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2006-09-21
■ [politics]小泉構造改革を振り返って(前): order, only one, search and destroy!‐2006年自民党総裁選・その7
#これまでの関連エントリについては、2006年自民党総裁選indexをご覧下さい。
本来はこのネタを総裁選特集の最初にやるつもりだったのですが、あれこれ時事ネタを扱っているうちに、総裁選後のタイミングになってしまいました。安倍総裁誕生だなんて速報をやっても速報でもなんでもないわけで、新政権の帰趨を占うに当たり、ここで一旦小泉政権の目指したものが何かを考えてみるのは必要でしょう。というわけで書き上げてみますが、今後を考える上での判じ物ぐらいにはなるでしょう。
小泉政権に対する肯定的な評価とは、つまるところ次のようなものに集約されるのではないでしょうか。
小泉内閣の政策に一切不満が無い人はほとんどいないだろうし、いたらちょっと不勉強だと思う。しかし、たくさんある小泉さんへの不満を一つに糾合して大きな勢力を作ることはできないだろう。それは民主党に人がいないという問題ではなくて、小泉さんの作りあげた大きな合意よりもっと大きな合意は現状では存在しないということだ。
「小泉政治は我々の合意の原点」(@アンカテ(Uncategorizable Blog)9/16付)
このエントリでは「大きな合意」とは何かが明らかにはされないのですが、次を見ればビッグ・ブラザー的な「官」との対決であることがわかるでしょう。
戦後の日本は戦前の軍需産業の遺産を継承し,裁量的な行政を通じて経済効果の高い産業に資源を集中投下し,役所が企業間の情報を適度に媒介することで,過当競争による情報の縦割りを緩和することを通じて全体を底上げするかたちで成長してきた.
戦後の開発主義は国家総動員体制を温存するかたちでGHQ支配下の傾斜生産方式にはじまり,超LSIプロジェクトでその頂点を極め,予算削減でジリ貧となりつつも,手法としては最近の愛知万博前後のロボット振興や,来年度予算で概算要求された情報大航海にも通底している.
(略)
もし歴史というものを尊重し,心ある技術者が報われる新たな技術大国日本を構想しようとするのであれば,連綿と続く国家総動員体制の亡霊こそ克服すべきだ.これこそ小泉首相がぶっ壊した列島改造論・経世会支配よりも歯応えのある亡霊ではないか.
「技術大国日本を育み押しつぶした国家総動員体制の亡霊」(@雑種路線でいこう9/19付)
という南さんのエントリーは
- 日本の戦後は、一貫して戦中の国家総動員体制、生産者優遇政策の延長線上にある
- 70年代までは、そのシステムが経済の仕組みや国際環境と整合的であったのでうまくいった
- 80年代以降は、両者が乖離しているという根本問題に手をつけず、表面的なつぎはぎ的対処に終わったため、いろいろな矛盾が深刻化した
- ここで見直すべきは、「連綿と続く国家総動員体制の亡霊」である
という話だと思ったのですが、これには同意します。特に、戦後という時代を、敗戦〜70年代と80年代〜現代に分けて考えるべきだという視点は重要だと私も考えています。
「歴史は時代の舵を切る為にあるもの」(@アンカテ(Uncategorizable Blog)9/20付)
おそらくこうした第三者による評価は、小泉総理の主観的評価とほぼ重なるのでしょう。小泉政権への評価の多くは、肯定的なものも否定的なものもこうした見方を共有した上で、誰もできなかったことに着手したと評価するか、踏み込みが甘かったと評価するかの違いでしかないでしょう。
しかし、こうした見方を当サイトで取り上げる以上、そのとおりですね、という話になるはずもありません(笑)。
次のような官僚批判を耳にしない日はないといっていい。
「戦後 50 年。日本の再建は官僚主導の保護貿易によって成功したものの、一度作られた保護主義を解放することは難しく、日本の改革は、10 年遅れたといわれる〜Japan-bashingから Japan-passing そして Japan-nothing とさえいわれるようになった。バブルや住専問題のつまずきはその象徴であり、官僚の中の大物といわれる官僚があいついで汚職で摘発されるのは官僚の権力とおごりの結果である〜かくて官僚主導経済を是正しなければならない」(加藤寛『官僚主導国家の失敗』東洋経済新報社、1997年)
