bewaad institute@kasumigaseki

  • archives by smart archives
  • 03/26/2007 (7:58 pm)

    横田由美子「私が愛した官僚たち」

    Filed under: government, book ::

    著者が重ねてきた「官僚たち」への取材をまとめたものですが、本書で出てくる「官僚たち」は、決して霞が関住人の多数派ではなく、霞が関から出て行った/出て行きたいと願う「官僚たち」であることに留意した上でお読みいただければ、というのが率直な感想です(そういえば、amazonに好意的な書評を寄せている海援隊さんことquecheeさんも、近頃霞が関から出て行かれたようで)。そのことに著者もある意味では自覚的で、別の意味ではまったく自覚的ではないと思わせるのが次の記述です。

    彼らを取材していると、週末のスケジュールは大抵「勉強会」で埋まっていく。各省で目立つ若手が、勉強会を主催している例は本当にたくさんあるので、どれに参加するか迷うぐらいだ。(略)

    (略)

    しかし、外部と積極的に接触したがる割合は、全体の三割程度のようである。

    先ほど私は、「これまで数百人の若手官僚に会った」と書いたが、私が会っているのはごく一部であり、全体像を捉えることなど到底できないことを認めざるを得ない。あるキャリアによると、若手は大きく三つのパターンに分かれるという。

    ひとつは、霞が関の外に目を向け、積極的に情報収集をしようとする人たち。将来的にメディアで露出することや政界に打って出ることも考える、やまっ気のあるタイプが含まれる。巨大な活字で名前を刷り込んだ、政治家と見間違うような名刺を配っている官僚もいる。

    一方、他人とのコミュニケーションの方法を知らない人たちも少なからずいて、彼らは内側に籠もりがちだ。このタイプは、パーティなどにはまったく顔を出さないので、ほとんど会う機会がない。広報を通じた取材でこのタイプに当たることがあるが、以外に純粋な印象を受けた。

    最も問題なのは、沈黙を好むタイプだ。出世と保身しか考えず、上の顔色と人事ばかり見ていて、外部の人間に対してはひどく傲慢、不快感を与えるタイプである。”ヒラメ”と呼ばれるこの層が、霞が関では大勢なのだ。

    pp9-12

    ある意味では自覚的、というのは「私が会っているのはごく一部であり、全体像を捉えることなど到底できないことを認めざるを得ない」としている部分で、まったく自覚的ではない、というのは「”ヒラメ”と呼ばれるこの層が、霞が関では大勢なのだ」という部分。「広報を通じた取材」以外で著者に接するようなタイプは、その多くが「霞が関の外に目を向け、積極的に情報収集をしようとする人たち」であって、それ以外のタイプではないでしょうから、結局は著者の持つ「官僚たち」のイメージとは、「霞が関の外に目を向け、積極的に情報収集をしようとする人たち」に対して著者が抱いたものと、彼/女らの持つイメージを吹き込まれたものとの2種類が大半でしょう。

    #しかし、著者の観測が正しいのであれば、霞が関(のキャリア)には3割もそっち系がいるんですねぇorz。

    つまりは客観的には霞が関住人を見ることができておらず、多様なそのあり方のひとつに縛られてしまっているわけですが、その理由は著者自身がエピローグにおいて明らかにしています。

    この三年にわたる取材活動は、私の自分探しの旅であったのかもしれないと思う。

    私は、バランスの悪い、過剰な人間だ。

    (略)

    自分のバランスの悪さを補うために、私は努力した。仕事は努力した分だけ返ってくる。人に気持ちを預けすぎてしまい、その見返りを得られないときに感じる救いようのない絶望感からは逃れられる。

    そして私は、バランスの悪い彼らに、どうしようもない親近感を感じてしまうのだ。

    彼らと私に、大きな能力の差があることをじゅうぶん承知している。それでも、ある種のバランスの悪さを仕事に打ち込むことで解消していることは、共通している。

    この取材がうんざりすることの連続であっても、彼らをどうしても嫌いになれないのはそういうわけなのである。

    pp229,230

    以上から察するに、バランスのとれた霞が関住人‐霞が関という職場に過剰な幻想を持たず粛々と職責を果たし(霞が関を辞めていく人々には、過剰な幻想を霞が関に抱いて就職時にキャリアを選び、それが現存しないのだと裏切られた気持ちになり、どこか別の場所にそれがあるはずと別の道を探すという傾向が、一般的には強いのだとwebmasterは思います)、プライヴェイトにおいてもごく普通に暮らしている人々‐は、著者にとって認め難い存在なのでしょう。言い換えれば、バランスのとれたある意味安穏とした生き方を認めることができず、どこかにアンバランスさを見出さざるを得ないのでしょう。

