bewaad institute@kasumigaseki

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  • 04/18/2007 (3:14 am)

    魚住本についての追記

    Filed under: media ::

    先日の魚住昭「官僚とメディア」の書評について、次のようなご指摘をいただきました。

    見ての通り、本書は単一の事件ではなく、数多の事件を通して官僚とマスコミの癒着をはぎとっていく。それは再手術の後の、文字通りの癒着をはがすがごとく根気のいる作業だ。しかし、著者の魚住氏に出来るのはそこまでで、そこから先はジャーナリズム全体の仕事であると魚住氏は訴える。そのまま「手術不能」として患部を閉じるのか、それとも手術を続行するのか。だから本書は本としては完結しているが、「仕事」としては現在進行形なのである。

    そう。本書は「官僚とメディア」の本でもあるが、それ以上に「仕事」の姿勢の本でもある。

    英語で恐縮であるが、それを一言に凝縮した言葉がある。due diligence だ。

    (略)

    しかし、それ以前に満たしていなければならないものが due diligence ではなかったのか。さもなければ、欠陥品を欠陥でないと偽る、規制を使ってライバル社の出現そのものを阻む、必要な工期を省く、必要な経費を支払わないということもまた当たり前になってしまうではないか。実際そういう事件が増えているのは、今のマスメディアでさえ報じている通りだ。

    due diligenceの第一歩は、自らの立場と責任を明かすことにある。少なくとも魚住氏はそうしている。bewaad institute@kasumigaseki殿はどうか。明かしているのは霞ヶ関の住人だということだけ。”the” ではなく “a” である。批判を受けるのは、ジャーナリストだけではなく公に意見を述べたものの due diligence であるが、批判を批判として受け取ってもらうためには、批判する側もまた due diligence を満たしている必要がある。満たしていないものを無価値とは言わないが、当然その分割り引かれるのは正当であろう。市場経済に照らせばなおのこと。

    実は、このことこそ、官僚やメディアに限らず、組織の闇の根源的な理由だと私は考えている。”a” でしかない、due diligenceを満たさないものが、それを満たした “the” にしか許されない力を手にする。闇はそこからはじまるのだ。権利を行使するときにはsomebodyで、義務を要求されたらnobody。この非対称性こそが組織人をとらえて離さない魔力なのだ。

    そのこと自体は、現代日本でなくとも古今東西どこでも見られる現象ではある。しかし due diligence をないがしろにしてきた組織がいつかはその歪みに耐えかねて崩壊するというのもまた、古今東西どこでも見られてきた現象なのである。

    本書が出たという事は、その歪みが目に見えるほど大きくなってきたということを示すと同時に、それが崩れる前に直す余地があるのだという風に私はとらえたい。

    「書評 - 官僚とメディア」(@404 Blog Not Found4/17付)

    現状に対して何らかの陰謀の源を見出し、それを自らとは別の側の存在として否定することが魚住本において示されたマスメディアの限界であるとwebmasterは論じました。第二次世界大戦に関連して軍部のみが悪かったのだ、マスメディアは被害者だという認識が誤りであることに気付きながら、なぜ現在について政府やメディア(のマジョリティ)の癒着のみが悪いのだ、魚住さんに代表される「良心的」メディア人は被害者だという認識が、少なくとも誤っている可能性に思いが至らないのは、結局は自らの正しさへの信頼への懐疑がないのでしょう。

    魚住本についてのDan Kogaiさんの受け止めは、その意味では魚住さんの認識に共感するがゆえに、同様の構造になっています。due diligenceに問題のあるような「事件が増えているのは、今のマスメディアでさえ報じている通りだ」って、本当に事件は増えているのでしょうか? 数字を示してしまえば、近年の欠陥商品系の問題において、足尾銅山や水俣病のようなロットでの犠牲者は出てはいません。浜の真砂が尽きるとも、世にその手の不祥事の種は尽きまじとはいえても、増加しているとはwebmasterには見えません。

    Dan Kogaiさんのご主張は、「事件が増えているのは、今のマスメディアでさえ報じている通り」「その歪みが目に見えるほど大きくなってきた」とのアプリオリな認識に依拠しています。魚住さんを含め、本当にそうなのか、という自らへの懐疑なきところに、それこそdue diligenceは成立するのでしょうか?

