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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)
2006-12-24
■ [government]ホワイトカラーエグゼンプションと公務員給与の実態
はてなブックマークで見つけたのですが、
厚生労働省の課長以上には、管理職手当という手当が支給される代わりに残業代が一切支給されない(公務員は労働基準法適用除外、ということで一応合法らしい)。ということで、「絶対に『わかった』とは言わない」どころか、すでにやっているわけですな。
この人はホワイトカラーエグゼンプションについては理解しているようだが、官僚制度の知識はウトイようだ。
「ホワイトカラーエグゼンプション」(@はてな匿名ダイアリー12/23付)
若干の事実誤認が含まれているようですので、いくつか訂正を。
国家公務員の課長職は、職級でいうと9級以上の上級幹部職員。国家公務員の職級順位は係員(1-2級)<係長(3-4級)<課長補佐(5-6級)<室長(7-8級)<課長(9-10級)という順位となっており、人数的には官僚ピラミッドの上から0.8%ぐらいまでが課長級以上。
霞ヶ関の本省には国家公務員が約17万人いるが、9級の課長は全省庁で1400人、10級の課長は66人しかいない。地方公務員でたとえると局長など、知事が出席する会議に出るような立場が国家公務員の課長だ。民間企業なら営業部長や工場長や支社長クラス。
国家公務員幹部に超過勤務が支払われていないのは事実だ。しかし、政府が提案しているホワイトカラー・エグゼンプションは、国家公務員の課長クラスを対象としているのではなく、国家公務員でいえば3級の係長とか棒級の高い2級のベテランの係員の残業までサービス残業を合法化してしまえという提案だ。
「ホワイトカラーエグゼンプション」(@はてな匿名ダイアリー12/23付)
行政職俸給表(一)の適用を受ける者で超過勤務手当の対象外なのは、課長級以上ではなく室長級以上です。引用文中の人事院資料によれば、7級が3,240人、8級が1,951人ですから、残業代が支払われない者の全職員に占める比率で言えば、約4%ということになります。
#この上に指定職(局次長級以上)がいますが、比率を考える場合には人数的に言えば無視してよいでしょう。
だから国家公務員の9級の課長以上が超過勤務手当てが無いことをもって、政府が提案しているホワイトカラーエグゼンプションを国家公務員が「すでにやっている」とはいえない。
もし国家公務員の9級の課長以上が超過勤務手当てが無いことを基準とするなら、ホワイトカラーエグゼンプションは年収2000万円以上の役職者だけに限定すべきということになり、それは現在政府が提案している内容とはまるで異なる。
国家公務員の課長をホワイトカラーエグゼンプション適用の基準とするならなおさら、政府提案のホワイトカラーエグゼンプションはひどすぎると考えるべきだろう。
「ホワイトカラーエグゼンプション」(@はてな匿名ダイアリー12/23付)
これまた人事院資料によれば、モデル給与で見て年収が2,000万円を超えるのは事務次官のみということになります。モデル給与には室長級の例示がありませんが、室長級になったばかりであれば、だいたい年収800〜900万円ぐらいでしょうから、部長や課長など「管理職の平均的な年収水準」
、具体的には現時点では、年収800万前後の管理職、または管理職手前の正社員のみが対象となる見込み
(ホワイトカラーエグゼンプション‐Wikipedia)という現在の案は、ほぼ国家公務員の実態と重なっていると考えられます。
違いがあるとすれば、「管理職手前の正社員」が対象になっていない点で、現実問題として、課長補佐級から室長級に昇進する際には、給与が下がる人が大半です。つまりは超過勤務手当>昇給+管理職手当、ということですが、肩書きに無関係に年収で超過勤務手当の支給の有無を決めるようになれば、全く同様のものになるといえるでしょう。
■ [economy]ワーキングプア問題への対処法
これまたはてなブックマーク経由ですが、NHKスペシャル「ワーキングプアII 努力すれば抜け出せますか」の感想が注目を集めているようです。コメントを見ても、賛同する向きが多いようですが、このページで示されている対処法というのは、なんだかなぁ、と。
解決の基準は、岩田が示した。
すなわち、貧困のラインをきめ、人生を犠牲にせずに生活できるように最低賃金や母子家庭への支援額などを定めることである(現状の額はそのようになっていない)。竹中平蔵が言っていたが、格差がいくら広がろうともそれ自体は問題ではない。生活できない、あるいは人生を犠牲にするほど働きづめの人間が生まれ貧困が再生産されてしまうほどの貧困が広がっていくことが問題なのだ。前回の感想のところでもあげた、ロールズの言葉を再度引用しておこう。「不平等は、社会の他の構成員の不利益を招かない限りにおいて、是認される」。逆にいえば、不利益を招けば=貧困を生めば是認されない。
そのための政策は、八代が示した。
すなわち、最低生活を保障し、所得の再分配機能を強めることである。
八代の言うように、それこそが健全な市場がワークする土台にもなる。
そして、その原資については、内橋が示した。
「大企業ばかりが利益を独占するしくみを変えない限り報われない」と内橋は述べた。所得再分配の原資を、市場空前の利益をあげる大企業に応分の拠出を求めるということになる。
「国際競争力が落ちるではないか」と反論があるだろう。内橋はこれについて、次のように言っている。「日本の労働力を安くするといって、外国人のチープワーカーを使う。これでは正当な国際競争力にはならない」。社会的な責任を果たさない国際競争力とは、真の国際競争力ではないというわけだ。じっさい、税負担だけの比較でみると日本の企業は先進国のなかでどっこいどっこいなのだが、社会保障負担分をくわえると、非常に低い負担しかしていないことがわかる。
