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  • 04/28/2007 (5:39 am)

    学生街の書店の厳しさ

    Filed under: book ::

    昨日のエントリに寄せられたkogeさんのコメントに関連して。

    コメント欄でkogeさんが、学生の町京都での丸善の閉店をなげいていらっしゃって、ちょっと感じるものがあった。

    うーん、学生街で本屋ってやっていけるのかな?

    学生さんの使う支出の構成見たら儲かるのは服屋と雀荘と飲み屋とパチンコ屋、続いてラーメン屋あたりが売り上げを伸ばせて、それらと立地を競って生き残るのは本屋にはつらいのではないかと思いますが…..

    「共存共栄の終わり」(@くまくまことkumakuma1967の出来損ない日記4/27付)

    かつてのことはよくわかりませんが、近年においては、生協書籍部の存在こそが、学生街の書店の経営を圧迫しているのではないでしょうか。webmaster自身、学生時代にもっとも多くのお金を支払った書店は生協書籍部でしたが、生協書籍部には、

    • 再販商品である書籍なのに割引がある、
    • 教科書に代表される学生向きの専門書の品揃えが豊富である、
    • キャンパス内にありアクセスがいい、

    といった競争上の優位を確保しています。一般書店がこれに対抗してやっていくのは大変ではないでしょうか。教科書は書籍部、それ以外は一般書店という棲み分けができればともかく、雑誌やマンガなどもそろってますからねぇ、書籍部には。書籍部の売上げの推移がわかるデータがあれば、きちんと検証できると思うのですが・・・。

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    22 Responses to “学生街の書店の厳しさ”

    1. 一国民 Says:

      その割には、間口が狭くて古臭い本ばかり並んでて、本を買っている人を全然見かけない医学専門書屋が大通りにずっと存続してたりしますけどね。
      あれは医学部の学生じゃなくて、大学病院とか関連の医療機器会社の人向けなのかな。
      久しぶりに大学に行って、おべんと屋とかがコンビニになってたりすると寂しいですね。ラーメン屋とか、お昼の選択肢が増えているのは少しうらやましかったりもしますが。

    2. koge Says:

      私のコメントに反応していただいてありがとうございます。
      で、生協書籍部ですが、私のいた学校のではそれほど大きくなくて(だからマンガまではほとんど置けない)、確かに新書・雑誌や資格書から教科書まで揃っていて街の本屋には脅威だと思いますが、それを超えて研究書とか(院生レベル)、あと趣味書とかになるとさすがに大型書店ほどは揃わないんですよね。取り寄せて買うのなら多少安くてもAmazonのほうが使い勝手いい(教員ならともかく)し。
      どの大学でも上位何%かはそういう読書好き・研究好きの学生もいるんでしょうが、少なくとも大学あたりの数で見たらやはり減ってるんでしょうね…。

    3. 小倉秀夫 Says:

       自分の著書を教科書として指定する(できれば、試験の時教科書のみ持ち込み可)教員が多い大学だと、古本屋はやっていけそうに思います。
       母校(早稲田)とアルバイト先(中央)との書店・古書店密度の差はそういうことでは説明しきれないのでしょうけど。

    4. kumakuma1967 Says:

      私のいた大学は、生協書籍部の洋書部門に丸善から派遣の販売員がいて大変便利でしたが…..

    5. 憑かれた大学隠棲 Says:

      本好きな学生ですが、流石に一日一冊のペースで本を読むとなると実家にいるときに親の買い物について行って本を買わせるか、古本屋や図書館ですね。読書って言う場合には同じ本を読む場合でもお金の払方に選択の余地があるってのが他の娯楽と違うところです。大学の近所の書店にお金を落とすことはあまりないです。あと学生が大学の近所に住まなくなった問題もあるんだそうで。学生街の一般書店ってあんまり見たことないです。

      某大学生協のカルキ臭い書籍部はたまに使うのですが、この前みたらラノベの棚ができていました。いいのかな(ノ∀`) アチャー
      大学に一番近い一般書店はビジネス書とコミックとエロ雑誌がメインって棲み分けを考えた構成になってますね。で、大学生はあんまり使ってない罠。

