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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)
2006-12-27
■ [government][politics][science]三題噺‐ニセ科学・陰謀論・情報爆発
民衆が馬鹿であれば単純にガバナビリティ(被統治能力)は低いし、
程度の悪い嫌韓厨みたいなのは大発生するし、
自分で考えないからワケの解らん運動家の扇動に乗りまくりだしで、
為政者からすれば都合の悪い事ばかりじゃねぇのかと思うのだけど。
(嫌韓厨は自分の都合の悪いところから目をそらせられると思う人も居るだろうけど、
程度を過ぎると苦労するのは反日デモの対応に追われた中国が既に証明済み。)「権力者は民衆が馬鹿の方がいい」っつー思い込みは
ステレオタイプの「(マンガ的な)悪の権力者」のイメージを前提にするから
これを下手に表に出すと逆に物凄く頭が悪く見える。注意。
「権力者は民衆が馬鹿の方がいい」(@Scott's scribble12/26付)
権力の側に位置する身として申し上げるならば、当サイトで取り上げたネタとしては去年で言えば人権擁護法案、今年で言えばグレーゾーン金利問題あたりが格好の例といえるでしょう。もう少し視野を広げるならば今のデフレなんかもまさしくこのパターンで、バブル潰しへの狂奔でこんなことになってしまっているわけで、世の中すべて理屈で片がつく世界というのは、webmaster個人としては自らの理屈の弱さをあげつらわれる可能性が高くなり困ったことではありますが(笑)、一般的には歓迎すべきものであるはずです。
しかしながら、このような見方‐「権力者は民衆がバカの方がいいと思っている」と信じられていること‐は、webmasterが予想し得る限りの遠い将来においても、解消されることはないでしょう。というのも、多くの人の主観において、権力者が隠し事をしていた、と信じられる話は尽きないと考えられるからです。webmasterの巡回先のひとつで、ちょうどこれに当てはまるものが最近見られました。
美爾依(みにー)さんは今日もハイテンション。ぶっ飛び具合は斜め上方向です。絶望しないように肩の力を緩めて行って見ましょう、では本題に入ります。
(略)
井上さんは公表していると言っているが、これは米国の国防省が公表しているわけで、日本の防衛庁が公表しているわけではなく、日本国民に対して公表されている資料とは言えない。
いえ、日本の防衛庁も日本語で公表しています。それをマスコミも報道しています。例えば以下の反戦平和運動団体は其処から情報を得てサイトに上げています。
防衛庁は海上配備型「ミサイル防衛」について04年度予算から4年計画で4隻のイージス艦の改修とSM3を購入することにしています。費用はおよそ1300億円。SM−3は「1艦8発体制」(衆議院安全保障委員会04年10月22日、衆議院予算委員会第一分科会05年02月28日)と言われていましたが、1発を迎撃実験に回し、9発ずつ購入することが明らかになったのは初めてです。SM−3は1発20億円近くすると言われています。また06年度予算で「みょうこう」の改修、07年度予算で「きりしま」の改修が行われることも明らかとなりました。
SM-3は1発20億円弱だそうです。私の知っている情報だとSM-2のFMS調達価格が1発2億円弱ですから、SM-3はSM-2の10倍近い値段です。・・・このように、一般の国民でも努力次第でこのくらいの情報は知り得る事が出来ます。別に英文資料に頼る必要もありません。なおこの反戦平和団体は長崎港監視で有名な「長崎平和委員会」です。
「ミサイルの値段で間違った解釈をした人」(@週刊オブイェクト12/14付)
MDの整備に関する議論ですが、公表済みの資料であっても公表していることがわからないことは得てして起こるものです。意図を勘繰りすぎだとかもうちょっと探す努力をして欲しいといったことはいえるものの、このような反応になることは自然でもあります‐木の葉を隠すなら木の葉の中、とも言われるわけですから。
もちろん木の葉を隠すために木の葉の中に混ぜ込んでいるわけではなく、物理的、あるいは技術的制約のゆえというのが実態です。国の予算で言うなら、一般会計約80兆円のすべてを国会に提出される予算案は網羅しているわけですが、それゆえにピンポイントで欲しい情報を探すには相当程度の慣れが必要で、しかも記述は簡潔なものになっていますからそれを読んだだけではわかりづらいのは否定できない事実です。