しかしながら、筆者は現在の不況の責任を官僚に負わせるとしたら、またそもそも日本の経済成長が保護主義の故だというなら、それは官僚の「過大評価」であると考えている。最近の官僚に責任を押し付けるような批判は、「世界に冠たる日本の官僚」という官僚に対する一種の期待と、「エリート主義」に対するコンプレックスの裏返しに過ぎないのではないだろうか。いわば皆が皆「官僚神話」に取りつかれた振りをしている。
当サイトでは何度か引用させていただいている菊池論文ですが、このエントリで書きたいことは上記引用に尽きています。以下はその肉付けとなります。
まずessaさんのまとめによる「70年代までは、そのシステムが経済の仕組みや国際環境と整合的であったのでうまくいった」という点ですが、
- そもそも「うまくいった」のか
- 行政の産業界への介入はいつまで行われていたのか
を見てみましょう。
「うまくいった」かどうかについては、経済学の世界ではnoという答えが通説です。官僚が市場より賢いはずがないから、というのがもっとも根源的な理由ですが、実際の例を見ても、
- 川崎製鉄(当時)の高炉建設に反対した一万田尚人日銀総裁(1950)
- 本田技研工業の四輪自動車への進出に反対した通商産業省(1961)
余計なことをするなといいますか、先見の明のなさは明らかでしょう。
#この「通説」については、三輪芳朗&J・マーク・ラムザイヤー「産業政策論の誤解」が決定版でしょう。
念のため同時代の意見も紹介しておきます。
日本において経済官僚が華々しくマスコミに登場するのは、1961 年、前年に起こった安保闘争や三井・三池争議で混乱した日本を治めるために、バラ色の未来を国民に提供しようとした『国民所得倍増計画』が発表された後のことである。科学的な推計法に基づく成長ビジョンをひっさげ、下村治氏や大来佐武郎氏がさっそうとマスコミに登場し、以下のように縦横に説いてまわった。
「やっぱり日本の産業の恐るべき適応力というのですか、それから恐るべきバイタリティ、それから非常に高い投資率ですね。イギリスの鉄工業などに比べて日本の製鉄業はずっと新しいので、ずっと能率的なんですね」(「貿易自由化は第二の黒船か?」『文藝春秋』1961年9月号)
だが既に 1955 年前後から日本は高度経済成長期に入っており、こうした官僚達が力を得るのは経済成長のお陰でもあった。実際、戦後直後の官僚は自信喪失状態にあり、GHQ のパージで幹部層がいなくなり、中堅の管理職クラスだけで再出発した企業の経営者の方が遙かにエネルギッシュだった。
「それまでは商工省の官僚たちは、ずっと長い間統制経済でやってきた。ところが民主化ということになると統制はもうできないと考えこんで、ちょっと混迷状態にあって、もうなんにもできないという感じがあった」(有沢広巳氏の証言、安藤良雄『昭和経済史への証言下』(毎日新聞社、1966 年))
「政治家あるいは官僚は、長期的な見通しとかあるいは計画を立てていろいろ経済政策を実行するとなると、ビジョンという点で、どうもビジネスマンよりは一段劣っていて、ビジネスマンの方が日本経済を引っ張っているという感じがするのですが」(シンポジウム「経済成長とエリート」における小宮隆太郎氏の発言『エコノミスト別冊』1961 年4月10日)
だから財界の有力者の「一番優秀なのは官僚なんです。だから彼らにやらせておけばいい」という発言は、官僚に対する企業経営者の優位性の現れであったといえる。
#菊池論文では、産業政策が有効であったとの見方は、アメリカから輸入されて事後的に確立したとしています。よくよく考えてみれば、官僚組織がそれほどまでに効率的な差配が可能であったなら、もうちょっと戦時経済運営はまともだったろうに(笑)、ということになるわけですが。
ではこのようなことは、いつまで行われていたのでしょうか。先に紹介したessaさんやmkusunokさんの見方では今に至るまで、ということになりますが、70年代までですらない、とwebmasterは考えます。先に紹介した川崎製鉄やホンダの事例についても、結局は行政からの圧力を撥ね退けて高炉も建設されたし、自動車にも進出したわけですし。こうした個別事例を一般化すれば、次のようなことになるでしょう。
