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  • 05/31/2007 (7:10 am)

    中国における「垂直分裂」

    Filed under: economy ::

    kaikajiさんによるきわめて興味深いエントリです。

    『クーリエ・ジャポン』6月号に掲載された山形浩生さんの記事で、Economist誌の中国系自動車メーカーについての記事が紹介されていた。まあ一連のコピー製品を揶揄するような内容なんだが、それにしてもいくらコピーしているからといってどうしてそんなに安い(オリジナルの半額くらい)製品を作れるのか、謎だ、とEconomistも山形さんも首をひねっており、Economistのことだからそのうち何かもっともらしい分析結果を出すかもしれない、という言葉で締めくくられていた。

     しかし、わざわざEconomistが謎を解いてくれるのを待つ必要はない!中国産業研究の分野ではたぶん世界のトップランナーである、丸川知雄さんの新著を読めばその答えが(あらかた)わかるからである。

    (略)

     本書において、中国企業のコストダウンの謎を解き明かす一つのキーワードになっているのが「垂直分裂」だ。これは「垂直統合」の反対のような動きで、それまで一社の中で統合されていたはずの生産工程が分裂して別会社が生産するようになるイメージである。(略)

     このような基幹部品の外注の最大のメリットは、複数の部品メーカー同士を互いに競わせることで調達コストが引き下げられる点、および基幹部品メーカーの側でも規模の経済性が働く点、にある。しかし、驚くのはこれからだ。長虹、康佳、TCLといった中国の大手メーカーは、もちろんさまざまな機種のブラウン管テレビを生産しているが、その多くは全く同じ機種であっても異なる複数のメーカーのブラウン管を使用しているのだという。分かりやすくいえば、たとえ同じメーカーの同じ機種のテレビであっても、買った人によってソニーのブラウン管が使用されていたり、松下のブラウン管が使用されているというわけだ。当然、画面の映りは使われているブラウン管によって違ってくる。

    (略)

     しかし、いくら技術的に可能だからといって日本で有名メーカーが同じようなことをすることは絶対にできない。せっかくシャープのテレビを買ったのに実は画面は松下のテレビと同じだった、というのではメーカーの信用はガタ落ちだからである。しかし、幸いなことに(?)中国の消費者はそういったことには(あまり)こだわらない。いや、こだわる金持ちの消費者もいるのだけど、そういう層は初めから中国国産ブランドには見向きもしない。他社との製品差別化を図らなくて済むのならば、基幹部品は内製化せずに他のメーカーから購入し、しかもメーカー同士を競わせたほうが確実にコストダウンすることが可能である。

    「島耕作もびっくり!なぜ中国企業が作るものはこんなに安いのか」(@梶ピエールの備忘録。5/29付)

    元となったThe Economistの記事(の山形浩生さん訳・解説)も読まなければ丸川本も読まずに反応するのは乱暴極まる話ですが、直感的に疑問がわきます。それほど有利であれば他国の製造業においても「垂直分裂」が進むのが当然で、そうならない理屈として挙げられている「せっかくシャープのテレビを買ったのに実は画面は松下のテレビと同じだった、というのではメーカーの信用はガタ落ちだから」という点についても、はてなブックマークでのコメントに見られるように、OEMの存在を考えれば素直に納得できない気持ちが残ります。

    たとえば、日本の系列取引なるものを考えてみます。日米貿易摩擦華やかりし頃、日本の系列取引によりアメリカ企業が排除され、アメリカ企業の方が安いand/or質のよい製品を作っているのに購入されない、との主張がアメリカからなされました。つまりはアメリカは垂直分裂をしている(た)わけで、であるならば、仮に日本は垂直分裂がいろいろしがらみがあって進まないにしても、アメリカで進まないというのは説明がつきません。

    さらには、日本でも実は垂直分裂だった、ということも言われています。

    日本の自動車メーカーの一次納入企業(一次下請)の共同組織(協力会)が排他的だとの主張をしばしば目にします。トヨタの協豊会が代表例です。トヨタと天敵関係にあるとさえ言われ最も競合関係が激しいとされる日産の協力会メンバー162社(1987年)のうち実に45社がトヨタの協力会メンバーでもあります。曙ブレーキ、市光工業、NOK、萱場工業、小糸製作所をはじめとする多くの企業がトヨタ、日産、マツダ、三菱、ホンダを含む多くの自動車メーカーの協力会に属します。トヨタが発行済み株式の23%を保有するデンソー(日本電装)さえ、日産を除くすべての自動車メーカーの協力会に属します。(略)

    トヨタにとって、安価で良質なアメリカ製部品の購入を拒否し続けることは合理的ではありません。「系列部品メーカー」との強固な結束を維持して良質で安価なアメリカ製部品の購入を拒否しつつ、良質で安価な自動車を供給して企業を成長させることは、誰にとっても不可能です。そんな「系列重視政策」を強行していたら今日のトヨタは存在しないでしょう。日本市場でも、積極的に開放政策を採用する競合メーカーとの競争に敗れたはずです。

    三輪芳朗、マーク・ラムザイヤー「日本経済論の誤解」、pp296,297

    これらを前提とすれば、垂直分裂がコスト削減において多大なる威力を発揮しているというのは、先進国において垂直統合が進んでいるという誤解に基づく議論ではないかとの疑いが生じます。

    その点に注目するのであれば、むしろ、製品管理費の差に原因を求めるべきではないでしょうか。製品の質のばらつきを一定範囲に収めるため、原材料から工程、さらには検品・(規格外品の)廃棄にいたるまでの管理コストが必要とされるわけですが、その許容範囲が広ければ、当然ながらコストは下がります。その許容範囲が極めて広いため、中国製品は管理コストが安いのではないでしょうか。垂直分裂が中国において他国よりも甚だしく観察されるとしても、それはそうした許容範囲の広さの結果として普及したのであって、垂直分裂だから、というのは因果関係が逆ではないかと。

    さらには、時折議論される人民元レートの(購買力平価に比しての)安さ、あるいは国家的な産業振興策に基づく各種優遇措置の存在といったものも影響しているように思います。人件費の安さや、コピー品メインだとするならば研究開発費負担の少なさは言わずもがなでしょう。webmasterは、官僚のくせにこのあたりの議論については市場競争の有効性を信頼しているので、誰にでも真似できることが競争力の源泉だといわれても、ついつい疑ってしまうのです。

