平成デフレの経済学的検討と経済政策のあり方(後編)
一昨日の続きです。
オルタナティヴ再び
話は変わります。適正な金利水準もなんとかリアルタイムで計測可能だとします。デフレ期を均してみれば(短期)実質金利はだいたい1〜2%といったところでしょうけれど、3%が適正な実質金利の水準であったと当時判明していたと仮定しましょう。そのぐらいであれば、適度に「ゾンビ企業」にdispelを食らわせる(ごめんなさい、Wizardryネタです)一方で、需要はそれほど減衰せず、最適な実質成長率が確保される、そういう状況であったと考えてみるのです。
ここで実質金利がだいたい1〜2%とは、名目金利がゼロである一方で、インフレ率(GDPデフレータを念頭に置いていますが、それは本質ではありません)が▲2〜▲1%であったということです。これを3%に引き上げるためには、実績から出発するならば、単純な算数の問題として、
- 名目金利を1%程度まで引き上げる、
- インフレ率を▲3%程度まで引き下げる、
のいずれかということになるでしょう。
しかしながら、これは「実績から出発するならば」という前提があっての話です。実質金利の定義とは、
- 実質金利=名目金利−インフレ率
ですから、実質金利3%を満たす名目金利とインフレ率の組み合わせは無限に存在します。例示するなら、
- 名目金利3%、インフレ率0%
- 名目金利10%、インフレ率7%
- 名目金利100%、インフレ率97%
のいずれにおいても、実質金利は3%となります。となれば、どの組み合わせによる「実質金利3%」がよいのかを検討すべきでしょう。
インフレ率と市場の調整機能
さて、「ゾンビ企業」がはびこると何が悪いのかという当初の問題意識に立ち返ってみます。市場の調整機能とは、煎じ詰めれば各種の資源をよりうまく使える者にあてがうことです。「ゾンビ企業」とは、資金にせよ労働力にせよ、その有する資源を有効活用できないにもかかわらず、本来ならば有効活用できないなら競争に敗れて市場から退出するものを、銀行の追い貸しで市場に留まり続けることができるため、資源を抱え込んでいる存在です。そのため、「各種の資源をよりうまく使える者にあてが」うことができなくなっていることが問題だということになります。
#で、実質金利が高くなれば、(仮に追い貸しを受けることができても)金利が払えずに退出に追い込まれる、というわけです。
このような話を持ち出したのは、「実質金利3%」を構成する名目金利とインフレ率の組み合わせを選ぶ際にも、この観点から検討することが適切だからです。市場の調整機能を損なう「ゾンビ企業」を退治する手段として、別の形で市場の調整機能を損なうものを持ち出しては台無しです。
(高率の)インフレはよくないことだとはよく言われますが、それもこの文脈においてのことです。資源を有効活用できるかどうかは、市場においては、より高く買うかどうかで振り分けられます。高い値段を出してでも割に合うとは、それだけ有効活用できるからだ、ということなのですが、物価がどんどん上がっていくような状況では、この振り分けの基準がうまく働かないのです。
例えばAさんがとある不動産を1億円で買おうとBさんと交渉していたとき、Cさんが後からBさんに自分なら2億円で買うよ、と言ってきたのでBさんはCさんに2億円で売ったとします。本来であれば、CさんはAさんより2倍の対価を支払っても割に合うと考えているということで、Cさんにこの不動産が渡った方がより有効活用されるということになるでしょう。
しかし、物価が激しく上昇しているような場合においては、Cさんが2億円で買うといったときにAさんに再確認すれば、実は2.5億円で買うというかもしれません。Aさんの提案とCさんの提案との間に1ヶ月の間が空いていたとして、物価が1ヶ月で2.5倍になるような状況においては、Aさんが適正な対価として思い描いた1億円は、1ヶ月後には(平均的には)2.5億円になっているわけです。
このほか、ものを売る側の売り惜しみ(もう少し待てばもっと高く売れるかも、というもの)や買う側の買占め(オイルショック時のトイレットペイパーが有名な例でしょう)もまた、適正な価格・タイミングでの取引を阻害し得るものですから、適正な資源配分を損なうものと言えましょう。価格は財やサービスの価値を図る物差しですから、それが伸び縮みするようでは困ってしまうのです。
