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2006-09-28

[government]経済財政諮問会議の密室は良い密室?

去る24日、政策分析ネットワークの第7回政策研究・教育カンファレンスが、「政策決定プロセス:経済財政諮問会議の意義と課題」との議題で開催されたとのことで、その模様をbranchさんが公開されています。諮問会議に対して好意的な見方をする者のみによる議論で、どこまで客観的に妥当な評価かは大いに疑問があるところですが、そのようなメンバーであったことの油断からか、不用意に諮問会議の実態を漏らしている(笑)ところも多々あるので、詳しく見ていきましょう。

(城山英明・東京大学教授)

政治学、行政学の観点から政策決定プロセスを研究しているが、経済財政諮問会議の意義は3つあると考えている。

第1に、首相主導、すなわちインナーキャビネットの活性化に資したことである。従来、閣議の議論は十分でなかった。あるいは、機能しなかったという実情がある。これは橋本行革の問題意識でもあったが、閣議機能の実質化が図られたといえる。民間議員の役割も重要だが、コアとなる閣僚を出席させたことに意義がある。また、議論を公開したことも大きい。このことにより、しっかりと議論できない大臣の居心地が悪くなり、淘汰されることとなった。(略)

(略)

第2に、民間議員が大きな役割を果たしたことである。研究者・経営者各2人の計4人が民間議員として参加したが、特に前者はスタッフがいないため、かなり負担が大きかったと思われる。彼らが「民間議員ペーパー」を作成することにより、アジェンダ設定の機能が大いに発揮された。初期の本間正明議員の発言から引用すると、民間議員の意義は「科学的検証」「国民の視線」であるということである。すなわち、専門的知見から政策を検証するとともに、国民の代弁者としても機能する、と。誰を代表しているのかという議論はあろうが、他によっては代表されない、あるいはされがたいinterestを代弁したというのである。(略)

第3に、政策サイクルの再構築の試みであったということである。この点はまだ安定的ではないが、年次予算編成の前段として方針が決定されることには、大きな意義がある。一定の全体像を議論できるようになった。しかし、個別の予算との関係の整理については途中段階である。「骨太」「展望」と、年次の予算との関係は試行錯誤のさなかである。また、「歳入・歳出一体改革」では、与党との関係が問題となった。これは、諮問会議としては中期の目標設定に特化し、短期の調整については与党に任せるという分業だったと見てよいかもしれない。いずれにせよ、レビューできるものを設定したことの意義は大きい。

政策分析ネットワーク 第7回政策研究・教育カンファレンス「政策決定プロセス:経済財政諮問会議の意義と課題」

城山先生の見方が妥当かどうかは、今後、他の出席者の発言と照らし合わせていきますが、とりあえず第1点について、諮問会議で「しっかりと議論できない大臣」の典型である前官房長官が今どうなっているかを考えれば、そうした政治家が「居心地が悪くなり、淘汰されることとなった」という評価は説得力がないでしょう(笑)。どこで見たかは失念してしまったのでソースが出せない話として受け止めていただきたいのですが、竹中前大臣らに比べて前官房長官の発言数がどうであるか、実際に数えられた方がいらっしゃって、回数が極めて少ない上に、その内容についても、あたかも事務方が用意した紙を読み上げているようだった、とのことだったような。

(林伴子・内閣府参事官)

諮問会議の事務局として一体改革、グローバル戦略等の作成過程を見てきた。事務局は基本的に表に出るべきでないが、今回、強いご要望により個人の資格ということで参加することとした。したがって、私が本日ここで述べることは、政府、内閣府、諮問会議等の見解ではないことをあらかじめ申し上げる。

先週金曜、最後の諮問会議が開催された。小泉政権において187回目である。この間、改革のエンジン、推進役としての役割を果たしてきた。海外においても、"reform vehicle"と紹介された。この諮問会議の意義について、私からは3点指摘しておきたい。

第1に、経済政策に係る政策決定の透明化が図られたことである。すなわち、会議直後に経済財政大臣が記者会見で結果を公表するとともに、3日後には議事要旨をウェブサイトで公表する。この議事要旨はほとんど議事録に近い、議論の内容がわかる詳細なものである。これほどまでに透明性の高い閣僚級の会議はこれまで、あるいは海外でも例のないものであろう。このことにより、閣僚や民間議員に対し、発言が国民や歴史の検証に耐えるものでなければならないというプレッシャーが与えられ、議論も高度化した。いわゆる成長率金利論争等、神学論争とも言われたが、これまで総理の前でこういった議論がなされたことはない。

