公務員の若年昇進の是非
25日に引き続き、いちご経済/経済学板からですが、そこで示された質問にお答えするのは今回を最後とするので、くれぐれもいちごにはこの手の話を書き込まないようお願いいたします(板違いで迷惑になりますので)。もし何かありましたら、あくまで当サイトに書き込んでいただければ。
1015: 名無しさんの冒険 2007/04/24(Tue) 17:17
BEWAAD氏
日経ネットPLUSで渡辺大臣が、「実力があれば30代で局長、40代で事務次官になれる制度に」と主張している。
BEWAAD氏はよくご存知だと思うが、太平の時代には皆波風を立てるのを恐れ、年功序列ガチガチの制度になるのは江戸時代を見ても日本海軍を見てもよくわかると思う。(ここで言う「年功序列ガチガチ」とは、同期の中での出世競争はあり、その意味での業績評価はもちろんあるが、例えば、年次が10年下のものが一気に昇進するということがありえない、という意味で使っている)
渡辺大臣も、別に、「常に局長は30代から、次官は40代から」ということを言っているのではなく、実力のある人間がいれば年次にとらわれずに人材を登用していく、ということであり、大学での「飛び級」制度同様、あくまで可能性を開くというものであって、それが大いに利用されるかはわからないが、可能性を開くことには一定の意義があるのではないかと僕は考えている。
近年退職する若手官僚諸君を見ていると、全般に「結果が早く欲しい」という人が非常に多いと感じている。その意味では、実力があれば 必ずしも年次にとらわれない人事制度を作る事はおそらくBEWAAD氏もそうであろう課長補佐以下の若手官僚諸君にとっては悪い制度ではないと思うのだが、この点、BEWAAD氏はどのようにお考えになるだろうか。
(略)
1017: 名無しさんの冒険 2007/04/24(Tue) 17:33
なお、僕はこれまでの霞ヶ関の人事制度は、一定程度機能を果たしてきたと考えている。少しずつ下がってきてはいるが、生涯ベースで見ていけば、日本の大企業生涯所得トップ20程度に相当する、悪くとも4億後半の生涯所得が期待できるシステム、同期が入省20年程度までは同じペースで昇進するシステムは組織内部が負のエネルギーで覆われる事を防いできたし、重要な役割を果たしてきたといって良いだろうと思う。
しかし最近の若手諸君の話を聞くと、子どもの数が減り家庭での相対価値が上昇したことが大きいのだと思うが、「下積みはやりたくない」「オレは民間に出れば30で年収2000万は取れる人材だ」という思いを持っている諸君(自己評価が非常に高い人材)は霞ヶ関を早期退職してしまう傾向が強いと感じている。
霞ヶ関の離職率に関しては、キー局など異様に離職率の低い職場を除けば、日本の大企業と比較しても、実はマスコミでの報道とは異なり、少しずつ上昇してきてはいるが、離職率は実は非常に低い水準であるというのが実際のところである(入省5年以内の離職「率」で見ると、10%以下、これは民間と比較するとキー局に次ぐ優等生)
若手諸君の「オレはもっと出来る」という気持ちが離職の一因としてあるのなら、その思いに応えてあげられる制度の導入も意義があるのではと思うのだが、どうだろうか。
いちご経済/経済学板「日銀はより大胆な金融緩和をパート2」スレ・レス1015-1017
ここでの「実力」なるものがどのようなものを意図しているのかはわかりませんが、webmasterが見る限り霞が関においては(そして、民間企業をはじめ多くの他の組織においてもそうだと思いますが)、俗に頭の回転のよさといわれるような類の能力については、幹部クラス(とりあえず、総務課長級以上としておきましょう)にはあまり求められていません。幹部クラスに求められるのは、何よりも政治家や関係団体等との調整能力であり、次いで組織の管理能力でしょう。
#ですからwebmasterは、賃金等の待遇をどこまで考えるかには留保が必要でしょうけれども、基本的にあまり出世したいとは思わないのですが(笑)。
そしてこれらの能力は、想像するにたやすいですが、それなりに年功序列が意味を持つ分野でもあります。調整能力とは、その多くをコネ等の人的関係に依存しますし(で、人的関係は、質は議論があるにせよ量は、明らかに年を経るごとに増えるものでしょう)、管理能力についても、その組織特有のカルチャーを踏まえねばならず、経験が豊富で損をするということは考えづらいといえます。
