世論が先かマスメディアが先か(魚住本についての追記・その2)
4/18に引き続き、4/16にいただいたご意見を踏まえての再論となります。論じる対象は、エントリのタイトルにあるとおり、世論とマスメディアとの因果関係となります。先行エントリで書いたように、webmasterはまず世論(ないしそれを支える基盤)があり、マスメディアはそれを前提に「売れる」言説を繰り出しているのだ、と考えております。これに対して、マスメディアが世論を誘導しているのではないかとe-takeuchiさんからご指摘がありました。
ここでは、なぜwebmasterがそのように考えているかをお示しして、その妥当性をご議論いただければと思います。いずれも決定打といえるほどのものではないことはwebmaster自身認めますが、状況証拠としてはそれなりの説得力を有しているのでは、というのが自己評価です。
アメリカにおける研究
当サイトでは既に紹介したことがありますが、アメリカでの研究を見てみます。
需要は自らの供給を創出する……タイポじゃないです.Lean Left? Lean Right? News Media May Take Their Cues From Customers (ウヨ?サヨ?マスコミの見解って客見て決めてんじゃないの?)のお話.元ネタはM.GentzkovとJ.M.ShapiroのNBERのペーパー(#12707)とのこと.
研究の手法は,国会の記録から「共和党用語」と「民主党用語」を抜き出すと,共和党が強い地域の新聞は共和党用語,民主党が強い地域の新聞は民主党用語で語ろうとする.要するに,論調は購読者によって決めているという話.ちゃんとマーケティングをして記事を書いている……まぁそりゃそうなんだろうなぁ.
拙著『ダメな議論』にも繰り返し書いたように,相手が好むような論調をベースにすることで根拠のない根拠が通りやすい状況を作ることができる.米国のメディアはその恐れは十分あるというわけです.
これって日本でも後追い研究できるよね?ってかメディア論とか社会学とか詳しい人(むしろ検索システムに詳しい人か^^)……やるなら手伝うよ?
「マスコミ批判に意味はあるのか?」(@こら!たまには研究しろ!!2006/12/7付)
もともとの研究はGentzkov, Matthew and Shapiro, Jesse M., 2006, WHAT DRIVES MEDIA SLANT? EVIDENCE FROM U.S. DAILY NEWSPAPERS, NBER Working Paperで、これが英文で67ページあり、正直申し上げてwebmasterは原論文に目を通しておりません。ま、読んだところでwebmasterごときの知識ではきちんと批判的に検証できるとは思えないのですが(笑)。
とりあえず原論文がアメリカにおける世論とマスメディアとの関係を正しく分析しているとの前提に立てば、まず世論なり風土なりがあり、マスメディアはそれに応じて「売れる」言説を紡いでいるということになります。あるいは、そうしたマーケティングができないメディアは消え去っていくと。
こうした関係について、アメリカと日本とで異なった作用があるとは考えづらいでしょう。飯田先生のおっしゃるとおり、日本についての研究が望まれるところではありますが、日本においても同様に、マスメディアは世論に追随していることが妥当と考えられる材料のひとつとしては、十分通用するとwebmasterは考えます。
情報入手径路としてのマスメディアの影響力
人間が情報を入手するに当たって、メディアごとのシェアを示す研究があればよいのですが、webmasterが探した限りでは見つかりませんで、その代わりに生活時間調査を使ってみたいと思います。
○テレビ以外のマスメディアの行為者率(1日の中で15分以上接している人の率)、国民1人あたりの1日の時間量(接していない人は0分として計算)は以下のとおりである(1週間をならした値)。
1日の行為者率 1日の時間量 長時間の層 テレビ 90% 3時間39分 男女60代以上 ラジオ 14% 22分 男60代、女50代以上 新聞 44% 21分 男60代以上、女70歳以上 ビデオ 9% 9分 なし CD・MD・テープ 10% 10分 女10・20代 雑誌・マンガ・本 19% 14分 なし