    ただし、The Economistにおいてこれらを考慮に入れてなお説明の付かないコスト差が議論されているのであれば、まったくの的外れということになりますし、丸山本においてこれらについて反論がなされているのであれば、何をいまさらということでもあります。両者をこの週末にでもきちんと読みたいと思いますが、以上、とりあえずの感想として。

    05/30/2007 (7:14 am)

    「真の失業率」推計最新版(2007-04現在)

    Filed under: economy ::

    #今回より、15歳以上人口と就業者数の掲載を中止しました(右にはみ出し過ぎるように思いましたので)。

    #直近月次ボトムのズレを訂正し、注記をpre要素ではなくul要素で記述することとしました(上記と同じく、横幅対策です)。(5/31追記)

    年月   完全     真の    高齢化等 完全失 真の失 高齢化等
         失業率    失業率   補正後  業者数 業者数 補正後
    
    1990  2.1%     3.2%          134  204
    
    1991  2.1%     2.4%          136  155
    1992  2.2%     2.2%          142  142
    1993  2.5%     2.8%          166  183
    1994  2.9%     3.4%          192  228
    1995  3.2%     4.0%          210  266
    
    1996  3.4%     4.1%          225  276
    1997  3.4%     3.8%          230  262
    1998  4.1%     5.1%          279  348
    1999  4.7%     6.3%          317  435
    2000  4.7%     7.0%          320  485
    
    2001  5.0%     7.9%          340  551
    2002  5.4%     9.4%          359  660
    2003  5.3%    10.0%          350  700
    2004  4.7%    10.0%          313  705
    2005  4.4%     9.8%          294  688
    
    2006  4.1%     9.5%    6.7%    275  671  458
    
    2006/Q1 4.4%(▲0.3) 10.9%(▲0.4) 7.2%    286  766  488
    2006/Q2 4.2%(▲0.3) 9.0%(▲0.1) 6.6%    280  631  454
    2006/Q3 4.1%(▲0.2) 8.9%( 0.0) 6.5%    273  627  448
    2006/Q4 3.9%(▲0.4) 9.3%(▲0.5) 6.4%    261  659  440
    2007/Q1 4.1%(▲0.3) 10.7%(▲0.2) 6.6%(▲0.6) 272  752  449
    
    年月   完全     真の    高齢化等 完全失 真の失 高齢化等
         失業率    失業率   補正後  業者数 業者数 補正後
    
    2006/5 4.1%(▲0.5) 8.5%(▲0.2) 6.5%    277  602  448
    2006/6 4.1%(▲0.1) 8.8%(▲0.1) 6.5%    278  618  449
    2006/7 4.0%(▲0.3) 9.0%( 0.0) 6.6%    288  632  454
    2006/8 4.1%(▲0.1) 8.9%(▲0.2) 6.4%    272  625  443
    2006/9 4.2%( 0.0) 8.8%(+0.1) 6.5%    280  624  446
    2006/10 4.2%(▲0.3) 8.8%(▲0.3) 6.3%    281  622  434
    2006/11 3.9%(▲0.5) 9.2%(▲0.8) 6.4%    292  652  439
    2006/12 3.7%(▲0.3) 9.9%(▲0.5) 6.6%    244  701  448
    2007/1 4.0%(▲0.5) 11.1%( 0.0) 6.9%(▲0.5) 264  784  464
    2007/2 4.1%(▲0.1) 10.8%(▲0.2) 6.6%(▲0.6) 270  760  447
    2007/3 4.2%(▲0.2) 10.1%(▲0.5) 6.4%(▲0.6) 281  712  437
    2007/4 4.0%(▲0.3) 8.8%(▲0.8) 6.0%(▲0.8) 268  619  414
    
    2006/4 4.3%     9.6%    6.8%    284  673  464
    2005/4 4.7%     9.7%    7.4%    310  684  507
    2004/4 5.0%     9.7%    7.5%    335  684  517
    2003/4 5.8%    10.0%    8.0%    385  700  545
    2002/4 5.6%     9.3%    7.6%    375  649  523
    2001/4 5.1%     7.6%          348  528
    2000/4 5.1%     7.0%          346  482
    
    (直近月次ボトム)
        5.8%    11.6%     --    385  818
       (03/3,4)  (04/2,05/2)        (03/4) (05/2)

    (注)

    • 単位は、失業率関連を除き万人。失業率関連は%(対前年同期(括弧書き)はポイント)。
    • ソースは総務省統計局の「労働力調査」。
    • 月次データは原数値を用いている(季節未調整)。
    • 「真の」値は労働力人口比率が0.64(直近ピーク(1992年))であると仮定した場合の値。
    • 「高齢化等補正」についてはhttp://bewaad.sakura.ne.jp/20060729.html#p02を参照のこと。

    #過去の計数は以下のとおりです。

    2005
    03040506070809101112
    2006
    010203040506070809101112
    2007
    010203

    05/30/2007 (7:10 am)

    2020年の霞が関

    Filed under: government ::

    qh-nuさんによる未来予想図は、実際にそうなる可能性を否定できずこのエントリのカテゴリも”joke”にはできませんでしたorz。

    というわけで、それに若干の意見を。good newsがひとつと、bad newsがふたつと。

    bad newsその1

    ・役人は無能な寄生虫のくせに高給とりでけしからん。

     → 役人の給料は、生活保護+αに抑える

       (生活保護と同額だと生活保護に流れるので若干の+αは認める)

    (略)

    ・役人あがりは元の役職と絡んで絶対悪い事をする。

     → 公務員であったことはあらゆる局面において欠格事由となる。

       (資格取得、被選挙権、許認可等)

    「役人は死んだくらいでは許されませんが、では生きている間は?」(@さよなら絶望官僚5/28付)

    公務員であったことは、当然ながら生活保護受給にあっても欠格事由になりますから、給料は生活保護未満に切り下げても、生活保護に流れる心配は不要なのです。食事は乾パン、寝るのは役所、そんな生活ならば生活保護水準でも過大な支払いになりますからね!

    bad newsその2

    ・一方で、役人の経験は民間で役にたつはずがない。

     → 再就職完全廃止。でも定員の関係で定年まで勤めさせることはできないので適宜首切り。

       年金受給までは退職金で食いつなぐ+霞を食べて生きるべし。

    「役人は死んだくらいでは許されませんが、では生きている間は?」(@さよなら絶望官僚5/28付)