    ネット界隈では、少しばかり前に似通った議論がありました。

    楽に生きる為の最も楽な道。
    それは、敵の作成である。

    敵を持って生きていくのは楽である。
    事実、多くの人は、敵を持たずには生きていけないくらいに弱い。

    何者かが私を妨げている。
    何者かが我々を妨げている。
    半世紀前のハリウッドでは、火星人やソビエト連邦がその役割を担っていた。

    (略)

    ところが生憎運悪い事に、21世紀を迎えた人は、1つの不幸に遭遇した。

    ソ連はいない。
    ナチスもいない。
    火星人なんて居やしない。

    他の敵を探し始めた。
    ソ連のようにリアリティがある敵を。
    火星人のように「自分自身が成り得ない」敵を。

    (略)

    例えば、電通。

    (略)

    電通は、なぜ、敵として優れているのか。
    それは、リアリティだ。
    電通は火星人のようなものではない。
    実際に存在していて、我々のすぐ近くに居る。
    今の日本の人民にとっての電通は大変身近な存在なのだ。
    あの頃のキューバを挟んだソビエトのように。いや、それ以上に。

    そして、「自分自身が成り得ない」という点でも電通は完璧である。
    データが指し示すように金持ちはネットサーフィンなどしない。ネットサーフィンは世界から取り残された貧者の娯楽なのである。ニュースサイトやはてなブックマークも同じように貧者の娯楽である。電通叩きに群がった彼らの中に、即ち電通叩きに涎垂らして群がったインターネッターの中に「電通社員に成りえる可能性」なんてものが存在している人が一体どれだけいるだろうか。

    (略)

    電通だけではない。
    2007年のインターネットに存在する他の敵にしても同じである。

    「女」
    「韓国人」
    「中国人」
    「全国紙の記者」
    「TV局の社員」
    そして電通。

    (略)

    即ち、そのような流れの中で、彼らは敵を探す。
    何故敵を探さねばならないのか。
    それは、言うまでもない。

    本当の敵とは何か。

    人は、経験でそれを知っている。
    人は、本能でそれを知っている。

    本当の敵。
    それは堕落である。

    本当の敵。
    それは己の弱さである。

    (略)

    その、本当の敵を忘れる為に、人は敵を探すのである。
    本当の敵、即ち自分の弱さではなく、もっと他の別のものを憎むために。

    (略)

    自らが決して成り得ない者達に、「金の為ならなんでもやる連中」というレッテルを張り、それを非難し、否定し、悪の根源として扱い、恐怖を煽り、団結と闘争を訴える。

    中身は無い。

    残念な事だけれどもそれは、両者に利益を齎すたいへんに有効な手口なのだ。
    半世紀以上もの昔の前の、ドイツの過去が指し示すように。

    「何が人を電通叩きへと駆り立て、何が人を電通叩きへと駆り立てるのか。」(@真性引き篭もり4/12付)

    これは木走さんのエントリを受けて書かれたものですが、魚住本の問題とは、奇しくも電通を介してつながっています。webmasterとしては、「2007年のインターネットに存在する他の敵」にぜひとも「霞が関」を加えて欲しいのですが(笑)、とまれ、その手の友敵関係の設定は小泉前総理の郵政解散によって大いなる権威を確保したわけで、当面日本においてこの手の流れは緩みを見せないのでしょう。その先に何があるのかは、webmasterにもわかりませんが。

