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  • 03/12/2007 (8:19 am)

    岩田規久男「そもそも株式会社とは」

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    岩田規久男「そもそも株式会社とは」

    従業員主権論と株主主権論という株式会社に関する2つの見方の比較対照を中心に、多くの先行研究を参照しつつ、会社の付加価値の主要な源泉足り得る従業員への正当な評価の必要性を認めるとともに、外部チェックの必要性の観点から株主主権論への不当な評価を批判するのが本書です。以前、webmasterは次のように会社を乱暴に理解することの問題を説いたのですが、

    次に法人名目説と法人実在説についての議論だが、そもそも人がつるんでなにがしかの行動を行うという実態が先にあり、それをコントロールするために会社法が定められ(、さらにそれを支える理論として法人○○説が唱えられ)ているのだから、会社にそれぞれの要素があるのは当たり前。演繹的にそもそも法人とは○○であって、と論じてみてもどこかに矛盾を来すのは必然である。

    二歩目はこれからどこへ踏み出すべきか−「会社はこれからどうなるのか」(岩井克人著)(webmaster注:現在、tDiaryを停止していることとの関係で、拡張子が”.html”のものは404エラーになるよう設定しています。Googleキャッシュなどお使いいただければ・・・)

    そうした立場からすれば、観念論に流れることなく事実を積み上げて論ずる本書はお薦めといえます。

    #そういえば、「従業員主権」「株主主権」という場合の「主権」って、英語では何ていうんでしょうか? “sovereign(ty)”(3/15訂正)ではないですよね?

    以上の肯定的評価を前提に、気になった点を3点。

    1点目ですが、

    日本の大企業の経営者は株主の支配から自由でした。そのため、経営者は株主に株式市場で決まった株式収益率を保証するという目的も、株価を引き上げるという目的も持っていませんでした。経営の主たる目的は、高い売上高成長率やマーケットシェアの拡大、新製品や新事業の開発などでした。このような経営目的のもとで、高い経済成長率が実現したため、会社の収益も拡大し、その結果、株価は趨勢的に上昇しました。株価が趨勢的に上昇したために、低い配当にもかかわらず、長期保有の株式については、結果的に高い株式収益率が実現しました。

    p92

    との記述についてです。

    配当政策についてのMM(Modigliani & Miller)命題を前提とすれば、利益を配当に回そうが内部留保から再投資に回そうが、株主にとっての利益は変わらないことになりますから、「株価が趨勢的に上昇したために、低い配当にもかかわらず、長期保有の株式については、結果的に高い株式収益率が実現しました」というのは因果関係が逆ではないでしょうか。企業の生産活動そのものが株式収益率を決定するのであって、生産活動そのものが好調であれば配当政策に無関係に株式収益率は高くなりますし、逆もまたそうです。

    もちろんMM命題は必ず現実に妥当するものではなく、税制の違い(キャピタルゲイン課税と配当課税が異なれば、株主にとって有利な税制の方による(税調整後の)株式収益率が高くなります)や内部留保による再投資機会の競争性(Googleや以前のMicrosoftが無配当だったのは、彼/女ら自身の投資機会が他のそれよりも収益率が高く、加えてそこへの参入がなかったので、内部留保に回したほうが株式収益率が高くなるからです)などにより、現実にはいずれかの株式収益率が好まれることがあります。しかし、そうした検証もなく、アプリオリに配当があたかも好ましい利益処分で、内部留保・再投資は結果として偶然にも成功したのだというのは、理論的にいかがでしょうか。

    2点目ですが、

    ケスターが日本型企業統治を検討する際に用いているのは、マイケル・ジャンセン(ハーバード大学経営学部教授)のフリー・キャッシュ・フロー理論(Jensen(1986))です。

    フリー・キャッシュ・フローとは、株主価値を増大させるようなプロジェクトを実施するために必要な資金を超える現金のことをいいます。ここに、現金とは文字通りの現金だけでなく、換金しやすい金融資産も含みます。