したがって、各省庁は予算そのものとは別に、いろいろな説明資料を作成しているわけですが、80兆円すべてについて詳しい説明資料を作れば検索の困難性は増すばかりですし、役所の人手と時間にも限りがありますから、ごく一部についてのみしか作成されない、ということにならざるを得ません。ごく一部とはどのようなものかといえば、目玉の施策としてアピールしたいものや、世間で問題になっている等でよく聞かれることが明らかなものですから、それ以外の多くの部分については、個別に質問があればお答えいたします、という対応になります。
しかし、そうした対応は、外形的に見れば、木の葉を木の葉の中に隠していることと区別はつきません。先に書いたような物理的・技術的制約がなく、意図的にそうしたのだという理解の枠組があれば、隠していると考える人にとってはそれが真実になるのです。逆に言えば、能力における過大評価があるから、意図的にそうしているのだ、という理解に結びつきやすいのでしょう。
実際、ニセ科学についての菊池先生の「視点・論点」では、次のようなご発言がありました。
さて、「ニセ科学」が受け入れられるのは、科学に見えるからです。つまり、ニセ科学を信じる人たちは、科学が嫌いなのでも、科学に不審を抱いているのでもない、むしろ、科学を信頼しているからこそ、信じるわけです。
たとえば、マイナスイオンがブームになったのは、『プラスは身体に悪く、マイナスは身体に良い』という説明を多くの人が「科学的知識」として受け入れたからです。
しかし、仮に、科学者に、『マイナスのイオンは身体にいいのですか』とたずねてみても、そのような単純な二分法では答えてくれないはずです。
(略)
それが科学的な誠実さだからしょうがないのです。
「視点・論点「まん延するニセ科学」」(@うしとみしよぞ12/21付)
これについても、同じことが当てはまるのでは、とwebmasterは思います。単純な二分法では答えないことを、科学的誠実さではなく、何か隠し事をしているのではないか、というように理解しているのではないでしょうか‐水からの伝言ではあまりそうした面はないかもしれませんが、月着陸否定説には顕著に現れています。
抽象化するなら、カエサルの「人は見たいものしか見ないという」という台詞がありますが、その延長として、見たいものを見せてくれる者を信頼する、ということがあるのでしょう。それと表裏一体となるのが、見たいものを見せてくれなかったり、見たくないものを見せてくれたりする者には不信感‐つまり、隠し事をしている‐を抱くということではないかと。究極的には、オンディマンドで見たい理由をセットに供給してくれる者こそが、もっとも信頼を勝ち得るのだとwebmasterは思いますし、ニセ科学や陰謀論は、そうした形で世に普及しているように見えます。
#おそらくは、そうでないニセ科学や陰謀論は普及することなく淘汰される、ということなのでしょうけれど。
この見立てが現実をある程度言い当てているのであれば、極めて悲観的な見通しが成立してしまうように、webmasterには思えてなりません。すなわち、学問その他の掘り下げが進み、あわせて技術の進歩が加速し、世に流通する情報が爆発的に増加している現状、ニセ科学や同種の考えはこれまで以上に世にはびこるのではないか、と。より「隠されている」感が強まらざるを得ない中、「ご存知ですか? 知っている人は少ないのですが、真実は・・・」というささやきの魅力は、高まりこそすれ低まるとは考えられないのですから。
■ [economy]「真の失業率」推計最新版(2006-11現在)
年月 完全 真の 高齢化等 15歳以上 就業者数 完全 真の 高齢化等 失業率 失業率 補正後 人口 失業者数 失業者数 補正後 1990 2.1% 3.2% 10,089 6,249 134 204 1991 2.1% 2.4% 10,199 6,369 136 155 1992 2.2% 2.2% 10,283 6,436 142 142 1993 2.5% 2.8% 10,370 6,450 166 183 1994 2.9% 3.4% 10,444 6,453 192 228 1995 3.2% 4.0% 10,510 6,457 210 266 1996 3.4% 4.1% 10,571 6,486 225 276 1997 3.4% 3.8% 10,661 6,557 230 262 1998 4.1% 5.1% 10,728 6,514 279 348 1999 4.7% 6.3% 10,783 6,462 317 435 2000 4.7% 7.0% 10,836 6,446 320 485 2001 5.0% 7.9% 10,886 6,412 340 551 2002 5.4% 9.4% 10,927 6,330 359 660 2003 5.3% 10.0% 10,962 6,316 350 700 2004 4.7% 10.0% 10,990 6,329 313 705 2005 4.4% 9.8% 11,007 