    年金は、民間では2階・3階には国庫負担がないというのに、公務員では使用者負担の名目で国庫負担がなされているのは許しがたいということで、使用者負担が廃止され、給付額が約半分に切り下げられるでしょう。唯一許される国庫負担としては、役所の敷地内にて無料でダンボールを持ち込んで寝ることができる特典が与えてもらえるかもしれません。現役との均衡で。

    good news

    構造改革教の敬虔な信徒となれば、名誉民間人としての身分を与えられ、抵抗勢力公務員の1割増し程度の待遇が与えられるでしょう。

    05/29/2007 (7:02 am)

    MYUTAストレイジサービス著作権侵害判決

    Filed under: law, WWW ::

    いろいろ議論になっているようです。

    判決を読み、多くの批判の中心にあると思われる、他のストレイジサービスへの影響に絞って考察してみます。

    事件の概要は上記リンクなどをご覧いただくとして、判決において主要な争点となったのは、MYUTAストレイジサービスがサーバにデータを保存し、それをユーザの携帯電話に送信する行為について、それぞれが私的複製かどうか(著作物の複製は、それが私的使用であれば原則許容されます。為念)、自動公衆送信かどうかというものです。MYUTA側は、ユーザ個人によるハードディスクへの保存及び読み込みに等しく、それぞれ私的複製であり、自動公衆送信ではないという主張をしていました。

    判決においては、こうしたMYUTA側の主張は退けられ、複製(アップロード)及び送信(ダウンロード)はそれぞれMYUTAにより行われるものと認定されました。すなわち、私的複製ではなく、自動公衆送信ではあるということですが、そのように判断した要因が、それぞれ次のように整理されています(適宜一般用語に置き換えていますが、それにより意味が変わっていた場合、その責任はすべてwebmasterにあります。為念)。

    • 複製について(pp30-31)
      1. 提供するサービスにおいて複製が不可欠である。
      2. サーバはMYUTA側が保有・設置・管理していた。
      3. ユーザはMYUTA側が提供するアプリケーションなくしてはサービスの提供を受けられなかった。
      4. アップロードは上記アプリケーションにより行われていた。
      5. 提供するサービスによらなければ素人ではCD等の音源を携帯電話にコピーすることは困難であった。
      6. ユーザはアップロード・ダウンロードなどの操作を行うのみで、実際のコピー作業そのものはMYUTA側の提供するアプリケーションやその保有するサーバが行っていた。
    • 送信について(pp33-34)
      1. 提供するサービスにおいて送信が不可欠である。
      2. サーバはMYUTA側が保有・設置・管理していた。
      3. ダウンロードはMYUTA側の設計どおりに行われていた。
      4. 提供するサービスによるダウンロードによらなければ素人ではCD等の音源を携帯電話にコピーすることは困難であった。
      5. ユーザはアップロード・ダウンロードなどの操作を行うのみで、実際のダウンロード作業そのものはMYUTA側の提供するアプリケーションやその保有するサーバが行っていた。

    それぞれの条件が独立しているのか微妙ではありますが、webmasterなりに理解するならば、

    • サービスを提供するMYUTA側が独自アプリを提供し、その上でアップロード・ダウンロードが行われていたこと、
    • 素人では同じことを別の一般的な手段で行うことが困難であること、

    が決定的になったということになります。荒っぽく言うならば、このサービスがなければ似たような複製を個人ではできないのだから私的複製ではないし、その過程で行われる送信は自動公衆送信に該当する、ということになりますでしょうか。

    であるならば、Yahoo!ブリーフケースその他のストレイジサービス、ましてメイルの添付ファイルなどは、サービス提供者がそれに用いられるブラウザやメイラーなどを専用に開発・配布しているものではありませんし、ファイルのコピー自体、OSの提供する機能として素人が容易にすることが可能なわけですから、この判例のロジックにより著作権法違反となるものではないとwebmasterは考えます。

    #ちなみに、JASRACも同様に、MYUTAはアップローダや通常のストレイジサービスとは異なるとの見解を述べています(判決pp5,6)。

    もちろん、本件はまだ地裁判決でしかありませんし、あくまでMYUTAのサービスについての判断であってその他のストレイジサービスなどに同様の基準が適用されることが明示されているものでもありませんから、それらのサービス等が完全にシロと決まったわけではありません。そもそもwebmasterが間違った読解をしている危険だって多分にありますし(笑)。

    しかしながら、この判決に対する意見として、「副作用が大きすぎるストレージ・サービス違法判決」「ネット上にデータを保存するサービスはすべて著作権侵害で違法です」「JASRACもJASARCだし裁判官も裁判官」という主張をするのであれば、少なくとももう少し理論武装をする必要があるのではないかとwebmasterは思います。そうでなければ、かえって主張の信頼性を損ねてしまうのではないでしょうか。

    05/29/2007 (6:59 am)

    「慙愧に耐えない」byロイター

    Filed under: media ::

    で、前のエントリの続きですが。

    [東京 28日 ロイター] 安倍晋三首相は28日、松岡利勝農相が死亡したことについて記者会見し、「大変残念。慙愧(ざんき)に耐えない。心よりご冥福をお祈りする」と述べた。「日本からのコメの輸出に道を開いてくれた。大変期待をしていたので大変残念。国会で厳しい追及もあったが、専門知識を生かせるということで頑張っていた」と最近の様子について述べた。

    日経ビジネスオンライン(ロイター)「後任農相は現段階で全く決めていない=安倍首相」

    言葉を飯の種にしているのですから、辞書ぐらい引こうよ・・・。

    05/29/2007 (6:57 am)

    「慙愧に堪えない」by安倍総理

    Filed under: politics ::

    松岡前農林水産大臣の自殺についてのコメントですが、それって自分の言動を反省して恥ずかしく思うことという意味なのですが・・・何について恥ずかしく思っているのでしょうか?

