安達誠司「円の足枷」
日銀の利上げに絡んで、円キャリートレードが盛んに論じられたり、円安の害が語られたりした昨今において、為替レイトと金融政策との関係に光を当てる本書が世に出たというのは、まことに時宜を得た出版であるといえましょう。当サイトのエントリであるまいし、それなりの時間と労力を投じられたものがちょうどこうした時期に出版されるというのは、そこに幸運な偶然を感じてしまうのはwebmasterだけではないはずです‐まあ日銀の行動は想定の範囲内ではあるので、まったくの偶然ということではないのでしょうけれども(笑)。
先に「為替レイトと金融政策との関係に光を当てる」と書きましたが、本書の特徴は「はじめに」において余すところなく著者自身により語られています。
本書の最大の特徴は、日本のデフレ、デフレ解消局面、そしてデフレ完全克服のための条件について、グローバルな側面を重視していることである(国内的な要因については、拙著『デフレは終わるのか』を参照していただきたい。表題にもなっている「円の足枷」とは、アメリカのクリントン政権下で、為替レート操作を対日通商摩擦解消のための戦略的な手段として用いるようになって以降の中長期的な円高トレンドが、やがて、日本経済の長期的な低迷とデフレをもたらしたという意味で、まさに日本経済の「足枷」となったことを意味している。
ただし問題の本質は、このようなアメリカ通貨政策の圧力の結果としての円高というよりも、それをきっかけに、いつの間にか、日本の通貨当局にとって円高トレンドが「与件」(当たり前の前提)となってしまい、これが常に収縮的な通貨・金融政策をとらせる制約条件となった点にある。しかも、このような円高トレンドの継続は、日本の政策当局者が明治期以降、抱き続けている通貨に対する幻想、すなわち、「日本が世界列強と互角の地位に上りつめるためには、日本の通貨、円は強くなければならない」とする「強い円」思想と結びつき、円安を「国力の低下」と見なし、忌み嫌うことにつながっている可能性がある。(後略)
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ここから明らかになることは、
- 「デフレは終わるのか」を事前に読んでおくと相乗効果が出てくること、
- 「『強い円』思想」を論じる第6章(「イデオロギーとしての『円の足枷』」)が本書の中心であること、
です。昨今の混迷を極める円キャリートレードをめぐるメディアの言論を見るに、国際的なマネーフローを明快に論じる部分(第4章、第5章)もその存在価値は大きいことに疑いの余地はありませんが、webmasterは第6章こそが本書においてもっとも読まれることが期待される部分であると信じます。
さてその第6章ですが、先の引用のとおり、著者は基本的には政策(通貨)当局者のスタンスを解明しています。しかし、政策当局者にバイアスがあったとして、それがそのまま反映されるほどに政治過程というものは単純でしょうか? webmasterはそうは思いません。政策当局者のバイアスが実際に政策として実現されるには、それを許容する土壌が必ずあるはずです。
その土壌とは、実は産業界にあるのではないか、というのがwebmasterの思いつきです。財界のエスタブリッシュメントは伝統的に重工業であり、それらは得てして輸出産業であるのに、という反論があるかもしれません。実際に円高になれば、そうした企業からは円高対策が求められるというのは、変動相場制移行後何度となく見られた光景ではないかと。また、現在の「いざなぎ超え」もまた実質実効為替レイト低下の貢献するところが大で、財界主流派はその果実を存分に享受しているではないかと。
ここで重要なのは、「円の足枷」とは、限りなく円高を目指すというイデオロギーではなく、極端な円安を嫌うイデオロギーであるということではないでしょうか。つまり、輸出産業としてのインセンティヴとして円安を歓迎する一方で、他のインセンティヴがあまりの円安はいかがかとブレーキをかける、そのバランスの結果として円レイトにフロアがはまった状態になっているとすれば、現状をよく説明し得るでしょう。
webmasterが考える「他のインセンティヴ」とは、M&Aへの否定的認識です。そう考える理由は次の2つです。