NHKスペシャル「ワーキングプアII 努力すれば抜け出せますか」の感想(webmaster注:強調は、原文では赤字です)
所得再分配をある程度強化することに異議があるわけではありませんが、それでよろずめでたしとはいかないはずです。所得再分配の財源を確保しないことには再分配をしたくてもできないわけですし‐大企業に応分の拠出を求めるといって、じゃあ不況になったら支出を打ち切ってもいいのですか?‐、受け取る側のスティグマの問題もあるわけですから。
引用文中でいえば、真の国際競争力というのも勘弁願いたいコンセプトです。外国人のチープワーカーを使うことの何が問題かといえば、少なくとも製造業に関して言えば、本来海外で作ったほうが効率的な製品を、モノ作り幻想に囚われていつまでも国内で作ろうとしていることにあります。不動産も労働単価も高いのが日本という国の特徴なのですから、広大な土地の上での人海戦術が効果的な産業は、どんどん海外でやってもらうべきなのです‐偽悪的に言うなら、その成果を配当等で搾取すればいいのです。
逆に言えば、日本に残る産業とは、
- 比較優位であるもの
- 知的財産や海外への投融資を活用する産業、など
- 輸入できないもの
- 人手が必要なサービス産業、など
ということになります。前者は何もしなくても儲かっていくでしょうから、後者をどうするかというのが大きな問題でしょう。非製造業は製造業に比べ非効率だ、構造改革しなければというのでは、人手を大幅に減らすことを可能とする新技術の開発がない限り、結局は労働単価を引き下げることに他なりません。
先の所得再分配政策の限界をもあわせ考えるなら、何らかの公的支援をその手のサービス産業に対して行い、スティグマなしで賃金という形で成果を受け取ることができる雇用の場を創出すること、というのが一案でしょう。そもそも(直接)再分配を受けなければならない者を減らしてしまえ、ということなのですが、例としては、介護報酬の引上げ等を通じた介護従事者の拡大が挙げられます。
もうひとつの限界、すなわち財源の問題については、当サイトのいつもの主張ということになります。つまり、経済成長。
八代は「さらに改革をすすめれば解決する」「何より景気回復が第一」「最大の原因は長期経済停滞。もっと高い成長で雇用機会を増やす」などととんちんかんな発言。「いざなぎ景気」をこえるといわれる「実感なき好景気」が続いているのに、何を見ているのか。
すでに前にものべたように、大企業は大量の非正規雇用の活用(キヤノンや松下の偽装請負活用を見よ)と成果主義賃金による正社員締め上げで、これまで労働側に引き渡す富を吸血しながら成長している。そして、法人税などのくり返しの減税によって再分配機能がマヒしつつある。どんなに好景気が続いても国民全体に実感が乏しいのはそのせいである。これを続けていっても「解決」はしない。むしろ、ワーキングプアのような存在を前提として成長があるのだ。
「企業成長とともに労働の果実が大きくなる」という神話は右のグラフをみれば、すっかり説得力を失っているのがわかるだろう。
NHKスペシャル「ワーキングプアII 努力すれば抜け出せますか」の感想(webmaster注:強調は、原文では赤字です)
いざなぎ越えでも今の程度なのだから、といっても長さだけですから、経済成長の度合いで見ればいざなぎはおろかバブル景気や平成景気にも劣るとは当サイトでも指摘していますし、マスメディアでも(最近になってようやく)指摘されてきているところです。加えて雇用の観点からは質としてもあまりよくなく、あくまで輸出主導なのですが、既述のとおり輸出産業は日本ではコスト高になる労働集約産業ではなく、したがって家計への波及も小さいものにならざるを得ません。同じ経済成長であっても、内需主導ならばもう少し家計に波及したと考えられるのですが・・・。
非正規雇用などにしても、労働条件がどういうものになるのかは、企業の善悪ではなく売り手市場か買い手市場かで決まる話で(まさか、バブル期には企業経営者はみな聖人君子だったわけでもないでしょう)、最近になってようやく買い手市場から脱する兆しが見えてきた、という程度にとどまっていることが問題の本質であるわけです。企業経営者が先行きについて強気で、将来は人手不足になるおそれがあると思えば、先回りして正社員雇用で縛り付けておかないと、と勝手に改善していくだけのこと(逆にこれまでは、将来の人手が余るおそれに備え、すぐ馘にできるようにという流れで非正規化が進んできたわけです)。
#この辺りは、同じ作者さんによる前回のまとめページについての当サイトでの言及とほとんど同じになってしまうわけですが。
八代先生の発言は、その意味ではまったくもっておっしゃるとおりだとwebmasterは考えます。ただひとつ、「さらに改革をすすめれば解決する」という部分を除けば、ですが。所得再分配についても、以上のようにマクロが改善した後においてなお必要な部分について充実させるということであれば、そもそも所得再分配を必要とする対象が少ない上に、税収もたっぷり上がっていることでしょうから、財源について心配する必要はなくなっていることでしょう。
この方は日本の産業施策に相当詳しい人なのかもしれない。都道府県レベルの産業振興セクションの人か、はたまた金融機関の診断士資格アリの営業職かそれともフリーで中小企業向けのコンサルティングをしている人なのか。いずれにせよ私もこの通行人氏の意見に同意である。
ホワイトカラーエグゼンプションの本質は、「労働対価(給料)を測る尺度(物差し)を【時間】から、【成果】に切り換えましょう。」ということだ。だから、残業代を支払わないのではなく、残業という概念自体が存在しないのだ。尺度が変わるとは、例えば、「時間いくら」..