第2に、総理主導の体制が確立されたことである。年に30〜40回、1回につき1〜2時間。長いときで2時間半も議論された。このように、かなりの頻度で実施され、しかも総理が議長として議論を聞き、指示するという会議は、霞が関の歴史では例のないことである。閣議が週2回あるが、これは次官会議で承認された案件を承認する場であり、各省で係長・補佐レベルからの調整を経たものに、花押を押すだけの場である。案件の数にもよるが、10〜20分程度で終わってしまう。また、各種関係閣僚会議もあるが、いずれもシナリオが事前に決まっており、発言も調整されたもので、決定も各省協議済のものである、ということが多い。シナリオもなく、総理自らが2時間も座る会議はこれまでなかった。中には役人の書いたものを読む議員もいたが、民間議員等からきびしいツッコミが入れられた。

第3に、小泉総理が人事権を発揮をしていたこととの相乗効果が見られたことである。すなわち、小泉総理は派閥推薦型閣僚は受けず、本来の任命権を発揮したわけであるが、閣僚にとっては勤務評定を受けるような場ともいえ、緊張を強いられた。役所の振付けどおりでは「言いなり」であるとして面罵され、しかもそれが国民に公表されるのである。総理の方針に沿って積極的にアイデアを出さなければ、自らの立場が保たない状況となった。したがって、特に臨時議員たる閣僚は、事務方の尻を叩いて改革の方向に新しいイニシアティブを打ち出そう、という姿勢にならざるを得なかった。

政策分析ネットワーク 第7回政策研究・教育カンファレンス「政策決定プロセス:経済財政諮問会議の意義と課題」

これまた後の発言による検証を行うことになりますが、「役人の書いたものを読む」「役所の振付けどおり」がすなわち悪であるというのは勘弁していただきたいもので。結論には従うとしても、その形成過程においては大いに異論を差し挟め、ということでこそ健全ではないかとwebmasterは思ってしまうわけですが、イエスマンを公言する者が重用される政権ではこうした意見は異端であるようです。大体、「役人の書いたものを読む」場合であっても、人を見て非難しないことだってあるわけですよねぇ。例えば前官房ch(ry

(山田厚史・朝日新聞編集委員)

経済関係の編集委員を務めている。金融財政を長く担当した立場からコメントしたい。

(略)

民間議員の存在が大きく、竹中大臣の参謀がペーパーを起案し、応援団となった。竹中大臣に対する好悪の情はあろうが、説明能力が高く、議論の場で仕切るのも得意であった。ロジカルに議論する場に耐えない人間は、出られなくなる。議事録を見れば、発言している者、していない者は一目瞭然である。イニシアティブを取れる者が勝ちであり、竹中大臣あたりが小難しいことをわーわー言って、最後に小泉総理が「そんなものかな」と言えば、それで諮問会議、いわば御前会議の決定となった。これは大きなチャレンジである。霞が関と永田町が混じるところで、こういう形で今後とも進むかどうかはわからないが、いずれにせよ、みんなの前で議論することになった意義は大きい。

政策分析ネットワーク 第7回政策研究・教育カンファレンス「政策決定プロセス:経済財政諮問会議の意義と課題」

さて、褒め殺しと申しますか、好意的な評価なのですが他のメンバーのはしごを外しまくる山田編集委員には要注目です。ここでも、民間議員がペーパーを書いて負担が大きかったという城山先生のご指摘は嘘だとの衝撃の告白(笑)。民間議員も結局は、竹中元大臣の振付けどおりに議論に参加して、多数派工作に組していただけだと。webmasterの実感からしても、城山先生よりも山田編集委員が実態を語られているのですが、これについては、次のような証言もあります。

月例経済報告など政府の景気判断の事務的な責任者だった。同時に竹中諮問会議の舞台回しの要の役割を担っていた。毎回、大阪大教授・本間正明ら4人の民間議員が連名で提出する「民間議員ペーパー」や、毎年、年央に閣議決定して経済財政運営と構造改革の指針とする「骨太の方針」を起草していたのは実は大田だったのだ。竹中と民間議員、それに内閣府官僚の3者の結節点に立ち、諮問会議の実質的な事務局長役を演じていたのである。