したがって、若い人間をそれらのポストにつけても、まあ抜きん出て優秀な者であれば例外なのかもしれませんが、その能力を十分に発揮できるとは思えませんし、何より当人にとって決して面白いものではないでしょう。優秀だと自認するような人間にとってやりがいのあるポストとは、課長〜係長級で担当する内容が面白い部署であるとwebmasterは思います。
偏見を承知で申し上げるなら、引用文中の「自己評価が非常に高い人材」は、数年もいればわかるその程度のこともわからないか、それともどこかに自分がしたいことが何でも自由にできる職場があるはず(当然ながら、事務次官であれ局長であれそのようなことはまずありません)という「青い鳥」症候群の患者かのいずれか(または両方)でしょう。自分がどうしてもやりたいことができないとすれば、それは上司をはじめとする関係者を説得する程度の能力もないのだと自覚すべきで、そうした自省もなく環境が悪いと愚痴るような人間は、どうぞ霞が関から出て行っていただければ、というか積極的に出て行ってほしいですね(笑)。
もう少し制度的な話をするのであれば、若くして幹部クラスに登用した者のその後の処遇をどうするかについては、慎重な検討が必要でしょう。大雑把に分類すれば、
- 「長期政権」(定年まで20年以上同一ポストにとどまること)を許す
- 「長期政権」を許さず辞めさせる替わりに
- 食うに困らないだけの退職金and/or年金を給付する
- 他の組織で働いてもらう
のいずれかでしょう。形式的には下っ端に戻って働いてもらうということも考えられますが、民間企業だって、いったん役員になった人間が降格するというのは例外的ですよね? 霞が関の局長クラスは、民間で言えば十分役員相当(それも、単なる平役員ではなく、本部長以上クラス)ですから。
1.は明らかに弊害の方が大きいでしょう。地方公共団体の首長の多選批判が典型ですが、トップがずっと変わらないというのでは、どうしても路線が固定化しますし、下の人間も上に迎合するきらいがあるのは否めません。2.1.はひとつの選択肢ではありますが、現在の霞が関を巡る政治環境からすれば、現実性に乏しいといわざるを得ないでしょう。
残るは2.2.ですが、これだけ天下り批判が喧しい中、これまたどこまで現実性があるかどうか。今の天下りですら、50代・60代だからこそ霞が関よりも処遇の悪いところに行かせることができているわけで、30代・40代の人間に組織として辞めさせるために次の職場を探すといっても、喜んで辞めるような場所を見つけ出すのはきわめて困難でしょう。
#事務次官や局長の処遇を下げることにより次の職場の相対的価値を上げるというのは、「自己評価が非常に高い人材」への対応としては矛盾でしょうから、ここではそのような対策を併せて講じることはないものとして考察を進めます。
となれば、任期付採用で居座ろうとしても居座れない制度として放り出し、後は自力でなんとかしろとするしかないでしょうけれども、これもまた事務次官なり局長なりにいる間は好待遇だとしても、生涯賃金ベースで考えれば少なくともリスクは高くなるわけで、「自己評価が非常に高い人材」への対応としては不十分でしょう。そのような人間であれば、自分はまだまだやれるのだからもっとやらせろ、なんてことをいかにも言い出しそうですし(笑)。職務権限を使っての職探しを公認するなら別でしょうけれども。
結局、若くして事務次官や局長への昇進を可能にしようとすれば、ことそれだけを取り出すならば悪くはなさそうですが、関連して生じ得る問題まで視野に入れると、そう簡単に評価はできないだろう、というのがwebmasterの見解です。現に各国の公務員制度を見る限り、若くしての幹部への昇進があり得るものとして思い浮かぶのはアメリカですが、あちらはリヴォルヴィングドアと一体となったもの。それこそ「職務権限を使っての職探し」が半ば公認されているからこそ、若くして登用し、お役御免となれば放り出すことができるわけですから。





4月 30th, 2007 at 8:28:31
webmasterのご意見に同意します。実務経験が10年前後の私の大学同期で、現在2000万円も稼げる人間なんてごくごく一部でしょう。1000万円超なら国内金融機関や弁護士でゴロゴロいるはずですが。