    #残念という意味だと誤解しての誤用? もしそうだとすれば、おそらく総理がお嫌いであろう柳美里と同じ間違いをしたということになりますが。

    一応、首相周辺の解説によれば、本来の意味を承知で用いたとのことですけれども・・・。

    28日、首相は松岡氏の自殺について「残念だ。慚愧(ざんき)にたえない」と記者団に繰り返した。「任命責任の重さを改めて感じている。私は松岡大臣の任命権者。当然、責任を感じている」「有能な農水相だっただけに、政権への影響は大きい」とも語った。

     慚愧の意味は「恥じいること」。首相周辺は「こういう結果に至ったことへの自らの責任を、この言葉に込めた」と解説する。

    朝日「松岡農水相自殺 かばった末、首相沈痛」

    #朝日がこういう記事を書いたというのも、この言葉遣いに違和感があるということでしょう。

    05/28/2007 (12:51 pm)

    国家公務員最大10万人削減だそうで。

    Filed under: CEFP, government ::

    さて、その同じ日に政府の経済財政諮問会議のいわゆる民間議員の方々が、こんな提言をしたそうです。

    国家公務員10万人の縮減可…諮問会議・民間議員が試算

     経済財政諮問会議(議長・安倍首相)の御手洗冨士夫・日本経団連会長ら民間議員が25日に開く諮問会議で、出先機関の事務を地方自治体に移すことなどで、国家公務員の3割以上に相当する約10万人を縮減できるとした試算を示すことがわかった。

    (略)

     約33万人の国家公務員のうち21万人が地方の出先機関に勤務している。試算では、91ある出先機関の事務のうち、縮減できる事務として、労働基準監督など、地方に移すことが可能な15事務と、交通基盤整備、廃棄物対策など地方と重複している46の事務を洗い出した。民間議員は、これらの事務を行っている9万799〜10万1629人の縮減が可能だとしている。

    (略)

    (2007年5月25日3時3分 読売新聞)

    ん、まぁ、大変結構なことですな。公務員10万人縮減ですか。いや、縮減は単に国家公務員ですな。地方自治体に付け替えるだけの話ですから。ところで、地方自治体で十分な効率化が図られるかというと、まあ、財源が乏しい地方はぎりぎりやっているのでしょうが、都下とか昔からいわゆる革新系が強い自治体はどうだったのでしょうかね。ああ、私が住んでる都内某区もなかなか笑える実態でしたな。むー。都会の公務員天国ばんざい。

    それより心配なのは、冒頭の社会保険庁の話とのかかわりなのですが、浅学な私が聞き知っている範囲では、社会保険庁のガバナンスが利いていなかった理由は多々あれど、その中でも組織的な問題として、地方の社会保険事務所は、地方公務員と国家公務員のあいのこのような位置づけで、中央の統制に必ずしも従わないと言うか、むしろ人事面で影響の強い地元のほうばかり向いて、内部統制どころではなかったことが大きな問題だったというお話でした。地方自治体にいろいろな業務を付け替えるのはいいけれども、労働基準監督とか、ただでさえ監督署ごとに法律の解釈とか運用の幅に甘辛がないわけではない困ったお役所が、さらに遠心力をもって運用されるのは、果たしていかがなものかと思うのですが、第二・第三の社会保険庁にならないことを祈るばかりです。まあ、民間議員の提言とかも、下書きをしたのは高名な委員の方とは必ずしも限らないので、実際にはライターは実務に通じた賢い賢い人たちなのでしょうから、そういうことにはならないように工夫してるんでしょうけどね〜。

    「社会保険庁のガバナンス不全と経済財政諮問会議」(@常夏島日記5/25付)

    そもそもなんのために行うのか、それがよくわからない話です。実際の資料を見てみますと、たとえば、直轄事業(河川、道路、国営公園、港湾、飛行場等)の実施は、地方に移譲可能な事務のうち、地方でも同様の事務を行っているものと区分されています。そりゃ「公共事業」とまとめるなら、その実施は地方(都道府県が念頭に置かれているのでしょうけれども)でやっているとはいえますが、そもそも国の直轄事業をわざわざ地方の責任で実施させる意義がよくわかりません。「縮減は単に国家公務員ですな。地方自治体に付け替えるだけの話」と割り切ればそうですが、国の経済政策の司令塔がそんなので本当にいいのでしょうか(笑)?

    potato_gnocchiさんのご懸念についても、あんまり工夫してなさそうです(笑)。監督事務関連については、備考として許認可、監督に対する事務は、政令等により基準等を定めた上で地方公共団体で管理・執行可能とされていますが、かつての機関委任事務においてどれだけの通達が発出されていたか、そしてその廃止に当たってすべてを法定受託事務・自治事務にしたわけではなく、国の直接執行に移管したものがあったことを考えれば、そう簡単に「政令等で基準等を定め」ればうまくいくはずもありません。

    実際に各都道府県が法律や「政令等」を参照して法執行を行っている最も大規模なものは、警察による刑事犯の摘発です。警察庁が法令協議に当たって、どれほど各省庁から嫌われようとも(笑)、しつこく罰則規定の内容を詳細にわたり尋ねてくるのは、それにより全国での統一的な法の適用を図るためです。そこでの質問・回答まで「政令等」に盛り込めば可能だともいえますが、分量がどれほど膨らむのやら(笑)。

    加えて、地方公共団体の各種業務において、警察は国の統制が相対的には強いことで知られています。典型的には国からの出向ですが、いくら旧自治省が出向させているとはいえ、財政課長や地方課長では当該団体の全般にわたる話であって、個別分野にそれほどグリップが効いているわけではありません。個別分野においては、やはり警察でしょう。

    #その意味では、旧自治省においては、消防の方が警察に近いと言えるような気も。

    各省庁から警察なみに各団体へ出向させ、運用の統一を図ることが、果たして地方分権の本旨に適うのでしょうか? 昨今、出向人事全般が忌避されがちな風潮においては、当然「いいえ」という答えになることでしょう。となれば、中長期的には、法律の解釈が団体によってまちまち、という状況は不可避であるように思われます。団体への裁量権を法律上認めたものでなくっても。

    05/27/2007 (6:29 am)

    Pirates of the Caribbean: At World’s End

    Filed under: movie ::

    前作の印象からすれば期待はずれというのが正直なところ。キーラ・ナイトレイの男装は相変わらず素敵ですし、アクションも充実で駄作とは言いませんが・・・。

    というわけで、以下ネタバレ。

    #罪のないネタバレとしては、前回同様、クレジット表示が始まったからといって帰らない方がよいと思います。

    »

    05/26/2007 (5:21 am)

    女が男をほめない理由・男が女をほめない理由

    Filed under: misc ::

