公務員の若年昇進の是非
25日に引き続き、いちご経済/経済学板からですが、そこで示された質問にお答えするのは今回を最後とするので、くれぐれもいちごにはこの手の話を書き込まないようお願いいたします(板違いで迷惑になりますので)。もし何かありましたら、あくまで当サイトに書き込んでいただければ。
1015: 名無しさんの冒険 2007/04/24(Tue) 17:17
BEWAAD氏
日経ネットPLUSで渡辺大臣が、「実力があれば30代で局長、40代で事務次官になれる制度に」と主張している。
BEWAAD氏はよくご存知だと思うが、太平の時代には皆波風を立てるのを恐れ、年功序列ガチガチの制度になるのは江戸時代を見ても日本海軍を見てもよくわかると思う。(ここで言う「年功序列ガチガチ」とは、同期の中での出世競争はあり、その意味での業績評価はもちろんあるが、例えば、年次が10年下のものが一気に昇進するということがありえない、という意味で使っている)
渡辺大臣も、別に、「常に局長は30代から、次官は40代から」ということを言っているのではなく、実力のある人間がいれば年次にとらわれずに人材を登用していく、ということであり、大学での「飛び級」制度同様、あくまで可能性を開くというものであって、それが大いに利用されるかはわからないが、可能性を開くことには一定の意義があるのではないかと僕は考えている。
近年退職する若手官僚諸君を見ていると、全般に「結果が早く欲しい」という人が非常に多いと感じている。その意味では、実力があれば 必ずしも年次にとらわれない人事制度を作る事はおそらくBEWAAD氏もそうであろう課長補佐以下の若手官僚諸君にとっては悪い制度ではないと思うのだが、この点、BEWAAD氏はどのようにお考えになるだろうか。
(略)
1017: 名無しさんの冒険 2007/04/24(Tue) 17:33
なお、僕はこれまでの霞ヶ関の人事制度は、一定程度機能を果たしてきたと考えている。少しずつ下がってきてはいるが、生涯ベースで見ていけば、日本の大企業生涯所得トップ20程度に相当する、悪くとも4億後半の生涯所得が期待できるシステム、同期が入省20年程度までは同じペースで昇進するシステムは組織内部が負のエネルギーで覆われる事を防いできたし、重要な役割を果たしてきたといって良いだろうと思う。
しかし最近の若手諸君の話を聞くと、子どもの数が減り家庭での相対価値が上昇したことが大きいのだと思うが、「下積みはやりたくない」「オレは民間に出れば30で年収2000万は取れる人材だ」という思いを持っている諸君(自己評価が非常に高い人材)は霞ヶ関を早期退職してしまう傾向が強いと感じている。
霞ヶ関の離職率に関しては、キー局など異様に離職率の低い職場を除けば、日本の大企業と比較しても、実はマスコミでの報道とは異なり、少しずつ上昇してきてはいるが、離職率は実は非常に低い水準であるというのが実際のところである(入省5年以内の離職「率」で見ると、10%以下、これは民間と比較するとキー局に次ぐ優等生)
若手諸君の「オレはもっと出来る」という気持ちが離職の一因としてあるのなら、その思いに応えてあげられる制度の導入も意義があるのではと思うのだが、どうだろうか。
いちご経済/経済学板「日銀はより大胆な金融緩和をパート2」スレ・レス1015-1017
ここでの「実力」なるものがどのようなものを意図しているのかはわかりませんが、webmasterが見る限り霞が関においては(そして、民間企業をはじめ多くの他の組織においてもそうだと思いますが)、俗に頭の回転のよさといわれるような類の能力については、幹部クラス(とりあえず、総務課長級以上としておきましょう)にはあまり求められていません。幹部クラスに求められるのは、何よりも政治家や関係団体等との調整能力であり、次いで組織の管理能力でしょう。
#ですからwebmasterは、賃金等の待遇をどこまで考えるかには留保が必要でしょうけれども、基本的にあまり出世したいとは思わないのですが(笑)。