必ずしも金銭だけで報いられないと思われる日本の公務員制度の場合、やはり自らの望むキャリア形成に極力寄与する形での人事が機能することが職員の欲求を満たす手段の一つだと思います。重要な職務は、適正な人物の中でも特に意欲のある人にやってもらうようにするとか、なるべく各自が主体的に自分のキャリアを考える雰囲気を醸成した方が少ないながらも労働意欲も湧くかもしれません。
ところで私の場合、もしもアメリカ方式の公務員制度が日本で採用されていたと仮定すれば、おそらくそういう方面に職を将来的に得るべく、日本か海外でPh.Dを自力で取って、民間又は党のシンクタンクに行っていたかもしれない、という想像は出来ないわけではありません。
が、当時の日本では、そこまでせずに一般職として働ける環境があったので(逆に博士号を取れば某府省(某部局)を除き事務系1種職員で採用される可能性及び民間企業への就職の可能性もさらに下がることが見込まれる以上)、経済学部を卒業した後に、さらに上のアカデミックな世界に行くという結論には至りませんでした。いえ、むしろ真っ先に可能性を排除したのが現実です。
また、一度民間企業に行ってしまうと1種の中途採用はないという前提でもありましたので、「民間での経験を活かして、いつかは公的な仕事に就きたい」なんていう(まるで選挙の立候補者みたいですが)発想も勿論ありませんでした。
必ずしも一つの組織に一生仕える必要もないとは思うのですが、転々とするならばそのための環境整備が必要でしょうし(過度の生え抜き重視の是正など)、そうでなくてもそれなりに処遇する環境を作らないことには誰もが不満を持ち続ける中途半端な状況になりそうです。
4月 30th, 2007 at 11:04:37
> 俗に頭の回転のよさといわれるような類の能力については、幹部クラスにはあまり求められていません。幹部クラスに求められるのは、何よりも政治家や関係団体等との調整能力であり、次いで組織の管理能力でしょう。
下っ端からすると、上司に何かを特別に説明するのは業務を実現するために何らかの調整をしてほしいからです。それは、ある程度規模の大きい民間企業でも同じです。振る舞いが変わるのを認識できないようじゃあ出世して貰っても困ります。したがって、Webmasterさんが書かれていることを類推で理解できました。
ただ、私からすれば地頭((c)佐藤優氏)のよさは上司にあってほしい筈。
いかにコネが多くても、理解しようとしない頭の悪さじゃ困ります(笑)
霞ヶ関というものの業務の実態って、私共には中々理解できなくて、ゆえにバッシングしたくなるのですが、渡辺大臣にも理解されていないようですね。。。
私が邪推するに、霞ヶ関の若年で外に出れば稼げると思うのなら、どんどん出て行けばいいと思います。そもそも若年で出て行けばなんとかなるのが事実(例えば外資系の投資ファンドでやっていける)なら残っていても想定される生涯収入は残るほうが低いでしょうし、キャリアパスに合わないでしょう。そういう人はでたらいい。そもそも飛び級とは縁がないように思います。
4月 30th, 2007 at 11:31:04
民間企業では、昨日の上司が今日は部下、なんて事が普通にあります。
そして、数年後には元に戻っているとか。
硬直化した組織に風穴を開ける意味で、多少の抜擢人事も良いのではないかと思いますが。
そして能力の劣る者には、特殊法人に天下りさすのではなく、降格人事を行うべきです。
前例と格式を重んじるキャリア官僚の方には、最初は抵抗があるでしょうが、慣れればドウって事無いと思いますよ。
それでクサったり足を引っ張るような馬鹿は、組織内で軽蔑され排除されるだけですから。
官僚組織を知らない、あくまでも民間感覚の意見ですが。
4月 30th, 2007 at 11:51:17
業務に対する意欲を引き出し、組織を活性化させる手段は、必ずしも給与や地位に限る必要はないと思います。特に行政職になった人は「こういう仕事がしたい」という希望を持ってなられた方が結構多いのではないでしょうか。
成果主義による人事より、仕事そのものにやりがいと達成感を持たせられ、かつチームワーク重視の人事制度。行政機関に適した人事制度って、そういうものではないでしょうか。
自意識と自己顕示欲の強いタイプは、本質的に行政職には向かないのでは。
4月 30th, 2007 at 14:06:29