だが実際には国内で経済官僚が力を振るった時期は意外に短かった。ジョンソン自身「1952 年から 61 年までが通産省の黄金期であった」と語っている。もっといえば 50 年代の終わり頃から独占禁止法をめぐって財界は通産省に失望しはじめていたから、凋落はそれ以前から起こっていた。財界は独禁法の規制緩和を望んでいたのに、通産省は公正取引委員会との直接対決を避け、特例カルテルという妥協に堕していたからである。
凋落を決定づけたのは、先に挙げた松本清張氏が描いた時期に起こった「特定産業振興法」の挫折である。詳しい説明は省くが、同法案は佐橋滋氏を中心としたグループが、自由化に備えて国内産業を通産省主導で合併、資本増強しようとするものであった。強制的に拠出を迫られることが予想された金融業界が反対するのはもっともだったが、この法案が審議されていた 63〜64 年には既に製造業も通産省の過保護ともいえる産業政策に反対するほどになっていた。この法案は「スポンサーなき産業振興案」と呼ばれ(例えば朝日新聞論説委員土屋清『文芸春秋』1963年5月号)、以降「佐橋連帯」と呼ばれた保護主義的な通産省の路線は消滅していく。
菊池論文では、なぜ「凋落」が起こったのかは描かれていませんが、webmasterは輸入物資割り当て、究極的には外貨・外資規制が行われなくなったからだと考えます。国内取引においてどのような判断をするかについては、戦時中においてすら統制破りが横行していたように取り締まるにも限度があるわけですが、まして戦後は治安当局を動員するにも著しく制約は強まったので、ほとんど統制不能であったと考えてよいでしょう。
しかしながら、輸入物資は違います。港や空港を押さえてしまえばほぼ全量を政府のコントロール下に置くことが可能ですし、密輸入をしようにも外貨(ドル)がなければ誰も売ってくれません。そうしたコントロールを行っていた間は、それを餌にある程度言うことを聞かせもできたでしょうけれど、この分野での「自由化」「規制緩和」は1955年の輸出入取引法改正から大幅に進み、1964年のIMF8条国への移行でほぼ完成したといえます。それ以降の役所にできることといえば、一部の法的権限を付与された行政処分等を除けば、行政指導と名付けられた「お願い」でしかなく、それもまた多くの場合において、企業にとって都合のいい場合にのみ聞き入れられる程度の代物だったわけです。
となれば、「80年代以降は、両者が乖離しているという根本問題に手をつけず、表面的なつぎはぎ的対処に終わったため、いろいろな矛盾が深刻化した」というのも、そもそもそんな「根本問題」なるものはなかった、ということになります。「連綿と続く国家総動員体制の亡霊」なんてものは、正体を見ればとんだ枯れ尾花でしかなかったのです。見敵必殺とばかりに「亡霊」を探し出しては殲滅を繰り返したところで、そんなところに現在の日本経済の低迷の原因があるわけでもないので、どこまでも青い鳥探しは続くことになります‐今は経済が多少はよくなっていることが構造改革の成果とされることが多いのですが、そのうち経済が芳しくなくなれば、足らぬ足らぬは構造改革が足らぬといった論調が世を覆うことでしょう。
では、なぜこのような見方が世に広まってしまったのか、その点を次回は掘り下げてみたいと思います。
大店法が廃止されたのは最近のことですが、流通業界においては長らく零細個人商店が市場メカニズムの中で淘汰されずに存続してきた、つまり規制の恩恵により消費者から所得移転してきたと考えていいと思います。あと、建設など業界によっては公共事業を通じて中小企業保護政策のようなものが存在していたわけで。こういうのはエントリの文脈からはどう考えたらいいのでしょうか。
>すなふきんさん
通産省は、ほぼ一貫して中小企業に対する保護政策には消極的だったと思います。その辺は、寺岡寛先生の著作等にでてきます。ただ、政治家にとっては票田なので、保護的な政策(実際はだめにする政策)をとらざるをえなかったようです。また、大店法は零細商店を保護するよりも、むしろ大型店に超過利潤をもたらしてきました。いずれにせよ、通産省は思い取りの政策を実現できなかったし、効果もあげられなかったと思います。少なくとも、中小企業政策は失敗の連続で、いまでも愚作を繰り返していると思います。
>すなふきんさん
建設に関しても,官僚よりも政治家の介入が市場メカニズムを妨げていたと思いますので,エントリとは矛盾しないと思います.建設官僚はせいぜい従犯であって,主犯ではないでしょう.