2005年国民生活時間調査報告書(PDF版)(NHK放送文化研究所)
視聴率調査を見れば一目瞭然ですが、テレビを視聴する時間の過半はドラマやヴァラエティなどが占め、報道関係が占める時間は極めて少ないでしょう。新聞にしても、そもそも21分しかないところ、テレビ欄やスポーツ面、家庭面などの世論とはそれほど関係がない部分を見ている時間が相当程度あるでしょうから、世論形成に係わり合いが深そうなマスメディアへの接触時間は、かなり多めに見積もったとしても、せいぜいが30分程度であろうとwebmasterは推測します。
webmasterの管見では、いわゆる口コミ、つまりは人と人との直接接触による影響の方が、よほど大きなものでしょう。例えばスティーヴン・ピンカー「人間の本性を考える(下)」では、子育てに関して親の影響よりも仲間の影響の方が大きいとしていますが、この見解に立脚すれば、社会的問題についてのマスメディアの影響は、子育てにおける親の影響をも超えるようなものでなければ、仲間の影響に比すべくもないということになります。
ちなみに、質ではなく量を考えるとしても、仕事関連の1週間を均した(=上記引用のマスメディア時間量と同じベース)平均時間は3時間53分、以下同じベースで学業48分、社会参加13分、会話・交際23分、レジャー活動1時間19分といったところが人と接し得る諸活動ですが、これらの際に行われる情報交換の方が、まあそれらの間ずっと雑談をしているわけではないでしょうから割り引く必要はあるにせよ、マスメディアを通じてのものよりも、より多くを占めるとwebmasterは考えています。
以上について非常に単純な例を示すなら、人は赤旗を読んで共産党にシンパシーを抱くようになるのか、それとも共産党にシンパシーを抱くから赤旗を買うのか、どちらがよりありそうな事例でしょうか? 赤旗を聖教新聞に、共産党を創価学会に入れ替えて考えてみた場合はどうでしょうか?
カエサルの「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。 多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」ではありませんが、ホモサピエンスが自らのステレオタイプを守るため、あるいは認知的不協和を避けるため、選択的に情報を取得することは、これまた広く見られる事例ではないでしょうか。マスメディアに限って、見たいと欲しない何らかを見させ、それを現実だと思わせる力があるというのは、マスメディアへの過大評価というものではないでしょうか。
その他のe-takeuchiさんのご指摘について
、「そもそも報道とは・・・情報という商品を不特定多数の消費者に売る仕事にすぎな>い」との指摘こそ卓見だと思うのですが、どうやら筆者にとってはそうではないようです。
どこが卓見なのかわかりかねます。情報を売るだけなら、瓦版で十分です。情報をどう定義するかによりますが、売れない商品は市場から撤退せざるを得ないだけだとする考えには賛成しかねます。たとえば、くだらない本が売れ、良書が売れないという現実をどう考えるのでしょうか。もちろん、くだらないというのは主観に基づくものなので、売れている本や雑誌や記事こそが価値あるものだという味方も可能でしょう。でも、ぼくは同意できません。まぁ、「たしかに商品の売り方を考えた方がいい」とは思いますけど。
余計な解説はいらない、一次ソースをなるべく歪みなく知らしめることがマスメディアの役目だ、という主張は、まったくもってそのとおりだということになります。
テレビはそうでしょうねぇ。下らない解説より、映像のほうが、説得力ありますから。でも、その映像ですら、全体の中の一部であり、ディレクターによって編集されたものです。まして、新聞は記者たちの頭の中で事件が再編集されるわけですから、ありのままに伝えるなど不可能です。もし、ありのままに伝えることができるという記者がいたら、それは奢りです。新聞や雑誌の場合、即時性がないのですから、起きたことを解釈して伝えることが必要だと思います。メディア側に偏向する性質があるなら、読者がそれを理解した上で読めばいいだけのことです。読者にもリテラシーが求められると考えます。だいたい、霞ヶ関や永田町では、未だにしょっちゅう事実が歪められているではないですか。
