archives of BI@K

CSS: default alternative
(要cookie)

toppage memoranda

(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|

2006-09-19

[economy]農地改革の光と影

極東ブログにて農地改革について気になるエントリがあったので、農地改革について改めて考えてみたいと思います。webmaster自身の見解としては、次がもっともまとまっているでしょう。

もちろんこのような政策がとられてきた背景には農業関係者の強い政治力があり、その源流は・・・と考えると、「押し付け憲法」以上に「押し付け農地改革」を批判したくなってきますね(笑)。農地改革は寄生地主制を破壊し実際に農業を行う者の地位を向上させたものですが、労働者保護法制と同様に小作人保護を図れば、わざわざ寄生地主制を破壊しなくとも同様の効果をもたらすことは可能でした。農地改革でしか達成できなかった効果は何かと考えれば、戦前は社会主義運動の強固な支持基盤だった小作人層を自民党(及びその前身諸政党)の支持基盤に変えたことということになります。

まあそれはそれで戦後政治の安定化をもたらしたわけですが、戦前の寄生地主が軽工業等にも積極的に進出し、土地や資本の効率的使用に努めていたことを考えると、農地改革なかりせば、上記のドメスティック・バイアスと結託した小規模自営農の一所懸命的メンタリティの広がりもなく、企業的農業経営はおのずともたらされていたようにwebmasterは思います。その場合、食料自給率は今よりもっと低くなっていたでしょうけれど。

「農家の経済学・appendix:農政も見ておきましょう」(6/16付)

こうした観点からは、極東ブログのエントリについてはいろいろと肯んずることのできない指摘があります。

(略)読売新聞”戦後体制 農地改革=下”(1998.12.25)には、当時の小作の体験談もある。

山形県余目町の農業、池田利吉さん(75)は、その時に自分たちの農地を手に入れた。今も売り渡し書を大事に持っている。

池田さんは二十五歳で農家の養子になった。聞けば、祖父は小作地さえなかった状態から、やっと一・五町歩(約一・五ヘクタール)を借りるまでに汗水流して働いたという。「田んぼを買い、家を建て、土蔵を造るのが夢だった。小作地が自分の家の土地になり、とにかくどの農家より収入を増やそうと頑張った」。池田さんは往時をこう振り返る。

農地改革によって、農村経済は戦前と比べよくなった。一世帯あたりの年間所得でみると、五〇年が二十一万円だったのが、六五年には八十三万円に上がった。小作料の負担がなくなり、農機具への投資も増えた。生産性も旧農林省の統計によると、五〇年―五二年を一〇〇とすると、六五年には一六〇に上昇した。

ざっと読むと農地改革の成果のようだが、所得の増加と生産性の向上が比例していないことに気が付く。記事はこう続く。

機械化が進むにつれ、農村人口は減少した。総務庁の産業別就業人口統計で五〇年と六五年を比較すると、農業人口は全体の45%だったのが23%に低下し、対照的に製造業人口は16%から六五年には24%に増加した。農村から流出した労働力が工業地帯を支えた。大内力・東大名誉教授は「高度経済成長は、農地改革がプラスに作用したからといっていい」と総括する。

これはいったいどうしたことだったのだろうか。小作が自作になることで収入が増えて万歳という光景ではない。むしろ農地が放棄されていく一端のように見える。この記事では農機具投資が増えたことが問題の端緒のようにも読めるがそもそも機械化した農機具を小規模自作農が分散して持つメリットがあったのだろうか。なにより、大内力の発言が私にはよくわからない。

持論とまでまとまらないのだが、農地改革で実現されたのは高度経済成長に向かう労働者と消費者ということではないのだろうか。いわゆる看板の「農地改革」とはほど遠いのではないか。

「農地改革メモ」(@極東ブログ

まず、これはfinalventさんご自身の意見ではありませんが、読売新聞記事の「農地改革によって、農村経済は戦前と比べよくなった」のかどうかを見てみましょう。ここで出されている証拠は一世帯あたりの年間所得ですが、50年の21万円が65年で83万円になったということで、倍率で言えば4倍弱です。これがどの程度の伸びであるのか、物差しとして名目GNPをとってみます。

名目GNP(兆円)人口(万人)一人当たりGNP(万円)
19503.958,3204.75
196532.779,82833.3

就業人口統計なので総人口とは異なりますが、ソースを当たるのが面倒(失礼)なので大差ないだろうと割り切って使うなら、農業人口は8,320×0.45=3,744から9,828×0.23=2260になったことになり、人口比で見れば約6割に減少したということになります。6割に人口が減って収入が4倍であるなら、一人当たり収入は6.67倍ということで、同時期の一人当たり名目GNPの伸び率7倍に満たない程度にしか伸びていないのです。小作料の負担がなくなったから得だというのも短絡的な話で、農地保有の機会費用が小作料よりも高かったのであれば、むしろ小作人でいた方がよかったということになるわけですし。

#これは農業に甘い推計ですので(例えば、(1)世帯数は減少していないという前提に結果的になっている、(2)就業人口はベビーブーマーの労働市場参加により総人口以上に増えていることの影響を除いている、等)、実際にはさらに格差は広かったものと考えられます。

finalventさんも疑問を呈されていますが、農機具投資が増えたから農業人口が減少したというのは相関関係と因果関係の履き違えです。一人当たりGNPが伸びて労働力単価が上がったので、労働集約的な農業が割に合わなくなったから農業労働者が農機具に置き換えられ、余剰労働力が都市へ流出したわけです。逆の言い方をすれば、農村地域での人口再生産をすべて農業で吸収するより、跡継ぎ以外は都市に送り出した方がよほど裕福に暮らせたということです。