      生協って問題でいえば阪神間ではコープこうべが地場の小売りチェーンを根絶やしにして、ダイエーも本社があったのにでかい顔はできず、あまたの駅前の再開発ビルもことごとく寡占というすごいことになってます。それでいいのか生活協同組合。

      書店自体も学生がお金を落とさなくなったと言うよりは、業界の構造不況のような気がします。巨大書店もフロアが開いてるビルにつけ込んでってパターンも多いんだそうで、書店の戦略よりは不動産事情のほうが大きいのかも知れません。

    6. webmaster Says:

      >一国民さん
      古本や絶版本など、生協で扱っていないものであれば何とかなりそうな気もしますが。教授と癒着していたりとか(笑)。

    7. webmaster Says:

      >kogeさん
      私の使っていた生協書籍部は、かなり昔の記憶で怪しい面もありますが(笑)、それなりに専門書もそろっていたように思います。そのあたり、規模の大小などによっても違ってくるのでしょうね。

      確かに最近は、ネット書店の影響も大きいのでしょうけれど。研究者・院生のようなディープな書籍を求める方が、よりネットへ移行するインセンティヴがあるでしょうし。

    8. webmaster Says:

      >小倉秀夫さん
      それを嫌って改訂を繰り返す先生もいらっしゃるのでしょうね。

    9. webmaster Says:

      >kumakuma1967さん
      その場合、そもそも生協書籍部が仕入れを丸善に頼っていたのではないでしょうか。

    10. webmaster Says:

      >憑かれた大学隠棲さん
      ラノベは、やっぱり生協書籍部も生き残りがかかっているということで。最後まで書籍部が置くのをためらうのはエロ系でしょうから、最後はそこで棲み分けが可能なのかもしれません。

      生協は、非営利組織ということで法人税などに優遇措置がありますからねぇ・・・。

    11. ねずみ王様 Says:

       さてこの四月から、なかもづ大に引っ越した王様ですが、周辺には、競合する書店はもうないのナリね(文系学科もいちおうあるんだがな)。潰してしまったというより、もとから存在しないという印象。いや、そもそも学生街というものが存在しない。
       いっぽう、もう20年前のことになりますが(!)、10年ほど学生街に住みましたが、その間、古書店と喫茶店、そして雀荘がなくなってゆきました。一番最近になくなった某古書店は愛人に金を突っ込んでしまった結果だそうなので、ややこの話の趣旨からは外れますが、それにしても、学園祭というのもその間にどんどんしょぼい感じになっていったような記憶もあります。場所としての大学というものが、学生にとって、文化や生活の中心でなくなっていった結果かなあ、と思っていました。
       そういえば五年前のフランスの大統領選挙のとき、ル・ペンが決選投票に残って、デモがたくさん行われましたが、カルチェ・ラタンのような学生街(左岸)ではなくむしろ右岸のバスチーユとかがデモの中心となったことが、ある種の感慨と共に語られていたのを思い出しました。洋の東西を問わない現象なのかもしれません。

    12. 鍋象 Says:

      書籍ではなく、スーパーマーケットの生協は、社会主義的組織にありがちな権力構造になっていたりします。納入業者に対する振る舞いが、まるで奴隷を扱っているようだという話を良く聞きます。あの組織はキックバック問題などと絡めて経済学的に分析すると、とても単純で教科書的な演習問題になると思いますw

      学生時代に消費税が導入されたんですが、「消費税は取りません!」と貼り紙をした生協の食堂で、食事のメニュー(Aランチ、Bランチ、Cランチ)が全部一律に1段階シフトして、事実上20%以上の値上げをしていやがったのを、一生うらんでやると心に決めたのはもう20年くらい前になるのか。

    13. webmaster Says:

      >ねずみ王様さん
      無理やり一般化するなら、娯楽というものが「生産性の向上」により人間関係に依存する度合いが低くなり(Putnam “Bowling Alone”の世界です)、そうした関係がそれなりの意味を持つからこそ成立していた商売が衰退している、ということなのでしょう(古書店はちょっと違うかもしれませんが、少なくとも喫茶店と雀荘は)。大学の存在感の低下というより、人間関係全般への影響、といいましょうか。

