言」の放送と勘違いされませんかね。

>思いっきり脱線ですが、部下から愛されていらっしゃる上司なんですねぇ。見習いたいものです。

ま、腐女子な部下(先日同じ役職になってしまいましたが)なんでオタ話で盛り上がったりしてますので。

bewaad (2006-08-27 13:55)

>電算機専門官さん
確かに玉音放送は、知っていればさておき、知らないとそのような誤解を招くように思います。

つまるところ、この映画がきっかけとなり、さまざまな試みが続くとよいのになぁ、と思います。とりわけ日本人によるものが。


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