以下は■[TVから遠く離れて]ゾッとする「良心的」ジャーナリズムの善意(「世に倦む日々」より)id:HALTAN:20071217:p5 等でいつも書いていることの焼き直しなのですが。我ながら「暇」とはいえエントリ増やし過ぎやね。 はてブでこのエントリが注目を集めているようです
民間企業も大企業なんかだと、管理職(課長職以上)は年俸制で残業代も休日手当も未支給なんてところがザラにありますよね。別に労働基準法違反でもなかったはず。日本版ホワイトカラーエグゼンプションは管理職以外にも広げるための制度ではなかったのかなと思います。
そもそもの発端はN○Cが厚生労働省に殴りこみに行ったとか、行かないとか聞いたのですが、真偽のほどはいかほどでしょうか。
超勤手当がでないのは給与法で特別調整額(管理職手当)受給者(本章補佐を除く)とされておりもちっといますです。本省室長クラス、地方課長クラス以上で職務の級(年収)とは直接リンクしていません。これは勤務の自己管理性などが理由で、原稿労基法の世界と基本構造は同じです。
特別調整額も、現在は俸給に職種ごとの率をかけていますが、
来年度からは職種と級に応じた定額となるので人によっては
増になったり減になったり(減の場合は経過措置あり)
うちは、給実乙で個別承認もらってるので人事院規則には載ってない人も支給対象です。
特別調整額が出ても人事院規則上の「管理職員」とは必ずしも一致しないので組合には加入できますし、「同じ時間働かされてるのに超勤付くヤツの方が手取りは多い」とぼやいてる方も組合にはいます。
超勤手当関連だと、手当てが付く課と付かない課の差が大きいですよね。付く課(?)で、(他の事例と比較しても)悲惨な法改正に当たった方(担当補佐)が、当時を振り返って、「あの給料を超えるのは、当分不可能だなぁ、課長になっても微妙な気がする・・・」と言っていたのを思い出します。(笑)
後は、多くの省庁でも、予算担当課や赤字でない特会担当課なんかだと付きやすいですよね。
ではでは
もっとも地方公務員になると各自治体の給与条例によりまちまちなのであって、一概に
>地方公務員でたとえると局長など、知事が出席する会議に出るような立場
や
>(国で言う)課長級以上ではなく室長級以上
が現況の超勤手当除外対象となっているとは限りません。
というか私の知る某自治体では肩書き上「課長」以上の職にある者は(たとえ俸給・命令権等の実態が課長補佐級以下でも)超勤手当除外対象であって、ために「課長」以上の者は滅多に(サービス)残業しなかったりしますorz
匿名ダイアリーの人は職級だけ見て年収を見ないで比較しているみたいですが、年収は知らなかったのかそれとも自説に都合が悪いから触れなかったのかどっちなんでしょうかね。職級が上でも年収が下で残業代が出ない管理職の官僚のほうが民間の管理職手前より労働条件が悪いとなると、政府提案のホワイトカラーエグゼンプションは甘すぎるって事になりますからね。
ワーキングプアのサイトのほうも企業の経常利益と従業員の平均給与の推移のグラフで「企業成長とともに労働の果実が大きくなる」わけではないとしてますが、雇用者報酬の総額は失業率低下でここ数年増えているわけで、平均給与だけ見せて労働の果実が大きくならないかのようにミスリードしているように見えます。
昨日見たときはグラフも平均給与でなく、雇用者報酬だった気がするんですが、2003年まで載せて報酬がのびている2004年以降はなかったんですが、やはり自説に都合のいいデータだけ切り取ってるんじゃないかと疑ってしまいますね。
経済成長と貧困との関係についていつも思うのは、
1.経済が不況になれば貧困層の生活は悪化する
2. 貧困層の生活を改善するには景気回復が必要だ
という二つの命題に対する人々の認識について非対称性があるのではないか、ということです。1.をすんなり受け入れる人でも、2.になると否定的、あるいは留保をつける人がかなり多いのではないでしょうか。実際には2.は1.の対偶を言い換えたものなので、前者が正しければ後者も正しくなるはずのですが・・このところは単に「間違っている」と切り捨てるだけでなく行動経済学的な考察が必要かもしれません。
NHKスペシャルの放送を生で見ましたが、八代氏の以下の発言は、これまでもそこかしこで、何度も繰り返し言われていることです。
>八代は「さらに改革をすすめれば解決する」「何より景気回復が第一」「最大の原因は長期経済停滞。もっと高い成長で雇用機会を増やす」などととんちんかんな発言。
八代氏の発言にまったく賛同しつつも、発言を切り取ったような、断片的な言葉では、多くの人には伝わらないだろうとも思いました。