>川鉄およびホンダの事例
確かにこれらは官僚の企業に対する影響力が完全ではなかったこと,また官僚の先見の明が限定的であったことの非常に印象的な例であります.ただこれらについてわれわれが現在知っている理由が
1.官僚が企業の重要な意思決定に対して介入する能力が少なくとも1960年代初頭以降失われていることを示したから
2.企業側が官僚の介入に対して断固として対決した(まれな事例だった)から
のどちらかによって結論が大きく変わらざるを得ません.個人的には1を支持するのですが,このあたりは専門ではないので.
まず官僚側の反対により(特に根回しの段階で)企業側が方針を変更していた場合には,(特に変更せずにニュースになった場合と比較して)後世の人間としては知ることが困難なわけです.また官僚側の発言に全く影響力がないのであれば,そもそも外部に漏れるような反対発言(口先介入?)をするのかという問題もあります.当時の通産官僚の行動様式がわからないので私には結論が出ないのですが.
阪神vs村上ファンドの一件では国交省が出てきて役員の中に安全統括管理者を置くべしと法律で定めてしまいました。これで村上ファンドを身動きできなくさせてしまいました。
鉄道会社の大株主になると国交省から小一時間問い詰められるらしいですし市場原理主義者からすれば何をいうって感じなんでしょうけどね。
戦前だと大手私鉄の経営者には少なからず再建屋や乗っ取り屋がいましたし、監督官庁とも切った張ったをしていたとか。
戦後、官僚の力が強くなったというよりは対立してでも自分の考えを押し通すことにメリットを見いだせなくなったからじゃないでしょうか。押し切ろうとすればできなくはないんだけどという前提はあるかと思いますが。
ホンダと川鉄の事例を挙げるなら、官僚がダメといったのに経営者的にはうまくいくと思ってやって失敗した事例とかも必要かと。
>>政治家
「人民は弱し 官吏は強し」でしたが結局は政争に巻き込まれたというのが原因で、道具としての官吏は強かったんでしょうけど主犯じゃないですよね
最近はもっぱら半径50m的視点ばかりです。
僕の地元は大店法の規制でアメリカから名指しで怒られちゃった土地ですが、これ大店法を法の精神に基づいて厳格運用していたというより、余所者資本の流入を排除しようというムラ意識と左寄りな発想を持つ商工会(当時)が、法律をたてにして住民運動みたいな事をしていたものです。大店法のような法律があっても無くても多かれ少なかれ同じような問題を生じたのではないかなと思ったりします。
さて、本題。官僚だろうと経営者だろうと将来の予見能力は無しです。先見の明というのは結果論的に語られるものに過ぎないと思います。もちろん、それでも人はあがきますが。成長は自然淘汰で起きます。多様性と多数性が淘汰圧を生じてより良い物が残ります。
で、困るのは行政が経営に口を出しても、結果責任を負わないという事です。これはモラルハザードを生じます。行政サイドとしては、管理対象をできるだけ少なくして行きたいインセンティブが働くようで、官僚的ダーウィニズムだと自然淘汰を言い訳にして資本の集約を図ろうとするような。新規参入に対する態度は例示された川鉄・本田技研の例を待たないと思います。
許認可や免許が必要な業種では、憑かれた大学隠棲さんがおっしゃるように、今でもとても強い権限を行使できます。これは輸入統制と同じだと思います。単に、それをするのを良しとしない風潮が生じただけで、今でも民意という形の後押しがあれば、あるいはマスコミのキャンペーンと歩調をあわせて強い介入が行われる例はあるわけです。抜かないけど帯刀しているぞと。
で、小泉改革ですが・・・僕が思うに、仮に官僚との対決という幻想があったとしても、内閣総理大臣というのは、行政府のトップであって・・・。中ボスと大ボスのどっちがマシかみたいな。内閣府に意思決定が集約される事で更に判断の多様性が失われて、上記のモラルハザードがビッグモラルハザードに変わるだけじゃないかみたいな。こういうのは、本来国会と行政府の対立の問題じゃないかと。行政府の中でやるのはただの茶番じゃないかと。そういう素朴な嫌悪感が常にありました。