いろいろな組織があっていいと思うのですよ。民間にしても、日本的雇用慣行を前提に入社した時代の人が突然成果主義を要求されても容易に軌道修正できるの?という問題がありましたが、ある意味まるで「事後法の禁止原則」に反するほどのインパクトを与えたんじゃないかと思います。社会全体がいっせいに同じ方向を向く場合にどうしても出てくる摩擦ですよね。もっとも現場レベルでどこまで成果主義なら成果主義の理念が適用されてるか、となると話は別ですが。本当は成果主義的な組織と比較的年功的な組織のすみわけみたいのが出来ればいいんですが。年功的と言っても結局生涯スパンで考えれば元を取るという考えですから。日本であわててこれが否定されだした原因が経済成長の停滞だとしたら、「息の長い」経済成長が再び続くようなら日本的慣行は戻ってきて元の木阿弥wになるかもしれないですが、それでは不都合なんですかね。
4月 30th, 2007 at 17:25:45
bewaadさんの公務員像はちと古くないですかね。
渡辺大臣は役人の間の調整というより大臣の間の調整にウエイトがあります。
その提案はbewaadさんの前提から違うので、bewaadさんには理解不能でしょうね。
たぶん渡辺大臣のいうような新しい公務員とbewaadさんは相容れないでしょう。
4月 30th, 2007 at 18:52:58
私の知っている執行機関は職員の大半が現6級地方課長相当がゴール。
60歳で定年退職し次は再任用で2級相当職員として10歳程度下のラインの課長相当の下で、2年間働いて年金生活に入るというモデルが定着している。
この仕組みの問題点は結局ゴールが2級相当の職員(定員内にカウントされる)になって働く可能性が高いということ。
昨日まで何らかの判断を下していた同じ人物が60歳を境に判断を仰ぐ側になるということ。
若手職員はモラールが低下し、定年間際の職員は若手に媚びる雰囲気があると聞く。
職場の統制も乱れ、かつてなかった程、規律維持が困難になってきているようである。
実力主義や能力主義をいうなら、一律に高年齢で区切るのもやはりおかしい。能力があるのであれば70歳でも現役で世の中に貢献することが可能な制度があってもいいのではないか。
組織全体から見ればごく少数のキャリアの処遇はなお恵まれており、公務員の大部を占めるノンキャリの処遇をどのようにするのか、今回の公務員制度改革の動きからはあまり見えてこない。
ってbewaadさんに言ってもせんないことですが。
4月 30th, 2007 at 19:53:00
組織の問題って、実は抜擢のシステムよりも、使えない人をどう回すかってところの方が全体の生産性に効いてくる気がします。
その点で言うと、キャリア採用なんだけど実は働かせてみたら管理能力ないことがわかっちゃった人なんかをどう排除していくかが仕組み的には重要そう。
いい人材が集まりにくくなることを承知でハイリスクハイリターン給与システム(無能はさっさと解雇)にするか、コストが高くなること承知でがちがちの天下りOK安定システムにするか、というところではないでしょうか。
現状は後者から前者に向かう過渡期なのかも。
5月 1st, 2007 at 2:05:08
民間と役所の最大の違いは、役人はいくら努力しても組織のトップにはなれないところなのではないかなと思います。民間企業なら本人の努力と才能と運次第では組織のトップに上り詰めることも可能でしょうが、役人は最高位でも大臣、副大臣、政務官に次ぐNo.4です。それゆえに次官に求められるのはリーダシップというよりも調整能力であり、野心と才能に溢れる若者が進んで就きたがるポジションでは無いように思います。成果主義にしても、最終的には政治マターになってしまうようなものを役人の成果としてカウントするのは上手く行かないと思いますし。
そもそも、現状の公務員制度の問題って人事制度の小難しい話ではなくて、単に給料が安いことだと思うんですがねえ。中にいるとわかるんですが、マジメで几帳面で人徳に溢れてて、なんていう「理想的公務員」なんて一人もいませんよ霞ヶ関には。安月給でも集まってくるような曲者ぞろいだからこそ人事のやりくりも難しくなってるんだと思います。私見ですが。
5月 1st, 2007 at 2:17:17
謂所”若くて優秀な人”に、伝統的大組織のマネージメントの適性がある可能性は低そうだというのは、腑に落ちるご意見ですが。。。
”任期付採用で居座ろうとしても居座れない制度として放り出し、後は自力でなんとかしろ”って、その手の方々には大いに魅力的な話なんじゃないですか?