NIKKEI NET EYE「安倍晋三の経済「高成長派」布陣の賭け」(webmaster注:文中、「大田」とは大田弘子現経済財政政策担当大臣)

内閣府の振付けどおりに発言する民間議員が、閣僚に対してそれぞれの役所の振付けどおりだと揶揄するとは、内閣府の振付けだけがきれいな振付けで、それ以外は汚い振付けですか(笑)。

さらに山田編集委員におかれては、自らのはしごをも外していらっしゃいます。「イニシアティブを取れる者が勝ちであり、竹中大臣あたりが小難しいことをわーわー言って、最後に小泉総理が『そんなものかな』と言えば、それで諮問会議、いわば御前会議の決定とな」るなら、それは「ロジカルに議論する場」ではないでしょうに(笑)。事務方が頑張って理屈を詰めたにもかかわらず、適当に竹中元大臣にはぐらかされた上で、最後に小泉前総理に抵抗勢力認定されるなんて経験は、きれいな振付け役の内閣府以外のほとんどの役所が経験していると思いますが。

(伊藤元重・東大教授)

これまでの発言からは、おおむね、長期性・戦略性、透明性、総理の指導性、といった点について指摘がなされている。今後のプロセスはどうなるか。

(略)

透明性については、いろんな側面はあるが、非常に大きな意義があった。 10年前、20年前にどういう媒体で発信できたかというと、テレビ、新聞等であり、間接的で、メディアの選別の対象でもあった。これに対し、国民の視点で議論する、政策決定に近いところで議論する、というのが最近の傾向である。特に民間議員の役割が大きい。既得権益者、ロビイストが体育館の裏でカネと過去の経緯と貸し借りで動く時代ではない。誰が参加するのかという問題はあるが、あらゆるレベルで議論し、発信し、政策形成を行うことは有意義である。

先日、自民党の国土計画部会に呼ばれて話をしたが、土建屋・公共事業の総本山と思ったら感じが違っていて驚いた。与党の中の議論も変わりつつあるのではないだろうか、と感じた。

政策分析ネットワーク 第7回政策研究・教育カンファレンス「政策決定プロセス:経済財政諮問会議の意義と課題」

伊藤先生のご発言は、先生ご自身にそのような意図はなさそうですが、諮問会議が誇る透明性とは、実はメディアの変質により他の審議会等を含め等しく向上していることの反映にすぎないとも言えるでしょう。3日後という時期の速さは確かに諮問会議の売りでしょうけれど、いまどきオンラインで議事録・議事要旨を公開していない審議会等など見当たらないわけです。透明性を言うなら、いっそのこと記者等を立ち合わせてもらいたいと思う官僚も多いのではないでしょうか。議事要旨が公開されたとしても、その前に竹中元大臣の記者会見であれこれ印象操作されてしまっては、とりかえしがつかないですからねぇ・・・。

ちなみに伊藤先生は「自民党の国土計画部会に呼ばれて話をしたが、土建屋・公共事業の総本山と思ったら感じが違っていて驚いた。与党の中の議論も変わりつつあるのではないだろうか、と感じた」とのことですが、昔だって大学の先生を呼ぶような場合に声を荒げるような議員はいませんってば(笑)。といいますか、昔は「既得権益者、ロビイストが体育館の裏でカネと過去の経緯と貸し借りで動く時代」だったというのは、ご自身で裏も取っていらっしゃらないのでは? 最近の状況しか体験していないのに、「変わりつつある」とどうして言えるのでしょうか?

(林伴子・内閣府参事官)

(略)

また、民間議員次第ということもある。彼らがいい提案ができるかどうか。諮問会議は、負担がかなり大きい会議である。毎週会議があるだけでなく、ペーパー作成のために4人の民間議員で集まる必要もある。したがって、任命に当たっては、その分野の第一人者であることは当然だが、時間をかけてもらえるか、という点が重要である。総理に直接に進言できるという点は大きいが、負担も大きい。任命権者という立場から、誰を選ぶかも総理次第である。

政策分析ネットワーク 第7回政策研究・教育カンファレンス「政策決定プロセス:経済財政諮問会議の意義と課題」

はしごを外されたことに気付いてか気付かずしてか、相変わらず民間議員が自主的にアイデアを練っているというフィクションにしがみついてますが、それって何ていう透明性?