    #癒着等の問題がないと申し上げているわけではなく、それが全体へ悪影響を及ぼしているかのような認識が過大評価だと申し上げているのです。為念。

    もっとも申し上げたいことは以上ですが、Dan Kogaiさんのテキストについて若干付け加えるならば、組織と個人の問題なんてものは、逆の事例を考えれば、担当者が変わったら後任は知りません、組織としてはそのようなことを請け負っておりません、なんてことを言われたら困ることは自明です。個の責任が消えて責任追及ができないというのは筋違いで、その際は組織の責任を追及すればよいだけの話ですし、現にそうした行為はいくらでも行われています。

    組織全体の利益にとっては、組織の構成員がそれに沿って行動しているかどうかは大いに問題で、法学から経営学に至るまで、その手の研究は数多くなされています。そうした文脈において根深い話であることは否定しませんが、「組織の闇の根源的な理由」「非対称性こそが組織人をとらえて離さない魔力」だなどというのは、これまた組織なるものに過大に悪を仮託しているのでしょう。

    #匿名問題については、あえて申し上げますまい。

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    20 Responses to “魚住本についての追記”

    1. ブヒブヒ Says:

      >魚住さんに代表される「良心的」メディア人は被害者だという認識が、少なくとも誤っている可能性に思いが至らないのは、結局は自らの正しさへの信頼への懐疑がないのでしょう。

      判ってると思うけどなあ・・・
      メディアの持つ「構造的矛盾」でしょ。

      >世にその手の不祥事の種は尽きまじとはいえても、増加しているとはwebmasterには見えません。

      もうチョット具体的に根拠を示さないと、Dan Kogaiさんに対する批判がそのままwebmasterさんご自身に跳ね返って来る様に思えますが・・・

    2. Foch Says:

      >「2007年のインターネットに存在する他の敵」にぜひとも「霞が関」を加えて欲しいのですが

      どちらかというと、「霞ヶ関」というより「公務員」かと。
      2ちゃんねるあたりみてますと、給食のおばさんの年収が800万だの夫婦共稼ぎで年収2,000万円だの、単に隣の芝生ではすまされない、嫉妬心を煽るコピペが溢れておりますし。
      常々思うのですが、人間が何かを成そうとするエネルギーのうちで妬み、嫉みというのは相当な力を持ったものではないかと。

    3. kumakuma1967 Says:

      今の政府組織では「個人としての栄達」がなかなか認められてないですよね。「省庁の課長ってのはウチの会社の課長と違ってものすごい権力が集中している」、なんて話題が出たりします。 大方の国民にとってはsomebodyですらない。
       旧憲法下で官僚になった人は陛下が認めた人物であって奴はsomebodyだ(官僚の本来の意味)という所から仕事を始め、桂離宮に出入りできるようになったり、宮中に上がる資格が出来たり、死んだ時にも勅使が来たりするわけですが。
       現在の制度には現在なりのいい所があると思うのだけれど、個人としての官僚にsomebodyとしての責任ある仕事を求めるなら、まずsomebodyとして認めなければいけないという部分、どう考えられてるんでしょうね。

    4. 通りすがり Says:

      「自分自身が成り得ない」というのは、今回のエントリのキーワードかと思います。

      「何者かが私を妨げている。」
      「何者かが我々を妨げている。」
      いいですねえ。こういう他者依存。で、成功すれば、
      「何者かが私を助けてくれた。」ではなく、「私が強いからだ」「私が努力したんだ」。。。

      おそらく深層心理としては、「助けてもらえない」自分への苛立ちがあるのでしょう。「自分のまわりには助けてもらえる人はいない」=自分も誰かを助けない、というダウン方向でのスパイラルですね。

    5. ゲスト Says:

      今後非署名のオピニオン・社説等の記事の内容は
      匿名ブログレベル程度にも真に受けない方向で。
      ぶっちゃけ朝日の社説よりここのブログの方が
      全然有益だけどね。