八代氏の発言をうなづきながら聞くためには、少なくとも「デフレの意味」、「労使関係(関連法令)」、「法人と自然人との違い」といった基本的なことについて正しい知識、認識が必要で、決して学者しかわからないようなディープで難しいことではないのですが、何パーセントの日本人が本当に分かっているかというとちょっと怖くなります。
感想を書いている、マルクス主義?の紙屋本町さんは、妄想で不破さんと対談するくらいの方ですので、頭はいいんしょうが、壁があるんでしょうね、バカの壁という、残念ですが。
「正規雇用」と「非正規雇用」の二分化が歪みを作り出しているように思います。そして、その根底には「長期雇用」「既卒者差別」「一斉採用」等の制度があると思います。企業が「どんどん採用し、どんどん解雇する」事が可能であれば、敢えて派遣社員やパートを受け入れる必要はないかも知れませんので、ワーキングプアも減少するとは思いますが、労働者の権利の弱体化に繋がると言うのが困ったところですね。
>まさか、バブル期には企業経営者はみな聖人君子だったわけでもないでしょう
ここんとこ激しく同意。バブル期であろうと不況期であろうと経営者の行動原理はただひとつ、利潤の極大化を目指して最適化行動をとることですよね。それが経済情勢に応じて違うのも当たり前の話で、バブル以前を知るものとしてはよくわかるんですが。経営者の資質そのものがそんなに変わったとは思えないのです。
あと、このケースのように「経済成長」を持ち出すと政府や企業側の逃げ口上として叩かれる場合って多いようですが、ここには「左翼版構造改革主義」というのが透けて見えてしょうがないんですよね。相変わらず資本主義の根本構造に起因する問題(搾取構造)だと。よしんばそれを前提にしたところで現在日本で起きてる問題の大部分はそれでは説明できないということを理解されてないというか。ただ悩ましいのはやはり八代氏の「さらに改革をすすめれば解決する」という発言でして、それってちょっと違うんじゃないかと・・・。
>>すなふきんさん
八代氏の「さらに改革をすすめれば解決する」という発言の真意ですが、八代氏の考え方を把握しているわけではないですが、大田弘子氏のようにサプライサイダーとは必ずしも言えないのではないでしょうか。政治の力学でもって、高生産部門に振り向けられるべき資源が、低生産性部門(淘汰されるべき部門)に、無尽蔵に振り向けられている構造を改革しなくてはならないということが真意かと。究極の勘違いが「都市と地方の格差」とそれにもとづく再配分の正当化ではないかと。容易ならぬ問題ですが。
戦前は雇用の流動性が高すぎる社会、戦後の高度成長で年功序列&終身雇用&高福利厚生で賃金を抑え、バブル崩壊以後はリストラ&非正規雇用活用&成果主義で雇用の比例費化を模索。雇用制度についてのポリシーや思想が無いかわりに、恐ろしいほど柔軟な制度変更を行ったのが日本ではないかと。
低生産部門(淘汰されるべき部門)ってのが何なのか、どういう趣旨で誰が決めたのかわかりませんが、比較優位に無い産業が淘汰されているから地方経済が悲惨な事になり夕張市が破綻したのではないかと。その上で、全体としては経常収支黒字で、心配すべき産業上の課題が何にも無いのが今の日本ではないかなと。
誰が、日本経済は社会主義的資本主義と言い出したのか知りませんが、僕にはとてもそのようには思えません。産業転換を促すために制度融資がしっかりしていただけで、後の活動はほとんど民間が官を無理やり動かす形で行われていたように見えます。この点について、よその国がちゃんとしているという隣の庭バイアスを取っ払うべきだと思います。
>>通行人さま
「淘汰」されるべき部門、「無尽蔵」という言葉が過激であったかもしれません。相対的に縮小することが自然である部門を規制や補助金で「過剰」に保護することが問題であるように思います。もちろん激変緩和は必要なので、一定の保護は必要ですが、「過剰」であったり間違えた保護は問題があります。(過剰をどう定義するかは一義的には決まらないのですが)
さまざまな激変緩和に対する保護の方法が問題があったことについては、過去現在の夕張の例を見るまでもなく、一部の方たちの間では共通認識かつ自明なことでは。
同時にさまざまな参入規制などによって守られている部門の解放(司法、福祉、農業、教育など)により、社会的に見てよりよい供給が求められる部門に人が動きやすいようにする。
こういった基本的な役割を政治が着実に果たす必要があります。
で、相対的に縮小することが自然である部門は、どうやって決めましょうか?何をもって、規制や補助金が過剰なのだと判断するのでしょうか?「過剰な規制が存在する。補助金は過剰でウハウハなやつがいる」と刷り込まれて、自己の判断を停止していませんか?
