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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)

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2006-12-13

[WWW][politics]ネット上での政治運動手段としてのblogとメイル

最近の天下り議論の関連で。

すごい素朴な事を書くんだけど、同じ意見を見かけなかったので。

なんでブログじゃないといけないんだろうか? 天下りの是非の議論は詳しい人たちが議論するだろうから任せるとして、「世論」を感じさせたいのならブログで書くよりも自民党のサイトにメール送ろう!と書いたほうがいいのではないか? いまや新聞やテレビのニュースで「○○には抗議の電話やメールが殺到し…」といわれるぐらい、メールは充分政治力を持った道具になっている。

ブログというのは、相手に見に来てもらわないといけない訳で、ブログを見る様な習慣がない相手に対しては効果がない。IT企業など、ネット親和層を意識するような業種はともかく、そうでないところ、この場合は自民党という政党だが、現時点ではブログよりもメールの方が効果は大きいだろう。

「「天下りあっ旋全廃に反対したらもう自民党には票を投じない」バトンってなんでメールじゃダメなんだろう」(@ARTIFACT─人工事実─12/12付)

最初にこのバトンを取り上げた際に、仮にバトンが日本中に広まったとしても「さすがの自民党も無視できない」なんてこともないでしょうと書いたwebmasterとしては、blogの政治的効果に対する懐疑的姿勢にはそのとおりだと思うのですが、他方でメイルってそんなに効果がありますかねぇ、とも思います。確かに報道で言及されるようにはなっていますが、では上記で併せて言及されている「抗議の電話」の効果はいかほどでしょうか?

#以下、与党議員への働きかけを念頭に論じます。

政治家のインセンティヴを考えれば、究極的には選挙の当落に収斂するでしょう。これをやれば選挙に受かる、あるいはしなければ選挙に落ちる、という認識をどれだけ持たせられるか、というのが政治運動の手段の効力においては何よりも重要です。blogはその力に欠けるからこそ、手段としては大したものではなかろうと考えられます。

単にそれを目にする人の数、というのであれば、blogはマスメディアには全く太刀打ちできません。そうした受動的な対応ではなく能動的な対応がblogの強みだとしても、コメントないしtrackbackという能動的かかわりの数はPVに比べれば微々たるものでしかなく、それらがすべて投票行動に反映されたとしても高が知れているわけです。見に来てくれるかどうかよりも、この点が大きいのだとwebmasterは思います。

では、メイルならばどうでしょうか。メイルを送信するという能動的行為があるわけですから、その点はblogよりも効果的だろう、というのがとりあえずの判断ではあります。しかしながら、手間隙を考えるならば、pre-Web 1.0な手段、つまりは抗議の電話や手紙、署名といったものよりも遥かに手軽でしょう(テンプレをコピペして一括送信が可能ですから)。同じ数であれば、この観点からは、そうした昔ながらの手法の方が、背後に票がぶら下がっていると思わせる効果があるはずです。

逆に、電話や手紙、署名といった手段に対するメイルの優位性を探すならば、それらよりも送り手が野党っぽくはなさそう、といったところでしょうか。どうしても伝統的な手段では、どうせプロ市民だろう、といったような印象を抱かせがちな傾向があるのは否めません。そうした手段を通じた働きかけに応じようが応じまいが、どうせ野党に票を投じるのであれば、応じようというインセンティヴが働くはずもないわけです。応じたからといって票が獲得できたり、応じなかったからといって票が失われるわけではありません。この点において、そうした色がないのはメイルが有利な部分だとはいえるでしょう。

しかし、そうした路線であれば、メイルよりも遥かに新規集票が期待できる手法があります。以前PSE法問題に関連して、webmasterは次のようなことを書きました。

キョージュらの署名運動やメディア(案外朝日が最近熱心に取り上げているようで)との連携により世間的な関心を高めるべきです。国会議員は常に票につながる活躍の場を求めているわけで(行き過ぎると最近話題の永田議員になってしまいますが(笑))、人目を引けば引くほど議員の食いつきもよくなります。署名を集めたってほとんど意味はありませんが、彼らの活動を通じてメディアの露出を高めることには大いに期待が持てます。

電気用品安全法反対運動の1つのあり方(マニュアル編)(2/21付)