小泉改革で政治と行政の構造が変わったとの評価もありますが、現実には一切変わっていません。日本が規制だらけになったのは、事件が起きるたびに政治家やプレスが「役所は何をしている」と騒いだからで、今回の財政赤字の問題も同様の構図であり、唯一変化があったのは公務員の待遇そのものが焦点になっているところだけです。民間のリストラによる組織の回復を国家組織に当てはめようというのが、そもそもの構造改革の発想です。
旧商工省は物価調整官のリストラという血を流し、戦争賠償の物納のノルマの対応で戦前と比べて大きく変化しました。また、通商産業省の黄金期に優秀だと言われた人は石炭局に属してましたし、経済統制というより業界秩序・保護の方が強く、かなり世の中の評価が異なるように思えます。
最近の経済産業省は、現在は役所が不要なら、そういう体制にするかということで、業界保護組織を解体している課程にあります。派遣業を強く主張して格差社会の根源となった役所でもありますが、悪く言われる派遣業も緩和されなかったら、相当の失業率が出ていたはずで、所詮政治もパフォーマンスゲームに過ぎないのだと思います。
>すなふきんさん
エントリの文脈で申し上げるなら、お示しの例については、
○官僚は関係者に受け入れられるような規制しかできない、
○市場の流れに無理やり逆らうようなことをやっても無力だ、
ということをサポートするものではないでしょうか。大店法にしても、どこであっても禁止ということはできなかったわけですし、その結果の今の多くの駅前商店街の惨状があるわけですし。
さらには、そうしたものの存在が高度経済成長の前後でどうなったかを考えれば、基本的には逓減してきたわけですから、なにゆえ現在の低迷の説明をできるか疑問だ、というのはご案内のとおりの論点です。政府のやることに一定の非効率が伴うのは不可避ですから、個別の例として政府の失敗があったことをしめしても、マクロ的な影響が、それも他国に抜きん出てあったことの説明にはならないでしょう。国際比較にせよ時系列比較にせよ、日本において官のコミットメントがかつては功を奏し、今では桎梏と化していることをきちんと論証したものを、少なくとも私は見たことがありませんし。
>e-takeuchiさん
中小企業政策の歴史は、農業政策の歴史に重なって見えるところが多いですよね。
>政治学者の卵さん
個人的主観を申し上げるなら間違いなく1でしょう。もろもろの案件で業界とネゴった経験からすれば、役所の言い分に唯々諾々と従うなんていうお人よしはいません(笑)。ま、そうでなければ市場競争を生き抜いてなどいけないのでしょうけれど。
結局のところ人はインセンティヴでしか動かせない、もっと下品に言えば飴と鞭が必要だよねということですが、飴(例えば補助金)にしても鞭(例えば行政処分)にしても、日本の政府が他国のそれに比してそうした手段を多く持っているかといえば、決してそうではなかったわけです。
にもかかわらず行政が優位であ(るように見え)ることの説明として、行政指導という鰯の頭(笑)が持ち出されたのだと思います。
なお、
>官僚側の発言に全く影響力がないのであれば,そもそも外部に漏れるような反対発言(口先介入?)をするのかという問題
ちょっと前に取り上げた上川本にもありましたが(あれは対日銀ですが)、裏で言うことを聞かせられるなら表で言う必要はまったくないわけで、表に出ることそのものが、影響力が限られることの証拠ではないかと思います。
>憑かれた大学隠棲さん
村上ファンドの例ですと、世論の圧力におされる弱き役所の現れであるように見えてしまいます(身びいきかもしれませんが)。
>ホンダと川鉄の事例を挙げるなら、官僚がダメといったのに経営者的にはうまくいくと思ってやって失敗した事例とかも必要かと。
平均的にみて企業経営者と同じ確率で当てるなら、まったく口を出す必要性はないわけです。有意に当てる確率が高くてはじめて介入が正当化されるでしょうけれど、そんなことはありませんよね、という話なのだと理解しています。
>鍋象さん
官僚の場合、仮に「責任をとった」としても、それが資源配分の効率性向上に何ら寄与しない点もまた問題でしょう。官僚が更迭されたからといって何が改善するというわけでなし、教訓として将来に活かしてもらったとしても、誤った教訓としてしまったり、あてはめが不適切だったり、といった問題は生じ得るわけですし。