ここで農地改革の影響を考えるなら、農地改革がなかったとすれば、農村地域からの人口流出はより大きなものになっていただろう、ということです。finalventさんも「そもそも機械化した農機具を小規模自作農が分散して持つメリットがあったのだろうか」と書かれていますが、そんなメリットが(少なくとも経済的には)あるはずがありません。大規模地主が土地面積に対して最適な農機具投資を行えば、各農家がまちまちに行う非効率な投資の生産性も大幅に上昇し、かつ、余剰労働力もさらに大きなものとなっていたと考えられるからです。

したがって、「農地改革で実現されたのは高度経済成長に向かう労働者と消費者ということではないのだろうか」との問いに対しては、農地改革で実現されたのは高度経済成長に向かう労働者と消費者の抑制であったと答えることができるでしょう。その意味で、「看板の『農地改革』とはほど遠い」わけではなかったのです。良し悪しは脇に置くとしても。

そうした思いのなか、先日ラジオで農地改革について、えっと思う話を聞いた。農地改革で開放された農地は一九四万ヘクタールだが、すでに二五〇万ヘクタールが改廃されているというのだ。単純に考えれば、農地改革は無駄だったということではないのだろうか。このあたり、冒頭述べたのように私の祖先の関連もありそうした思いも少し混じるのだが、小作たちは農地を転用とまで言うのは語弊があるかもしれないが、その子供たちの住居地に変えたりしていた。道路になって巨額の利を得た人も少なくない。農地が失われていくようすは私も見てきた。

「農地改革メモ」(@極東ブログ

まず、日本の農地面積は2005年で約470万haですから(この数字は、日本の農地面積には、採草・放牧地等を含まないということなので、わざと低くなるよう農地を定義している気がしないでもありませんが)、農地改革で解放された194万haとその後改廃された250万haはまったく重ならないこともあり得、これだけで「農地改革は無駄だった」というのはいかがなものか、とジャブを。

続いて改廃の評価ですが、他用途転用は他用途の方が儲かるとして転用した(住居用であっても、機会費用を考えれば「儲かる」ということでしょう)のですから、より高い生産性の用途に供されたということで、誰にとってもよかった話といえましょう。遊休農地化にしても、コストをかけて耕作するに見合う収益が得られないということなのですから、これまた誰が困るという話でもありません。

詳しく掘り下げるなら、日本農業の主力産品である水稲は、単位面積あたりの収益が概して低いので、地価が上がるとどんどん割に合わなくなっていきます。農業を続けたいというなら、これに対抗して、

  1. 魚沼産コシヒカリのようにブランド化して単価を高める
  2. 耕作面積を拡大して単位面積あたりの人件費・物件費を下げる
  3. 単位面積あたりの収益が高い農産品(例えば施設・園芸作物)に転換する

といった方針転換が必要です。それができないならわざわざ非効率な土地・労働力の活用を続けてもらう合理性などなく、土地の他用途転用や遊休農地化とともに、労働力を解放して都市に流入してもらえば、その分だけ経済全体にとっても有益でしょう。

ではこの動きを農地改革が後押ししたかといえば、むしろ抑制する方向に影響があったと考えるべきでしょう。農地改革(とそれにより高められた農業セクターの政治力の賜物としての農産品高価格政策)が農地・農業労働力の自家消費を助長し、本来なら割に合わないと手放すべき土地・労働力を抱え込ませてきたわけですから。

冒頭引用のとおり、webmasterはそれは食料自給率を守る等のドメスティック・バイアスに対応するもので、こうした有形無形のコスト(既述のもののほか、各種補助金や公共事業も含まれるでしょう)は概ねそれに見合っていると考えています。農業保護やバラマキは止めて産業としての生産性を高めよというなら、(そうしたコストを費やさないこととした場合における)不採算農業の撤退は当然許容しなければなりませんし、その結果として食料自給率は低下せざるを得ないでしょう。日本の地価・労働コストは農業一般には適さず、限定された経営形態にしか向かないのですから、保護を止めたら農家が自立して食料自給率も維持可能、なんていう夢物語は考えるべきでないのです。

若干脱線しましたが、経済的に農地改革の効果を見るなら、以上のとおりやらない方がよかった可能性が高いのでしょう。冒頭引用のとおり政治的には効果があったでしょうから(社会党政権が実現していて欲しかったと考える向きにおいては逆でしょうけれど(笑))、この両者のバランスをどう考えるか、というのが農地改革を評価する際の視座ということではないでしょうか。

[misc]吉牛

売り切れ早すぎorz

[comic]現在官僚系もふ・第66話

前回、元ネタは静岡空港かな、と書いたわけですが。

県人口 (a)利用者数予測 (b)a/b
R県300万人100万人を上回る3未満
静岡空港379万人138万人(開港年)2.75

やっぱりそうでしょ(笑)?