    なかなか面白い展開です。

    日本の男性は女性をほめない、という話がよくある。たいてい「欧米では」と続く例のアレだ。一応「日本男性はシャイ」だの「日本男児は質実剛健」とかいう反論なんかもあるんだが、ごちゃごちゃやったあげく「だから日本の男はだめ」と締めくくる。なんかもう展開がぜんぶ読めちゃうぐらい使い古された流れになってるわけだ。(略)

    (略)

    (略)ならばこちらも遠慮なく言わせてもらおう。「男性をほめるのは女性の仕事」ではないのか、と。日本男性に自信がないのは、女性のせいではないのか、と。日本流に“言わなくてもわかるでしょ”なんてのはもうダメ!ではないのか、と。

    日本女性は、日本男性をほめているだろうか。「日本の女性」はともかく、残念ながら私の場合、「欧米の女性」と接する機会はあまり多いとはいえないが、数少ない経験から独断でいうと、「欧米の女性」(少なくとも大人の)は、「日本の女性」よりも気軽に、上手に男性をほめる傾向があるように思う。それから、ほめられたときにも「えぇ!?」とか「キモい」とかみたいな顔をせずににっこりと返してみたりする(これって重要だよねぇ)から、ほめことばをかけやすい。そういう観点からすると、「ほめられたいんだったらまず自分の態度から変えればぁ?」というのは、それほど的外れな意見ではないように思う。

    「「男性をほめるのは女性の仕事」と言ってみるテスト」(@H-Yamaguchi.net5/24付)

    (略)この記事のブクマコメントで「女性が男性をあまり誉めないのは、恋愛感情を持っていると勘違いされやすいから」というのがあって、それは確かにあるだろうと思うのだが、当然逆のことも考えて欲しいところだ。なお、この話題は異性愛者のことを想定している。

    男性が、女性に恋愛感情なしに誉めても、自意識過剰な女性だと「あの人は私に恋愛感情を持っている!」と考えて、最悪な場合、周りに触れ回る。そういうリスクがあるからこそ、男性は女性に対して、恋愛感情を持った相手しか誉めないのだと思う。

    異性愛者においては、男女に限らず、「誉める=恋愛感情」が直結している人たちがいるから、慎重に誉め言葉を選ぶしかない。

    「異性愛者が異性を誉めると恋愛感情を持っていると勘違いされやすい問題がある限り、異性を誉めるのは難しい」(@ARTIFACT@ハテナ系5/25付)

    この状況下では、女性は男性を褒めれない。理由は、男性が勘違いしやすいからだ。一方で、好意を示すために相手を褒めても、相手が「ああ、また壺か」と解釈する男性が日本で非常に多い場合、それを怖がって、さらに褒めなくなる。

    結果として、日本の女性は、ほとんどの場合、男性を褒めなくなる。例え、好意をもっていたとしても、だ。

    というわけで、日本女性は日本男性を褒めなくなった、と。

    で、男性のほうになるんだけど、kanoseさん説の他に、ちょっと女性を褒めたり親切にしただけで、一般に周囲の男性に「あいつ、あの女に気がある」と思われやすい。これは、男性が勘違いしやすい生き物だからなんだが。

    で、厄介な話になるんだけど、沢山の女性に優しい、あるいは沢山の女性をよく褒める男性は男性コミュから「好色」だと判断されて、評判を落しかねないリスクを負う。

    「日本の男女が異性を褒めない理由」(@pal-9999の日記5/25付)

    でも、問題はもっとシンプルなのでは、という気がします。恋愛と呼ぶかどうかはさておき、好意を持っている相手をほめたとき、その相手から好意を返されればうれしいわけですから、好意を持っている相手に対しては、ほめるインセンティヴがあるわけです。「勘違い」されて困るというのは、

    • 自分がそれほどの好意を持っていないのに、大いに好意を持っていると誤解されるのが困る、
    • 好意を寄せられてもうれしくない相手から好意を寄せられるのは困る、

    という二重の意味があるはずです。その点、webmasterはpal-9999さんとは異なり、好意を持っているもの同士であれば、一般的傾向としては、お互いにほめあっているものだと思います。

    となれば、なぜあまり男女間でほめあうことが少ないかといえば、それは好意を持たない同士がほとんどだという身も蓋もない結論でしょう。といいますか、じゃあ同性同士でそんなにほめあっているかといえば、そうでもないでしょ?

    逆に言えば、ほめ言葉が大いに交わされている社会というのは、

    1. ほめたことにより、好意を返してもらう以外の何らかのプラスの見返りがある社会
    2. ほめないことにより、大いにマイナスが回避できる社会

    #以上、5/28訂正。

    のいずれかでしょう。たとえばHiroshi Yamaguchiさんのエントリの元となったページにおいては、

     知り合いの銀座のママがこんな事を言っていた。「地位、容貌、服装、持ち物、何でもいいからほめる。ほめるところがない時にはネクタイをほめる」。(略)

    livedoorニュース「もっと女性をほめよう!女性をほめるのは男性の仕事」

    なんて記述がありますが、これなんて1の典型でしょう。ほめていい気分になればボトルを入れてくれるかもしれないし、最初っからボトルを入れる気であってもそのランクが上がるかもしれません。さらには同伴してくれたりとか、まあ稼ぎに直結する可能性が大いにあるわけです。そりゃ無理にでもほめますよ(笑)。

    なんていうとこれだから水商売の女性は云々という話になるかもしれませんが、それに限った話では当然にありません。プロジェクトマネジメントの書籍などで、如何に部下をほめて動かすかという話は数多く見られる話ですが、これまた同じことです。なんで好きでもない部下のことをほめるのか、そりゃ一生懸命働いてもらって仕事をうまくやっていくためですよね。

    2については、仲間内のつきあいが典型ではないでしょうか。どうでもいいことを「なかなかやるねぇ」なんてほめたりするのは、別に時候のあいさつのようにたいした中身はないとしても、とりあえず人間関係を良好に保つ意味があります。それを、相手が誇らしげにいっているにもかかわらず、「そんなことないんじゃないの」などと突き放しては、以後の人間関係に差し障りが生じるかもしれません。本気で止めた方がいいような話であれば厳しいことを言うのが友情であるとしても、どうでもいいことにいちいち厳しくなる必要もないわけです。

