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  • 04/19/2007 (7:24 am)

    長崎市長銃殺事件に関して気になる報道等

    Filed under: politics, media, law ::

    その1:この事件はテロリズムなのでしょうか?

    この事件を取り上げた全国紙の社説のいずれもが、テロリズムとして扱っています。

     またも長崎市長が撃たれた。

     この卑劣なテロを断じて許すことはできない。

    (略)

     その場で逮捕された容疑者は、暴力団幹部だった。動機についてはまだはっきりしない。市発注工事に絡んで市との間にトラブルがあったとの情報もあるが、警察は全力を挙げて捜査し、背後関係を含めて解明しなければならない。

    (略)

     相手が言うことをきかないからといって、暴力で封殺するようなことがまかり通れば、言論の自由が封じ込められた結果、国の針路を誤った戦前の暗い時代に後戻りすることになりかねない。

    (略)

     テロに屈しない道は、多くの人たちが声をあげることをやめないことだ。そのことをいま一度確認しておきたい。

    朝日「長崎市長銃撃―このテロを許さない」(4/18付社説)

     統一地方選のさなか、長崎市の伊藤一長市長が銃撃された。22日投開票の市長選に4選を目指して立候補していた。

     長崎市では、1990年1月にも当時の本島等市長が右翼団体の幹部に拳銃で撃たれ、負傷する事件が起きている。市長の「昭和天皇に戦争責任があると思う」という発言に反発して凶行に及んでいた。このテロを思い起こさせる。

    (略)

     なぜ、山口組の幹部が伊藤市長を狙ったのか。個人的な恨みや市政に絡む何らかのトラブルがあったのか、思想的な背景があるのか。警察は動機や背後関係を徹底的に追及しなければならない。

     全国で統一地方選の後半戦が戦われている。テロに屈して、候補者が堂々と政策を訴えることもできないような状況になってはいけない。警察も警備態勢などを見直す必要がある。

    (略)

     政治活動の自由が封じられるような、重苦しい社会にしてはならない。

    読売「長崎市長銃撃 統一地方選さなかに起きたテロ」(4/18付社説)

     統一地方選真っただ中の17日夜、4選を目指していた伊藤一長・長崎市長が、拳銃で撃たれ、意識不明の重体となった。容疑者は暴力団関係者という。犯行の動機や背後関係などは不明だが、いずれにせよ、政治家を選挙中に襲撃するとは言語道断だ。市長だけでなく、市長を支持し、一票を投じようとした有権者の声までを封殺したに等しい。強い憤りを覚える。

    (略)

     それにしても民主主義を否定する暴力が、憎んでも憎んでも繰り返されるのはなぜなのだろう。長崎市長と言えば90年、当時の本島等市長が右翼団体構成員に銃撃され、重傷を負った事件が記憶に新しい。テロで政治家が死亡した事件としては、1960年に当時の浅沼稲次郎・社会党委員長が演説中、右翼の少年に刺殺された事件が有名だが、その後も暴漢らが政治家を狙った事件は少なくない。02年には東京の住宅地で、石井紘基衆院議員が金銭トラブルから知人の右翼団体代表に刺殺されている。また、昨年8月には加藤紘一衆院議員の山形県鶴岡市の実家が、右翼団体構成員に放火される事件も起きている。

    (略)

     言うまでもなく、あくまでも話し合いで解決を目指すのが民主主義の基本ルールだ。選挙中ならばなおさら立候補者の政見に耳を傾けねばならない。ややもすれば少数意見を口に出しにくくなっている折、市民の一人一人が犯行を憎むと同時に自由な言論を守る世論を確立し、暴力を一掃しなければならない。

    毎日「長崎市長銃撃 蛮行を許してなるものか」(4/18付社説)

     統一地方選さなかの長崎市の伊藤一長市長が銃弾に倒れた。伊藤市長は22日投開票の市長選に4選を目指して出馬、選挙運動中だった。

     伊藤市長を撃った男の詳しい動機や事件の背景はまだ分からない。

     だが、その暴挙は決して許されない。公職者に対する非道であり、民主主義を冒涜(ぼうとく)する愚劣な行為である。法治国家として認められない。

    (略)

     政治家への暴力行為は、言論の自由を封殺するにも等しい。

    (略)

     拳銃や暴力、脅迫に屈してはならない。社会全体が毅然(きぜん)とした態度で許さないことが肝要である。

    産経「長崎市長銃撃 許されない暴力団のテロ」(4/18付社説)

    webmasterが知る限り、テロリズムとは政治的行為であって、凶行の対象が政治家であることを指すものではありません。さしあたり公に認められたものとして、法令上の定義を引いておきましょう。

    外国人又はその活動の本拠が外国に在る日本人によるテロリズ厶(広く恐怖又は不安を抱かせることによりその目的を達成することを意図して行われる政治上その他の主義主張に基づく暴力主義的破壊活動をいう。)に関する警備情報の収集、整理その他これらの活動に関する警備情報に関すること。

    警察庁組織令第39条第1号

    この定義に従えば、あくまで「政治上その他の主義主張に基づく」ものであってこそのテロリズムであり、そうでない「暴力主義的破壊活動」はテロリズムではありません。わかりやすい例を出すなら、痴情のもつれの末に政治家が殺されたとして、それをテロリズムとは呼びますまい。

    事件直後ということで、仮に真相は異なったとしても、「政治上その他の主義主張に基づく」ものとの前提でそのように判断したのであれば、やむを得ないともいえるでしょう。しかし、ご覧いただければわかるとおり、各紙とも動機はわからない、としています。動機がわからないのに、なぜテロリズムと断ずることができるのでしょうか?