#ちなみに「我が県の人口300万人」との台詞が当てはまりそうなのは、四捨五入して300万になるものと定義しても茨城県(298万人(2005年現在。以下同じ)、広島県(288万人)、京都府(265万人)の3府県しかないわけですが(ちなみに、茨城県より多い次の県が静岡県です)。

ちなみに今回こき下ろされている能登空港ですが、当サイトでたびたび取り上げている木村剛さんが次のように書いています。メガバンクやゼネコン等に対する姿勢とは180度違う(笑)のはご愛嬌ですが、税金を支出することの評価にはいろいろあるということの一例として紹介いたします。

本年7月、能登空港が開港1周年を迎えた。能登空港は、石川県が過疎解消を目的に国に建設を働きかけ、地方空港としては最後に新設が認められた空港である。そして現在、エアーニッポン(ANK)が羽田空港との間を1日に2往復している。開港後1年たった今、羽田−能登線の平均搭乗率は79.5%と、国内線では異例の高さを維持しているが、ANKはこの1年間の実績を認め、財団法人奥能登開発公社に対して「販売促進協力金」として9732万円を支払うことになったという。

能登は南部まで含めても人口が23万人。年々過疎化が進んでいる典型的な地方都市だ。観光産業を活性化させて過疎化を少しでも解消するために、地元国会議員が声を上げ、石川県や輪島市などの地方自治体も必死に陳情。やっとの思いで能登空港の建設を実現させた。しかし、開港までの道のりは決して平坦なものではなかった。実際、空港建設が実現した後は、路線誘致に苦しんだ経緯がある。

当初、石川県は、羽田だけではなく名古屋や大阪を含む1日7便の誘致を狙って各航空会社にアプローチしたが、最終的に名乗りをあげたのはANKの「羽田−能登間、1日1便」だけ。観光事業を活性化させるためにも「1日複数便の就航が不可欠だ」と県はANKに掛け合ったが、ANK側は利益確保が最優先とし、「1日1便」を譲らなかった。 そこで、石川県はANKに「搭乗率保証制度」を提案。1年間限定という条件で1日2往復の約束を取りつけることに成功したのは開港半年前のことだったという。

(略)

能登空港の場合、石川県は地元市町村とともに、2便のうち1便分に関して年間搭乗率が70%を割れば最大2億円を支払うことをANKに約束している。その概要は、午後2時に羽田を発つ2便目(ANK749便)の年間搭乗率の目標を70%以上に設定し、2便目の年間搭乗率が70%を下回った場合には、目標登場率によって得られる売上と実際の搭乗売上実績の差額を、2億円を上限として石川県と地元市町村が負担するというものだ。

(略)

もっとも、能登空港が高い搭乗率を達成できた背景には地域の並々ならぬ努力がある。

能登では、観光客を呼びこむため街並みを整備し、特産品を活かした街おこしが進められた。田舎での生活を体験する「グリーンツーリズム」を推進するため、農家の民家への改装を推奨するなど観光地として様々な整備を実施している。また、能登の魅力をPRするキャンペーンやイベントを開催し、都内にアンテナショップを開設するなど、域外に対する積極的なPR活動も続けている。

これらの施策であれば、他の多くの地方自治体にも見られるのだが、能登の努力はこれにとどまらない。地元19市町村は、地元住民に飛行機を使用することを斡旋するため、往復で1人当たり平均4000円の運賃助成金を支払っている。また、観光客を呼びこむためにも、旅行会社のみならず観光客に対しても運賃助成金を支払う制度を設けている。

(略)

しかし、現時点における能登空港の成功をみれば、地元自治体と地元住民が一丸となって努力すれば、高い搭乗率を確保する道もあることが示されたようにも思う。無論、この成功が永続するかどうかは分からないし、結局のところ、精査してみれば、キャンペーンや運賃補助によって相当の赤字を垂れ流しているのかもしれない。

(略)

過疎化という難問を解消し、人の出入りを活発にするために、空港を建設し航空便を誘致するという大事業を思い立ち、それを実現させたのであれば、それに倍する血と汗と涙を事業の成功のために注ぐべきだ。大した努力もしないで搭乗実績が上がらないというのでは、何のために空港を作るために苦労したかもわからないではないか。

「能登空港は過疎地の星になれるか?」(@週刊!木村剛2004/9/3付)

#出所の記載・リンクを忘れていたので付け加えました。(9/21追記)

本日のツッコミ(全33件) [ツッコミを入れる]
kkojima (2006-09-19 10:59)

>一人当たりGNPが伸びて労働力単価が上がったので、労働集約的な農業が割に合わなくなったから農業労働者が農機具に置き換えられ、余剰労働力が都市へ流出したわけです。

農業を辞めた農家の労働力の分だけ機械化が進んだみたいな理屈に読めますが、本当でしょうか?機械化が始まった頃に農村の労働力減少が顕著になったようには思えません。そもそも、当時は子どもがたくさん生まれたのであり、そのこと自体が余剰労働力を生み出したのではありませんか?だとすれば、これらの人々が都市に移住しても、農村の人口は維持が可能です。
農業には労働条件の過酷さや自由時間が少ないという特徴があり、これが、都市生活者との格差として意識され、その改善策として機械化が歓迎されたということはあるように思えます。
そもそも、農業は、そのために必要とされる労働力の季節変動が大きく、よって、平均すると労働生産性が下がる傾向にあります。小規模でも機械化が進んだのは、都市への流出による農村の労働人口減少(もしもそうなら、農地転用が厳しく制約されている中で、機械化とともに農業経営規模拡大の進展も見込めたと思うがそうなっていません)よりも兼業化が進展する流れとシンクロしているのでは?つまり、農地は耕すが、それでは金にならないから、他の仕事をする。そのためには時間が必要で、この時間を生み出すために、機械に投資したのではないでしょうか。

truly_false (2006-09-19 11:50)