    6. 西麻布夢彦 Says:

      >火星人について

      (レイ・ブラッドベリ『火星年代記』をもとに構成)
      > 父は、今まで大切にしていた本を燃やしています。
      > 子「どうして燃やしているの?」
      > 父「過去を燃やしているんだ。誤った生き方を・・・
      >   地球を破壊した生き方を
      >   ・・・人はみんな自分勝手で欲深で、地球は最後はどうなったか。
      >   だから私達は、それとはまったく違う方向に進んで、
      >   新しい生き方を見つけるんだ。
      >   この火星に築くんだよ、未来を。みんな力を合わせてな。
      >   ・・・ようし、火星人を見せてやろう」
      > 子「わぁい」

      > 家族4人で川の前に立つ。

      > 子「ここなの?」
      > 父「ここにいる」
      > 子「川の向こう?」
      > 父「違う」
      > 子「じゃあ、どこ?」
      > 父「そこだ」川の中を指差す。4人で川面を覗き込む。
      >  「あれが火星人だ」
      > 川面には、家族4人の姿が映っています。

      (´;ω;`)ウッ…

      火星人は実在する!
      火星人とは、我々自身だ!(きいいぃぃぃ)

      >Foch様
      > 人間が何かを成そうとするエネルギーのうちで妬み、嫉みというのは
      > 相当な力を持ったものではないかと。

      むしろ、何も為すまい、現状を変えまいという方向へのエネルギーのような気がします。

      >その他

      「公務員」が批判されるのは、社会が健全な証拠なので、目くじら立てる必要はないでしょう。
      世の中も変化しているのですから、役所も変化を求められるのは当然ですし、変化があれば、得をする人も損をする人もでてきます。
      仕方のないことです。

      確かに、エリート様達の待遇は右肩下がりですが、日本自体が右肩下がりなのです。
      責任者たるエリート様がペナルティを受けるのもしかたありません。
      (原資がないんだから配分も減る)

      しかも、それでもエリート様の待遇は庶民よりいいのですから。
      (増税と社会保険料の値上げをしたじゃん)

      もちろん「陰謀論」の中には「言いがかり」もありますが、公権力と私人の力関係を考えると、挙証責任は転換されて公権力側にあると考えた方が公平かと思います。

    7. ir Says:

      西麻布夢彦様

      >「公務員」が批判されるのは、社会が健全な証拠なので、

      その証拠をプリーズです。有り体に申し上げて意味がわかりません。

    8. すなふきん Says:

      真性引き篭りさんの引用部についてはもう定番とも言えるポピュラーな見解になっていると思います。私も同意しまくりです。もちろんこういう見方が気に入らない御仁も多いとは思いますが。

      しかし同時に起こった疑問としては、では彼ら「弱者」が探し出してきた「敵」の代りになる何物かを、同様に「弱い存在である私自身」は探し求めていないか?ということです。自問自答するわけです。すると今度はそうした「低レベルなポピュリストども」をバカにし揶揄する自分自身が見えてくるわけで、これはこれで問題かなとふと思ったりしたのですが。厄介なのはこうした構図が「ポピュリスト」側からすれば(彼らも自分のことは棚に上げますが)よく見えるのか、そこを突かれて水掛け論で収拾がつかなくなるという事態がままあるということではないでしょうか。そして挙句の果て「お前らは民主主義を否定するのか!」「このエリート主義者が!」ということにされてしまうわけです。これ、案外難しい問題かと思うのですが。

    9. すなふきん Says:

      先ほどコメント投稿したのですがこれはすぐに反映されないのでしょうか?