(伊藤元重・東大教授)

諮問会議が機能したことは、竹中・飯島体制という属人的なものに依存していた。外部環境の変化を見逃してはいけない。霞が関、永田町も変化している。これからも少数の委員だけで決定できるだろうか。これから先、「省庁に政策能力はあるのか」という点が問題となる。例えば、医療の関係で厚労省、農業政策で農水省、産業政策で経産省が、政策決定できるだろうか。かつてのように結核で大量に死者が出ているから健康保険制度を、といったようなことはできない。混沌とした時代である。政策決定が省庁や政治家だけではできない。プレイヤーが多い。

危惧しているのは、東大の学生を見ていてもそうなのだが、優秀な学生が霞が関に行かなくなっていることである。人材の配分が変わってきている。さはさりながら政策決定は行わなければならない。日本版NSC構想も、諮問会議とは性格は異なるが、同様の問題意識だろう。

政策分析ネットワーク 第7回政策研究・教育カンファレンス「政策決定プロセス:経済財政諮問会議の意義と課題」

本題からは外れますが、「東大の学生を見ていてもそうなのだが、優秀な学生が霞が関に行かなくなっている」というのは、大学側から見てもそうなんですねぇorz。大学の講義・ゼミ等で霞が関をこき下ろしまくっている教授がいるとは聞きますが、そういう人の存在は主な原因の1つであるはずで、そうした状況に危機感をお持ちだというなら、まずは学内で霞が関をフェアに評価していただければ・・・。

(参加者1)

本間議員の存在は大きかったと考える。私は関西大学で勤務しており、阪大とはすぐ近くにキャンパスがあるのだが、本間先生とは東京でしか会ったことがない。研究はどうしているのか気になるところである。総合科学技術会議では、京大の本庶佑先生が活躍されているが、彼は研究を捨てておらず、必死で京都と東京を往復している。関西の学者から見ると、こういった方の果たした役割がマスコミで伝えられていない。経済財政諮問会議の次は総合科学技術会議の変革ではないかと考えるが、それを担う人材は学者から出てくるのだろうか、役人から出てくるのだろうか。

(略)

(山田厚史・朝日新聞編集委員)

諮問会議において学者の果たした役割は大きい。これまでは、審議会にぞろっと並べられるだけのお飾りの存在だった。諮問会議においては、本間議員にしろ吉川議員にしろ、大きな役割を果たした。本間議員は特に竹中大臣と兄弟分であり、信頼関係に基づいて支援していた。それゆえに本人は前に出にくかったようだが、4人会議によってイニシアティブを取った。よく見ると、本間議員の果たした役割が大きかったのではないかと思う。役人の腹話術という形ではなく、直接に政策プロセスに参画することは有意義である。問題は、どういう学者を選ぶかということ。

(林伴子・内閣府参事官)

諮問会議は、民間議員に非常に些少ながら謝金を渡している。スタッフは、経済財政関係の局が3つあり、全体で150人程度であるが、諮問会議だけでなく、経済分析、見通し作成等の業務も行っている。このスタッフの力も使いながら、民間議員はペーパーを作成された。かつて、審議会で腹話術という指摘もあったが、諮問会議ではまったく逆であった。きびしくご指導いただき、たくさん宿題をもらい、説明し、「どうしてできないのか」と叱られた。民間議員の叱咤激励によって成り立っている。

政策分析ネットワーク 第7回政策研究・教育カンファレンス「政策決定プロセス:経済財政諮問会議の意義と課題」

各種審議会等においてご尽力いただいている先生方の名誉のためにはっきり申し上げておきたいのですが、「お飾り」「腹話術」というのは悪質な誹謗中傷です。「きびしくご指導いただき、たくさん宿題をもらい、説明し、『どうしてできないのか』と叱られ」るのは諮問会議に限った話ではなく、それぞれの専門的知見に基づいて議論をリードしていただいています‐諮問会議とは違って、「御用学者」の汚名を着せられることを覚悟で。自分たちだけが正義の味方であるとの印象を植え付けんがためのこのような卑怯なレッテル貼りには、強く抗議したいと思います。