>大規模地主が土地面積に対して最適な農機具投資を行えば、

たしか、戦後一時期あたりまでの日本の農業機械は小型化の途上にあり、また日本は水田という土壌形態からしても、まだ大型農業機械等の導入は難しかったといえるんではないかと(ソビエト時代のロシアの食糧生産低迷の原因は農業機械の小型化失敗の故だとか)また小型機械を各自保有す
るのも、稲の育成状況は地域においてそう変わりはなくとも微妙でもあり、各自最適の時機に刈り取りに取り掛かろうとするに当たっては、レンタルやリースというのはいま一つ勝手のよくないものだからでもあるそうです(また日本の稲作が労働集約的たらざるをえない(orそーいった幻想)のも、南支・越南のように安定した水利を得ることが難しかったことも一因かと)

msx (2006-09-19 12:16)


>農機具投資が増えたから農業人口が減少したというのは相関関係と因果関係の履き違えです。

同意します。

福岡クボタ農業機械歴史館
http://www.afftis.or.jp/nouki/ki3j05.htm

■稲作
「動カ耕転機」の改良普及が急速に進展(昭和27年〜)
ティラーアタツチ「根洗苗用田植機」出現。普及開始(昭和39年)
連続結束式刈取機「バインダ」開発成功。各社が「バインダ」製作に乗り出す(昭和41年〜)
「全面刈り自脱型コンバイン」出現販売開始(昭和45年〜)
「乗用型トラクタ」、「田植機」、「自脱型コンバイン」の3機種(3種の神器)が急速度に導入(昭和45〜55年
各社「乗用田植機」発表。田植え作業の乗用化始まる(昭和52年〜)
大型汎用コンバインが普及段階に(平成〜現代)

原始的な刈り取りと田植えの機械化が始まったのが1965年(昭和40年)といったところでしょう。

■露地野菜
各社葉菜類の「野菜移植機」を発表。普及に入る(昭和61年〜)
乗用式の野菜収穫機が発売される。根菜類などから収穫の機械化へ(平成〜現代)

重量野菜の栽培が軽労化されたのは最近なんですね。ところで、皆さん、”こううんき”という漢字は耕転機、耕耘機どちらがいいんでしょうか?

msx (2006-09-19 12:25)

機械化のスタートの資金は仕送り+農協の融資+補助金(農協への補助金か、農機メーカーへの補助金かどちらかはわかりませんが)といったところじゃないでしょうか

msx (2006-09-19 12:50)

農地改革メモ追記(2006.9.19)
>このエントリであえて曖昧に書いたのだが、私の関心は開放された農地の転換と富の創出の問題だった。
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/09/post_b947.html#comments


要するにタダみたいな価格で手に入れた土地で不労所得を得ることにたいするヤッカミでしょう。

根拠データは極東ブログのコメント欄 投稿 msx | 2006/09/18 17:05:24参照
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/09/post_b947.html#comments

てけてけ (2006-09-19 13:02)

はじめまして。ツコッミではなくて、ただの印象というか感想です。

> 社会主義運動の強固な支持基盤だった小作人層を自民党(及びその
> 前身諸政党)の支持基盤に変えたことということになります。

南北戦争期に北軍が勝利するために、ホームステッド法と奴隷解放を
施行せざるを得なかった姿と、どうしても重なりあっちまうんですよね
(笑

cloudy (2006-09-19 13:05)

牛丼復活の影で、失われるものもあり。
吉ブー物語
http://yoshiboo.com/
↑いきなり第三話から始まりますが、「スキップ」をクリックすると初めから見られます。

msx (2006-09-19 18:46)

過去の記事も含んでいますが、以下、与太話として

bewaad (2006-06-17 15:00)
>どのみち農業従事者は高齢化が進んでいるわけで、普通に年金生活者として暮らしていただければ、わざわざ他の分野でなれない仕事をしていただく必要もないのではないでしょうか。

同意、60パーセントの高齢農家を20aぐらいの自留地(園芸療法的効果)を認めて年金受給と交換に手放してもらう。これで300万戸の農家数が120万戸ぐらいに減らせますね。でも、まだ多すぎますよ

>単位面積あたりの収益が高い農産品(例えば施設・園芸作物)に転換する

>土地の他用途転用や遊休農地化とともに、労働力を解放して都市に流入してもらえば、その分だけ経済全体にとっても有益でしょう。

都市に流入してもらえばといっても。そんなに労働力の需要があるんでしょうか?

bewaad (2006-06-17 15:08)
>そういえば大手町(でしたっけ)の農業工場なんてものもありましたし、現在ではほとんどの産品において、ぐらいの表現が適切なのかもしれません。

大手町はパソナ(低賃金派遣農業労働者の元締め)ですよ。
福井先生の感想は要するにドシロウトが!ということでしょう

パソナ
http://www1.gifu-u.ac.jp/~fukui/03-1-057.html
オランダの野菜生産
http://www1.gifu-u.ac.jp/~fukui/03-dutch-veg01.htm
オランダの施設園芸
http://phdsamj.ac.affrc.go.jp/foreign/hora.html
高軒高施設を利用したトマト生産
http://www.vegetea.affrc.go.jp/print/proceedings/3/3-03.pdf

確かにオランダの農業技術はトマトの生産を10アール当り15トンから45トンに向上したが、北海油田からの安いエネルギーに頼っているからで、いつまで続けられるか?それに、これはもう環境緩和機能のある農地とは呼べないでしょう。

屋上・壁面緑化空間は近年どの程度創出されているか
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/04/040704_.html