>現在官僚系めちさん
現実には一切変わっていない、というのはどうなんでしょうか。言われているほど変わっていないとは思いますが、全く変わっていないというのも言いすぎなのかな、というのは私の半径5mの感想ですけれども。
大前研一さんが、経産省(通産省)が口を出すようになると、その産業は衰退するなんてことをよく言っていますが、これがお感じのようなある種の過大評価の典型だと思います。衰退してきたから役所への依存度が高まるのであって、因果関係が逆だろ、と昔からひそかにツッコんでいたのですが。
>bewaadさん
僕が言っているのは、責任とれではなく、責任とりようが無いんだから下手に口を挟まないで欲しいなんです。まあ、外部性などを悪用して自己に都合が良いときだけ口を挟むのを望む人も多いわけですが。
>鍋象さん
ミスリードでごめんなさい。責任をとったとしてもありがたくもなんともないので、責任が求められるようなことをすべきでないよね、という趣旨でした。責任をとらないのが問題というと、じゃあ責任をとらせればいいじゃないか、という議論にもつながるでしょうけれど、そういう問題じゃないのよ、と。
はじめまして。
官僚問題に関しては「日本人が官僚に支配されることを望んでいた」と言う事を抜きにしては語れないと思いますが。理想論から言えば、政策というのは民意を反映して、政治家が立案するものですよね。官僚は政治家が決めた政策に基づいて動くものだと思います。でも、日本では官僚が政策を作っているように思います。
なぜかと考えるに、国民も政治家も国の方向を決めたくないんで、官僚に丸投げしているような気がするんですよね。本来、やらなくてもいいような事を官僚は「やらされている」のではないかなあと思ってます。
官僚叩きは簡単です。そして、世論は官僚の権限と人数を減らす方向に向かっているのでしょうが、官僚が果たしてきた役割を誰が肩代わりするのかを、私含めて国民は考えるべきなんでしょうね。
話は飛びます。小泉首相と言えば経済財政諮問会議ですが、私はいい印象を抱いていないです。あの会議、誰の利害が反映されているのか見えてきません。族議員は選挙で選ぶことが出来ますが、経済財政諮問会議には民意は反映されないのではないかなと思います。そのあたり、マスコミはどう考えているのでしょう。
>bn2islanderさん
官僚支配を望んでいるといったことはよく言われますが、個人的には違う、がいいすぎならそれだけではないと思ってます。そのあたりを含め、今「中」を書いていますので、しばしお待ちください。
諮問会議は、官僚に代表される抵抗勢力の敵なので善なのです、メディア的には(笑)。抵抗勢力と「総力戦」を戦っている際に民主的正統性を言挙げするのは、「非国民」だということなのでしょう(笑)。
>責任のとりようの件
了解しました。
諮問会議vs官僚機構ですか。目糞鼻糞・・・
あ、bewaadさんは違うと思いますw
民といっても全く一枚岩ではないわけで、民というフィールドの中で色々な人が色々な活動しています。中には自らのために官の介入を強く望んでいる人達がいるのも事実ですよね。
まぁ諮問会議なんぞに「世直し」を求める風潮って
ひょっとしたらタイ人にメンタリティ近いかもね?
奥田サンなんて最早国王並のプレスティージあるでしょ。
>bn2islanderさん
ナイスなHNですけど、乗ったこと無いです(笑)。
DHC-6ツインオターならありますが(利尻→稚内)。
飛行機ヲタ限定コメントで失礼。
>鍋象さん
ええ、耳糞ですから(笑)。
介入を求める民がいるというのも、人の世であれば避けがたい話だと思います。なればこそ、介入しない制度・カルチャーが大切なんだろうと考えてます。
>通りすがりの旅人さん
介入を求める声に耳を貸さない彼の国の王様は、さすがに名君の誉れ高き御仁でございます。そういえばかんべえさんが、かつての自民党派閥全盛期の政権運営は、今のタイ政治に見出すことができる、なんてことを書いていらっしゃいました。
Pilatus Britten-Norman BN-2 Islanderのことだったのですね。ご指摘を受け(てぐぐ)るまでわからなかった私は非ヲタですのでご容赦を(笑)。