#多くの審議会等にはマスメディアの関係者が入っているのですから、山田編集委員は実態を知らないわけでもないでしょうに。

で、山田編集委員のはしご外しですが、議事録の公開はおろか、存在すら公式には認められていない(例えば、内閣府のサイトには掲載されていません)「4人会議」(webmasterは、名称は「4人会」だと聞いていますが)という「密室」の存在に言及してしまいました。4人会とは、民間議員4人と経済財政政策担当大臣が諮問会議の前に集まる会合のことで、そこでは発言の順序や、反論があった場合の再反論の役割分担などのすり合わせが行われています。

先に山田編集委員が言及したように、諮問会議の議論が「イニシアティブを取れる者が勝ちであり、竹中大臣あたりが小難しいことをわーわー言って、最後に小泉総理が『そんなものかな』と言」うものであることも手伝って、このような形で事前に数的優位を確立することが議論の帰趨に多大なる影響を及ぼすことは自明です。一例を挙げれば、金利・成長率論争において、竹中前大臣ですら、与謝野前大臣と民間議員の連携を前に劣勢を強いられたわけです。他の大臣であればなおさらであるのは言うまでもありません。

まして、以前書いたように、民間議員ペーパーが各省庁に渡されてから諮問会議までの時間は、それほどはありません。ペーパーを出す側は数的優位に加え、反論があった際の再反論の準備にも十分時間を費やせるわけですが、受ける側はろくに準備の時間もないまま孤軍奮闘を強いられ、さらに事務方が用意したメモに目を通せば「役人の書いたものを読む」「役所の振付けどおり」と謗られるわけですから、透明性とは実際のところ、議論におけるフェアネスを確保する手段でもなんでもなく、人民裁判的に行われる吊るし上げの効果を高める装置として機能しているわけです。だからこそ、透明性そのものが大切だとの一貫性もなく、内閣府にとって都合の良い「密室」は、その存在すら隠蔽されているのです。

さらに、先に引用したNET EYEの記事を別途引くなら、次のような「舞台裏」もあります。

特に「民間議員ペーパー」は諮問会議を動かす出発点であり、急所だった。各省や族議員が反発するのを見越して、わざと厳しすぎる改革案を盛り込んで提出する。会議で担当閣僚が猛反対し、民間議員と対立すると、司会役の竹中が割って入り、両者の間を取るような線で取りまとめる。時には首相・小泉純一郎に竹中が事前に根回ししておき、小泉がここぞとタイミングを見はからって裁断を下す。

しばしば妥協して見せたり、骨抜きにされたふりをしながら、じわじわと改革を前進させる。経財相は経済学者の知見を生かして政策提言をする商売ではなく、現実の政治プロセスの駆け引きの渦中で高度な調整能力を要求されるポストだ――大田はそんな竹中諮問会議の舞台裏を知り尽くす。小泉が竹中に対してそうであったように、安倍の全面的なバックアップが大田が存分に腕をふるえるかどうかの最大のカギとなる。

NIKKEI NET EYE「安倍晋三の経済「高成長派」布陣の賭け」

webmasterが知る限り、小泉総理への竹中元大臣の事前根回しは「時には」ではなく「毎回」であり、「最後に小泉総理が『そんなものかな』と言」うことは、議論の流れに関係なくあらかじめセットされていたのですが、とまれ、そのような「舞台裏」もまた、透明性の埒外にあります。結局のところ、諮問会議の長所として誉めそやされる透明性とはあくまで氷山の一角に過ぎず、それを支える巨大な不透明さに目を向けるなら、そうした長所の認定は著しく公平さを欠く評価ということなのです。

もちろんwebmasterとていっぱしの社会人ですから、そうした「密室」「舞台裏」を公開しろとか、不透明さがあってはならないなどというつもりはありません。物事はそう奇麗事ばかりも言っていられないのが現実であり、そのような部分があってこそうまくいくのだと考えています。ただ、透明性が確保されているなどという虚像に基づき正当性を確保し、他方で自らの不透明さには目をつぶって各省庁は不透明だと断罪しているという事実は、それを抵抗勢力に対抗するためのうまい手法だとポジティヴに評価するのか、それとも汚いやり方だとネガティヴに評価するかはさておくとしても、広く知られてしかるべきだとwebmasterは考えるのです。

(城山英明・東京大学教授)

先ほど指摘があったように、経済については比較的課題がみえていた。(略)

