not民法第772条問題but戸籍法問題
どうにもこうにも法務省の主張が胡散臭いなぁ、という話です。あくまで報道が正しく事実関係を伝えているなら、ですが。
「離婚後300日以内に生まれた子は前の夫の子」と推定する民法772条の規定の見直しを巡り、法務省は、前夫との離婚後に懐胎したとする医師の証明書があれば、離婚後300日以内に生まれた子でも現夫の籍に入れられるようにする民事局長通達を4月末までに出す方針を固めた。
与党プロジェクトチームが議員立法でより幅の広い救済策を検討するなかで、慎重論を強める長勢法相が「立法措置は必要がない」とする姿勢をアピールした形だ。ただ、与党内からは「通達では不十分だ」との声が出ており、救済策を全体としてどうするかは与党と法務省の間でなお調整することになる。
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通達案について自民党の政調幹部は5日夜、「この通達では、対象の半分しか救済することができない。党としても今後、医師会へのヒアリングなどもして、議員立法に取り組んでいく」と語った。
公明党幹部も「DNA鑑定ではっきりすれば、裁判を通じなくても前夫以外の子と認めていいと思う。その意味で通達では不十分」として、なお議員立法での救済措置をめざす意向を明らかにした。ただ「通達は一歩前進で、自民党がこれで了承するならばやむを得ない」とも語り、今後の与党内協議次第では、議員立法の見送りもあり得るとの考えを示した。
「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」と推定する民法772条の規定を議員立法で見直そうとする与党プロジェクトチーム(PT)の動きに対し、長勢法相は6日の閣議後会見で「性道徳や貞操義務についても考えないとならない」と述べた。法務省は同日に一部見直しをする民事局長通達案を正式発表。同省側は「通達を出せば立法は必要ない」と対決姿勢を強めている。
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長勢法相はPT案を「民法の根幹を真っ向から違う仕組みにするもの」と批判。「再婚禁止期間短縮」問題も含めて「日本の家族をつくり変えようという国民の理解があるとは思えない」とした。
朝日「「性道徳、貞操義務」崩れる 長勢法相、300日問題で」
そもそもの問題の所在を考えてみます。もっぱら言及される民法第772条は、次のような規定です。
(摘出の推定)
第772条 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
第2項の「婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」という部分があたかも問題であるかのように語られていますが、webmasterはそこにはほとんど問題がないと考えています。というのも、離婚後の嫡出かどうかの取扱いを日数で区切るのは、あくまで「推定する」、つまり反証があれば覆るものに過ぎないからです。
法律になじみのない方向けに補足いたしますと、事実関係と法律関係とは、一般に後者が前者に従属します。AさんとBさんが契約を締結したとして、Cさんがたまたま契約書を入手して自分が債権者だと名乗り出たところで、Cさんは契約当事者ではないのですから、法律上債権者としての地位は与えられません。
この例外が「推定する」と「みなす(看做す)」です。法律に「XはYと推定する」とか、「XはYとみなす」と規定されていれば、事実関係にかかわらず、法律上そのような関係があるものとして取り扱われます。民法第772条第2項についていえば、離婚後300日以内に生まれた子どもは離婚前に妊娠したものとして取り扱われ、同条第1項の規定により離婚前に妊娠した子どもの父親は夫であるとして取り扱われますから、結果的に離婚後300日以内に生まれた子どもは離婚前の夫の子どもとして取り扱われることとなります。
しかしながら、この法律上の取扱いは、「みなす」場合は絶対ですが、「推定」においては絶対のものではありません。「XはYとみなす」とある場合には、実際にXがYでなくても法律上はYとしてしか取り扱われないのですが、「XはYと推定する」場合には、XがYでないと証明できれば、法律上もXはYでないものとして取り扱われることとなるのです。