彼らの中には、ご本人が異例の抜擢をされた、という事実自体が最高の報酬になりえるタイプの方、具体的には「最年少次官経験者、とかの肩書き持って、自身の才能を世に問う」みたいな話に大いにロマンを感じられる方が、多いような気がします。
5月 1st, 2007 at 2:26:18
>vicinityさん
結局、自己に対する過信という面があるのだろうなぁと思います。役所で思うように仕事ができないといっても、じゃあ政治家や民間で思うように仕事ができるかといえば、やっぱりできないわけで(笑)。「やはり自らの望むキャリア形成に極力寄与する形での人事が機能することが職員の欲求を満たす手段の一つ」というのはまったく同感なのですが、全員が幹部になりたいと思ってもそれは無理な話ですし。
雇用の流動性を高めるということも最近しきりにいわれていますが、企業がきちんと利潤追求していると仮定すれば、現状程度の流動性が労働市場において成立する限度とも考えられます。実際のところ、ホワイトカラーが一番流動性に欠けるのでしょうけれども、どれだけ制度を整備しても大した流動化はなされないのではないか、という気がしないでもありません。多くの場合において、組織特有のスキルが多そうですから。
なお、コメントに関連して明日にでも別途エントリを書きたいと思ってます。ご高覧いただければ幸いです。
5月 1st, 2007 at 2:27:12
>民間平社員さん
霞が関でよく言われる笑い話ですが、地頭のよしあしと性格のよしあしとで上司を4分類した場合にどの上司がいいかということで、地頭がよくて性格もいいのがベストで、地頭が悪くて性格も悪いのがワーストなのには異論は出ません。残る2タイプのいずれがいいかですが、多数派は、地頭が悪くて性格がいい方を好むようです。理由は、思うがままに操れるからだそうで。他方で私は地頭がよくて性格が悪い方がよく、というのも頭が悪い人間と話しているとイライラするので(笑)。
霞が関の業務の実態は、私(たち)から話しても部外者にとっては興味の置き方自体がピントはずれということも多いでしょうし、ここはぜひ民間企業から出向で霞が関にいらっしゃった方々の証言をいただきたいところです。規制改革会議事務局あたりへの出向ですと、ちょっと霞が関標準とは違った経験になってしまうでしょうけれども(笑)。
5月 1st, 2007 at 2:27:44
>ブヒブヒさん
「硬直化した組織に風穴を開ける意味で、多少の抜擢人事も良いのではないかと思いますが」とのことですが、
・霞が関のどの部分がどのような状態であることが「硬直化した組織」に当てはまるのでしょうか?
・「風穴を開ける」ことのメリットとデメリットは何でしょうか?
・「多少の抜擢人事」だけが「風穴を開ける」手段なのでしょうか? 他にも手段があるとすれば、それらに比べて「多少の抜擢人事」が相対的に優れた手段であるのはどのような理由によるのでしょうか?
といった検討を経てのことであるならば、個人的な賛否はどうかはともかく、実施されることそのものは評価できるでしょう。しかし、昨今の議論の多くは、単なる思い付きじゃないの、と疑わせるものが多く、エントリで書いたことも、そのような詰まっていない部分の指摘ということになります。
5月 1st, 2007 at 2:28:01
>yyさん
まあ私にしても、これまでそれなりのポストにつき、それなりの面白さとやりがいを感じてきたからこその霞が関評価であるのは事実です。他方でできの悪い人間が私のような職歴を歩んできたとすれば、それはそれで納得がいかないのでしょうし。
5月 1st, 2007 at 2:28:30
>すなふきんさん
年功序列というものがどれだけきちんと理解されているのかあたりからして怪しいような。霞が関がそうですし、民間もおそらくそうだと思うのですが、たとえば学生野球にたとえるならば、先輩が後輩よりも偉いとして扱われるという意味では年功序列ですが、エースや4番は1年生でも(実力があれば)なれるという意味では成果主義で、肩書きの年功序列は実権を必ずしも伴わないのですが、肩書きだけを見て実権もそれに伴うものと見られがちといいますか、従来型の人事管理の成果主義的側面が無視されているといいますか。
5月 1st, 2007 at 2:28:53
>tonyさん
前から何度となく書いていますが、法令違反になるようなものを除けば、事務方は大臣に絶対服従です。大臣の意向に逆らう「役人の間の調整」なんてものは存在しませんし、もちろん従来から、政治家同士の調整は頻繁に行われています(大臣同士がやりあわないの(が通例なの)は、普通であれば閣内不一致を避けるために役人同士、あるいは与党の政治家同士に代理戦争をさせるからです)。「大臣の間の調整」だから「新しい公務員」というのは、具体的にどのようなものをイメージされているのでしょうか? 従来と何がどう違うのでしょうか?