そしてこれらの能力は、想像するにたやすいですが、それなりに年功序列が意味を持つ分野でもあります。調整能力とは、その多くをコネ等の人的関係に依存しますし(で、人的関係は、質は議論があるにせよ量は、明らかに年を経るごとに増えるものでしょう)、管理能力についても、その組織特有のカルチャーを踏まえねばならず、経験が豊富で損をするということは考えづらいといえます。
したがって、若い人間をそれらのポストにつけても、まあ抜きん出て優秀な者であれば例外なのかもしれませんが、その能力を十分に発揮できるとは思えませんし、何より当人にとって決して面白いものではないでしょう。優秀だと自認するような人間にとってやりがいのあるポストとは、課長〜係長級で担当する内容が面白い部署であるとwebmasterは思います。
偏見を承知で申し上げるなら、引用文中の「自己評価が非常に高い人材」は、数年もいればわかるその程度のこともわからないか、それともどこかに自分がしたいことが何でも自由にできる職場があるはず(当然ながら、事務次官であれ局長であれそのようなことはまずありません)という「青い鳥」症候群の患者かのいずれか(または両方)でしょう。自分がどうしてもやりたいことができないとすれば、それは上司をはじめとする関係者を説得する程度の能力もないのだと自覚すべきで、そうした自省もなく環境が悪いと愚痴るような人間は、どうぞ霞が関から出て行っていただければ、というか積極的に出て行ってほしいですね(笑)。
もう少し制度的な話をするのであれば、若くして幹部クラスに登用した者のその後の処遇をどうするかについては、慎重な検討が必要でしょう。大雑把に分類すれば、
- 「長期政権」(定年まで20年以上同一ポストにとどまること)を許す
- 「長期政権」を許さず辞めさせる替わりに
- 食うに困らないだけの退職金and/or年金を給付する
- 他の組織で働いてもらう
のいずれかでしょう。形式的には下っ端に戻って働いてもらうということも考えられますが、民間企業だって、いったん役員になった人間が降格するというのは例外的ですよね? 霞が関の局長クラスは、民間で言えば十分役員相当(それも、単なる平役員ではなく、本部長以上クラス)ですから。
1.は明らかに弊害の方が大きいでしょう。地方公共団体の首長の多選批判が典型ですが、トップがずっと変わらないというのでは、どうしても路線が固定化しますし、下の人間も上に迎合するきらいがあるのは否めません。2.1.はひとつの選択肢ではありますが、現在の霞が関を巡る政治環境からすれば、現実性に乏しいといわざるを得ないでしょう。
残るは2.2.ですが、これだけ天下り批判が喧しい中、これまたどこまで現実性があるかどうか。今の天下りですら、50代・60代だからこそ霞が関よりも処遇の悪いところに行かせることができているわけで、30代・40代の人間に組織として辞めさせるために次の職場を探すといっても、喜んで辞めるような場所を見つけ出すのはきわめて困難でしょう。
#事務次官や局長の処遇を下げることにより次の職場の相対的価値を上げるというのは、「自己評価が非常に高い人材」への対応としては矛盾でしょうから、ここではそのような対策を併せて講じることはないものとして考察を進めます。
となれば、任期付採用で居座ろうとしても居座れない制度として放り出し、後は自力でなんとかしろとするしかないでしょうけれども、これもまた事務次官なり局長なりにいる間は好待遇だとしても、生涯賃金ベースで考えれば少なくともリスクは高くなるわけで、「自己評価が非常に高い人材」への対応としては不十分でしょう。そのような人間であれば、自分はまだまだやれるのだからもっとやらせろ、なんてことをいかにも言い出しそうですし(笑)。職務権限を使っての職探しを公認するなら別でしょうけれども。
結局、若くして事務次官や局長への昇進を可能にしようとすれば、ことそれだけを取り出すならば悪くはなさそうですが、関連して生じ得る問題まで視野に入れると、そう簡単に評価はできないだろう、というのがwebmasterの見解です。現に各国の公務員制度を見る限り、若くしての幹部への昇進があり得るものとして思い浮かぶのはアメリカですが、あちらはリヴォルヴィングドアと一体となったもの。それこそ「職務権限を使っての職探し」が半ば公認されているからこそ、若くして登用し、お役御免となれば放り出すことができるわけですから。