本論に戻りますと、民法第772条は第1項・第2項ともに「推定」しているに過ぎませんから、離婚後300日以内に生まれた子どもであっても、
- 離婚前の夫の子でないと証明するか(第1項の「推定」を破る)、
- 離婚後の妊娠であると証明すれば(第2項の「推定」を破る)、
離婚前の夫の子どもではないものとして取り扱われることとなるのです。言い換えれば、わざわざDNA鑑定がどうのこうのという騒ぎになるのは民法の規定に従う限りは意味不明で、DNA鑑定で真の父親が確定できた場合に、離婚前の夫の子どもという法律上の扱いが覆ることは、民法が当然に想定している話なのです。
こうした目で見れば、今のような騒ぎは茶番でしかありません・・・って、現実に困っている人がいるのは事実のようで、本来茶番のはずの問題が、民法以外の要因によって茶番ではなくなっているということになります。具体的に何が困りものなのか、webmasterは統計的事実を知るものではないのですが、例えば次のような報道があります。
前夫の子でないことを法的に確定するには、嫡出否認や親子関係不存在確認などの裁判手続きが必要だ。
離婚後に妊娠した子が、300日以内に生まれるケースは少なくない。医療の進歩により、早期出産も増えている。
家庭内暴力が原因で別れた場合、前夫の協力が得られず、手続きに手間がかかることもある。出産直後の母親にとって裁判手続きは大きな負担でもある。
子供の戸籍には、審判の事実や前の夫の氏名が残る。新しい家庭を築く上で、心理的な重圧ともなりかねない。
煩雑な手続きを嫌った母親が出生届をしなかったため、子が無戸籍のままという事例もある。
webmasterなりに上記をまとめるなら、
- 離婚後300日以内の子どもは戸籍上まずは前夫の子どもであると取り扱われ、
- それを覆すには嫡出否認や親子関係不存在確認などの裁判等が必要である、
ということでしょう。問題はあくまで戸籍の話であって、わざわざ嫡出否認や親子関係不存在の訴を提起せずとも前夫以外の父親の子どもとして戸籍の届出が可能であったならば、「300日問題」なるものが議論になるはずもないのです。
さて、以上を前提に、法務省の何が胡散臭いかを述べましょう。法務省の言い分で正しいのは、「立法措置は必要がない」というところです。既述のとおり実際の親子関係が証明できれば前夫・子どもの法律上の親子関係は現行法上も覆すことができるのですから、そのような戸籍の届出を認めればよいだけのこと。だからこそ、通達=戸籍法の運用についての事務的な整理の変更をもって、「離婚後300日以内に生まれた子でも現夫の籍に入れられるようにする」ことができるわけです。
しかし、ちょっと考えればわかるはずです。「DNA鑑定ではっきりすれば、裁判を通じなくても前夫以外の子と認めていいと思う」との公明党幹部の言は、同様の整理を行えば、同じく通達の変更で可能だということが。「同省側は『通達を出せば立法は必要ない』と対決姿勢を強めている」とのことですが、確かにDNA鑑定での親子関係の確定に基づく戸籍届出をも認めれば、立法は必要ありません。立法が必要である(と与党関係者が考える)のは、法務省がそれを通達に盛り込まないからであって、DNA鑑定を認めないくせにそんなことをよくも恥ずかしげもなく言えるものです。
さらに噴飯ものなのは、「長勢法相はPT案を『民法の根幹を真っ向から違う仕組みにするもの』と批判」とのくだり。だから民法は単に推定しているに過ぎない、つまりはPT案(DNA鑑定に基づく親子関係の戸籍届出)は現行民法が許容しているものなのです。貞操やら性道徳云々は大臣個人の問題であって肩書きの問題ではないとしても、法務大臣が誤った法律解釈を公言するのはいかがなものでしょうか。
細かい法律解釈が大臣としての資格とも限らないでしょうから、条文を読んでも正しく解釈できなかったとしてもいいでしょう。しかし、これだけ世間の注目を集めている問題について、事務方に解釈を確認もせず自らの考えを述べるのはいかがなものでしょうか。更に言うならば、事務方は求められずともきちんと大臣に正確な情報を伝えるべきでしょう。
ひょっとして、裁判所の権限を侵さないため、従来であれば訴訟や調停になる話をなるべく削らないように、なんて意図があったりして・・・。