5月 1st, 2007 at 2:29:33
>wassenaarさん
天下り問題にしても、より大きな影響を与えるのはヴェテランの人々(ご指摘の通り頭数が多いことに加え、どうしても専門分野が限られる傾向にあり、俗に言う「つぶしが利かない」状況になりがちなので)なのですが、あたかもキャリアの問題であるかのようにしか語られていないのが現状だと思います。一般的な傾向としては、地方公務員の現業職員の評判が悪いことから、そうした職員を代弁する者がほとんどいない、ということが影響しているように思います。
5月 1st, 2007 at 2:30:08
>一国民さん
現状は、使えない人間はまず実権の小さいポストに回し、次いで早期退職させる、という方式だと認識しています。
5月 1st, 2007 at 2:35:49
>中の人さん
ナンバーワンになれないというのは、子会社とか系列会社であればありがちな話で、霞が関も親会社=与党をいただく子会社なり系列会社に過ぎないと考えれば、ごくありふれた民間企業の一形態に過ぎないような(笑)。
お示しのような理想的人格は、それこそ儒教が君子として目標とするようなもので、霞が関に限らず、人間としてそのような存在は極めて希少なのでしょう。個人的には、人事を含めて霞が関が楽をしているとは思いませんが、同時に(民間等に比べて)楽をしているとも思わないのですが、どうでしょう?
5月 1st, 2007 at 2:43:50
>Bakuさん
サンプル数が少なすぎるので一般化するのは危険ですが、以前取り上げた(URIは↓です)横田由美子「私が愛した官僚たち」でも、霞が関を出てこんなはずじゃなかったと愕然とする姿が描かれており、水ぶくれした自己評価はどこかで痛い目を見るのだろうと思います。まあ、いい気味ですが(笑)。
http://bewaad.com/2007/03/26/45/
実際のところ、局長であればさておき、次官だと履歴書にどう書くかとか、面接で何をしゃべるかは困るだろうなぁと思います。権限は大臣に、現場の情報は局長以下にある中で、次官の仕事は組織関連の話ばかり(とりわけ重要なのが、OBの天下りの入れ替えや肩たたきにおいて引導を渡すことだったり)なのですが、それって市場価値はゼロに違いないと思うわけです(笑)。
5月 1st, 2007 at 7:50:43
「30代前半で部長や局長」ならキャリアのほうがむしろたくさんいるんじゃないですか?総務省あたり中心に。
民間だと同族でもなきゃ30台では子会社の部長でもそうないですからね。
まあ、民間では建前上執行役員以上は「ハイリスクハイリターンの任期つき採用」ですし、指定職以上は政治任用にしてもいいんじゃないですか?実際には半分以上内部昇格、残りも9割がた他省庁・他自治体・民間の同クラスの引き抜きになるかと思いますが。
まあ、選挙を経れば40代のトップなんてもう珍しくもないですし、いっそのこと被選挙権年齢を引き下げればそういう人はベンチャーブーム同様皆在学中からそっちに行ってしまって解決したりしてw
5月 1st, 2007 at 15:34:00
いくつか民間側の話を。
1.年功序列は賃金体系の話であって、権限は関係ありません。権限を与えられないので、部長職部員なる名前だけ立派なポストが生まれます。仕事は平社員と大差ありません。
2.組織運営には、プレイヤーとマネージャーの2種類が必要です。出世意欲に駆られた人ほど、営業プレイヤーになりたがる理由が謎。「成果報酬で高給取りになれる=比例費賃金=増減自在の労働者」であって、基本的には渉外専門職だと僕は思います。日本企業ではまだしも、外資においてマネージャーになりたかったら、財務のプロにでもなった方がはるかに近道だと思います。
そういう意味では、なんだかんだ言って、権力ややりがいより俸給が働く原動力なんですよね。
3.「良きプレイヤー、必ずしも良きマネージャー足りえず」というのが人事上の問題。会社によって違うと思いますが、係長か課長と昇進していくにつれて、マネージ能力のウェートがどんどんあがっていきます。部長になったら、ほぼ100%マネージメントです。ところが、働く側は役職は勲章くらいにしか思っていない。
役所において実務は下っ端がやるというのも、若いうちは良きプレーヤーである事が求められるからでしょう。
4.役所の組織を聞いていて感じる謎
総務・人事・労務・経理・財務・予算管理のような専門職が未分化なように感じます。全員営業みたいな。なので、組織間の調整が見えてこないし、統制がまったく利いていないように感じられる。全員の合議体制に見えるというか、どうやって運営しているのか、良くわかりません。
5.>霞が関でよく言われる笑い話ですが、地頭のよしあしと性格のよしあしとで上司を4分類した場合に・・・