先にそれらを失った共同通信はとっくに倒産し、あるいは後になるまでそれを持ち続け>た朝日新聞がもっと部数を伸ばしていてしかるべきなのですが、現実はそうなってはい>ません。
共同通信のことは知りませんが、朝日が讀賣に部数で抜かれたのは、記事の内容よりも販売員の力によるところが大きいと思います。同和をだしに購入をせまる販売店がありますし、見るからにヤクザにしかみえない人が大手町の本社に出入りしています。たしかに、最近の朝日新聞はつまらないですが、かといって他の新聞がおもしろいとも思えません。良質なものが勝つとは限らない、あるいは淘汰されたものがだめとは限らないのが市場というものです。
それが、市場が出した答えなのです。
経団連の回し者かと思ってしまいました。市場というのは、しょっちゅう間違いながら調整されていくものです。ただし、放っておけば自動的に調整されるというものではありません。「見えざる手」などというものはありませんから。ですから、市場が出した回答が正しいという保証はないのです。
いずれもe-takeuchiさんはwebmasterの主張を誤解されているのかな、と思うのですが、webmasterは現実とはそのようなものだ、ということを申し上げているのであって、それに対して良し悪しや質がどうかといった評価を下しているわけではありません。人によって良し悪しの評価は分かれるかもしれませんが、マスメディアにおいて残っていくものは多くの視聴者・読者を獲得したものであるということを直視すべきであると。良しと思い是認するにせよ、悪しと思い改善を考えるにせよ、この現実を前提とすべきでしょう。
あえて申し上げるならば、プロの高い評価を受けつつも販売が不振で市場から消えていくものがあるというのは、多くの(全ての?)財やサービスにおいて観察されることです。言論を取り扱う市場においても同様であろう、というのがwebmasterの主張ですが、もしそうではないのだ、あるいはそうあるべきではないのだということであるならば、他の財やサービスの市場についても同様でない限り、言論のみが何がしかの特権的地位にあるべきという価値観の反映ということではないのでしょうか。





4月 21st, 2007 at 19:55:14
>人は赤旗を読んで共産党にシンパシーを抱くようになるのか、それとも共産党にシンパシーを抱くから赤旗を買うのか、どちらがよりありそうな事例でしょうか?
後者でしょうね。私も「需要が供給を作り出す」のであって、逆ではないと思います。たとえばテレビに自分の気に入らない論者が出ているとすると多くの人はどう反応するか?ということを考えても、そうそう簡単に人間は考えを変える動物ではないと思うのです。もちろん転向と言う現象もありますが、何らかのショックが原因だったりします。ではその「思想」はどこで形成されるのか?についてはbewaadさんやビンカー氏の指摘のとおり、人的環境と、もう一つ遺伝的形質とのコラボレーションの可能性もあると思うのですが。個人の性格形成と似たようなプロセスを辿るものではないかと理解しています。そこから敷衍すると経済環境と思想傾向の関係もなにやら見えてきそうですね。
4月 21st, 2007 at 22:42:20
論点のすげ替えかもしれません。けれども、ぜひbewaadさんにこれを読んでみていただきたいと思います。
http://www.jastj.jp/kaihou/kaihou30.pdf
イレッサという薬が画期的な新薬であるという世論が先にあったのでしょうか。
もしかしたら、画期的な新薬が存在してほしいという世論に答えるために、画期的な新薬というバイアスの掛かった報道がされたのかもしれません。報道したマスコミより、そんな記事をもとめる世の中が悪いという見方もあるでしょう。でも、少なくとも、報道されるまで、「イレッサは画期的な新薬」という世論は無かったのですよ。
上の文書で引用されている薬害にあわれた方に対する調査結果が報道されているのをbewaadさんは見聞きされた記憶がありますか。マスコミが多くの患者さんを苦しめたことについて、ご存じでしたか。報道されないから知りようがなく、実態を知っていたら形成されたであろう世論が形成されないという可能性はありませんか。