    ここ数年、殺人事件は概ね年間1,000件台前半で推移しています。それらをいちいち社説で取り上げていれば毎日が殺人事件に関する社説になってしまうわけで、当然ながらそうなっていない現状は、殺人事件だから社説に取り上げられるというものではないことを示しています。本件が取り上げられたのは、あくまでその被害者が政治家だったからでしょうけれど、それは政治家という職業を他の職業と比べて特別視する意識があるからではないのでしょうか?

    是々非々ということ

    今回の事件に関連しての久間防衛大臣の発言が批判されています。

     久間防衛相は18日朝、伊藤一長・長崎市長が銃撃され治療を受けていた17日夜に「万が一のことも考えないといけない」と補充立候補に言及したことについて、「選挙期間中に凶事があった時、補充立候補ができるからまだよいが、できない時にどうなるのか。制度の問題としてきちんととらえないといけない。そういう話をするのは不謹慎だが、本当にそう感じた」と述べ、改めて制度の問題点を指摘した。都内で記者団に語った。

     一方、久間氏が17日に「共産党と一騎打ちだと共産党の候補が当選してしまう」などと述べたことに対し、民主党の小沢代表は18日、「選挙が共産党だ、自民党だ、民主党だというレベルで論じる問題ではなく、暴力で自分の不満や思いを遂げようとする何でもありの風潮を憂え、きちんと考え直さないといけない」と批判した。

     塩崎官房長官も同日の会見で「選挙制度そのものにはいろいろな考え方があるので総務省が考えなければいけないことだと思っているが、発言は好ましいものだとは思っていない」と述べた。

    朝日「久間防衛相発言は不適切=官房長官も指摘−野党は一斉批判・長崎市長銃撃」

     塩崎恭久官房長官は18日午前の記者会見で、衆院長崎2区選出の久間章生防衛相が、銃撃された伊藤一長長崎市長の死亡確認前に、同市長選の補充立候補制度の見直しに言及したことに対し、「好ましいものとは思わない」と述べ、不適切との認識を示した。一方、野党側は一斉に批判した。

     久間氏は、伊藤氏を欠いた長崎市長選では「共産党の候補者が当選することになる」などと述べた。これに対し、民主党の小沢一郎代表は「暴力で自分の思いを遂げようという風潮を、われわれは党派とかいう問題ではなく憂いて考えないといけない」と、久間氏の危機意識の不足を指摘した。鹿児島市内で記者団に語った。

     共産党の志位和夫委員長は「多くの人が市長の回復を祈っていた時点で、亡くなったことを前提に発言することは不謹慎だ」と強調。社民党の又市征治幹事長も「不穏当な発言としか言いようがない」、国民新党の亀井久興幹事長も「亡くなっていない段階で、先の話をするのは行き過ぎだ」と批判した。

    時事通信「久間防衛相発言は不適切=官房長官も指摘−野党は一斉批判・長崎市長銃撃」

    共産党という個別政党に言及したのは、では共産党からの立候補があるからこその問題なのか、という話になりますから、もちろん不適切です。しかしながら、生きているからといって死んだ場合のことを考えてはいけないというのは、そちらの方がよほど「危機意識の不足」でしょう。

    まず、当の補充立候補の規定を引きます。

    6 地方公共団体の長の選挙については、第一項の告示があつた日に届出のあつた候補者が二人以上ある場合において、その日後、当該候補者が死亡し又は候補者たることを辞したものとみなされたときは、第一項から第四項までの規定の例により、都道府県知事又は市長の選挙にあつてはその選挙の期日前三日までに、町村の長の選挙にあつてはその選挙の期日前二日までに、当該選挙における候補者の届出をすることができる。

    7 地方公共団体の長の選挙について第一項、第二項又は前項の規定により届出のあつた候補者が二人以上ある場合において、その選挙の期日の前日までに、当該候補者が死亡し又は候補者たることを辞したものとみなされたため候補者が一人となつたときは、選挙の期日は、第三十三条第五項(第三十四条の二第五項において準用する場合を含む。)、第三十四条第六項又は第百十九条第三項の規定により告示した期日後五日に当たる日に延期するものとする。この場合においては、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会は、直ちにその旨を告示しなければならない。

    公職選挙法第84条の6

    これについて、久間大臣が指摘した問題は、次のようなものだとのことです。

     長崎県選出の久間章生防衛相は18日午前、長崎市長選に立候補していた現職市長の死亡について「(今回は)補充立候補ができるから良いが、(投開票日直前の死亡で)できないときにはどうなのか。テロで政治が変わることがあり得る」と語った。

    日経「候補者死亡時の制度の不備指摘・防衛相」

    先に触れた党派性の問題を除けば、これはこれで十分に制度の不備をついた指摘でしょう。有力2候補と泡沫1候補の選挙戦において、投票日の2日前以後に有力候補の1がもうひとりを暗殺すれば、それで勝負あったということにもなりかねません。補充立候補があり得るならば、故人の志を継ぐことができるという当事者にとっての事情はさておくとしても、一般に弔い合戦は有利に働きますから、そのようなことをしようというインセンティヴもそがれることでしょう。つまり、久間大臣の指摘は、意義のある見直しにつながる可能性が高いのです。

    まあこれらの批判にかかわらず、規定の見直しが進められることとなったのは、世の中捨てたものではないということではあるのでしょう。

     菅義偉総務相は18日午前、選挙期間中に市町村長などの候補者が死亡した場合、投票日の3日前までしか補充立候補が認められない公職選挙法の規定について「規定をつくったときに比べて、今はテレビなどいろいろな手段があり、国民への周知期間が短く済むようになったのではないか。そういうことも含めて検討したい」と述べ、補充立候補が可能な期間を延ばす方針を明らかにした。

    産経「菅総務相、公選法の補充立候補規定について見直し検討を表明」

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