僕が良く聞くジョークは、軍隊ネタで色々バリエーションがありますが、「作戦能力」と「実行力」をマトリックスにしたネタで、最悪なのは「作戦能力がなくて実行力だけある上司」だったと思います。このジョークのオチは、「実行力だけある馬鹿が損害を拡大する」というところにあります。
僕の好きな「地獄への道は善意で敷き詰められている」に通じる言葉です。
6.>次官の仕事は組織関連の話ばかり(とりわけ重要なのが、OBの天下りの入れ替えや肩たたきにおいて引導を渡すことだったり)なのですが、それって市場価値はゼロに違いないと思うわけです(笑)。
あんまり威張り散らす事がなければ、大企業の人事部長には最適任者だと思われます。
5月 1st, 2007 at 21:53:56
簡単に、「30代で局長、40代で事務次官になれる制度」って、今でも制度上はできるはずですが。
5月 1st, 2007 at 22:44:13
同業者です。
官→民、民→官はよく論じられますが、官→官ってあまり論じられませんよね。
エントリで上げられているなんだかんだいって離職率が低い理由に、役所またぎの移動が(ほとんど)存在しないからっていうのもある気がします。
他の業界の事情を仄聞するに、民間企業で離職率が高くなっていて労働市場の流動性が高まりつつあるといっても、それは主に同業者間の移動が多いからだと思いますが、霞が関で○○省が同業者をヘッドハンティングするというのは無いですね。
あ、法制局とか内閣官房とかはあるのかもしれないけど。
「流動化」が望ましいとして、そういった方向での議論もあってよいと思います。
個人的に、霞が関もFA制度とかあれば面白いような気が。
渡りの法案起草マニアとか。。。
(完全に「単なる思いつき」です。先に謝罪しますw)
5月 2nd, 2007 at 0:01:03
>霞が関のどの部分がどのような状態であることが「硬直化した組織」に当てはまるのでしょうか?
一番は、キャリアとノンキャリの壁じゃないかと。
圧倒的多数であるノンキャリ出身の次官や局長が居ない事自体に、民間の自分は強い違和感を覚えます。
10代後半の入試や20代始めの採用試験の結果が、定年まで有効な筈が無いと思いますし、特に交渉力・創造力などは必ずしも学力と一致しないと考えます。
>「風穴を開ける」ことのメリットとデメリットは何でしょうか?
若手の登用やノンキャリの登用は、組織の活性化に繋がるプラス面と、既存の秩序が壊す事によるリスクと両面が有るでしょう。
どちらが大きいかは一概に言えないでしょうが、やってみる価値は有るような気がします。
特に、圧倒的に人数の多いノンキャリの意欲を引き出す効果は大きい様に思うのですが。
>昨今の議論の多くは、単なる思い付きじゃないの、と疑わせるものが多く、
どこかの省庁、たとえば文部省あたりを「特区」に指定して、実験的に抜擢人事を行うとか・・・。
(別に、ふざけて言ってる訳ではありません)
5月 2nd, 2007 at 0:42:08
私の知っている組織では既に「風穴を開ける」取り組みが定着しています。
ノンキャリでも指定職となって地方支分部局の長に毎年度就任する幹部職員がいますし、そういった本省等で苦労した職員に酬いてもいます。
また、そういった指定職までいくような人材は若手のころから抜擢され登用されているわけです。そういう意味ではノンキャリアがいる地方の方がシビアな実力主義によって組織の活性化が図られているといえるでしょう。
霞ヶ関等で苦労した職員が地方で課長以上となり5歳以上先輩が部下につく事例もざらに存在します。
そういった「風穴」はすでに存在するんで、制度改革があったとしても、ノンキャリア抜擢がこれ以上増加するとは思えないんですよね。
むしろ、天下り規制が定着すると本来退職すべき行き場を失ったキャリアの処遇のために指定職枠がそういったキャリアに割り振られ、ノンキャリアの処遇ポストが減少し、ノンキャリア全体のモラール低下がますます促進する可能性があることを懸念しますね。
話は別ですが最近、霞ヶ関・地方を問わず公務員不祥事多いですよね。なんらかの組織的な構造問題が潜んでいる可能性があります。
公務員経験のない偉い人がどこまで理解して組織いじりをしようとしているのか?百害あって一理なしとならなければいいのですが・・・
5月 2nd, 2007 at 5:46:21
>kogeさん
渡辺大臣の念頭にあるのは地方公共団体ではなく霞が関だとは思いますが、とまれ、霞が関から地方公共団体への出向については、まさしくエントリの2.2.が満たされているわけです。
指定職の政治任用は、アメリカなり戦前の日本なりのような党派的人事をよしとするかどうかの判断なのでしょう。それを是とするのが多数派であるならば、個人的にはそれもいいと思ってます。
5月 2nd, 2007 at 5:46:55