    #バランスがとれていればいいとか、アンバランスが悪いとか、そういうことを申し上げたいわけではありません。為念。

    あるいは、webmasterとてこのようにネットにてちんけとはいえ言論活動をしているわけで、それはある種のアンバランスさの表出ではありますが、著者と共感しあう類のアンバランスさではないわけです(少なくとも、「仕事は努力した分だけ返ってくる」なんていう楽観主義には縁遠い人間ではあります)。そうしたアンバランスさに対しても、おそらくは理解が及んでいません。それらをひっくるめたある種の理解し難い存在への評価が、「”ヒラメ”と呼ばれるこの層が、霞が関では大勢なのだ」に凝縮しているように、webmasterには見えます。

    #「他人とのコミュニケーションの方法を知らない人たち」がアンバランスであることは、改めて説明するまでもないでしょう。

    これらの裏返しとして、著者が親近感を感じるようなタイプの「官僚たち」については、かなりの程度その内面を探り出すことに成功しているといえるでしょう。おそらくは共依存が成立していて、その手の「官僚たち」にとっても、著者=ジャーナリスト(フリーライター)が着目したという事実により、自らの選択が間違ってなかったとの安心感を得ることができるはず。その結果、

    いまにして思えば、役所の仕事は楽しかった。出てみてあらためて、役所に、いかに情報が集中していたかということを思い知らされる日々だ。役人でないと会えないような人にもたくさん会うことができた。

    官庁を出てみて良かったとは、残念ながらいまはいい切れない。

    正直いって、「戻れるものなら、霞が関に戻りたい」と思うこともある。

    pp76,77

    といった、なかなか人には言えないであろう気持ちを引き出すこともできたのでしょう。多くの場合、そうは思っていても他人に正直に打ち明けられるようなものでもないものですから。

    とはいっても、例えば霞が関はダメだと吹聴する霞が関出身議員であっても、同期会などの場では「あれは選挙のための方便であって、霞が関にはいいところだっていっぱいあるけれども、そんなことを言っていては票がとれない」なんてことを言っていたりもするのが現実(笑)。どちらが彼/女らにとっての真実なのか、webmasterは知りませんが、相当程度本音を引き出しているであろう本書であっても、そのすべてではなく一部のみを切り取っているに過ぎないとは、留保をつけざるを得ないでしょう‐どんなものでもそうですから、これは当たり前の事実の確認ということですが。

    add to hatena hatena.comment 1 users add to del.icio.us 0 user add to livedoor.clip 1 users

    8 Responses to “横田由美子「私が愛した官僚たち」”

    1. 入省1週間前 Says:

      Bewaadさん、おじゃまします。出版された当日に刺激的なタイトルに惹かれて目を通してしまいました。アンバランスな人というよりも、人間の抱える矛盾や葛藤、アンビバレンスを解消(アウフヘーベン?)出来ない人という印象を受けました。多かれ少なかれ、生身の人間ってそういうものだと思うんですけど・・・(^_^;

      処世術として、そういうものから目を背けたり、他のもので穴埋めをしたり、コロンブスの卵のようなソリューションで解決したり(新しい壁にぶつかるにしても)、あるいは才気だったロジックで自己正当化したり、清濁飲み込んでそれと向き合ったりするなどいろいろあるんでしょう。

      何か外務官僚に対する手厳しいコメントを見て同族嫌悪の匂いを感じてしまいました。何か外部に対象を求めて、自分の立ち位置を確認するという作業に、著者のインタビューの作業と、冗談にしてもわけのわからないくどき方をした問題の外務官僚の言説がどこかしら似ているように見えます。

      それもやっぱり、そういう側面もあるという部分的なあれに過ぎないのかもしれないですが(汗)

