中国における「垂直分裂」
kaikajiさんによるきわめて興味深いエントリです。
『クーリエ・ジャポン』6月号に掲載された山形浩生さんの記事で、Economist誌の中国系自動車メーカーについての記事が紹介されていた。まあ一連のコピー製品を揶揄するような内容なんだが、それにしてもいくらコピーしているからといってどうしてそんなに安い(オリジナルの半額くらい)製品を作れるのか、謎だ、とEconomistも山形さんも首をひねっており、Economistのことだからそのうち何かもっともらしい分析結果を出すかもしれない、という言葉で締めくくられていた。
しかし、わざわざEconomistが謎を解いてくれるのを待つ必要はない!中国産業研究の分野ではたぶん世界のトップランナーである、丸川知雄さんの新著を読めばその答えが(あらかた)わかるからである。
(略)
本書において、中国企業のコストダウンの謎を解き明かす一つのキーワードになっているのが「垂直分裂」だ。これは「垂直統合」の反対のような動きで、それまで一社の中で統合されていたはずの生産工程が分裂して別会社が生産するようになるイメージである。(略)
このような基幹部品の外注の最大のメリットは、複数の部品メーカー同士を互いに競わせることで調達コストが引き下げられる点、および基幹部品メーカーの側でも規模の経済性が働く点、にある。しかし、驚くのはこれからだ。長虹、康佳、TCLといった中国の大手メーカーは、もちろんさまざまな機種のブラウン管テレビを生産しているが、その多くは全く同じ機種であっても異なる複数のメーカーのブラウン管を使用しているのだという。分かりやすくいえば、たとえ同じメーカーの同じ機種のテレビであっても、買った人によってソニーのブラウン管が使用されていたり、松下のブラウン管が使用されているというわけだ。当然、画面の映りは使われているブラウン管によって違ってくる。
(略)
しかし、いくら技術的に可能だからといって日本で有名メーカーが同じようなことをすることは絶対にできない。せっかくシャープのテレビを買ったのに実は画面は松下のテレビと同じだった、というのではメーカーの信用はガタ落ちだからである。しかし、幸いなことに(?)中国の消費者はそういったことには(あまり)こだわらない。いや、こだわる金持ちの消費者もいるのだけど、そういう層は初めから中国国産ブランドには見向きもしない。他社との製品差別化を図らなくて済むのならば、基幹部品は内製化せずに他のメーカーから購入し、しかもメーカー同士を競わせたほうが確実にコストダウンすることが可能である。
「島耕作もびっくり!なぜ中国企業が作るものはこんなに安いのか」(@梶ピエールの備忘録。5/29付)
元となったThe Economistの記事(の山形浩生さん訳・解説)も読まなければ丸川本も読まずに反応するのは乱暴極まる話ですが、直感的に疑問がわきます。それほど有利であれば他国の製造業においても「垂直分裂」が進むのが当然で、そうならない理屈として挙げられている「せっかくシャープのテレビを買ったのに実は画面は松下のテレビと同じだった、というのではメーカーの信用はガタ落ちだから」という点についても、はてなブックマークでのコメントに見られるように、OEMの存在を考えれば素直に納得できない気持ちが残ります。
たとえば、日本の系列取引なるものを考えてみます。日米貿易摩擦華やかりし頃、日本の系列取引によりアメリカ企業が排除され、アメリカ企業の方が安いand/or質のよい製品を作っているのに購入されない、との主張がアメリカからなされました。つまりはアメリカは垂直分裂をしている(た)わけで、であるならば、仮に日本は垂直分裂がいろいろしがらみがあって進まないにしても、アメリカで進まないというのは説明がつきません。
さらには、日本でも実は垂直分裂だった、ということも言われています。
日本の自動車メーカーの一次納入企業(一次下請)の共同組織(協力会)が排他的だとの主張をしばしば目にします。トヨタの協豊会が代表例です。トヨタと天敵関係にあるとさえ言われ最も競合関係が激しいとされる日産の協力会メンバー162社(1987年)のうち実に45社がトヨタの協力会メンバーでもあります。曙ブレーキ、市光工業、NOK、萱場工業、小糸製作所をはじめとする多くの企業がトヨタ、日産、マツダ、三菱、ホンダを含む多くの自動車メーカーの協力会に属します。トヨタが発行済み株式の23%を保有するデンソー(日本電装)さえ、日産を除くすべての自動車メーカーの協力会に属します。(略)
トヨタにとって、安価で良質なアメリカ製部品の購入を拒否し続けることは合理的ではありません。「系列部品メーカー」との強固な結束を維持して良質で安価なアメリカ製部品の購入を拒否しつつ、良質で安価な自動車を供給して企業を成長させることは、誰にとっても不可能です。そんな「系列重視政策」を強行していたら今日のトヨタは存在しないでしょう。日本市場でも、積極的に開放政策を採用する競合メーカーとの競争に敗れたはずです。
三輪芳朗、マーク・ラムザイヤー「日本経済論の誤解」、pp296,297
これらを前提とすれば、垂直分裂がコスト削減において多大なる威力を発揮しているというのは、先進国において垂直統合が進んでいるという誤解に基づく議論ではないかとの疑いが生じます。
その点に注目するのであれば、むしろ、製品管理費の差に原因を求めるべきではないでしょうか。製品の質のばらつきを一定範囲に収めるため、原材料から工程、さらには検品・(規格外品の)廃棄にいたるまでの管理コストが必要とされるわけですが、その許容範囲が広ければ、当然ながらコストは下がります。その許容範囲が極めて広いため、中国製品は管理コストが安いのではないでしょうか。垂直分裂が中国において他国よりも甚だしく観察されるとしても、それはそうした許容範囲の広さの結果として普及したのであって、垂直分裂だから、というのは因果関係が逆ではないかと。
さらには、時折議論される人民元レートの(購買力平価に比しての)安さ、あるいは国家的な産業振興策に基づく各種優遇措置の存在といったものも影響しているように思います。人件費の安さや、コピー品メインだとするならば研究開発費負担の少なさは言わずもがなでしょう。webmasterは、官僚のくせにこのあたりの議論については市場競争の有効性を信頼しているので、誰にでも真似できることが競争力の源泉だといわれても、ついつい疑ってしまうのです。
ただし、The Economistにおいてこれらを考慮に入れてなお説明の付かないコスト差が議論されているのであれば、まったくの的外れということになりますし、丸山本においてこれらについて反論がなされているのであれば、何をいまさらということでもあります。両者をこの週末にでもきちんと読みたいと思いますが、以上、とりあえずの感想として。