医療関係者の中には、このような報道姿勢のマスコミに不信感をもっている人が少なからずいます。実態を知っているからです。そういう立場からは、いずれも根拠がないにせよ、世論をマスコミが取り上げると言う見方よりも、マスコミによって世論が誘導されるという見方のほうが、リアルだと思います。
言論のみが特権的立場にあるべきであるという価値観に対しては、私も異論があります。
けれども、問題を引き起こしたときに、それが自らに原因があったと他人から言われているのに取り上げず、他者のせいにしたり読者が求めるからといいわけするのであれば、特権的立場云々以前の問題として、大人の態度として呆れられるのではないでしょうか。
マスコミ批判は、特権的立場にあるべきという価値観に基づいていると言うよりも、一社会人としてマスコミの人を見た場合に鼻つまみ者的行動をしていることに基づく批判である可能性はないのでしょうか。
もちろん、批判されるべき医療関係者や批判されるべき官僚がいる一方で多くの医療関係者や官僚がまっとうであるように、多くのマスコミ関係者もまた、まっとうであるでしょうが。
4月 22nd, 2007 at 0:11:46
私は
マスメディア(報道)→
一次受容者(口伝)→
二次受容者(確認)→
マスメディア
という情報経路をたどって印象が強化されて行くのではないかと考えます。
一次受容者にとってマスメディア発の情報はよほどの事情がない限りノイズですが、要求度の高い二次受容者はそれを意識的に集めており、マスメディアを通じて確認を取ることで情報の強度が増していくと。
この考えで行くと前コメントの問題とbewardさんの命題が架橋されるのではないかなと思うのですが。
つまり、最初のマスメディアの報道の強度は一次受容者にとってあまり強くない(というよりかなり弱い)けれども、それを待望する二次受容者によって強度が増幅され、さらに二次受容者という確実な需要者を得たマスメディアによって増幅されるという回路です。
この場合、マスメディアは一番のお得意さまの好む情報を選択して報道するようになるでしょう。陰謀論のでる幕はあまりなく、むしろ健康食品販売業者的なマスメディアの姿のほうがしっくり来るようです。
4月 22nd, 2007 at 7:28:35
>webmasterはまず世論(ないしそれを支える基盤)があり、マスメディアはそれを前提に「売れる」言説を繰り出しているのだ、と考えております。これに対して、マスメディアが世論を誘導しているのではないかとe-takeuchiさんからご指摘がありました。
マスメディア主導か世論主導かという二者択一には、多少無理が有ると思うなあ。
両方の要素が有るでしょ。
どちらの要素が大きいかの判別は、これまた難しい。
測定不可能って事で。
荒っぽい意見と思われそうだが、マスメディアは一般国民の「愚民化状態」を継続させる役割を担っているんだと思う。
国民主権という建前に疑問を抱かないように。
マスメディアに対しては、国内外・左右両陣営から様々な「力」が働いているだろう。
それらの影響を踏まえた上で、日本の奥の院とでも言うべき「権力層」の意向を受けてコントロールされているんじゃないかなあ。
(ある一定の幅の中なら、右に行こうと左に行こうと構わない)
この権力層は、「国際金融資本」に付き従っているようだ。
グローバリズムの流れに乗り、新自由主義の経済政策が着々と進められているが、金融自由化も民営化も、国民の意向というより彼等の意向だろう。
少し陰謀論っぽくなったが、ネットの普及で状況が変わる可能性も多少は出てきたような気がするが、、、、、。
4月 22nd, 2007 at 8:49:51
マスコミの人は世論世論と言うけれど、職業記者はあくまで職業記者であって、人々の代表者ではない。代表者なのはむしろ国会議員で、彼らには地元の意見を吸い上げるルートが曲がりなりにもある。一方、マスコミには、一般人の意見を聞くルートが公式には存在しない。あるのは世論調査という怪しげなアンケートだけ。
マスコミが言う世論というのは、マスコミの意見と同義であって、一般人の意見と同じという保証は一切ない。
マスコミの編集で世論が誘導されているとか言う以前の問題として、マスコミは僕らの意見を代弁する手段が無いのに代弁しているつもりになっている。ここんところをもっと直視すべきかなと思う。
4月 23rd, 2007 at 3:39:48
>すなふきんさん