これによると平成17年現在、123.7ha(東京都39.5ha、神奈川県15.9ha、埼玉県5.9ha、千葉県3.0ha)が緑化されているそうです。

霞ヶ関の屋上緑化をやめてフェンロー温室で埋め尽くす。これなら下のビルから廃熱利用もできるし、日照時間がたりなければ、官僚の皆さんに屋上で残業してもらって補光栽培もできるし、また、頭脳労働者はCO2の排出も多いから環境にやさしいCO2施肥もできますし、さらに、中水道に含まれるP,Kの回収利用や輸送費の削減などいいこと尽くめでしょう。

21世紀施設園芸の課題と展望
http://www.enshiken.org/kadai&tenbou.pdf

長い間,日本の農業総生産は稲がそのトップの座を守ってきたが,平成9年にはついに野菜がトップに立った.現在,花卉や果樹も併せると,日本全体で園芸生産の大きさは稲生産をはるかにしのぐようになった.

第1表.わが国における施設園芸の概況(1999)から野菜用施設を抽出すると

面積(ガラス温室/ビニルハウス:ha)
1,042+36,441=37483ha=374.83km2
農家数(ガラス温室/ビニルハウス:戸)
6,206+203,645=209851=21万戸
1戸当たり面積(ガラス温室/ビニルハウス:m2)
1,680+1,789

第5表.野菜生産における施設の割合
収穫量%(ナス+トマト+キュウリ+ピーマン)
22.7+71.5+65.3+64.6
作付け面積%(ナス+トマト+キュウリ+ピーマン)
12.2+55.3+41.2+38.3

千代田区+港区+中央区
11.64+20.34+10.15=42.13km2
江東区+墨田区+台東区+荒川区+足立区+江戸川区+葛飾区
39.48+13.75+10.08+10.20+53.20+49.86+34.84=211.41km2
豊島区+板橋区+北区
13.01+32.17+20.59=65.77km2
大田区+目黒区+渋谷区+新宿区
59.46+14.70+15.11+18.23=107.5km2

400km2を超えてしまいました、スラムを衛星偵察されては国家の品格にかかわりますからちょうどいいでしょう。人口増加は21万戸×4人で84万人、大勢に影響なしです。

イメージとしては

EXPO70お祭り広場大屋根
http://www.ezaki-glico.net/chara/tsg_expo70/02.html

高さ地上30m、幅108m、縦292m、厚さ7.6mは国立競技場がすっぽり入る大きさで、屋根の内部も展示場になっている。

屋根は1930本の鉄パイプのつなぎとめとして600個の鉄の玉(ボールジョイント)を使い、その骨組の上に透明なポリエステルフィルムをかぶせて、あいだに空気を入れる新しい技術が使われた。

これで、だいたい3haありますね。なんか、スペースコロニーみたいですけど、ガンダム世代なら東京には空がないなんて泣き言は言わないでしょう。これで残りの農家戸数が100万戸、まだ多いですね。

鍋象 (2006-09-19 21:59)

地元民としては能登空港あたりと比較されるのはちょっと悲しい気もしますorz。

静岡ってとにかく新幹線が便利なんですよ。僕は現に週に2〜3回は東京・名古屋に日帰り出張していますし、大阪・仙台くらいは日帰り楽勝です。ただ、札幌とか鹿児島(お茶関係で意外と交流多し)とか、近くて遠い金沢方面とか、遊びに行きたい沖縄とか、東南アジア諸国(観光もあるけど、仕事でも東京名古屋は厳しいのでいきなり海外志向という謎な土地)とかになると、とたんにどっちへ行っても空港まで片道2時間(うち1時間は新幹線で片道7000円前後かかる)になってしまうのです。というわけで、空港には期待するところが大きいのです。

しかし、一番の大口需要である東京・名古屋・大阪は明らかに新幹線の方が便利なわけです。ここが第一の関門。じゃあ、札幌・沖縄は良いとして、鹿児島・広島・金沢なんかにそれほど需要があるかというと・・・交通の便が良くなってからジワジワ増えていく状況だと思います。国際線は最初から無視されていますし、仕事で使うには最低でも毎日1便無いとねぇ・・・。というわけで、大変に先行き不安です。

ちなみに、静岡で観光といっても来てもらわなきゃならんほど産業が無い街ではありませんし、来る方の相手のメインは人口的には関東・中京・関西の人達が多いわけで彼らには新幹線の方が便利なので、どちらかというと出かけて行くほうだと思っています。

というわけで、交通過疎地の空港と同じ発想で需要量予測されても無理だろうなぁと思っていたりします。

あ、最寄駅が金谷だから、飛行機を降りたらいきなり大井川鉄道でSLに乗れるかも。鉄ちゃんカムカム!w

koge (2006-09-20 01:17)

>鍋象さん
一応この漫画では隣県の空港まで20分となっているので、静岡空港とはびみょ〜に違うかも(笑)
ただ、静岡県には中部・小牧に近いとはいえすでにジャンボでも離着陸できる滑走路はあるし(浜松基地)、静岡市から利用できるのが必要だとしても現建設地より近いところに短いとはいえ滑走路がある(静浜基地)んでそこを拡張すればいいんですよね…。静岡空港がイタいのは、知事が「首都圏第3空港」という妄想に取り付かれて無理矢理新幹線の上を建設地にしてトンネル内に新幹線の駅作れと無理強いしてるところにあるわけで。
確かに、静岡からは羽田も中部も2時間はかかるんで必要性はわかるんですが、結局日本の航空需要はいかに羽田か大阪と結ぶかでしかないんで、札幌・福岡・沖縄にしても50〜75人乗りのプロペラ機(伊丹⇔高知はこれが1本/h飛んでる)で3〜4本/日くらいが関の山かと。欧米なら日本人に知られた名前の都市でもこの程度鹿便がないところは結構多いんですが、日本だとこれじゃ成り立ちそうにないのがねぇ。パイロットの人件費かなぁ…。
能登空港は…最寄空港から2時間以上かかるところは離島同様に救急や防災用の最低限のインフラとして扱ってもいいような気がします。無理に定期路線を維持しておく必要があるかどうかは分かりませんが。