こういう話は、抽象論にとどまると埒が明かなくなります。「きっとどこかに問題があるはずだ」だけなら誰にでも言えますし、言うだけなら無責任です。しかし、その無責任の向く先から生じるしっぺ返しはあなたも僕も受けなければなりません。
できれば、個別具体的に問題箇所を指摘していただければと思います。
ちなみに、「規制」という単語は、「守る」という意味ではありません。「行動を妨げる」という意味であります。司法・福祉・農業・教育などは、それが必要なものであり、権力・影響力を持つため、良くないことが行われないように自由な行動を妨げられているのです。規制緩和したら、多分いろいろと良くない事が行われるようになるでしょう。
相対的に縮小することが自然である部門
私は静かに息を引き取りたい
>通行人さん
○ホワイトカラーエグゼンプション
私も管理職はそもそも現状でそうなっていると思っていたのですが、Wikipediaの記述をみて、そういうことでもなかったのかな、と。民間の雇用慣行には疎いもので・・・。
○規制
サプライサイド制約が昨今の低成長の原因だ、という主張が根本にあるのでしょう。マスメディアだけでなく、学者でもそういうことをいう人が少なからずいるわけですが、そっち方面の学者の教祖的存在であるフリードマンにせよルーカスにせよ、デフレに対しては金融緩和だと言っているんですけどねぇ・・・。
>ふにゃさん
そのあたりは、引用した人事院資料で手抜きしてしまいました。補足ありがとうございました。
>電算機専門官さん
組合関係の内実は、キャリアですとほとんど関係がないので、個人的にはよくわからないのが正直なところだったりします・・・。
>竹馬さん
その他、タクシー券とか備品の充実度も違っていたりしますよね(笑)。
>戸折巣狩さん
情報提供ありがとうございます。管理職がダラダラ残るのは組織としては望ましくないので、残業代を出さないのは正しいインセンティヴ設計だとは思いますが(笑)。
>▽さん
一般論としていえばソース探索のコストもありますし、自分の主張にあったものを見つければそれでおしまい、ということでしょうけれど、ワーキングプアについては、おっしゃるように差し替えてますからなぇ・・・。
>梶ピエールさん
厳密に対偶をとれば、「貧困者の生活が悪化していないとすれば不況でないからだ」ということになり、それをお示しの命題の差に何かがあるのかもしれません。直感的には、景気回復が貧困層の一般的傾向としての生活改善の必要条件であるという主張に対して、それでは改善しない者がいる、つまりは十分条件でないという指摘があるのかな、と思います。問題は、だからといって必要条件を具備しなければどうなるか、ということなのですが。
>似非国民さん
その辺りは映像というメディアの制約として仕方のないことで、紙にせよ画面にせよ文字を扱うメディアの領分なのだと思います。で、映像メディアに比べそうしたメディアからの情報を摂取できる者が相対的に少ないことを考えれば、少しずつでも事態が改善すればいいなぁと思いつつも、(改善するとしても)少しずつしか改善しないのだろうなぁとも。
>bn2islanderさん
期間の長短のみの違いであれば二分化もいいと思うのですが、社会保障をはじめとしていろいろな期間以外の違いがあり、そうした要素が企業の判断に大いに影響を及ぼしているのが問題なのでしょう。
>すなふきんさん
かくて、双方の改革主義者から敵対視されるのがリフレ政策であると(笑)。景気が回復したら改革する気がなくなってしまうとは、政治家としてどうよというのはともかく、世の中の論評としてはひじょうに優れた言説であったわけですねぇ。
>チェンバレンさん
八代先生は規制改革において長らく活躍されてきましたので、改革とは基本的にそうした路線にある(少なくとも含む)ものだと思います。
一般に公的介入の正当化事由としては情報の非対称性や外部性などが挙げられますが、これらがまったく存在しない財・サービスは極めて限られているのが事実で、ほとんどの場合は、その程度と、対するに公的介入のコスト(政府の失敗を含む)を比較衡量して決めざるを得ないということになります。
一般的傾向として、かつては市場の失敗があまりに安易に取り上げられてきたのは否定し難いと思いますが、他方で、情報の非対称性等がごく一部にしかなくおしなべて規制を撤廃すればよし、とする八代先生らのご主張も、私は違うと思うのです。グレーを何でも白とするのが間違いだからといって何でも黒だとするのではなく、グレーの程度をきちんと測って対応を考える、ということが必要なのだと考えています。
> さん
部門全体の動向は、個別の対応を決定するわけでもありませんから・・・。
貧困層の定義を「他より富裕でない者」とする限り、その存在は(おそらく)消えません。「第三者からの補助
が無いと生活を維持できない者」をその定義とした時、景気回復はその層に属する人々の絶対数と、彼らが必要とする生活補助の度合いを左右する要素として認識されるのではないでしょうか。