    したがって、異性・同性間を問わず、お互いにほめあう社会というのは、先の1、2のいずれかになればよいわけです。まず手始めに、自分のことをほめてほしいという人は、ほめられた際に相手が喜ぶ見返りを提供するか、それともほめられない際には大いに憤慨して、「あいいつはとにかくほめておかないとマズイ」という評判を広めるかすれば、きっと多くの人がほめてくれるようになるはずです。それが幸せな人生なのかどうか、webmasterにはよくわかりませんが(笑)。

    #以上、もちろん一般的傾向についての考察であること、一応お断りしておきます。例外はあるでしょうけれども、それはよくほめる人が現状でもいないわけではないことと同様の話です。

    05/25/2007 (8:23 am)

    アメリカを見習うべき?銀行経営

    Filed under: economy ::

    次ははてなブックマークで人気のページからの抜粋ですが、

     中でも、アメリカの決済の仕組みや銀行の仕事ぶりについては驚くことが多い。わたしは怒り、呆れ、そして密かに反省する。なぜ反省するかというと、かつてわたしは「アメリカの銀行はこんなに素晴らしい。だから日本も真似するべきです」と日本の金融機関に繰り返し説いてきたからだ。最初に選んだ就職先であった外資系マネジメントコンサルティングファームでわたしはコンサルタントになり、日本の銀行顧客にアメリカの銀行のケーススタディを売り込んでいた。もちろん、アメリカの銀行には優れた点もあるのだが、アメリカに住んでから、あの華麗なイメージは幻だったのではないかと思うようになった。

    不思議の国アメリカ、“オンライン決済不在”の驚くべき実態(1/2)

    反省どころかコンサルフィーを返還すべきでは(笑)と思うわけですが、他方でこうした証言が出てくるというのは、アメリカをなんでもかんでも模倣すべしというような議論がある中では有益なわけで、返還すべきなどといって証言が出てこなくなるのも困ってしまいますから、ここは司法取引的に見逃すべきでしょうか。

    ちょうど昨日、次のような報道がありました。

    欧米銀と収益力で差がついたのは、利益率の高いリテール(小口金融)が育っていないためだ。邦銀は競争の激しい法人向け融資が柱で、貸し出しが伸びない上に利ザヤも1%台半ばと低迷している。

    米国内でのリテールを柱とするバンク・オブ・アメリカの利ザヤは4.5%、世界展開するシティは5%と総じて高い。「欧米銀も大企業向けが伸びないのは同じだが、いち早くリテールで収益を上げられる構造に転換した」(UBS証券の大槻奈那氏)という。

    リテールで先行する欧米銀とメガバンクとの最大の違いは店舗網だ。バンク・オブ・アメリカは5700もの拠点を米国内に持つ。シティは米国内に3500、米国外に1600の店舗を展開する。

    対する日本のメガバンクの国内店舗網は、最大の三菱UFJで800弱と少ない。三井住友は560、みずほは420で、店舗網拡充による利便性向上は今後の課題だ。

    日経「大手銀減益/国際競争力見劣り/時価総額でも中国勢台頭」

    日本とアメリカの面積比で単純に調整すると、

    銀行 国土1平方キロメートル当たり支店数
    バンク・オブ・アメリカ 約0.2
    シティ 約0.1
    三菱UFJ 約1.0
    三井住友 約0.7
    みずほ 約0.5

    となるわけで、人口密度を考えればこの比較は比較で何があることは事実ですけれども、単純に数だけで比較するのはどうなのでしょうか。アメリカはいいんだとの思い込みがあってのことではと察せられます。

    #個人客の銀行取引のほとんどが出入金であるとすれば、支店でなくATM(出張所・コンビニ等)で足りるわけで、支店でなくそうした設備で対応しているというのは、低コストでの業務運営が図られれているとして慶賀すべきことです(少なくとも日経記事の姿勢からは)。

    また、リテイルでの利ざや確保を主張するならば、

     日銀の再利上げを受けて、大手銀行は21日、普通預金の金利を引き上げると発表した。三菱東京UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行の3大銀行は26日から現行の年0.1%から0.2%に引き上げる。中長期債の金利など市場金利の動きに応じて定期預金の金利も上げることを検討している。預金者への利益還元の姿勢を強調する狙いもありそうだ。

    日経「大手銀、普通預金金利を26日から引き上げ・年0.2%に」

     大手銀行が住宅ローンの販売や相談時に、金利変動リスクの説明を徹底し始めた。日銀が2月に利上げを決め、住宅ローン金利の上昇が一段と見込まれるため。過去に大量販売した「短期固定」型住宅ローン金利商品からの借り換え需要増加もにらんでいる。ただ、借り換えなどには手数料がかかるケースが多く、銀行に利用者還元を求める声も強まりそうだ。

    日経「住宅ローン、金利変動の説明徹底・大手銀、自主ルール」

     三菱東京UFJ銀行は9日、同行のキャッシュカード保有者が平日昼間にコンビニエンスストアのATMから現金を引き出す際の手数料を、今月19日から無料にすると明らかにした。対象はセブンイレブン、ファミリーマート、ローソンの約2万2000台。

    (略)

     三菱東京UFJ銀行の顧客によるコンビニATMの利用は年間7000万―8000万件で、顧客への還元額は年間約50億円になるとみられる。

    日経「三菱UFJ銀、19日からコンビニATM無料に」

    の記事に見られるような預金者(利用者・顧客)への「還元」は厳しく批判すべきでしょう。そんなことをしているから国際競争力とやらが涵養されないのだ、と。アメリカの銀行がリテイルで儲けているとは、それだけ日本よりもリテイル向けに低い預金金利and/or高い貸付金利and/or高い手数料を設定していることの結果でしかないのですから。

    05/24/2007 (5:52 am)

    みらんが勝った

    Filed under: sports ::

    インテルとチェルシーが負けた時点でほとんど興味はなくなっていたはずなのですが、ついつい最後まで観てしまいました>CL。とりあえず、クラブワールドカップ関係者にとってはいい結果だったと言えるのでしょう。りヴぁぽー(「う」に濁点って、ひらがなは出ないんですねぇ)は最近来たばかりで、その後主力の入れ替えもさほどはないので、集客力において劣るでしょうから。

    しかし、イングランドファンにとってはさぞかしつらい結果でしょう。準決勝にプレミアのチームが3つも残っていながら、優勝は残る1つだったわけですから・・・。

    05/24/2007 (5:49 am)