>鍋象さん
1について
霞が関の場合、実権のない管理職というのは、担当分野の傍流度合いがますという感じで、仕事内容そのものは平とは違うように思います。
2、3について
事情は霞が関でもほぼ同じだと思います。その観点からは、営業に残りたい社員というのは、やっぱりやりがいかな、とは思いますが。現場にいたいということなのではないでしょうか。
4について
お示しのような分野は、各省庁全体においては次官・官房長・秘書(人事)課長や総務(文書=国会対策)課長のライン、各局においては局長・総務課長のラインが担い、40歳前後で行われる出世争いの最初のスクリーニングにおいて、次官まで出世する可能性のある者はそれらのラインのいずれかにはめこみ、その手の分野での経験を積ませるようにする、というのが一般的だと思います。確かに未分化ではありますが、人事院や会計検査院、総務省、財務省といった省庁横断的にそれらを律する存在があり、各省庁においてはその枠組みの中での細目を行っているに過ぎない、という面があるような気はします。
5について
そちらの元ネタは、フォン・ゼークトのものですね。
6について
担う機能についてはそうだと思いますが、組織ごとのしきたり等に通暁することが求められるポストですから、現実的には中途からそのポストにスカウトされるというのは難しいのでしょう。
5月 2nd, 2007 at 5:47:27
>ishidaさん
おっしゃるとおりです。運用をひっくるめてという趣旨ではありますが、「制度」と書くと紛らわしいですね。失礼しました。
5月 2nd, 2007 at 5:47:58
>ASKさん
ご指摘は思いつきませんでしたが、そういうことは確かにあるように思います。
なお、あやふやな記憶なのですが、確か高等文官試験時代には、ある程度省庁間FAが行われていたような話を聞いたことがあるような。
5月 2nd, 2007 at 5:48:30
>ブヒブヒさん
総合職からしか社長が出ない企業というのは、それほど珍しいものではないと思います。
自分がヴェテラン職員ではないのでその心情がどこまでわかっているのかという点は認めますが、出世を含めた待遇は承知の上でヴェテランの道を選んでいるのであれば、それもまた自己選択の結果でしょう。個人的には、ヴェテランがキャリアに対して反感を持つとすれば、ヴェテランの出世の道が限られていることより、キャリアの中でダメなやつへのダメだしが遅いことだと思います。
5月 2nd, 2007 at 5:49:02
>wassenaarさん
地方公共団体の場合、首長の権限が国における総理のそれ等に比べて絶大ですから、それこそ典型的には田中前長野県知事のように、いくらでも人事慣行が変えられるのは事実だと思います。
公務員の不祥事は、統計的にはそれほど増えていないようなデータをどこかで見たような気がするのですが、実際のところはどうなんでしょう。
5月 2nd, 2007 at 12:48:37
>公務員不祥事
霞が関では(まだ)1件もWinnyだのUSBメモリ置き忘れだのの情報漏洩事件が起きていないのは、本省勤めの人たちには最低限のモラルやリテラシーがまだ残っているからだと信じたいです。
刑法に触れる不祥事は同業者として嘆かわしいですが、公表される件数が増えているだけで、総数は変わってないのではないでしょうか?(統計的な裏付けのない、感覚値ですが)
5月 3rd, 2007 at 5:20:57
>のんきゃりさん
人数が違うとか、職場環境が違う(少なくとも自衛官の流出事例は、割り当てられる端末の少なさ抜きには語れないと思います)といった要素がありますので、なかなか倫理観にすべてを帰すことはできないでしょうけれども、そうであるといいなぁとは思います。
5月 4th, 2007 at 2:51:53
コピーの達人を多数輩出する職場と、コピー用紙すら入手困難で訪問者の差し入れ提案に対して本気で「コピー用紙」という職場の違いですかね。
名詞じゃんけんで上位にくる職場と、日本人女性には相手にしてもらえずじゃぱゆきさん状態の職場の違いってのも。
どこかが間違ってる気がする・・・
5月 4th, 2007 at 6:28:12
>鍋象さん
その手の話はバブル期からも言われてきたことで、基本的にはお示しの「じゃぱゆきさん状態の職場」というのは、日本で提供するのが困難な経営形態だ(=そのような待遇でないと競争力が確保できない)ということではないでしょうか。
5月 4th, 2007 at 21:16:33
じゃぱゆきさんが何に掛かるのかはっきりしない文章で申し訳ありません。要するにハニートラップ問題です。
5月 5th, 2007 at 14:25:51
>鍋象さん
了解です。コピー用紙云々と同じところを指していたんですね。