    14. webmaster Says:

      >鍋象さん
      その手の非営利組織は、相互扶助だのといった「高邁な理想」があったりするから、そのためであれば金儲けなんていう俗っぽい目標を追及する私企業は虐げたって大儀のためには仕方がないなんてことを思っていたりもしますからねぇ。シバキ主義が左右両極に親和性が高いこととも共通するのでしょうけれども、大儀ほどうさんくさいものはない、ということが如実に現れると申しますか。

      その割りに、実際には金儲けをきっちり行っているのは、お示しの価格改定のとおりですけれども(笑)。

    15. 鍋象 Says:

      >>bewaadさん
      少人数で、批判を排除して、自発的に組織統治のルールを決めさせたら、きわめてソ連共産党的な、「偉い人、偉くない人」の2分型組織になっていっちゃうんじゃないかなと思ったりします。そういう組織にどっぷり浸かっている人は、外に出てもその組織内と同じように振舞うみたいな。
      これ、高邁な精神とはまったく関係なく、自発形成される組織とはそういうものになりがちで、結果的にどこかで大儀や高邁な精神が2番目以下の目標に排除されて行っちゃうのかなと思います。
      民間企業の組織構築に対して、公開基準やSOX法などで色々な規制が入るのは、そういうことを危惧しての事ではないかなと思ったりします。

      話が飛びますが、大名や豪商の、家訓みたいなのって、自発的に思いついたんなら凄いことだなと思う次第。

    16. webmaster Says:

      >鍋象さん
      何らかの形で客観的な妥当性が問われない限り、わずかにでも優位にある者が価値観の体現者としてふるまってしまうということかと思います(市場競争というのは、答えが正しいかどうかはさておき、常に外部から妥当性が問われ続けるものですから)。理論的には、組織の存在により節約される取引費用に着目すれば整理可能なのかな、という気はします。取引費用減少効果が一定程度あれば、組織内のあれこれを維持するコストをそれが上回り、かなり非合理なものでも生き残ってしまうとか(当然その場合、効率化の余地は残り、市場競争にさらされていれば、ある程度はその効率化が進むのでしょうけれど)。

      そういう観点からすれば、家訓は、そうした組織内の力学が外部環境がよい中で生き残ってしまうと、外部環境が悪化した際に困るぞ、ということに立脚して定められるのでしょう。妥当性を問う仕組みの内部化といいますか、擬似競争環境の確保といいますか。

    17. 鍋象 Says:

      賛同していただいてありがとうございます。
      中小企業とか見ていて、成長志向があるのに組織が作れない人が結構いるのを見て、そういうのを何とか学問的に体系化できないかなぁと思ったりしています。自然発生的にやっていくと、経営者本人の能力を超えたレベルまで中央集権を維持してしまうわけで、それで失敗するケースがとても多いとか、あるいは意図に反して早々に成長の限界を向かえてしまって、足踏みしてしまうわけです。

      じゃあ、自分のところがどうなのかというと、それも自信が無いわけですが。「人材がいれば・・・」と言う状態は恒常化していますし、じゃあ人材がいたらいたで、どこかで豊臣秀吉問題にぶつかるだろうし。

    18. webmaster Says:

      >鍋象さん
      皆がそのような悩みを抱いているのであれば、それを専門にしたコンサルが儲かりそうなものですけれども、実態はどうなんでしょうか。コンサルが情報の非対称性に基づきあくどい商売をしていて、クライアントから見るとレモン市場になってしまっているのかな?