つまりは、無党派の動員可能性でいうなら、有名人+マスメディアの組み合わせに勝るものはありません。ネット上の運動が現実の政治の動きとリンクした例として、昨年の人権擁護法案反対運動や今年のPSE法反対運動がありましたが、いずれもオフの世界の出来事が政治を動かしたのであって、オンの世界の出来事がなかったとしても、おそらくは同じ結果になっていたと思われます。何より、各政党が選挙の際にマスメディアの露出をいかに高めるかに頭を悩ませ、有名人の擁立をさまざまな形で試みるというのが、わかりやすい証拠だといえるでしょう。票につながらないなら、そのようなことをするはずもないのです。

#そのほか、確固たる集票力が期待できる存在を動かす(だからこそ公明党は自民党に議席数以上の影響力を有しているわけで)、というやり方も有効ですが。

蛇足ながら。

bewaad institute@kasumigaseki(2006-12-10)
天下り関連はここでの議論が面白かった。行政による民間企業の斡旋と公務員の民間企業の転職を同じに扱ってしまうと問題が見えにくくなるんだなあ。

「「天下りあっ旋全廃に反対したらもう自民党には票を投じない」バトンってなんでメールじゃダメなんだろう」(@ARTIFACT─人工事実─12/12付)

お褒めいただいたにもかかわらず恐縮ですが、天下り斡旋と一般の転職を同じに扱った議論は、webmasterもさることながら、コメント欄でもなされておりません。天下り斡旋と類似のものとして民間の慣行で認識されているのは、子会社・系列会社への片道出向だとwebmasterは考えております。

[government]郡司篤晃先生の講演録

昨日のエントリを受け、bn2islanderさんからご教示いただいたものです。

少しでも多くの医療関係者、そして霞が関関係者の目に留まることを祈りつつ。

[economy][BOJ]フリードマンによる日銀金融政策の評価

hicksianさんによるご紹介です。もともとは、1997年のWSJ掲載論説です。

当サイトを訪問されるような方々であれば、どういった内容であるかはうすうすお察しいただけるかと存じますが、予想を裏切る(けれど期待は裏切らない(笑))タコ殴りです。これをご覧いただいた後で、フリードマン逝去に当たっての福井総裁コメントはかつて取り上げましたが、それを読むとなんとも不肖の弟子だなぁといいますか、そのエントリで書いたwebmasterの次の予想は大当たりだったなぁと(笑)。

お礼を言われたところで、「君らは破門だ。もう私とは無関係ということで」とでも草葉の陰から返されてしまうんじゃないでしょうかねぇ(笑)。

#「お礼」とは、「私自身も非常に尊敬していたし、(顧問として)特別の指導を頂いた。改めてお礼を申し上げないといけない」というフリードマン逝去に当たっての福井総裁コメントを受けています。

[misc]逆説の逆説たるゆえん

言語センスが劣悪なwebmasterの考えることがどこまで的を射ているかは極めて疑問ではありますが、ソースの本をまったく読まずに。

逆説論理学」で例示されていた逆説入りの標語のいくつかが、カネゴンが目をどんなに凝らしてみても逆説に見えず、焦る。

  • 「この土手に 登るべからず 警視庁」と書かれた禁札
  • 「手を洗う 心ひとつで 減る赤痢」(食堂に貼られていた標語)

(無題)(@あけてくれ - おれカネゴンの「算数できんのやっぱり気にしすぎとや」日記12/12付)

禁札は、おそらくはそれが土手の上に掲げられていて、下からではそれが読めず登ってようやく読める、ということではないかと。

標語は、実際に手を洗うという行動が赤痢を減らすのであって「心ひとつ」では減らねぇよ、ということではないかと。

本日のツッコミ(全8件) [ツッコミを入れる]
tockri (2006-12-13 13:39)

赤痢は食物を通じた経口感染が多いらしいので、食堂にまで赤痢菌が来てしまったとしたらもう手遅れで手を洗うとか意味ないでしょ(そういうことはもっと手洗い場とか玄関とか外の方に書かなきゃ)っていう説に一票。

bn2islander (2006-12-13 23:37)

