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  • 05/04/2007 (6:24 am)

    中川右介「カラヤンとフルトヴェングラー」

    Filed under: book, history, music ::

    webmasterは非常に面白く読んだのですが、amazonの書評をみると否定的な見解もあります。表題の2人、さらにはチェリビダッケらの指揮者の極めて人間臭い部分を書いたことが誹謗中傷に当たると受け止めていらっしゃるのだと思いますが、それらを含め人並みはずれた感情の起伏があるからこそ偉大な芸術家足り得たとwebmasterが考えてしまうのは、おそらくは本書に登場する誰よりも俗界の欲に執着したヴァーグナー好きだからでしょう(笑)。

    ただ、読者を選ぶのは事実です。全くクラシック音楽になじみのない人が読んでもわけがわからないでしょうし、他方でナチスドイツや第二次世界大戦史についての知識がある程度はないと、本書で描かれる当時の歴史的事象はそれほど充実しているわけではないので(戦史書、あるいは一般歴史書ではないので当然ですが)、味わい深さも半減です。まして、既述のようにある種のファンにとっては憤慨の源にしかならないでしょうし。

    逆に、はまる人にはとことんはまる本だとも言えます。たとえば、音楽界に対してナチスがどのような統制を敷いていたかなんてことは、とりわけその具体は、政治・歴史学系では相当の専門書でないと出てこないのでしょうけれど、本書には詳しく書いてあります。もちろんナチスの文化・芸術政策の全体像がそれでわかるというわけではありませんが、当時の音楽界の状況を踏まえた巧妙なものだったのだなぁ、なんてことは双方についてのそれなりの知識があれば、とても納得のいく話です。

    なお、瑣末ながら、webmasterにとって気になる点がひとつ。表題の2人とチェリビダッケの次に本書で重要人物らしく取り上げられているのはウォルター・レッグ(EMIのプロデューサー)ですが、にもかかわらずエリザベート・シュヴァルツコップが登場しないのです。フルトヴェングラー、カラヤン、そしてレッグの3人とは浅からぬ縁のある彼女ですが、本書が取り上げる時間軸・人間関係においては、大した役割は果たさなかったのでしょうか。何か面白エピソードがあってもおかしくないようにも思うのですが、どうなのかなぁ・・・。

    #ご存じない方のために補いますと、シュヴァルツコップはフルトヴェングラーやカラヤンと数多くの演奏をともにした著名なソプラノ歌手であり、レッグの配偶者です。

    ちなみに本書には、絶対にwebmasterには納得できない記述があります。

    それは、セルジュ・チェリビダッケという指揮者が存在したからこそだった。チェリビダッケは一般的な知名度は低い。カラヤンはクラシック・ファンでなくてもその名前ぐらいは誰でも知っているが、チェリビダッケはクラシック・ファンのなかでもかなりマニアに近い人々でなければ、知らないだろう。(後略)

    p5

    チェリビダッケの名前を知っているだけでマニアに近いだなんて・・・webmasterはマニアに近い人ではないですから(笑)!

    #他方でカラヤンについては、死後それなりに時間がたっているので、もう知らない人も増えてきていると思いますが。

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