      ヒラメも愛してあげて欲しいです。次作にそれを期待できないかもしれないですが。

    2. yy Says:

      あるグループに属する人々について書く、というのは、ある個人について書くことより遥かに難しいのですね。一つ間違えれば、ただのレッテル貼りに陥りかねませんし。
      数百人の官僚と会いながらも、そのことに対する自覚をある程度お持ちでいるだけでも、著者を評価したいと思います。
      著者のような経験も自覚もない人々による官僚批判が、世間には溢れかえっていますから(笑)

    3. webmaster Says:

      >入省1週間前さん
      まあ確かにタイトルは、複数の官僚の愛人になったことのある者がその恋愛遍歴を赤裸々に語る、といったものを想像させますよね(笑)。

      結局のところ、アンバランスというかどうかはさておき、「エリート」だって自分と同様の悩みを抱えているのだ、ということを見出して安堵しているのでしょう。おっしゃるとおり人間ならば当たり前で、それでいいのだとのある意味での開き直りにつなげることができればよいのでしょうけれど、同病相哀れむといいますか、足元のみを見がちな姿勢のようなものが、私のような脳天気な人間にとってをたじろがせるに十分なものがあります。

      で、いよいよ1週間を切ったわけですが、いかがですか? 自由時間の貴重さは入省後には身にしみてお感じになられるでしょうから、なるべく無駄の多い時間のすごし方(笑)をお薦めいたします。

    4. webmaster Says:

      >yyさん
      確かにより悪いのは、自分は霞が関にいたのだからよくわかっているとして著者にそのようなことを吹き込む連中ですねぇ。こっちにはそっちがある程度想像つきますが、あっちからこっちは「抵抗勢力」としか認知されてない可能性が極めて高そうで・・・orz。

    5. 鍋象 Says:

      僕の数少ない官僚(元官僚)との接触で得た印象は、どこかに逆鱗があって、うっかりそれに触れると、突如目が据わって物凄い勢いでマシンガンのように反論を並べ立てるというものです。そういや法律にしても答弁の原稿つくりにしても、言葉を武器に仕事をしているんだなぁと納得しちゃいました。
      まあ、自分もマクロネタが逆鱗で、某議員相手に思いっきりマシンガンで返しちゃうので他人の事は言えないのですが。

      経済企画庁に入った大学の後輩が遊びに来て、酒飲んでいたときにも、うっかりそいつの仕事の話になったらそんな感じになっちゃった。そういう反応とはもっとも縁遠いと思っていた後輩だったので、ちょっとショックでした。
      ショックと言えば、就職活動中の話。人の良い真面目なゼミ先輩が、某生保に就職。まだバブル組みの僕たちのところに会社の宣伝に来たんですが、ブランド物に身を固め、人を上から見るような態度に変わっていた事が。また彼女いない暦22年で長銀に入った奴が、OB会であったらパーマかけて毎週合コンやってBMWに乗っているなんて驚愕もありました。

      人は周りの環境に染まっていくようです。良い染まり方をする人もいれば、悪い染まり方をする人もいて。本人は気づいていない事が多いので、常に気をつけないといけないですね。

    6. webmaster Says:

      >鍋象さん
      私のどこかにも逆鱗があるのだろうかと思うと、なかなか複雑な気分になるご指摘でございます(笑)。まあ議論の好きな連中が多い傾向にある、ということはいえるのではないかと、私の半径50mの経験も言ってはいますが・・・。

    7. kumapenguin Says:

      私も一度省の先輩が開催していた勉強会に入省直前に参加したことがあり、本の著者と会話をした記憶があったので、つい購入してしまいました。そのときの勉強会は、あまり生産的でないというか子供っぽいなと思ったので、それ以来その類の会には参加することはありませんでした。拝読してその感を強くしましたが(笑)

    8. webmaster Says:

      >kumapenguinさん
      私も「勉強会」なるものには参加したことがないのですが、本書を読んでやっぱり、と思った口です。あんまりコストパフォーマンスがよくなさそうといいますか、プライヴェイトに使える貴重な時間を割くだけの価値はないなぁ、と(笑)。

    Leave a Reply

    TrackBack URI