普段は失業者というカテゴリがその秤に載せられるのでしょうが、ワーキングプアは失業していないけれども自立した生活を送れない者なので、景気回復の果実は失業者達よりも受け易いポジションにはいる筈なのですが現実は甘く無く・・・。
『外国人のチープワーカーを使うことの何が問題かといえば、少なくとも製造業に関して言えば、本来海外で作ったほうが効率的な製品を、モノ作り幻想に囚われていつまでも国内で作ろうとしていることにあります。』というのは極論として正しいと思います。
農業に関しても、国内の農家は海外で農場経営に乗り出せばいいという話もありますし。(経営権だけ購入して、現地運営は現地の人に(今まで通り)任せる、とか)
問題は、『その成果を配当等で搾取すればいいのです。』という立場に立てない人々=資産を持てない層=貧困層という事になるでしょうか。(社会的な生活コストが押し下げられれば、彼らの生活も同様に楽になる筈ですが。ワーキングプアが単純なジョブレス(失業者)になる危険性と背中合わせなのかな・・・)
>本来海外で作ったほうが効率的な製品を、モノ作り幻想に囚われていつまでも国内で作ろうとしていることにあります。
本題とズレまくってるのは承知でツッコミを入れますと、
ここで仰ってるのって、経済的「効率」のみの話ですよね。
エネルギー・資源の利用効率や環境負荷を勘案すると、
別の考えも出てくるというか、出てこないといかんのでは?と思います。
私企業の経営者や市井のエコノミストなら、経済効率重視で
思考するのも止む無しですが、政治家や官僚の立場でそれだと、
近視眼的という感が否めません。
資源効率の悪い製造ラインで環境に悪影響を与えて作った製品を、
わざわざ大量の化石エネルギーを消費して輸入してくるというのは、
「現状の為替相場の下」という限定的条件下での経済合理性があるのみでしょう。
中長期的には(温暖化や環境問題を考えれば短期的にも)、
非合理なシステムとみなされるものではないでしょうか。
て、結局、何が言いたいかと言うと、政治家、官僚には、
経済人とは異なる大局的な視野が必要じゃないかというお節介ですが。
>bewaadさん
「正社員=長期雇用」と決まっているのが問題の本質であり、正社員の短期雇用なりレイオフができれば、あえて派遣社員を雇う必要はないと思うのですけどね。
もちろん、そのためには短期雇用も想定した社会保証システムの構築が必要なんでしょうが、これはかなり難しいかも知れません。
>bn2islanderさん
そういう雇用形態は、「正社員」とは言えないのでは?
今の非正社員の名前を「正社員」に変えただけのような気がしますが。
>>bn2islander
本質的なのは、雇用形態ではなく、企業が長期雇用を高リスクではなく、むしろ低リスクと捉えられる安定成長を遂げる経済環境を政府と中央銀行が達成していないことなのではないでしょうか。
そのためにも名目上はともかく、分かる人には分かるリフレ方向への実質的な転換が必要ではないかと。このままだと、○井氏の任期切れまでに、これまで日本を支えてきた社会制度がのきなみ崩壊してしまう予感が・・・・次まで、改革原理主義者だったらと想像すると怖くてなりません。
>竹馬さん
>企業が長期雇用を高リスクではなく、むしろ低リスクと捉えられる安定成長を遂げる経済環境
これ、ポイントだと思います。とくに今のわが国の場合因果関係は「経済環境の変化」→「雇用環境の変化」というベクトルだと思うので。
>名無之直人さん
最後の点については、資産収益をも含めた総合課税というのが理念的な対処法にはなるのだと思います。納税者番号制なき現状では難しいでしょうし、導入されてもどこまで実効性があるのかは自信がないのですが。
>とおるさん
ご指摘のような状況への対処法としては、炭素税(その他の排出物税)及び排出権取引の導入の方が効率的な対応が可能であると思います。
レイオフ等については、理屈としては、雇用者がレイオフ権を被用者から買う(=レイオフの可否で給与を違える(もちろんレイオフ可能な労働者の方が給与が高くなる))という形で調整がなされるのが望ましいと思います。それをどう実現するかは、なかなか工夫のいる課題であるのは否めませんが。
>bn2islanderさん
そうした意味では、八代先生の猛反発を喰らった例の発言も、ある程度は正当化できると思うのです。正社員については解雇法制等を柔軟化する一方で、非正社員については社会保障を正社員並みに(運用上も)担保する、という形になり、契約時における拘束期間の違いとして両者の違いが定義されるようになれば、とは思います。
>竹馬さん、すなふきんさん
わたくしめの「デフレ下では固定→変動、インフレ下では変動→固定」仮説が正しければ、デフレを脱却すれば、おのずと契約期間は長期化していくはずです(人件費の固定化が図られる)。
>短期雇用も想定した社会保証システム