BUNTEN (2006-09-20 06:12)

>鹿児島(お茶関係で意外と交流多し)

生産量日本一位と二位だから、あまり意外感はない気が。m(_@_)m

bewaad (2006-09-20 09:02)

>kkojimaさん
機械化よりは農薬普及が先行したかもしれませんが、いずれにせよ、経済成長の進展に逆行する形で農業(に限らず第一次産業)従事人口が減少しているのは確認できると思います。労働条件についても、それに見合うだけの儲けがない、つまりは収益に帰着できるのではないでしょうか。

>小規模でも機械化が進んだのは、都市への流出による農村の労働人口減少(もしもそうなら、農地転用が厳しく制約されている中で、機械化とともに農業経営規模拡大の進展も見込めたと思うがそうなっていません)よりも兼業化が進展する流れとシンクロしているのでは?
兼業化の進展は、以前のエントリで書いたことですが、農産品の高価格維持が兼業をペイするものにしてきたのだと考えています。何より兼業は主として稲作で行われているのであって、つまりは片手間であってもペイするのは稲作=もっとも価格が高く(人為的に)維持されているものだということの傍証でしょう。

bewaad (2006-09-20 09:06)

>truly_falseさん
農機具の小型化は、その市場が大きかったからこそ発達したのかな、という気はします。稲作を大規模に行う先進国は日本だけでしょうから、海外からの導入も難しいでしょうし。

bewaad (2006-09-20 09:10)

>msxさん
機械化に関するデータの紹介ありがとうございました。

地主からすれば、買い叩かれた自分の財産で、ということは当然あるでしょう。とりわけ農地改革直後のインフレで、買われた直後からキャピタルゲインが莫大だったでしょうから(ゴム長靴代にしかならない、とか言われたそうです)。

大都市での労働需要は、短期的には三大都市圏の有効求人倍率は高いですよね、という話と、中長期的には都市空間の有効活用が進めばまだまだ開拓の余地が大きい、ということかと存じます。

bewaad (2006-09-20 09:13)

>てけてけさん
政治的な効果としては似通ったものがあったかもしれませんね。

bewaad (2006-09-20 09:13)

>cloudyさん
当サイトで取り上げたりする人でいえば、ろじゃあさんが豚丼への哀惜の意をたびたび表明されていますね。

bewaad (2006-09-20 09:17)

>鍋象さん
能登空港と比較しているのは作品であって私ではありませんので、ご賢察いただきますよう(笑)。ま、新幹線との競合が最大の問題であるのは不可避ですよねぇ・・・。

>あ、最寄駅が金谷だから、飛行機を降りたらいきなり大井川鉄道でSLに乗れるかも。鉄ちゃんカムカム!w
鉄っちゃんって、それこそ東京・名古屋・大阪在住者が多いのでは(笑)?

bewaad (2006-09-20 09:20)

>kogeさん
よくよく考えれば、隣県に20分ってのも無理がある話ですよね。各都道府県において、中心地から20分でいける隣県って相当限られてくるわけで。

日本で小規模空港が苦しいのは、パイロットよりは空港のコスト(投資回収を含む)が効いているのではないでしょうか。

bewaad (2006-09-20 09:22)

>BUNTENさん
鹿児島側に需要が多いのかな(静岡からの技術導入等)、という気はします。

kkojima (2006-09-20 12:25)

兼業農家が稲作モノカルチャーに多いのは、稲作なら手間が掛からないという点は無視できないと思いますよ。むしろ高収益を狙うなら果樹、野菜のほうが向いています。もちろん、米価が政策的に維持されてきたことが無関係ではないでしょうけれど(昭和30年代の国営開拓パイロット事業などで入植した酪農家が直後の乳価暴落で一斉に離農した例を目撃しておりますので、米も同様に価格下落に見舞われていれば、現在とは異なる状況となっていたとは思います。)
なぜ離農するかについては、時代時代で主たる要因が違うと考えるべきで、戦後の人口急増の頃は、やはり単に人が多かったと思います。減っているように見えても、それは(当初は引き揚げ者で、引き続きベビーブーマーで)増えた分が減っただけなのではないでしょうか?
都市が繁栄するのはその後(当然、これらの労働力の流入もあって)な訳であり、農村側から見れば「食えなくて街に流れた奴等のほうが良い暮らしをしている」状況が見えてくる。ただ、この頃の農村というのは、今の農村であるエリアと、今は住宅地になっているエリアがあるわけで、どっちの変化について語るのかは注意しなければなりません。
私は、今も農村であるエリアに育ったので、「タダみたいな土地を売ってウハウハ」みたいな例はほとんど見かけません。そのかわりに、農業は半年しか働けないから、残り半年を季節労働者として遠く離れた土地で過ごす(そして、収入はそちらのほうがはるかに高い)という経験なりをした農業者達が少しずつ離農していった経緯を目撃しているわけです。
思えば、エントリ自体は農地改革に係るものだったのですが、その点から思い直すと、私が育った田舎の農家というのは小作農だった人というのはいなかったようにも思いますので、あまり適切な例ではなかったのかも知れません。