よって、「実質金利3%」といっても、先の例で言えば名目金利100%とインフレ率97%なんていう組み合わせでは、せっかくの「ゾンビ企業」を退治する効果も減殺されてしまうでしょう。
適正な「実質金利3%」
では、インフレ率は低ければ低いほどいいのでしょうか。低さを極めればマイナス、すなわちデフレの状況が思い浮かびますが、この状況下では物差しの伸び縮み以外にも困ったことが生じます‐もちろん、市場の調整機能の観点から。それは、価格の下方硬直性の存在です。
例えば理屈からいって、名目金利はマイナスにはなりません。というのも、マイナスでお金を貸すぐらいならば現金のまま持っておいた方が得だからです。金利はお金の値段ですから(金利1%とは、1年間お金を自由に使う対価がそのお金の1%分だ、ということです)、お金の貸借には価格の下方硬直性が存在します。また、賃金の下方硬直性も、経験則的によく知られているものです。
こうした価格の下方硬直性がある財・サービスと、それがない財・サービスとの間では、デフレにおいては物差しが歪みます。前者は本来価値が減じているにもかかわらず、物差しはその価値の減少を正しく表しません。一方後者は、価値の減少が正しく物差しに反映されます。これら両者が同じ価格だとしても、前者は過大表示、羊頭狗肉の状態になっているわけですから、資源配分がうまくいかなくなってしまいます。
とすれば、物差しが歪まない状態=インフレの状態こそが、市場の調整機能が適切に発揮される前提である、ということがいえます。あまりに高ければそれはそれで問題だとは既述のとおりですが、それほど高くはない水準‐年2〜5%ぐらいといったところでしょうか(もうちょっと高くてもよいのですが、世間的なインフレへの嫌悪からすれば、この程度でしょう)‐であれば、高率のインフレの副作用はほぼなく、他方で下方硬直性に由来する物差しの歪みからもまぬかれるということになるわけです。
#よりご関心の向きはkaikajiさんによるアカロフらの議論のご紹介をご覧いただければ。
以上から、「実質金利3%」を実現するにしても、名目金利が5〜8%、インフレ率が2〜5%といった組み合わせが良さそうだ、ということがいえるのです。
急がば回れ
この組み合わせは如何にして実現できるかを考えれば、結局のところはリフレ政策ということになるでしょう。リフレ政策といってもヴァリエイションがありますが、少なくともスヴェンソン提案の「バカでもできる(the Foolproof Way)リフレ政策」がバカではできないとの指摘はwebmasterは寡聞にして存じませんので、これによれば必ずマイルドインフレは達成できると考えて問題はないはずです。
問題があるとすれば、マイルドインフレ達成過程においては実質金利が下がる=「ゾンビ企業」が生き延びやすくなることですが、その期間がそれほど長くなければ、遠からず「ゾンビ企業」からは資源が解放されるのですから、それほどの実害はないでしょう。実質金利を上げたことで継続が見込まれるデフレ下において、資金の貸借市場や労働市場での調整がろくに働かずに資源配分が損なわれることに比べれば、少しでも早く「バカでもできる」方法でマイルドインフレにしてしまってから実質金利を上げ、存分に「ゾンビ企業」を土に還す方がよほどましです。
ちなみにこの議論は、現状の日銀の行動への皮肉としても通用します。もし巷間言われるように(公式には認めていませんが)金利の正常化=現状よりも高い名目金利を目指しているというのであれば、一定の実質金利水準を念頭に置いていると仮定すると、インフレ率を上げることこそが名目金利を上げる早道になるからです。ちまちまと実質金利を上げてインフレ率を頭打ちしているようでは、かえって名目金利はなかなか上げられないのですよ、と。
(完)
えっ、「完」じゃなかったの?
林先生編集の3巻本(の一部)を読まれたkoiti_yanoさんのエントリは、ここでの一連のエントリよりもよほど有益ですので、よろしければお読みいただければ。