6,356 294 688 2005/Q3 4.3% 8.9% 11,008 6,417 286 628 2005/Q4 4.3% 9.8% 11,015 6,356 287 694 2006/Q1 4.4% 10.9% 11,014 6,283 286 766 2006/Q2 4.2% 9.0% 11,014 6,418 280 631 2006/Q3 4.1% 8.9% 11,021 6,426 273 627 年月 完全 真の 高齢化等 15歳以上 就業者数 完全 真の 高齢化等 失業率 失業率 補正後 人口 失業者数 失業者数 補正後 2005/12 4.0% 10.4% 11,012 6,315 265 733 2006/1 4.5% 11.1% 11,013 6,269 292 779 2006/2 4.2% 11.0% 11,006 6,272 277 772 2006/3 4.4% 10.6% 11,021 6,308 289 745 2006/4 4.3% 9.6% 11,002 6,368 284 673 2006/5 4.1% 8.5% 11,015 6,448 277 602 2006/6 4.1% 8.8% 6.5% 11,025 6,438 278 618 449 2006/7 4.0% 9.0% 6.6% 11,020 6,421 288 632 454 2006/8 4.1% 8.9% 6.4% 11,019 6,427 272 625 443 2006/9 4.2% 8.8% 6.5% 11,024 6,431 280 624 446 2006/10 4.2% 8.8% 6.3% 11,030 6,437 281 622 434 2006/11 3.9% 9.2% 6.4% 11,034 6,410 292 652 439 2005/11 4.4% 10.0% 11,016 6,344 292 706 2004/11 4.4% 10.2% 11,003 6,322 290 720 2003/11 5.0% 10.0% 10,982 6,323 330 705 2002/11 5.1% 9.4% 10,943 6,346 338 658 2001/11 5.2% 8.0% 10,919 6,430 350 558 2000/11 4.5% 6.5% 10,863 6,502 309 450 C/(B+C) D/(B+D) A B C D=Ax0.64-B (直近月次ボトム) 5.8% 11.6% -- 6,193 385 818 (03/3,4)(04/2,05/2) (03/2) (03/4) (05/2) (注) ・単位は、%を付したものを除き、万人。 ・ソースは総務省統計局の「労働力調査」(http://www.stat.go.jp/data/roudou/2.htm)。 ・月次データは原数値を用いている(季節未調整)。 ・「真の」値は労働力人口比率が0.64(直近ピーク(1992年))であると仮定した場合の値。 ・「高齢化等補正」についてはhttp://bewaad.com/20060729.html#p02を参照のこと。
#過去の計数は以下のとおりです。
>「権力者は民衆が馬鹿の方がいい」
孔子の言葉に「吾老農に如かず」というのがありますが、上にいる者が何でも知っているってのは、少し違うのではないかと。霞ヶ関でいえば、政務官は事務次官より上ですが、省庁のことやその省庁の分野について政務官が事務次官よりよく知ってるってことはあり得るんでしょうか(また「馬鹿」が何を意味しているかによりますが、「馬鹿」だと「ガバナビリティ」が低いとも限らないんじゃないかと。故山本七平氏によれば、日本人は計算・識字能力は高いものの、捕虜収容所内部の状況は陰惨この上なかったのに対して、英米人は簡単な足し算を間違ったり、名前すら書けなかったりするのに、民間人収容所では直ちに合議を持ち、自治についての役割分担を決めていたそうです)要するには、特定の専門分野について、その専門家と非専門家(またその専門分野の習得についての先行者と後発者)との関係の問題ではないかと思ひます。
まあもっとも、日本のナントカ再生会議あたりを見てると少なくとも彼らは「『民衆は馬鹿なほうがいい』と考えてる馬鹿な権力者」のステレオタイプにしか見えないんですけどね。まさか自分が権力者だという自覚すらない最悪の馬鹿じゃあないんでしょうけれども。
それとも、本来権力者にとっても民衆は馬鹿でないほうが都合がいいのに「民衆を馬鹿でなくすこと」自体のコストがbewaadさんがあげた情報爆発などによって民衆にとっても権力者にとっても高くなりすぎているのであれば、民衆が馬鹿である状態に最適化した社会を作ったほうがかえって安上がりになっていたりするとか(それなんて「動物化」?)