鍋象 (2006-09-20 17:36)

>kogeさん
静浜も浜松も拡充する土地あるのかな。両方とも周囲は全部住宅あると思う。あと、静浜基地はパイロットの初等訓練、浜松基地はジェット機の初等訓練(E-767もあるけど)と、両方とも基地と言っても教習所なわけで。つか、それなら厚木基地でも良いぞとw

あと首都圏第三空港というのは悪いアイデアじゃないと思うんですが、やっぱり国際線前提となりますよね。そして、それなら最低でも富士川以東にすべきだったと思う。東京駅から成田エクスプレスで1時間。富士川あたりなら新幹線直通前提で1時間かからずに行けます。沼津あたりなら40分くらいか。どちらも東京駅起点なのでわざわざ同じアクセスにする必要は無いわけで、首都圏の人にしてみれば、横田基地とか埼玉方面の方が欲しいでしょうが。

この手の話をしていると必ず出てくるのがお互いの距離感の違い。静岡県中部から見ると東京(品川・大手町周辺)は1時間〜1時間30分と通勤可能圏なので近い感がありますが、大手町あたりで通勤時間2時間の人に「遠くからわざわざ・・・」と言われてしまったりして、感覚が違うんでしょうね。

>50〜75人乗りのプロペラ機(伊丹⇔高知はこれが1本/h飛んでる)で3〜4本/日くらいが関の山かと。

そういうので十分です。でかいの1機で1日1便より、小さくても良いから時間の選択肢を増やしてもらいたいっす。量はわからんですが、潜在需要はそれなりにあると思うんですよ。

>BUNTENさん、bewaadさん
鹿児島の件、良くご存知で(^^;
お茶に関しては技術導入ももちろんあるのですが、市場が静岡なので。同様に中国の福建とかあの辺とも交流は多いようです。

>bewaadさん
能登空港の件了解。

>新幹線との競合が最大の問題であるのは不可避ですよねぇ・・・。

まあ、競合しないで相互利益を考えたのが第三空港案だったんでしょうけど・・・。

>鉄っちゃんって、それこそ東京・名古屋・大阪在住者が多いのでは(笑)?

あ゛・・・

bewaad (2006-09-21 05:33)

>kkojimaさん
稲作なら手間がかからないというのは、手間がかからない程度の経営規模でしかないということではないかと思います。

で、基本的に同じことを違う表現をしているのかな、と思います。
>農業は半年しか働けないから、残り半年を季節労働者として遠く離れた土地で過ごす(そして、収入はそちらのほうがはるかに高い)という経験なりをした農業者達が少しずつ離農していった経緯
というのは、エントリで書いた次のテキストと同じことではないでしょうか。
>農村地域での人口再生産をすべて農業で吸収するより、跡継ぎ以外は都市に送り出した方がよほど裕福に暮らせた

機械化というのは、人手を掛けるより機械化した方がコストを削ることができるからこそ行われるのであって、他産業に比べて純所得が少ないこととは表裏の関係なのだと認識しています。日本全体として人件費が安ければ、機械化するより人海戦術が有効である一方、人件費が高くなれば、ということで。

bewaad (2006-09-21 05:41)

>鍋象さん
>この手の話をしていると必ず出てくるのがお互いの距離感の違い。静岡県中部から見ると東京(品川・大手町周辺)は1時間〜1時間30分と通勤可能圏なので近い感がありますが、大手町あたりで通勤時間2時間の人に「遠くからわざわざ・・・」と言われてしまったりして、感覚が違うんでしょうね。
同じ新幹線で言うなら、時間としては宇都宮(東北)や高崎(上越・長野)と大差ないのでしょうけれど、「関東」とそれ以外という印象の違いが大きいのではないでしょうか。東北や上越・長野にしても、白河や越後湯沢、長野であれば1時間半かかりませんが、ケの日ではなくハレの日に往来するところ、というようについつい思ってしまいますし。

koge (2006-09-21 10:47)

>距離感
少なくとも三大都市圏(中心部)の人間には、「TVが違うところ」=遠くっていう印象でしょうね。たとえば高崎から横浜と軽井沢、小田原から宇都宮と静岡、姫路から彦根と岡山とかで考えると、前者のほうが距離的・時間的に遠くても後者のほうが「違うくに」という印象があります。
伊豆東部みたいに複数の電波が見られる地域の人はまた違う考えなんだと思いますが。

kkojima (2006-09-21 13:24)

確かに規模が小さいから手間が掛からないということは事実でしょうが、同じ面積を野菜や果樹に使うより、稲作に使った方が手間が掛からないと言っているつもりです。

跡継ぎ以外は都市へというのは、戦後直後から20年間くらいまでの傾向で、それはそもそも子どもが多いからというのが主因というつもりです。だから、労働力が流出しても、1人当たり耕作面積が増えないと言いたいわけです。そしてこれが、都市の豊かさを作った労働力に変わった。
その後は、既に豊かな都市生活者と、さえない農家暮らしを比較して、跡継ぎでも都会へ行くし、離農も増えた。こういう2段階があったと私は思っています。
このステージにおいて、宅地化も進展したと思うんですが、一方で耕作放棄も増えた。それはロケーションの違いによる点が大きいので、宅地化が良い悪いではない。むしろ、こちら田舎としては耕作放棄分がうまく経営拡大に繋がってればよかったんですが、そうはうまく行かなかったというのが現在に繋がっています。そういう放棄された農地に、団塊世代の定年後に就農するという人を呼び込めないか?ということを画策している自治体は多いわけですが(私のところ、青森県もそうです)、それに対しても農地法が立ちはだかっている。