      中小企業庁が↓みたいなことをやっているのは、そうした問題を多少は認識しているからなのかもしれません。
      http://j-net21.smrj.go.jp/

    19. 鍋象 Says:

      いえ。この問題意識は、他の人も持っているかも知れませんが、僕が勝手に思い込んでいるものです。

      これは程度問題で、小さい間は社長がプレイヤーとしても動かなければならないのですが、ある程度大きくなるとプレイヤーとして関与したがる社長が、その会社の成長の制約要因になっちゃうみたいな事が往々にしてあるという事です。こういうケースでは、ほとんどの社長さんは無自覚であるばかりか、自分の努力が足りないと、ますます自己を制約要因にしようとします。できる方ほど陥りやすい罠です。そしてそれをコンサルタントが指摘するには契約打ち切り覚悟が必要です。

      大きさがだいぶ違いますが、1代で築き上げたという面で参考になるのが、ヤオハンの和田元社長かな。ホールディングスのトップとして振舞う事を忘れて、海外事業本部長に没頭していたら国内のヤオハンが倒産寸前になっていたような反省点をテレビで語られていました。チェーンストアは投資が大きく、惰性で投資しつづけて有利子負債過多で破綻したわけです。投資が小さいところでも利益が伸びなくなって事業を大きくできなくなります。

      最近、同業他社の経営ミスを見ていて感じるのが(僕はお人よしなので、他人の会社の問題を気にしてしまう)、社員数を増やして他社とガチンコ勝負して基礎的な売上を増やせばいいのに、安易に売上を増やそうとして、「単体で利益がマイナスの仕事を税引き前利益が黒字の間は増やしてしまう」というものです。増やすのはトップセールスで決まるような大手取引先で、場合によっては設備投資も必要になり、社長しか決裁できないようなものです。これで利益を喪失して、資金繰りなどの経営基盤を脆弱にしちゃう。こういうのは投資判断のミスというより、社長決済が会社の成長の制約になっていると考えた方がしっくりくるのかなと思うのです。本音を言うと、こういう会社ばかりで助かってるのですが。

      中小企業庁の奴は、具体的な問題に対するFAQ(大企業だと各専門部署の平社員が知っているべき知識)と、成功しちゃった会社の「運が良かった物語」で、経営の品質向上という視点ではあんまり役にはたっていないような。

      成功というのは、新規事業への種まきを前提としますが、ちゃんと芽が出るのかは運不運の問題であって、種が芽をはやすまでの間ミスらない事はコントロール可能なわけです。そのコントロール可能な部分が体系化されたらいいなぁと思ったりします。

    20. webmaster Says:

      >鍋象さん
      仮に体系化できたとして、それをどう普及させるかも大いに問題のように思います。コンサルの言うことを聞かない、投資家の圧力なるものも感じないようでは、それを積極的に摂取しようとはしないでしょう。

      私見では、多くの中小企業にとって切実な外部の目とは税金関連しかないように思いますので、外形標準課税の中にうまく組み込むというのが手段なのかなと思います。何らかの経営効率指標がよければ安く、悪ければ高いというように仕組めれば、コンサルだの株主だのといった目を気にしない傾向にある多くの社長であっても、自発的・積極的に対応しようとするでしょうから。

    21. 鍋象 Says:

      >>bewaadさん
      外形標準課税だと普通の発想で組み込むと逆効果になりそうな。

      この辺は国がどうこうすべき問題でも無いわけですが、ただ例示された中小企業庁の奴を見ていると、やっぱり違うなぁと思うわけです。恐らく、中小企業サイドが見たい・聞きたいものの集合体なんでしょうけど。

      で、冷静に考えたら僕が言っているのは特殊な事じゃなくて、会計士さんや中小企業診断士さんならわかっているし、口をすっぱくして言っている事なんだと思います。最終的には、経営学得意の根性論になって、「自己改革できるか?」みたいな話に行っちゃうのかなぁ。

    22. webmaster Says:

      >鍋象さん
      外形標準課税は、あくまで実効性のみに着目した話で、仕組みが難しいのはご指摘の通りかと存じます。

      中小企業の場合、会計士の言うことを聞くインセンティヴはほとんどなく(除く税金関連)、中小企業診断士にしても、前のコメントのコンサルへの言及のとおり、あまり厳しいことを言っても聞いてもらえないわけですよね。となると、需要する者の多いもの=根性論的なものしか残らない、ということになるような気がします。

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