それが欧州型福祉国家なんじゃないでしょうか?ただ、今の日本でそういう形の社会保障を導入しても、仮に失業・社会保険のために増税することに理解が得られたとしても、生活は保障されているはずの失業者がbewaadさんのいうスティグマ(というよりマズローのいう親和・所属愛欲求の不満)によってフランスやドイツのように犯罪率が上がるのではないかと。
今までの日本はそれを公共事業で吸収してきましたが(欧米と日本の建設業従業員の差がそのまま失業率の差だなんていわれています)、介護や接客サービス業はどうしてもある程度の専門性が求められますから、建設業のような意味での雇用創出力は期待できませんし…
>bewaadさん
八代発言に関しては、言っていること自体は正論だと考えます。ただ、現代日本の社会保障システムが長期雇用を前提として構築されている以上、いささか時期尚早な感はあります。正社員と派遣社員の対立を煽っているという意見もあるでしょうが、正社員が既得権益を握っていると言うのも事実だと思います。
>kogeさん
>今までの日本はそれを公共事業で吸収してきましたが
確かに最底辺層を吸収してきたのが建設業界であることは厳然たる事実ではないでしょうか。私も日本の犯罪率の相対的低さはここにも大きな要因があるのではないかと思っています。介護や接客サービス業の適性は大部分彼らと重ならないので、代替は無理があるでしょう。このへんが難しい問題で、たとえば近年のホームレスの増加は日本社会がこの問題に対応できなかったひとつの証だと感じるのですが。
>kogeさん
公共事業そのものも、ストック量を考えればもう少し整備の余地はあり、かつ、更新需要などもあるでしょうから、そのすべてを他で吸収する必要はないのだと思います。需要見込みに基づく円滑な移行をどう手当てするか、ということなのかと思っています。
>bn2islanderさん
結局、八代先生は諮問会議という政策決定の場にいるわけですから、部分均衡的ではなく一般均衡的な思考をしてほしいなぁ、ということだと思うのです。前提を整えるのも、副作用に配慮するのも、その他もろもろの関連する話を責任もって考えず、役所が仕方なくあれこれ考えると抵抗勢力が骨抜きにしようとしているとか(笑)、それ自体は方向として正しいことを言っていてもなぁ、と思ってしまうわけです。
>すなふきんさん
最近ですと、タクシー運転手あたりが受け皿になっているようですね>建設業縮小の影響。もちろん免許がいるわけで、ハードルはより高いわけですが。
的を外しているかもしれないのを承知で書きます。
名無之直人さん
>問題は、『その成果を配当等で搾取すればいいのです。』という立場に立てない人々=資産を持てない層=貧困層という事になるでしょうか。
にたいして、bewaadさんの以下のご返答なのですが。
>資産収益をも含めた総合課税というのが理念的な対処法にはなるのだと思います。
生産拠点が国内であれ海外であれ、働くのが同様に外国人=チープワーカーであるかぎり、搾取という立場に立てない人は立てないままなんじゃないでしょうか?
それとも、生産拠点が国内にあると搾取という立場に立てないけれども、生産拠点が海外にあれば彼らも搾取という立場になれるのでしょうか?
搾取という立場に立てるものに対する総合課税強化が幾ばくかの解決になるとするなら、それは、生産拠点が国内にあっても可能なのではないでしょうか。よく分かりません。
むしろ、生産拠点が国内にあることで、働いているチープワーカーも国内において生活必需品などについては消費者なわけで、国内需要にたいする寄与度において、生産拠点が海外にあることより良い部分もあるように思ったりもします。
そして、その良い部分は、海外に生産拠点をおくことによる効率の良さと充分相殺できるのでは、などと考えたりもするのですが。
>最底辺層を吸収してきたのが建設業界
で、そこから出された最低のそのまた下人間の行き先はないという実例がここに。orz
>最底辺層を吸収してきたのが建設業界
これはまったく間違った考えだと思います
偏差値とか、そういう一つの見方をすればそうかもしれませんが、がんばりの利く体、体力ってのが基本この業界では求められるのだろうけど、世の中にはそうでない人もいっぱいいるわけです。
そういう健康でない人、からだのよわい人からすれば、建設業界の人々というのはある意味では十分すぎるくらいアッパークラスなわけです。
>Akameさん
その手の工場等ですべてを外国人労働者に頼っているというのであれば、ご指摘の状況もあり得ると思います。しかし、現実には、日本人にも似たような待遇が迫られているということだと理解しています。
そうであるならば、国内のリソースの奪い合いとしてそうしたセクターに傾斜することの非効率は問題であろう、と考えております。
>BUNTENさん
先日の議論でいえば、「職業は囚人」というのが、現在の日本のもっとも恵まれない層のいきつく先なんでしょうねぇ。
>うひょうさん
もちろんご指摘のような部分はあり、例えば障碍者雇用問題を考えればもっともクリアな形で表面化しているのでしょうけれど、全般的な傾向としては、「まったく間違った考え」とはいえないように思いますが、どうでしょうか?