    政府への不信と信頼の奇妙な非対称性

    Filed under: government, politics, law ::

    昨日の著作権侵害の非親告罪化に関連する話ですが、当サイトのエントリを含め、警察、ひいては政府を信頼しすぎではという見解がよく見られます。

    #霞が関住人に向かってそんなことを言われてもなぁ(笑)。

    そうした不信感が本件が問題視される根底にあるとの見方にはうなづけるものがありますが、同時に、この不信感なるもの、考え出すとよくわからない側面があります。それがもっともよくわかるのが、次のやり取りでしょう。

    非親告罪にする理由 (スコア:2, すばらしい洞察)

    little( (31297) のコメント: 2007年05月22日 18時28分 (#1160867)
    ( http://slashdot.jp/journal.pl?op=display&uid=31297 | 最新の日記: 2007年04月28日 0時15分 )

    親告罪も非親告罪でも、権利者が許可したものはOK、許可して無いものはNGっていう基本は変わらない。

    みんなが変に心配しているように、警察が独自に判断して捕まえても、それに対して権利者が許可出したなら、権利侵害では無くなり、捕まえ損になる。
    そこで、権利者が許可を出さないようなら、警察の判断は正しかった事になる。

    (略)

    Anonymous Coward のコメント: 2007年05月22日 18時51分 (#1160885)

    みんなが変に心配しているように、警察が独自に判断して捕まえても、それに対して権利者が許可出したなら、権利侵害では無くなり、捕まえ損になる。

    反対されている方の多くが心配されているのは、まさにこの点だと思います。たとえ後で無罪放免になったとしても、逮捕は個人にとって損失です。

    著作権法の「非親告罪化」が密かに進行中?/非親告罪にする理由(Slashdot)

    「たとえ後で無罪放免になったとしても、逮捕は個人にとって損失です」というのは、親告罪のままの(つまりは現状の)著作権侵害についても完全に妥当します。すなわち、著作権者の告訴なくして警察が逮捕し、公判にて告訴がないことを理由に無罪放免になったとしても、逮捕が損害であるならばやっぱり問題だということに他なりません。

    この、親告罪なのだから告訴がなければ逮捕されないという信頼は、非親告罪になった場合における政府(警察)への不信とは、あまりに異なるものです。同じ政府に向けられたものであるというのに、不信と信頼がこれほどの非対称性をなしているのは、それが何に由来するのか、webmasterにはよくわかりません。

    若干脱線して法律論をするなら、著作者の許諾があるかどうかは罪となるべき行為の構成要件に関する話で、親告罪における告訴の有無は訴訟手続に関する話です。これらにどういう違いがあるかといえば、罪が罰せられるには、

    1. 何らかの行為が罪に該当するかどうか(構成要件を満たすかどうか)
    2. 正当防衛など、行為は罪に該当するけれども正当とされるものであるかどうか(違法性阻却事由の有無)
    3. 罪に該当する行為で、正当とされるべきものでもないけれども、幼児によるものなど、責任を追及できるものであるかどうか(責任阻却事由の有無)

    という3つのステップを踏む必要がある、ということになっています。親告罪は、ここまでのところには関係ありませんから、罰すべき罪であるかどうかは、告訴の有無に関係なく決まる話です。たとえば、親告罪として有名なものに強姦罪がありますが、被害者が告訴しなくとも、それが罰すべき罪であることには変わりありません。ただ、裁判において被害者がより苦しむ可能性に配意して、被害者が望まなければそれを政策的に不問としているに過ぎません。

    したがって、著作権者の許諾の有無は、著作権者の告訴の有無に比べて、法律的にはよほど重い話です。告訴がなくても罪ではありますが、構成要件に該当しなければ罪ではないのですから。

    本題に戻ります。この非対称性の由来、法律は信頼できるけど政府は信頼できないということではありません。著作者が許諾しているのに著作権侵害にならないということも、親告罪と同様に法律に根拠を有するものです。著作者許諾に関して政府が信頼できないなら、著作者告訴についても政府が信頼できないというのでなければ整合的ではありません。

    現状は信頼できるけれども新たにしようとすることは信じられないということかとも考えましたが、許諾の有無については変更はないわけで、これまた説明がつきません。許諾があれば大丈夫という点については、親告罪かどうかの扱いが変わったとしても、影響を受けないわけですから。

    この違い、何が原因なんでしょうかねぇ?

    05/24/2007 (5:46 am)

    成田空港会社新社長人事

    Filed under: government ::

    先日、

    役人あがりはただ役人あがりというだけでダメですかそうですか。
    死んだ役人だけがいい役人だ!

    「押し付け的天下りはダメ、適正な再就職を」というけれど、どうせどんな再就職をしたって具体的な証拠も挙げずに「これは押し付けだ!」って断じるんだろうから、だったらそんなおためごかしなぞ言わずに、「役人あがりは気に食わないし無能に決まっているから公職追放!」と言ってもらった方がよっぽどすっきりするよね。

    「成田空港社長 官邸が元次官の再任拒否 民間起用を要請」(@さよなら絶望官僚5/17付)

    とqh-nuさんがお嘆きだった件、正式に次期社長が決定の運びとなりました。

    #ところで、本当に官僚は死んだぐらいで許されるのでしょうか? 墓を暴かれて遺骨を晒されたりするような可能性があるのでは>qh-nuさん(笑)?

     政府は22日、6月に任期切れとなる成田国際空港会社の社長に住友商事特別顧問の森中小三郎氏(64)を起用する人事を内定した。

    (略)

     黒野氏は代表権のない特別顧問に就任することが固まった。

     成田国際空港会社の社長人事をめぐっては、2010年の平行滑走路延長に向け、騒音問題などで地元との調整が課題になっていることから、国交省は航空局長も経験した黒野氏の再任を主張していた。

     浜田靖一、林幹雄両衆院議員ら千葉県選出の自民党国会議員も22日、首相官邸で下村博文官房副長官に「黒野氏は地元事情に精通しており、再任させるべきだ」と申し入れていた。

     これに対し、首相官邸は「黒野氏は首相が掲げるアジア・ゲートウエー構想に後ろ向きな上、次官OBの起用は公務員制度改革の趣旨に反する」(首相周辺)と判断。今後、成田空港会社の完全民営化に向け、経営手腕も求められるとして民間の森中氏の起用に踏み切った。同社は、政府全額出資の持株会社。