    会社が投資のための資金を増資に頼らなければならない場合には、経営者は株主の利益に十分配慮して投資を決定しなければならないでしょう。しかし、会社が保有する現金がその会社の投資機会に対して豊富になれば、会社は増資などの外部資金に頼ることなく投資できるようになります。現金が豊富になるにつれて、その使い道に関して経営者の自由裁量の余地は拡大します。そのため、経営者は株主の利益よりも自分自身や株主以外の利害関係者の利益、とくに従業員の利益を優先してその現金を使おうとするようになるかもしれません。

    (略)

    日本の会社、とくに大企業には豊富な現金を保有しようという誘因があります。というのは、大企業は終身雇用という暗黙の契約を正社員との間に結んでいるからです。また、正社員が退職するときには退職金を支払う必要があります。終身雇用という暗黙の契約を守り、退職金を支払うためには、会社は豊富な現金を持っている必要があります。したがって、正社員は会社が現金を配当として株主に支払うことには大反対で、かりに会社が配当を増やそうとするものなら、「自分たちの将来を売るものだ」といって激しく抵抗します。

    (略)

    第一次石油危機後、日本の会社、とくに大企業は投資機会が減ったため、投資機会に比べて多額な現金を保有するようになりました。(略)

    その結果、経営者は豊富な現金を株主の利益にならないような方法で使い始めました。その使い途は、多角化という名目の下に、会社が持っている経営資源とはまったく無関係な分野へ投資することでした。これは、先に紹介したポーターが「日本の会社の多角化は関連のある分野への多角化が多い」という指摘と対立する指摘です。

    pp104-106

    という記述についてです。あくまでケスター説の紹介であって著者自身の説とはされていませんが、他の説が批判的紹介だったり、何らかの留保が付されていることが多い一方で、ケスター説にはなんら留保は付されていないので、著者自身が賛同する見解であると考えて差し支えないでしょう。

    ここで、フリーキャッシュフローは現金+金融資産と定義されていますが、日本の大企業にとってのフリーキャッシュフローの源泉が終身雇用(による年功序列に基づく将来の高額の給与負担)と退職金への備えというのであれば、それを多角化の投資に使ってしまえば、現金+金融資産というフリーキャッシュフローの定義からははずれてしまうので、フリーキャッシュフローは減少することになります。

    とすれば、正社員は多角化投資に反対してフリーキャッシュフローはフリーキャッシュフローとして維持すべきと主張するでしょうし、そうした意向が経営判断に反映されてこそのフリーキャッシュフローの蓄積であるならば、多角化投資は行われないということになってしまいます。つまり、フリーキャッシュフローが蓄積される際と、それが使われる際の説明が整合的ではないのです。

    webmasterはむしろ、含み益の拡大が経営者の自由になる投資余力の増大につながったのではないかと思います。含み損益についての情報開示が適切になされていなければ、株主がその規模を知らない含み益を原資とした‐実際には、含み益込みでの担保評価による銀行借入が多いでしょう‐投資については、十分な監視が行えるはずもありません。お金を貸す銀行は銀行で、担保処分すれば回収可能だと判断すれば、審査や監視も甘くなるのは当然でしょう。

    3点目ですが、

    この欠点を克服するストック・オプションとして、アメリカの企業金融助言会社のベネット・スチュワート(Stewart(1990))は、次のような新型ストック・オプション制度を提案しています。

    いま、ある会社の株式の価格が1000円であるとしましょう。このとき、ストック・オプションの権利行使価格を株価の10%割引の水準、すなわち、990円に設定します。通常のストック・オプションでは、経営者はオプションを無償で獲得できますが、新型ストック・オプションでは、経営者は株価の10%に相当する価格、すなわち10円を支払ってオプションを獲得します。この10円は経営者にとってのオプション獲得のコストになり、オプション料と呼ばれます。

    pp196,197

    という記述についてです。

    重箱の隅で恐縮ですが、1,000円の株価を10%割り引けば900円ですし、オプションプレミアムは100円になるのでは・・・(あるいは、10%でなく1%)。

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