直接関係ありませんが、安倍英元被告を無罪にした薬害エイズ裁判は、日本の医療関係者から評価されてもいいと思うのですが、そのような声はあまり聞かれませんね。

暇人 (2006-12-14 02:40)

>少しでも多くの医療関係者、そして霞が関関係者の目に留まることを祈りつつ。

最後の方の文章は、少し文言を入れ替えれば(エイズ→デフレetc)、日銀が自らの80年代以降の金融政策を擁護するのにそのまま使えそうですね。

bewaad (2006-12-14 06:55)

>tockriさん
確かに張り紙(?)の位置によっては、わざわざテーブルについてから席を立って手を洗いに行くことは考え難いわけですから、おっしゃるとおりのように思います。ポイントは標語の位置がどこかなのでしょうね。

bewaad (2006-12-14 06:57)

>bn2islanderさん
へたに弁護したり評価したりしようものなら、自分まで悪者のレッテルが貼られてしまうから、という理由であるとすれば、大人が子どものいじめをあれこれいうなら、まずは自分たちからどうにかせい、ということになってしまいますねぇ・・・。

bewaad (2006-12-14 06:59)

>暇人さん
エイズと違ってデフレは、宮尾先生や岩田(規)先生の批判に反論してあえて選び取ったようなものですから・・・。

t (2006-12-14 15:35)

郡司氏の講演録大変勉強になったのですが、少し気になることが

この中の郡司さんの見解は、当時エイズに関してはわからないことも多かったが、世界的に濃縮製剤の使用には問題ないというのが常識であり、血友病患者は濃縮製剤による自己注射によって初めて普通の人と同様な生活が保障されたといった感じであるように思うのですが、血友病の症状には個人差があり、もともとの凝固因子の量による重い軽い意外にも、同じ人のその時の症状にも差はあるわけなので、相対的に軽い人はそもそも自己注射によって始めて普通の生活が保障されたかどうかわかりませんし、それよりは重い人の中でも、リスクとまではいかないまでもその薬に何らかの不安要因があるというようなことがある程度強く意識されていれば、その人の判断に基づいてその時々の対応をするということがあったと思うのですが、少なくとも私自身の周りでは実際には自己注射が行われる同時期には予防注射という言葉もあり、むしろ積極的に薬剤投与を薦めるような雰囲気だったと記憶しています。

ですから感染被害者の中には命にかかわる出血で一命をとりとめたが感染してしまった人もいれば、明日遠足だから一応注射をして感染したと言うような人もいる可能性があるわけで、少なくとも後者のような人をもう少し減らすことはできたんじゃないかと

講演録を拝見する限り郡司氏はご自身の仕事を全うなさったように思えるし、安部氏の評価もよくわかりませんが、少なくとも現状の薬害エイズの被害すべてが不可避のものでそもそも薬害とはいえないとまでいえるのかどうか、また従来の薬害エイズのストーリーが被害者の感情のバイアスなどが強くかかったものなのは事実でしょうが、現在の専門家の見解の一致というのが直ちに事実と言えるものなのか、少々疑問です。現状はまだ真相究明の途中といった感じではないでしょうか。

私自身は被害者ではありますが積極的に運動にかかわったわけではなく、むしろ避けていたといえるような人間なので、事件や裁判についてそれほど詳しいわけではなく、講演録を自分の記憶(しかも子供でした)に照らし合わせた印象論でしかないのですが一応

bewaad (2006-12-15 07:57)

>tさん
私は、当時は(って今もですが)マスメディアを通して以上の情報を集めていたわけでなく、内実がどうかということにコメントする立場でもありませんが、郡司先生のご発言を見る限りにおいて、そこはある種の「賭け」であったのかな、という気はします。

もちろん後から見れば失敗もあるでしょうし、前回の教訓を活かせば、似たような事例でもっとよい判断ができる可能性を高めることはできるでしょうから、その意味で改善の余地はいくらでもあるでしょう。ただし、当時のあの立場で何がなし得たか、ということについては、おおむね一致を見たということなのかな、という気がします。

それを踏まえて、今後に何を教訓として残すべきかは、同様の事例において惨劇を繰り返さないためにどうすればいいのかは、まだまだいろいろ議論があるのだろう、というように理解しています。


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