国家予算について検索が大変だという前に
全部できうる限り情報提供するべきであって、概要版が必要でしょうから、それはそれでつくればいいのでは?
「知らしむべからず」という態度におののくしかないのか。
細目だとか、予算資料を含めて公開できないほんとの理由って何なんでしょう。
「検索」てのは絶対的に理由にならないと思うんです。
公開すると問い合わせが増える、ミスなどに突っ込まれることが増える、管理(責任もって対応)する人員不足なんてことが以外と本当の理由ではないかと思うんだけど、情報の透明性という重要性を考えると、ずいぶんつまらないことで、情報公開が妨げられていると思います。かたやミサイル一発うん億円、バランス感覚がまともじゃないよ。
>皆様
時間の関係上、お応えは明日とさせていただきます。ごめんなさい。
>民衆が馬鹿である状態に最適化した社会
「動物化」っつーよりかは、「二項対立」((c)仲正昌樹)化のほうではないかと。“もっと分かり易く!”と要求しているのは民衆のほうなワケで。「動物」のほうは、むしろ余人には分かり得ないモノをこそ嗜好しているんであって。また権力者の中でも、官僚が予算の詳細を記した資料を持参しても、“ええィ、もっと分かり易くならんのか!”と突っ返したりする議員がいる一方で、某ゲル長官みたいにマニアックな議論を吹っかけてくるのがいたりと、権力者・民衆を問わず、「二項対立」((c)仲正昌樹)化と「動物化」の乖離が進んでるのではないかと思ひます。こういった状況では、よし情報公開をしようにも、“もっと分かり易く!”というのと“もっと細かく!”という相矛盾する要求に応えなくてはならなくなり、「(民は)知らしむ可からず(分かる訳がない)」というお決まりの慨嘆に至ってしまうワケでしょう。
>kogeさん
いろいろな種類の国権から独立した第三者評価機関みたいなのが、それぞれ得意とする分野について調査・報告を続けるという解決策もあるかと思います。本来、ジャーナリズムってそういうものだったんだと思いますが、ジャーナリズムの本場とも思えるアメリカも、マスコミから独立した第三者機関があるようで。
公益法人改革のネタの中で、財団法人のあるべき論で、その手の話が若干されていたように思いますが、なんだか単に認可が厳しくなっただけで終わっちゃったみたいですね。
>truly_falseさん
もちろん上(権力側)の人間が全てを知っているわけではなく、対比される民間セクターの方が多くの場合において当該分野においては知識が豊富であるのは事実だと思います。ただ、政府は国内において最も広範な分野をカバーしているので、専門家が専門分野において政府を凌駕していることと、それ以外の分野において政府に凌駕されていることのいずれがウェイトが高いかといえば、後者になってしまうということではないでしょうか。
捕虜については、捕虜になった際にどう振る舞うべきかの教育の違いなどもあるでしょうから、お示しの部分だけでは弱いのかな、という気がします。
>官僚が予算の詳細を記した資料を持参しても、“ええィ、もっと分かり易くならんのか!”と突っ返したりする議員がいる一方で、某ゲル長官みたいにマニアックな議論を吹っかけてくるのがいたりと
あれっ、truly_falseさんて同業者の方でしたっけ(笑)?
>kogeさん
あれは自らの知識等の反映であって、意図的に有効と思えないものをぶち上げているわけではないと思うのですが、好意的に過ぎますでしょうか(笑)。
>ああ自民党さん
もちろん全部の概要はあるわけですが、そしてそれについても(情報公開法の請求を含め)聞かれれば答えるわけですが、それでは公開に当たらない=隠していると捉えられてしまう、ということです。概要、ないしはポイントを絞っての傾向の紹介となれば、当然ながら零れ落ちる部分は出てきますし、その意味では予算書は網羅的な各事業の紹介なわけです。
政府全体としてどこまで解釈の統一性が守られているかは議論があるにせよ、少なくとも情報公開法への対応として言えば、ほとんどの情報が公開されているといって差し支えありません。ただ、概要を含めその中にどのようなものがあるかを調べる手立てがなければ隠していると見られるわけですし、そうした手立ての不備の原因は、
>管理(責任もって対応)する人員不足
がほとんどだと思います。
>通行人さん
ネットでの言論は、個々のサイトをみればそのような役目を果たし得るのだろうとは思うのですが、それを編集ないし整理する部分がないのではと思っています。そこに絞って試みれば、案外低コストでいけるのではないでしょうか。