>うひょうさん
確かに、かつてはそうだったかもしれませんが、しかし経済のサービス化によって「健康な体」のみによって生み出されるものの価値はどんどん低くなっているのも事実でしょう。ここ20年で身体障害者と知的・精神・発達障害者のどちらの地位が上がったかを考えてみればわかります。
>「職業は囚人」というのが、現在の日本のもっとも恵まれない層のいきつく先
その下に、野垂れ死にであの世行きというコースがありますです。orz
この寒さで、人知れず何人死んでいくことか。高度成長で、街から乞食がいなくなったと自慢していた頃が懐かしい。
>bewaadさま
ご指摘の通り、「まったく間違った考え」というのは言いすぎで、「ある面では間違っている」ということだと思います。つい感情的に書きなぐってしまいました。
>kogeさま
障害者の地位には明るくないのですが、一般原則からいって、衰退産業の待遇は悪くなりますが、それは衰退が予期せぬものである場合であり、衰退が織り込み済みであれば、極論すれば、待遇がほかの業界と同じになるまで退出等によるバランスが図られると考えます。
むしろ慢性的な少子化による状態的な労働力不足が懸念される中、単純労働による移民をうけいれないという選択をするのであれば、国内単純労働の待遇は下がるどころか上がる一方でしょう。極端な話でいえば、わかいねえさんが減れば、キャバクラ嬢の待遇は上がるわけです。単純な需給の問題です。将来の日本における「健康な体」がもつ重みは、世界でもトップクラスになることでしょう、それも多くの国民(とくに親)がそういう仕事を軽視すればするほど。国際的には、ものすごく高い生産性の知的労働をしても日本では報われないけれども、あまり高くない生産性の体力労働が比較的報われる社会が今に来ますよ。
ちなみに私は移民には反対のデスクワーカーです。
>kogeさん
経済のサービス化というより、機械での代替可能性の程度の差により相対的な価値の下落が起きているのではないでしょうか>健康な体=肉体労働に必要なリソース。
>BUNTENさん
そこだけを取り上げれば「憎まれっ子世にはばかる」という感じですが、あまりにかわいそうなレヴェルでの相対比較になってしまってますよね。
>うひょうさん
kogeさんへのお応えでも書きましたが、機械化が可能な部分はどんどん価値が下落し、そうでない部分の価値の高止まりが起こるということでしょう。
ただ、問題なのは、購買力にも限度があるので、わかりやすくいえば、介護労働において、ひとりの要介護者に対してひとりの労働者を張り付ける必要がある場合、労働者が平均的な賃金を得ようとするなら、要介護者がそれを支払わざるを得ず、となると要介護者にはそれを支払っても自分の生活が維持できる程度の資産が必要ということになります(そのような状況では、フローの収入はないでしょうから、ストックに頼らざるを得ないでしょう)。
当然ながらそんなことはほとんどの場合には満たされないわけで、となると複数をかけもちするか(介護労働者ひとりで要介護者10人を担当するなら、要介護者ひとりにつき1/10の賃金負担でいいわけですから)、そうでなければ公的サポートが必要だ、ということになるでしょう。
労働者ひとりで10人を担当とは、要介護の程度が重篤である場合、なかなかそれを可能とするような機械化は想定しがたく、となるとサービスのレヴェルを下げざるを得ないということになります。それが問題だというなら、政府の介入の程度を上げざるを得ないでしょう。
bewaadさま。以下、あまりにも拙いツッコミなのかもしれないのを承知で書きます。
べつに、批判したいわけでなく、よりよく知りたいがゆえなのです。
で、海外に生産拠点をもっていくこともまた、国境をまたいで奪い合いをした結果負けただけで、国内における奪い合いと違うのは、国内に生産拠点があれば、ワーキングプアだけれども、海外にもっていけばただのプアになってしまう、と。
たしかにこれは、ワーキングプアの解決にはなるかもしれないけれども、プアの解決にはならず、各社会保障の削減によりただのプアであることが難しくなってきている現在、より過酷になる可能性がある。
そんなふうに理解していますが、どうでしょうか?
搾取についても、じっさいのところ、今においても搾取はすでに行われているわけですが、その実はほとんど回ってこない。
その回ってこないところをいじくらないで、さらに海外に生産拠点をどんどんもっていっても、あまり有効とは思えない。
それに対する答えが、一方は、儲けている企業からの拠出→再分配、一方は、総合課税の厳密化→再分配であったとして、双方とも、搾取しているものから、搾取できないものへの分配という意味では同じ気がする。
つまり経常利益から一部を頂いたうえで配当する額と、配当から一部を頂いて残る額がそれほど違わないのであれば、双方の主張にどういう差異があるのか、よく分からない。
ここからは、ちょっと感想に堕しているかもしれませんが、たしかに内橋さんの言ってることはその場しのぎという気もする。
革新系によくあるばらまき福祉のように、長いスパンで解決策を探らずに、今あるものを分けてしまえ、という。
ただ、彼らの言うことを完全に拒否できるのか。
つまり、「この種米を食べずに地面にまいて置けばいつかきっとそこから芽が生えてより沢山の米ができる」という中の「いつか」が、「いやとりあえずその種米を食べないことには、そのいつかまで待つことすらできないんですよ」という声を静めるだけの説得力を持つのかどうか。
このへんも私にはなかなか難しいんです。
同じ種をまくのなら、肥料を与えないと駄目な日本より豊かな土壌が待ち構えている中国やインドにまいたほうがいい、ってのは、俗論にせよ分かりやすくて。そしてそんな時代がしばらく続くのなら、尚更、説得力については難しいです。
内需の拡大創出っていうのが、生活財、娯楽財などがある程度行き渡っているこの日本で、どれほどの説得力をもって可能なのかどうか。
>Akameさん
ちょっと重要な前提についての言及が欠けていたようです。失礼しました。
当サイトのスタンスとして、まともな金融政策等により、一時的な循環要因はあるにせよ、基本的には完全雇用(自発的失業者以外に失業者がいない状況)が達成されている世界を想定しています。
で、そういった状況下では、嫌なら他の職場に移ればよい状況ですから、ワーキングプアとなる人数はきわめて少なくなるはずです(意図的に海外労働者との均衡を図っている職場に労働力を割り当てない限り)。
他方で現状は、非完全雇用状態、つまりは働きたいのに働けない人間が相当程度いる状態だからこそ、労働力を買い叩かれてワーキングプアになってしまう人間が相当いる、というように理解しているのです。
非完全雇用状態が維持されるならば、ご指摘は当たっているように思います。
ちなみに、内需の限界論は私は当たらないと思っています。たとえば、発泡酒等のビール類似酒類を飲んでいる人々は、ビールよりもその味が好きで飲んでいるのでしょうか?