反朝日的なものが陰謀論と結び付けられる背景には、そうした「転向」した人々がその手の言論を担いがちだという要素もあるのかな、という気がします。最初っから反朝日だった人間よりも、やはり厳しいスタンスになるでしょうし、意図についてもあれこれ考えやすそうな気がします。
4月 23rd, 2007 at 3:40:15
>通りすがりさん
イレッサについてよく知っているわけではないので、不適切な認識があったら申し訳ないのですが、個人的な印象としては、たとえばタミフルに比べると、「画期的な新薬」という報道そのものが少なかったように思います。タミフルの場合はインフルエンザというより大衆的な病気だったことも影響しているのかもしれませんが、イレッサがもっと周知の存在であれば、薬害問題もまた大きく取り上げられた可能性が高いと思います。
私も身内に癌患者がいたことがあり、その個人的経験を言えば、新聞報道に限らず、口コミから各種の書籍、もちろん新聞と、ありとあらゆる情報源から玉石混交(といってもほとんどが石)のネタを集めてきて、いろいろ試したがっていました。気休めになればと思い、私からは医者に相談して止めろと言われなければやってみればといい、担当医も理解がありどこやらの水だのを寛大に認めてもらいましたが、とまれ、そのような状況にあるからこそ飛びついたという要素は無視できないと思います(ご理解いただいているものと察しますが)。それがイレッサとは逆向きに働いたのが、丸山ワクチンをめぐる騒動でしょうし。
4月 23rd, 2007 at 3:41:00
>winter_muteさん
二次需要者が口コミの起点になる、という効果もそれなりにあると思います。それにしても、
>陰謀論のでる幕はあまりなく、むしろ健康食品販売業者的なマスメディアの姿のほうがしっくり来るようです。
というのは、うまく私の言いたかったことを表現していただいたものだと思います。
4月 23rd, 2007 at 3:41:44
>ブヒブヒさん
もちろんオールオアナッシングではないでしょうけれど、世の中で信じられているよりはメディアが主導する部分は少ないのだということではあります。
奥の院云々には同意できないのですが、インテリ層に対する大衆の不満というように再構成するならば、そうした両極の存在そのものは私も同感です。ただし、この場合も関係は逆になり、大衆の不満を反映してインテリ層も振る舞いを変えざるを得ない、ということになりますが。
4月 23rd, 2007 at 3:42:10
>鍋象さん
そこは、視聴率なり販売部数での絞込みがそれなりに効いているのだと思います。おそらくは新聞だけが若干特殊で、これまでにも多少触れましたが、物理的な配布ネットワークの価値がそれなりにあり、コンテンツの価値が相対的に他メディアよりも低いがために、コンテンツによる絞込みがゆるいのかな、という気はします。となると、新聞(のコンテンツ)だけを見ていると、世論への反応が鈍いように見える割合が他メディアよりも高い可能性はあると思います。
4月 23rd, 2007 at 4:04:05
視聴率は別のものを計測しているような。おもしろさ(大げさ)とかわかりやすさ(2択にしちゃうとか)とか、そっち方面の見せる技術で操作可能なわけで、マスコミの主張への反応とリンクしているとは思えません。むしろ、天声人語愛好者とか見ていると、嫌いなものほど見ているように思えたりw
新聞の場合は、むしろ長期契約があるので、新聞社の意見と、それを求める読者で、クラスターを構成して、意見の先鋭化という正のフィードバックで突っ走ってしまいそうです。
僕はマスコミに、世論誘導の力は無いけれど、特定意見を封殺する力はあると思っています。そして、特定意見を封殺された人が、それを根拠にマスコミを批判するのは「あり」だと思います。
そもそも論で、世論なんてものが存在するわけが無いというのもありますが、まあ、多様な意見の集合体として意思決定するのは民主的制度のやるべき事であって、マスコミはその意思決定が失敗しないように色々な情報を流すべきです。
それこそ、知事選挙で吉外にNHKを使って自説を述べるのをとめる事はできないわけです。
4月 23rd, 2007 at 8:45:38
ぼくなんかの意見を取り上げていただき、恐縮です。