財政については、ヨーロッパの例を見ても、一国の中で枠をはめることは難しい。国際的な枠組みの中で取組みを進める必要があるだろう。

政策分析ネットワーク 第7回政策研究・教育カンファレンス「政策決定プロセス:経済財政諮問会議の意義と課題」

諮問会議には関係のない話ですが、そういうお花畑を語る程度にしか専門外についてわかっていないのなら、「経済については比較的課題がみえていた」なんて安直なことをいわないように。ま、わかってないから気軽に言えるのでしょうが。

・・・と、ここまで暗い話が続いてきたわけですが、最後に(霞が関住人にとって)明るい話を。

(伊藤元重・東大教授)

大学の中から大学を改革するのは難しい。逆に、外部から来た人間が強引に改革するといい結果にならない。微妙なバランスのようなものがある。距離感が重要である。少子高齢化、経済活性化、農業、医療等課題は多いが、カネの出入りのありようだけでなく中身が問題である。これらを変えられるか、だ。諮問会議がおもしろいのは、関係大臣が出席し、役人がそれをバックアップするという形のため荒唐無稽な議論にならないということだった。今後、具体的な改革メカニズムをどうやって作るのかが課題であろう。

政策分析ネットワーク 第7回政策研究・教育カンファレンス「政策決定プロセス:経済財政諮問会議の意義と課題」(webmaster注:強調はwebmasterによります)

世の中まんざらでもない・・・わかってくれる人はゼロじゃなかったんだぁ・・・(泣)。

[government]総務省の中の人への嫌味? それとも都合の悪いことは忘れたの?

竹中氏「改革で命落とすことない」・総務省職員"激励"(日経)

「改革して左遷されることはあっても、命を落とすことはない」。竹中平蔵前総務相は27日午前、同省職員に退任のあいさつをし、 安倍政権の下で構造改革を一層進めるよう激励した。

※ 強調は引用者による。

…。('A`)

続・航海日誌(9/27付)

大昔のことまでは知りませんが、少なくとも最近の霞が関において「改革して左遷」なんてことは聞いたことはありません。他方で、「改革に抵抗したとして左遷」というのは、郵政民営化の際に当の総務省で起きたことなのですが・・・。

[law][government]やっぱり「早期」=「早い段階」と誤解していたのね。

先日、地方公共団体の財政再建制度の見直しについて、標記のような可能性を指摘していたのですが。

再生段階にまで至ると、住民生活に多大な影響が生じ、問題が深刻化するとともに、再生するまでに長期の取組が必要となることから、以下を踏まえ、より早い段階から財政の健全化を図っていくための早期是正スキームを導入すべきである。

「新しい地方財政再生制度に向けて(方向性の提示)」(2006/9/25、新しい地方財政再生制度研究会)

この程度のこともわかっていない人間が政策を立案してしまうなんて、不幸なことではありませんか。

本日のツッコミ(全16件) [ツッコミを入れる]
branch (2006-09-28 06:15)

 さっそくの言及ありがとうございます。bewaad氏の鋭いツッコミに改めて感嘆するとともに、ふんふんと聞き流していた自らの底の浅さを反省しています。(;´Д`)
 なお、弊日記にも書きましたが、当該議事要旨はテープ起こしでもなんでもなくて、その場で作成したメモを元に記憶を喚起しつつ補って作成したものなので、大意は取れていると思いますが、私の能力の限界により必ずしも各パネリスト等の発言の趣旨を正確に反映していない可能性があることにご留意ください。(と、一応予防線。)
 竹中発言については、まさにもう「…。('A`)」というほかありませんね。長野の前知事のように職員に塩をまかれてもおかしくなかったのでは(笑)。

BUNTEN (2006-09-28 07:33)

>「改革して左遷されることはあっても、命を落とすことはない」

リフレなき構造改革主義のおかげで職に続いて家庭を失いついでに命を落としかけていますが何か? orz
転落日記好評続行中。
http://air.ap.teacup.com/bunten/

e-takeuchi (2006-09-28 09:05)

諮問会議に関しては、自分が勤務している政府系金融機関に関する議論しか知らないのですが、結論が先にありきであったのは仕方ないとして、画期的だったのは関係者を呼んでの議論の一部始終をインターネットで中継したことでした。しかし、その後発表された議事要旨は、諮問会議側に都合の良いように改変されたものでした。たとえば、政府系金融機関に圧迫なんかされてないという全銀協会長の発言や、成長しない企業に公的支援は必要ないといった同友会会長の発言は、議事要旨に載ってません。しょせんは、出来レースって感じでした。

kkojima (2006-09-28 10:41)

