大田経済財政政策担当大臣の虚偽答弁
最近の2ちゃんねる(の一部)で、次の国会質疑が話題になっていました。
○佐々木(憲)委員 日本経団連の会長の御手洗さん、さらに財界の代表。ですから、四人のうちの二人は財界代表ですね。あとは学者の代表の方といいますか。それで民間四議員が形成されて、その四議員が常にこの間、連名の議案の提起をしている。
その議案の提出の下作業を大田さんは大臣になる前、つまり竹中さんの時代にやられていたというふうにお聞きしますけれども、そういうことですか。○大田国務大臣 民間議員が四名の名前でお出しになるか、お一人の名前でお出しになるか、あるいは二人にするかは、民間議員の話し合いによって決められるものです。
私が内閣府勤務時代にやっておりましたのは、民間議員の御意見を集約しながら、民間議員提案のたたき台をつくるお手伝いはしておりましたが、最終的にペーパーをおつくりになるのは民間議員です。○佐々木(憲)委員 民間四議員の実際上の事務局的役割を果たしておられて、その財界の代表の方々も含めた御意見を聞き、そしてそれを整理して、提案するペーパーにまとめていく。もちろん民間四議員の責任で出すわけですからね。しかし、それに深くかかわっていたということだと思うんです。(後略)
(略)
○佐々木(憲)委員 (略)
大田さんが書かれた「経済財政諮問会議の戦い」、これをじっくりと私も読ませていただきました。この中で、大田さん自身がこう言っておられるんですね、「諮問会議の民間議員が特異な位置を占めるのは、みずからペーパーを書くという点にある。」と。「特異な位置」と言っているんですよ。それで、「原案が作成されたあとは、それに対する修正要求しかできなくなる。常に、原案の作成者が優位に立つのである。」と。(後略)○大田国務大臣 私の本を読んでいただきまして、ありがとうございます。
本のその部分ですけれども、まず、民間議員が紙を書くところに特別な点があるというのは、他の審議会との違いを書いております。他の審議会は、民間の方がメンバーであっても事務局がたたき台を書くことがほとんどですが、経済財政諮問会議の有識者議員ペーパーは、民間議員がみずから書きます。(後略)○佐々木(憲)委員 いろいろな弁解をしても、実際に大田さんが書かれているのを見ますと、みずからペーパーを書くというのが諮問会議の特異なものであった、特徴であると。審議会では事務局が答案を書き、委員はそれに意見を言う、しかし、この諮問会議の場合は、ペーパーを書くというところに非常に力点が置かれておりまして、それが議論の土台を設定するんだ、こういうふうにみずから書かれているじゃないですか。そして、原案が作成されれば修正しかできなくなるから、だから原案の作成者が優位に立つと。
今までやってきたのは、実際、そういうことなんですよ。そこには労働の代表もいない、消費者の代表もいない。結局は、財界に直結した形での諮問会議の結論がそこから出されて、それが閣議決定に上げられるという形になっているんじゃないですか。結局、与党も無視、野党をもっと無視して、財界の言いなりの形でそれが閣議で行われてきた、小泉内閣時代からそれが続いているというのが実態なんですよ。
第166回国会 予算委員会 第18号(平成19年3月2日(金曜日))
どのように話題になったかは、基本的には佐々木憲昭議員の質問の文脈、すなわち財界の意向が政権の政策運営に色濃く反映されていることを問題視するものだったように理解しています。しかし、霞が関の住人であるwebmasterにとっては、よほど他の点が気になったのです。すなわち、今なお諮問会議における民間議員ペーパーは民間議員自身が書き、他方でその余の審議会等の合議体は官僚がペーパーが書くという点で大いに異なるのだ、という嘘がまかり通っていることです。
審議会等において、一般的な傾向として官僚がペーパーを書いているということをwebmasterは否定するものではありません。となれば嘘とは、諮問会議では民間議員自身がペーパーを書いている、ということに他なりません。かつて紹介しましたが、次のような指摘が既になされています。
竹中平蔵に続き、このポストに非議員の経済学者から抜てきを受けた大田。小泉前政権のうち4年半、経財相を務め、諮問会議を切り回した竹中の直系とも呼ぶべき後継者だ。02年1月から05年8月まで諮問会議の事務方である内閣府に官僚として身を投じていた。経済社会総合研究所の客員主任研究官から参事官、審議官と一歩一歩、役所のヒエラルキーの階段を上がり、最後は局長格の政策統括官(経済財政分析担当)を1年半、務めた。
月例経済報告など政府の景気判断の事務的な責任者だった。同時に竹中諮問会議の舞台回しの要の役割を担っていた。毎回、大阪大教授・本間正明ら4人の民間議員が連名で提出する「民間議員ペーパー」や、毎年、年央に閣議決定して経済財政運営と構造改革の指針とする「骨太の方針」を起草していたのは実は大田だったのだ。竹中と民間議員、それに内閣府官僚の3者の結節点に立ち、諮問会議の実質的な事務局長役を演じていたのである。
NET EYE プロの視点「安倍晋三の経済「高成長派」布陣の賭け(2006/9/27)」
(山田厚史・朝日新聞編集委員) 経済関係の編集委員を務めている。金融財政を長く担当した立場からコメントしたい。
(略)
民間議員の存在が大きく、竹中大臣の参謀がペーパーを起案し、応援団となった。竹中大臣に対する好悪の情はあろうが、説明能力が高く、議論の場で仕切るのも得意であった。ロジカルに議論する場に耐えない人間は、出られなくなる。議事録を見れば、発言している者、していない者は一目瞭然である。イニシアティブを取れる者が勝ちであり、竹中大臣あたりが小難しいことをわーわー言って、最後に小泉総理が「そんなものかな」と言えば、それで諮問会議、いわば御前会議の決定となった。これは大きなチャレンジである。霞が関と永田町が混じるところで、こういう形で今後とも進むかどうかはわからないが、いずれにせよ、みんなの前で議論することになった意義は大きい。
政策分析ネットワーク 第7回政策研究・教育カンファレンス議事要旨(1)
加えて、竹中元大臣の発言として、次のような報道もありました(2006年9月29日付の当サイトで引用した新聞記事ですが、ネット掲載はなく、加えて現在当サイトの過去ログ閲覧を停止しているので、リンクが張れないことをご容赦いただければ)。
──あなたが総務相になって経済財政諮問会議は、政治主導から役所主導に変質したようにみえる。
「私たちは、民間議員4人が連名で出す『民間議員ペーパー』をたたき台にして諮問会議をリードする機能をつくった。省庁が反対しても多数を取れるし、最後に総理に決めてもらうためにも大事だった」
「ペーパーの原案は実はわれわれが書いていた。ところが、われわれが去ると、財務省がペーパーの書き手になってしまった。財務省が諮問会議への影響力を増した、とよく言われるが、違う。ペーパーを乗っ取ってしまったのだ。かつては民間議員と財務相でかなり激しいやりとりがあったが、この1年間は一度もなかった」
東京「小泉改革と歩んで/竹中平蔵氏が語る‐下/諮問会議の変質/原案書き手 財務省に/改革なければ格差さらに」
国会答弁で嘘がまかり通ることも悲しいのですが、それが霞が関批判のためということで問題視すらされないのはさらに悲しいことです。これじゃあ大カトーにとってのカルタゴじゃないですか、と思うのですが、大田大臣にとどまらず、国民の多数派も大同小異のご認識なんだろうなぁとwebmasterからみても思わざるを得ないのが、なんとも・・・。