- 円安への否定的ラベリングとして用いられる言葉として、「国売り」というものがあります。円安の典型的なマイナス影響は輸入物価の上昇ですが、それに対して「売る」という言葉はあまりそぐわないでしょう。となれば、円安の何にマイナスを見出しているかを考えれば、国内の資産がドルベースの評価で廉価となり、より買われやすくなることではないかということになります。ここでいう買われる資産とは何か、海外資本による買収が問題視されるケースを見れば、債券でも不動産でも(投資としての)株式でもなく、企業の経営権であると見るのは自然でしょう。
- 財界が強く反発する政策に何があったか歴史を振り返れば、古くはIMF8条国移行・OECD加盟に伴う資本の自由化があり、最近では三角合併を容易にする会社法改正がありましたが、これらの際に声高に主張されたのは、海外資本による企業買収に対する危機感でした(前者の実施を受け株式持合いが急速に普及しましたし、後者が今後実現されれば、同様に何らかの対応が図られるのでしょう)。円安もこれらと同様の効果を有するのですから、財界が反発するのも当然といえます。
こうした見方がどの程度的を射ているのかは、専門の研究を待つ必要があるでしょうけれど、もしも森をなす木の一本ではあるのなら、いわゆるバブルの原因として、これまで指摘のなされていないものが浮かび上がってくるのです‐バブル期の株価上昇がルーブル合意後の円安効果を上回ってドルベースでの買収価格を引き上げていたため、「円の足枷」が効かずに金融緩和が継続されたのではないか、と。
#さらに敷衍するなら、最近は実質実行為替レイトがプラザ合意前の水準にまで下がっているのも、2003年以降の株価上昇基調ゆえに許容されているのかな、と。





3月 11th, 2007 at 15:17:28
苺系は去ったみたいですね。(笑)
労働者と資本家を切り離すつもりはなかったのか、やはり、完全雇用体制の社会主義国を望むものなのか、40年も消費者と向き合っているといわれるWebMASTERは、国の打ち出す雇用算出にリクルート社のものが使われていたのを当然ご存知ですよね。
求人数を増やし、平均値で1以上にする。つまり、一人の募集に対し、一人の求人があるように求人広告を増やす。
派遣の増大で、求人のほうが求職者の数を上回るという求人バブルを引き起こしました。
求人倍率が100倍ほど開きがあるのもご存知でしょう。
そもそも天下り一派が経団連を使い売り込みをかけてきたものであり、なんとしてでも株か国債を買わせようとする銀行の天下りがここに網を張っていたに違いないと考えています。銀行がつくる役員と国が作る役員の気質が似かよっていたのも担保基準が同等のものであったことが上げられると思います。
人件費であるのか、資産であるのか売掛金であるのか。
人中心の社会とは、人件費をまもり、社会保険費の積立を斡旋する。法律の力で積立て財源を縛り上げようというものでした。
円とドルがペッグしているがためにおこる貸出しの総量規制が響いているのでしょう。
労働者に増税と名目で銀行税を取り立てたうえで、給与分配を増やす。
そうなると、ますます正社員である特典が揺らぐことになり、安い給与を望むようになると考えられます。
日本が出す求人倍率も履歴書を書かせたいためのもの。
盗難被害にあった被害者たちのそれも警察の書類を書かせたいためにおこるもの。
会計の水増しは相当な痛みを伴うものであったと考えられます。
それもこれもひとえに金が金を生ませるというプリント方式が招いたものでした。
郵政の株券部分は三井に持っていかれ、財源はとうに発行されている銀行券の半分以上買われています。
その前に、未婚女性を就職未定者に含ませるかどうかですよね。
これ以上仕事を増やすなという現場職員の意見に激しく賛同しますね。
3月 12th, 2007 at 9:26:52
安部外交では、早晩、円高が起こる
ユーロとドルと円と人民元のリバランスが起こる
米韓FTAは、ノムヒョン政権の基本的政策である反日反日本経済を目指したもので、米韓の日本部品産業の弱体化狙いだ
三角合併も中小企業の技術が主要な目的だと思う
日本の大企業は、系列関係に非常に甘えがある