    10. webmaster Says:

      >ブヒブヒさん
      「構造的問題」としてどのようなものをお考えなのか、言葉を足していただけるとありがたいです。

      後段のご指摘はおっしゃるとおりで、誰かがきちんと社会学的に分析したものがあればなぁとは思いますし、その結果実際に増えていることが裏付けられたならば、自説を撤回するにやぶさかではありません。

    11. Foch Says:

      生け贄の羊がいる社会が健全な社会だということかもしれませんね。

    12. webmaster Says:

      >Fochさん
      霞が関の内部でも、地方公務員の問題と観念し、地方公務員がもっとしっかりしていれば同じ「公務員」のくくりで自分たち(=霞が関)が巻き添えを食らって批判されるなんて目にあわなくなるのに、という考え方は少なからずあります。しかし、私自身はどっちもどっちで、例えば天下り問題が典型ですが、霞が関がメインで「公務員」への批判を強めているものもあるような気がします。

      その意味ではご指摘のとおり「公務員」の方が適切ではありますが、まあわが身への批判は他の人へのものよりも痛みを感じるということで(笑)。

    13. webmaster Says:

      >通りすがりさん
      厳密には、私はそこにおいては真性引き篭もりさんには同意していなくて、例えば親族なり友人なりに「自分自身が成り得ない」者がいたとして、そうした場合には敵とはみなさない場合も数多いと思うのです。おそらくは相互承認の対象になり得るかとか、共感が可能であるかといった概念こそがふさわしく、自分自身がなり得るかどうかは、そのありがちな事例ではあっても、それそのものではないのかな、と。

      深層心理については、妨害がなければもっとうまくいくはずだ、というものがあるのでしょう。その命題の対偶をとれば、うまくいかないのは妨害があるからだ、ということになりますし。

    14. webmaster Says:

      >ゲストさん
      高い評価ありがとうございます。それが間違いだったと思われることのないよう、これからもなるべく詰めたものを書いていきたいと思います。

    15. webmaster Says:

      >西麻布夢彦さん
      スタニスワフ・レム「ソラリス」を下敷きにしても、面白い寓話ができそうですね。

      ちなみに、
      >確かに、エリート様達の待遇は右肩下がりですが、日本自体が右肩下がりなのです。
      >責任者たるエリート様がペナルティを受けるのもしかたありません。
      まあエリートと呼ぶかどうかはさておき、昨今において霞が関やら自民党やらの評判が概して悪い理由の分析として、まったく同意します。私が日銀に厳しいのも、その恨み(笑)なのかも。

    16. webmaster Says:

      >irさん
      横からで恐縮ですが、もちろんフェアな評価が望ましいものの、それが困難であるとき、公務員が無闇に誉めそやされるよりは、批判されることがデフォルトである方が健全ではあるのでしょう。当事者としてはまことに残念ですが(笑)。

    17. すなふきん Says:

      朝書き込もうと思ったらはじかれたんですが、その前にスパムコメントみたいのがあったのでもしかして一緒に削除されたんでしょうか・・・w

    18. ブヒブヒ Says:

      webmasterさん
      >「構造的問題」としてどのようなものをお考えなのか

      “自分の事は棚に上げて、他人の批判をするな!”と言うごく常識的な批判にマトモに対応しようとすれば、批判報道が出来なくなるという矛盾を言ったつもりですが、、、、

    19. webmaster Says:

      >すなふきんさん
      spamよけは、自動フィルタにまかせ、その上でspamでないのにはねられたのを手動で戻したり、spamなのにはねられなかったものを手動ではねたりしております(思いの外、フィルタの性能が悪く頭を抱えてます。tDiary時代はspamが少なく、つまりはそれだけマイナーなengineだったのだなぁとしみじみ)。というわけで、一日一回復活させておりますが、時間が少々かかるのはお許しいただければ幸いです。

      で、復活させていただいたコメントにつきましては、一般論としては立憲主義をもって対抗、というのが主流なのだと思います。個人的には、結局は大衆動員からは逃れられないので、それを前提にあれこれ考えるしかなかろう、という諦観を抱いてます・・・。

    20. webmaster Says:

      >ブヒブヒさん
      了解いたしました。

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