「市場が出した答えだと言うことを真摯に受け止めるべき」だということであるならばそのとおりだと思います。ですが、市場は常に試行錯誤しながら調整されていくものだということも考慮すべきだと思うのです。つまり、いま出ている答えが正しいとは限らないということです。また、需要が供給をつくりだす面もありますが、供給が需要をつくりだす面もあります。需要と供給は相互に作用しますから。とくにマスメディアは、その相互作用が強いように思います。たとえば、公務員叩きや若者バッシングがそうじゃないでしょうか。互いが望むような記事や報道が行われ、謝った言説がまかり通る。魚住さんは、その当たりに忸怩たるものを感じているのではないでしょうか。
4月 23rd, 2007 at 14:59:49
はじめましてbewaad様
マスメディアの影響力についてですが、マコームズらの「議題設定機能論」というのが、学会では1970年代に確立した説となっております。
その要旨は、
マスメディア(たしか研究対象は新聞だった)は、
1. 議題(アジェンダ)= いわゆる政策の争点となりそうなこと、が複数ある場合、それらの優先順位を決定できる。
2. 各議題の賛否に影響を与えることはできない。
というものです。
つまり、報道前に世論が「格差問題」より「好景気の維持」が重要だと考えていても、1.どこかの新聞が「格差問題」のキャンペーンをはれば、少なくともその新聞の読者集団が認識する議題の優先順位は「格差問題」にシフトする。2.ただし、格差問題にわざわざ政策的に対処することへの賛否は、読者の置かれた状況に左右され、必ずしも新聞の持つ意見は影響しない。
その含意を解釈しますと、新聞に意見が影響されているように見える読者は、彼がもともとその新聞の論調に賛成だから、といえます。ただし、どのような議題が設定されるかは、選挙における候補者の有利不利を決定しますので、「マスメディアは強い影響力を持っている」と解釈するのが一般的なようです。
4月 24th, 2007 at 5:37:37
>鍋象さん
わかりやすさもひっくるめての言論ということではないでしょうか。ネットで散見される天声人語愛読者は、特殊すぎてサンプルとして正しく天声人語読者全体を代表していないような(笑)。
いただいたコメントを受けてこちらにも抜かりがあったなぁと思うのは、私は世論という言葉をa 世論ないし世論sという趣旨で理解していたのですが、the 世論というご認識の方がメジャーなのかも知れず、そのあたりをもう少し厳密に書いておくべきだったような気がします。Aという政策イシューについて、大別してXとYという見解に大半の意見が代表される場合、全体の意見が概ね集約されているという意味でのthe 世論はありませんが、XとYという世論sはあるわけでして。さらにいうならば、X’やらXnやらといったものがマスメディアの報道を通じてXに収斂してしまうという効果は、それなりに働いているようにも思います。
4月 24th, 2007 at 5:40:41
>e-takeuchiさん
こちらこそ、ご指摘を受けてこのように再度整理することができ、いい機会をいただきありがとうございました。
エントリの最後に書いたとおり、市場が出した答えだから正しいということを書こうとしたわけではありませんでしたし、そのように考えているわけでもありませんが、書き方がまぎらわしかったかもしれません。以後気をつけたいと思います。
4月 24th, 2007 at 5:44:42
>akijunshinさん
情報提供ありがとうございました。勉強になりました。
ところで、ご指摘を受けてさらに掘り下げようと思うのですが(エントリを立てるかどうかはさておき、さらに勉強したいということです)、ぐぐったところ、次の書籍が見つかりました。
竹下俊郎「メディアの議題設定機能―マスコミ効果研究における理論と実証」
http://www.amazon.co.jp/dp/4762008176/
ずうずうしいお願いで恐縮ですが、この書籍の一般的な評価をもしご存知でしたら、ご教示いただけますでしょうか。内容の良し悪しですとか、素人でもなんとかなるのか専門家向けなのか、といったあたりをお聞かせいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
4月 24th, 2007 at 8:19:01
>奥の院云々には同意できないのですが
あり得ない、と言う事でよろしいですか?