    読売「成田国際空港社長に森中氏内定、官邸主導で民間人起用」

    地元からの要望があってもダメですか。きっと国土交通省が他の事業の予算などで圧力をかけて無理やり言わせた要望なので、そんなものに耳を貸してはいけないということなのでしょう。

    で、そんな問題ある人物なのに特別顧問に就任させるのはなぜ? ダメじゃないですか、官僚ごときに妥協しちゃ。官邸の方針に逆らうような社長、退職金の召し上げぐらいはやってしまえばいいじゃないですか。

    あと、仮に黒野現社長が総理の方針に後ろ向きだとして、適切な監督権限の行使(たとえば成田国際空港株式会社法第15条第2項に基づく監督命令)によりその是正を図らない国土交通大臣はお咎めなしですか? 国土交通省官僚の言いなりになって総理に背くなんていうけしからぬ閣僚だということであれば、更迭すべきでないの?

    05/24/2007 (5:43 am)

    ヤミ金被害が急増しているらしい。

    Filed under: economy, law ::

    昨日のNHKニュースウォッチ9にて、ヤミ金相談が対前年2倍になっている等の報道がありました。あまりに予想通りで笑うしかありませんねぇ。報道では、グレイゾーン金利撤廃の法改正が原因だとしていましたが、その施行まではまだ時間があるわけで、より大きく影響を及ぼしたのは、それに先立つ最高裁判決にて過払い金の返還要件が判例として厳格化されたことでしょう。この判例の方向に追随して(現行の)グレイゾーン金利をホワイトにしなかった、という意味では法改正も影響しているわけですが。

    で、このようなこととなる可能性が事前に指摘されていたにもかかわらず、グレイゾーン金利撤廃を推進した後藤田元金融担当大臣政務官ほかの方々には、報道に出ていた、これまでは問題なく消費者金融からお金を借りて生活を支えていたというのに、借りられなくなってヤミ金被害にあったような人々に対して、私財をなげうって救済に努める道義的責任があるのではないでしょうか。それとも、貸さぬも親切、借りた方も悪いんだなどとお説教でもします?

    05/23/2007 (5:48 am)

    著作権侵害の非親告罪化

    Filed under: law ::

    竹熊健太郎さんの標記に関するエントリについて論じた切込隊長さんのエントリはてなブックマークにて呼ばれた(笑)ようですので。

    竹熊さんのご心配が、

    この「非親告罪化」が立法化された場合、「これは誰それのパクリだ」と鬼の首をとったようにネット上で糾弾する趣味の人は嬉しいかもしれないですが、俺を含めて多くの作家・マンガ家・同人誌作家・ブロガーは何か書く場合でも無意識のパクリがないかどうかおっかなびっくり書くことになり、ひいては表現の萎縮につながりつまらん作品ばかりになるかもしれないので俺は反対です。「サルまん」もあっちこっちからパクってますのでこれも勝手に逮捕される心配があり、大変困ります(ちなみにサルまんは発表して15年以上たちますが誰からも訴えられていません)。

    「【著作権】とんでもない法案が審議されている」(@たけくまメモ5/21付)

    ということですが、ご指摘の点については、著作権侵害は故意犯のみで過失の場合は罪になりませんから、ご心配なくということで終わりです(笑)。

    #当該エントリに対するコメントとして、サルガッソーさんが既に2007/05/21 16:19:59にご指摘ですが。

    #故意・過失の点については、コメントにて通りすがり(元法学部)さんからご指摘いただいたような点もありますので、上記はミスリードなものとなっています。当該コメントをあわせてご覧いただければ幸いです。(5/24追記)

    もう少し建設的な議論をしますと、本件の検討が行われている知的創造サイクル専門調査会の関連資料には、

    著作権等侵害のうち、一定の場合について、非親告罪化する。

    「一定の場合」として、例えば、海賊行為の典型的パターンである営利目的又は商業的規模の著作権等侵害行為が考えられる。

    営利目的の侵害行為は、その様態から侵害の認定が比較的容易であるとともに、他人に損害を与えてまで金銭を獲得するという動機は悪質である。また、営利目的ではなくても、例えば愉快犯が商業的規模で侵害を行った場合には、権利者の収益機会を奪い、文化的創造活動のインセンティブを削ぐなど、経済的・社会的な悪影響が大きい。

    知的創造サイクルに関する今後の課題(第8回知的創造サイクル専門調査会提出資料)(webmaster注:強調は、原文では下線です)

    とあります。つまりは海賊版対策が主眼です。これに対しては、

    1. そもそも今以上の海賊版対策の必要性を認めない。
    2. 今以上の海賊版対策の必要性は認めるものの、
      1. 現行の親告罪の形式を維持した上で、他の対策を提案する。
      2. 一部の著作権侵害を非親告罪とすること自体は認めるものの、濫用の危険を抑制するため、適用対象の厳密な定義を求める。

    といった姿勢が考えられます。本件について問題意識を持つとして、まずは上記のいずれに該当するかを考えた上で、

    今以上の海賊版対策の必要性を認めない場合

    上記専門調査会資料のpp15,16の「(1) 背景」について反論する。

    他の対策を提案する場合

    親告罪化よりも効果的で濫用の危険が小さいと思われる案を検討する。

    厳密な定義を求める場合

    どのような定義がよいかを考える。

    といった対応を行うことが、かみ合う議論につながるのではないでしょうか(webmasterの個人的見解としては、厳密な定義を考えることがよいのではないかと)。

    #親告罪とはなんぞやといったことも触れようかと思いましたが、竹熊さんのエントリにて(当サイトにも多くのコメントをお寄せいただいている)西麻布夢彦さんが2007/05/22 22:28:52に詳細なコメントをなさっていますので、ご関心の向きはそちらをご覧いただければと存じます。

    05/22/2007 (5:55 am)

    コメントへの対応の変更(仮)

    Filed under: notice ::

    これまで、いただいたコメントについては、書き込まれた方々のそれぞれに対して独立したコメントをお返ししておりましたが、”Recent Comments”欄が”webmaster”で埋め尽くされるのもどうかと思いましたので、当面、各日・各エントリでまとめてのレスとしてみたいと思います。それでもかまわない、前の方がいい、等々ご意見をお寄せいただければ幸いです。

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