財政再建制度の件、確かに先に御指摘のあったpromptの誤訳というか、早期是正措置という概念に対する誤解ではという懸念が大当たりだったというところですか。

再建団体になるということ自体が、多くの市町村において、まるで地獄にでも堕ちることのように恐怖されている(それは私のところのような田舎だけなのかな?)中にあって、あたかも、そうなる前に救う制度を用意するように聞こえる言葉は、非常に危険です。

しかも、この前段で語られている「再生段階にまで至ると」以降の部分の表現は、先の恐怖を裏打ちしようとしているし。何のための再建制度だと思っているんでしょうか。

koge (2006-09-28 12:48)

>しかも、この前段で語られている「再生段階にまで至ると」以降の部分の表現は、先の恐怖を裏打ちしようとしているし。何のための再建制度だと思っているんでしょうか
そりゃ、国のほうがこのまま財政赤字が続けばアルゼンチンみたいな貧乏国に転落という恐怖に染まってますからねぇ…

kkojima (2006-09-28 16:43)

考えてみれば、私のコメントも一貫してないなとか思ったので補足というか一部修正します。再建団体になったら大変だという危機感自体は、健全財政を指向させるという点で有効ですよね(あたりまえ)。
危険なのは、国が何とかしてくれるみたいな期待を醸成させ、財政健全化への努力をスポイルしかねないところ。特に、選挙とかで使われたら、とか考えました。

とおりすがり (2006-09-28 18:20)

財政再建団体と、破綻法制はぜんぜん違います。
地方団体は、たしかに、再建団体になったら大変だという危機感の一方で、さいごは国が何とかしてくれるみたいな期待があるのが、そもそもの問題ではないか、というのが話しの発端です。
住民税や手数料があがる(これは再建団体でもそうです。だがあまり住民税があがった自治体はないみたい)のは当然ですが、破綻法制の目玉は、債権のカットです。カットされては銀行等はかないませんから、事前とか普段の財務調査が行われる、これで、自治体の財政はムダ遣いがなくなるのです。現在の再建団体では、債務カットしませんから、銀行も、最後は国に泣きつけばいいやんけ、として財務調査しないおそれがあるのです。
たしかに、破綻する前に「早期に」国が面倒見てくれるとか思ってしまいますが、そのためのミスリードの匂いがぷんぷんしますね。

kkojima (2006-09-28 18:53)

>地方団体は、たしかに、再建団体になったら大変だという危機感の一方で、さいごは国が何とかしてくれるみたいな期待があるのが、そもそもの問題ではないか、というのが話しの発端です。

なるほど、そうだったんですか。その話と、Bewaadさんが「早期」じゃなく「即時」だというのは、見事に噛み合っているような。勉強になりました。ありがとうございます。

bewaad (2006-09-29 06:39)

>branchさん
私が聞いていたら、冷静ではいられずメモ起こしもできなかったでしょうから、そこは妙なる分業ということで(笑)。内容の正確性については、応接録の作成で鍛えられているでしょうから、心配などまったくしておりません(笑)。

竹中大臣発言は、更迭のおかげで次官ポストのローテーションが破れて得をした旧自治は、おもわずニヤリとしていたりして(笑)。

bewaad (2006-09-29 06:41)

>BUNTENさん
稲葉先生による「ブログ解読」でのお取り上げもあり、厚生労働省の中にも見ている人はいると思いますので、多少なりとも制度運用に改善があるといいですね。といっても昨今の流れでは、霞が関から地方公共団体に指導をするにも限度がありますが。

bewaad (2006-09-29 06:43)

>e-takeuchiさん
そうした話は存じませんでしたが、いかにもありそうなことですね。まして会議後の記者ブリーフでの説明振りにいたっては、言うもさらなり・・・。

bewaad (2006-09-29 06:53)

>kkojimaさん
基本的に今の地方分権の流れはより多くの権限を地方に、さらに税源も地方に、という形で動いているわけですが、それと今回のスキームのような行政主導の介入は、明らかに矛盾するわけです。地方公共団体の破綻法制といえば、通常はアメリカのものが想起されるわけですけれども、彼の地では(州政府はさておき、日本で言う市町村については)権限もそれほどないけれども、その権限の行使に必要な財源はそれぞれで基本的に確保され(逆に言うなら、それぞれできちんと確保できる財源で賄える程度の権限しか付与されていない)、にもかかわらずミスったら司法主導で破綻処理、という流れになります。