以前から、政界・財界・官界で頻繁に縁戚関係が結ばれている事は聞いていたので、国家に隠然たる影響力を及ぼす集団があっても不思議ではないと思ったのですが。
戦後のアメリカべったり、日中国交正常化以降の対中関係
、も了解の上で行われたのではないかと想像していたのですが。
逆に言うと、アメリカのみならず中国を含めてこれだけ海外から干渉されていながら、日本国内のエスタブリッシュメントが影響力を発揮出来ていないとしたら情けない限りですね。
敗戦後、アメリカの戦略の下で国内が上から下まで分断されたまま、と言う事なのでしょうか、、、、
4月 24th, 2007 at 12:55:25
先日、finalventさんから聞いたのですが、沖縄では県内2紙(琉球新報、沖縄タイムズ)のシェアが圧倒的であるにもかかわらず、これらの新聞が主張する左派的な論調は、ほとんど県内世論に影響を与えていないそうです。県民がこれらの新聞を購読する最大の理由は、死亡広告の存在だとか。
あと、akijunshinさんが紹介した「議題設定機能論」は確かに納得できる考え方ですね。日韓W杯の時の「日韓友好」を煽る報道は韓国への関心を高めたけど、その結果逆に嫌韓の風潮が広まってしまったことなどは、その典型的な例かもしれません。w
4月 24th, 2007 at 21:00:38
bewaad様
>ご指摘を受けてさらに掘り下げようと思うのですが
とのことですが、残念ながら竹下俊郎氏の該当著作は読んでおりませんのでコメントできません。
わたくしめからは下記文献を推奨します。
マコームズ、アインセィデル、ウィーバー『ニュース・メディアと世論』関西大学出版部 1994
※ 議題設定機能論ならばこれが入門書。ただし、メディアの効果研究の流れを掴むには適していません。
田崎篤郎・児島和人『マス・コミュニケーション効果研究の展開 改訂新版』2003 北樹出版
※ 1990年代から版を重ねる定番的な教科書です。上記の竹下俊郎氏の業績についてもふれられています。
ご参考までに。
4月 25th, 2007 at 7:21:12
>ブヒブヒさん
一般的傾向としていえば、「アメリカべったり」と「日中国交正常化以降の対中関係」(=中国に対して弱腰だ、というご主張であるとの理解でいいんですよね?)は両立しないわけで、それ自体が確固たるエスタブリッシュメント集団の不存在を表しているのではないでしょうか。
4月 25th, 2007 at 7:23:47
>Baatarismさん
例えば日教組系の教師が教室でアジったとして、それを聞かされたがゆえにその問題についてそれまで無関心だった生徒が、かえってネガティヴな印象を持つような場合も多いということでしょうね。
4月 25th, 2007 at 7:24:30
>akijunshinさん
ご意見を伺っておきながら大変失礼で恐縮なのですが、近所の書店で見かけた樺島郁夫他「メディアと政治」(http://www.amazon.co.jp/dp/4641123101/)を衝動買いしてしまいました(笑)。樺島先生は個人的には安定した業績を上げられている方だと思っていることと、本書の属する有斐閣アルマシリーズは大学教養レヴェルとしては無難な品揃えだと思っていることも手伝って、誰かの評価を確認するまでもなく・・・。
これを読み終わったのち、ご推薦の田崎・児島本にステップアップしたいと思います。ご教示ありがとうございました。
4月 25th, 2007 at 8:54:18
webmaster さま
>一般的傾向としていえば、「アメリカべったり」と「日中国交正常化以降の対中関係」(=中国に対して弱腰だ、というご主張であるとの理解でいいんですよね?)は両立しないわけで
時間的推移とともに、アメリカべったりから、日米中の二等辺三角形の関係を志向しているのかと。
エスタブリッシュメント集団の不存在という点は、了解致しました。
4月 26th, 2007 at 7:19:28
>ブヒブヒさん
ご了解いただきありがとうございました。