確かに、言っていることにあまり違いはないのかも知れないのですが、これまでうまく言えずに心に凝っていたものの近くに触れるエントリだったのでコメントさせていただきました。毎回長くなってすみません。

bewaad (2006-09-22 04:19)

>kogeさん
テレビといえば、天気予報で「何々地方」とまとめられる絵の影響もそれなりにはあるのかな、と思います。毎日一回見ていれば、それなりに頭に焼きついたりするのでは、と。

bewaad (2006-09-22 04:30)

>kkojimaさん
単位面積あたりの労働量の違いは理解しているつもりです。ただ、乱暴な言い方をすれば楽して金は稼げないわけで(笑)、単位面積あたりの労働量が少ないにもかかわらず同じ面積でしか労働しなければ稼ぎが少なくて当たり前だろう、ということです。

人口の増分だけが都市へ流出というなら、エントリで書いたような昭和30年代の農業従事人口純減が説明できないので、昭和30年代(敗戦から10年程度経過した段階)では、既に離農が進んでいたとみるべきでしょう。一人当たり耕地面積が人口減少ほどには増えないのは、その分離農が進み農地転用で耕地面積も減ったのではないでしょうか。

耕作放棄地については、農地法は結局小規模自営農を維持する法体系なので、企業参入を阻んできたのと同様に、寄生地主を連想させる大土地所有化には厳しかったのがかつての実情ではないかと思います。大規模経営をしたいと思っても、虫食いの耕作放棄地を集めるだけでは効率が上がらず、かといって換地でひとまとまりにすることも、言葉は悪いですが兼業農家の片手間のための既得権を守るがゆえに遅々として進まなかったのでしょう。今なお企業参入はリース方式でしか認められない、というカルチャーはわからないではないですが、そんなことをやっている余裕がどこまであるのかな、とは思います。

なお、こちらも霞が関でデスクワークの身ですから、現場感覚でおかしいとお感じの点があれば、これからも遠慮なくどんどんご指摘いただければ幸いです。

MASA (2006-09-22 10:43)

>kogeさん

>50〜75人乗りのプロペラ機(伊丹⇔高知はこれが1本/h飛んでる)で3〜4本/日くらいが関の山かと。

初めまして。あのトラブル続きで悪名高きボンバルディアDHC Q-400ですね(笑)仕事で数回乗りましたが、YS-11と比べて格段にスピードが速くなっており技術革新を感じましたよ。

静岡空港の件ですが、鍵になるのは静岡発着便の航空運賃がいくらに設定されかで左右されると思いますよ。例として静岡〜千歳間を
ドル箱の羽田〜千歳間の割引運賃1万8千円程度を大幅に上回るのであれば羽田や中部に流れるでしょうし、それ程差が付かないなら利用されるでしょう。 佐賀県民の殆どが福岡空港に流れて悲惨な状況の佐賀空港を考えればそんなところでしょうか。

bewaad (2006-09-23 11:47)

>MASAさん
本筋に全く関係ない話で恐縮ですが、"DHC"って"De Havilland Canada"の略なんですねぇ。いや、モスキート好きなもので(笑)。

鍋象 (2006-09-24 11:50)

羽田だと新幹線5670円+モノレール代がかかるので、2万4000円までならOKですか。駐車場代無料なので。時間考えたらもうちょい高くてもOKだけど、便との兼ね合いっすね。今の場所では首都圏第三空港は無理があるにしても、過密な羽田・成田から静岡県人分の利用客を抜くという発想はあっても良いかも。

交通過疎地じゃないのに空港が欲しい政令指定都市圏という事で、広島空港や仙台空港などの使われ方を見るべきなのかなと思いますが、それらの空港はどうなんでしょうね。現状ではニーズが希薄ですが、脱東京の政令指定都市間交通網ってのもありかなと。それこそボンバルディアでOKなので。そういうのができたら、本社を東京に持ってく必要も無くなるんだけどなぁ。

P.S.
モッシーに反応。映画ですか?僕は某ゲームです。

変な飛行機ばかりの英軍の中にあって木製という一際な際物でありつつ、爆撃に偵察にとしっかり活躍した名機ですね。僕も好きな機の一つです。

kimura (2006-09-25 02:07)

鼻毛さん博学ですね 週間新潮 野口悠紀雄氏の記事も合わせてみています

bewaad (2006-09-25 03:58)

>鍋象さん
政令指定都市間というのも、例えば福岡空港のフライトを見ていると、東京抜きでも成立しそうな気はします。福岡と同じだけの条件を整えられるかどうかが勝負なのでしょうけれど、そのハードルの高さはいかほどなのか、案外高いような気もしますが。

モスキートは、ガキの頃に戦闘機百科だか図鑑だかで見て以来、木製だなんてしょぼいなぁ、とずっと思っていたのが、後になってその活躍を知ってファンになったという経歴です。マザー・テレサのいうとおり、愛の反対は無関心なんだなぁと(違)。

bewaad (2006-09-25 03:59)

>kimuraさん
「鼻毛さん」とは、どなたのことを指しているのでしょうか?


トップ «前の日記(2006-09-18) 最新 次の日記(2006-09-20)» 編集