他方で日本では、地方レヴェルでそれなりの政策判断を可能とするまで権限を移譲し、かといってそれを賄う財源は(特に地方では)確保できないので交付税等の再分配制度をつくり、加えて中央が介入できる制度をつくろうという変なキマイラになってしまっています。例えばそれだけの権限を与えるなら、それに対する地域での民主的正統性の取扱いにはもっと慎重を要するのでしょうけれど、たかだか財政赤字でダメ認定とは不用意だなぁと思います。

bewaad (2006-09-29 06:56)

>kogeさん
そもそもドメのソヴリンがデフォルトするというのが妄想ですが、外貨であってもデフォルト後にアルゼンチンがどうなったかを見れば、実は日本人が思っているほど悪くなりっぱなしでないなんてことは、誰も指摘しないですよね。ロシアなんかを見ても、デフォルト何するものぞ、という気が致します(笑)。

bewaad (2006-09-29 07:02)

>とおりすがりさん
若干面倒なのは、企業体であれば債務超過≒債務免除(債権カット)としてしまってもほとんどの場合は問題ない一方で、常態として債務超過であり得る行政について、債務の償還不能性をどう判断するか、ということだと思います。

税なり手数料なりの操作可能性によっては、それほど深刻でない債務超過でも債務免除が必要でしょうし、かなりの増税等の余力があれば話は違うでしょうし。あんまり突っ込んで議論した形跡はないのですが、具体的な認定をどうするかとか、どのような措置を講ずるかの判断をどうするかとか、措置発動後の「政権交代」をどう繁栄するかとか、詳細を詰めていくのは難しいでしょうねぇ、と思ってます。

現在の案ですらそうなのですから、まして債務免除をも含むスキームであれば、なおさら困難でしょう。

とおりすがり (2006-09-30 15:30)

>やっぱり「早期」=「早い段階」と誤解していたのね。
>この程度のこともわかっていない人間が政策を立案してしまうな>んて、不幸なことではありませんか。

このコメントの趣旨がいかなるものなのかよくわかりませんが、
仮に金融機関に関する早期是正措置について、ご指摘のような
誤解があったとして、その誤解が、自治体に関する「早期是正
措置」の当・不当にどのような関係があるのでしょうか?

Bewaadさんの記事は政策の内容に深く突っ込んだ非常に興味深いものばかりと思い、いつも拝見させて頂いているのですが、
このようなコメントはあまり生産的でない気がしました。
一読者としては、そのような誤解に基づく自治体版・早期是正
措置の仕組みのなにが問題だと思っておられるのか知りたいなぁと思います。

もちろん、本件に関する事務方の不勉強については、ご指摘のとおりなのかもしれませんし、私もそうではないかと想像してますが。

bewaad (2006-10-02 08:16)

>とおりすがりさん
具体的なスキームの姿が見えていないので、中間報告を見る限りにおいては、という留保を付してのことではありますが、26日のエントリで書いたようにおかしなところがあるわけではありません。ただし、今後の具体化に当たって、「即応」性でなく「早い段階」性を制度の本質に見出しているのであれば、何らかの総合勘案的要素の導入が懸念されます。

そもそも民間企業であれば債務超過という回避すべき事態の定義が明確なので、そこからの逆算で客観的健全性を組み立てていくことができますが、地方公共団体であるならそのような回避すべき事態の明確な定義は不可能なので、金融機関の自己資本比率のような精緻な指標化が相当困難です。まして中間報告にあるように指標の簡易さを旨とするなら、それで拾いきれないものを総合勘案して、という方向があり得るので、そうなればかなりの裁量性が出てしまうでしょう。

ちなみに、用語法の違いに直接関係するわけではありませんが、自己資本比率の算定式は交付税交付金体系における基礎財政需要の算定式ばりに複雑ですが、簡素を旨とすると、それこそ面積・人口当たり収入と支出、といった単純な指標で判断するのでは、ということも心配です(既述のものとは逆側に振れるのでは、ということです)。指標が定められてしまえば、相手はそれを見て行動を変化させますから、安直な指標はいろいろなゆがみにつながりますので。


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