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  • 05/06/2007 (8:10 am)

    蒲島郁夫、竹下俊郎、芹川洋一「メディアと政治」

    Filed under: book, politics, media ::

    以前のエントリのコメントで買った旨をご報告した本です。メディアを論じたいならば必読だと自信をもってお薦めいたします。以下、webmasterがうなった記述をいくつか(特にポイントと思うところは強調します。よって、以下の引用中の強調は、すべてwebmasterによるものです)。今さらうなるなんて、学部時代に政治学をまじめに履修していなかったand/or履修後すぐに忘れてしまったということを公言するようなものかもしれませんが(笑)。

    その1

    ドナヒューらは、監視犬も愛玩犬も、メディアの実態を表すものではないとし、「護衛犬」(Guard Dog)という概念を提起する。(略)そこでメディアは、特定の党派・派閥に従属し、その主張を代弁することで、他の党派・派閥を批判したり攻撃したりすることもある(略)。

    たとえば、歴史学者の佐々木隆が描写する、第二次世界大戦中の日本における政府と新聞の関係は、まさに護衛犬モデルに当てはまるように見える。

    「反軍記者」「反戦記者」といわれる者も多くは「海軍記者の陸軍批判」であったり、「陸軍皇道派記者の陸軍統制派批判」など番記者型活動に伴うものがほとんどで、戦争や対外膨張そのものを批判したものは稀なのである(たとえば竹槍戦術を批判して東条首相の怒りを買い、懲罰召集を受けた『毎日』の新明丈夫(ママ)(5/7追記)記者がしばしば「反軍記者」といわれるが、彼は航空主兵主義の立場から東条首相の戦争指導を批判したのであって戦争中止を訴えたのではない)(佐々木、1999、390-391頁)。

    pp21,22(webmaster注:佐々木(1999)とは、佐々木隆「日本の近代14 メディアと権力」

    その2

    (略)各集団リーダーの政治的立場は異なるものの、リーダーたちの評価する影響力のランキングは驚くほど似ている。影響力のランキングの一致度を表す順位相関は、体制派の4集団間(自民党、官僚、財界、農業団体)で0.79、反体制派の4集団間(野党、労働組合、市民運動、女性運動)で0.96であった。体制派リーダー間の一致度が他の集団リーダー間のそれよりも低いのは、前者が日常の経験に基づいて判断し、政策決定過程の外側にいる後者は似通ったステレオタイプ的な社会認識を共有しているためではないかと思われる。

    これはワーナーの古典的発見、つまり下層階級にいる者は上層階級を一枚岩的と考え、上層階級にいる者はより多元的と考えることに似ている(Warner, 1963)。反体制派集団は、政策決定の中核において、どのような交渉や影響力の行使がされているかの情報をあまり持たないために、体制派集団が共同して自分たちの立場を脅かしていると思いがちである。

    pp35,36(webmaster注:Warner(1963)とは、Warner, W. L., 1963, Yankee City, Yale University Press)

    その3

    (略)各リーダーたちに、自己のイデオロギーを「最も革新的」から「最も保守的」の間に位置づけてもらった。(略)自民党リーダー、財界リーダー、農業団体リーダー、官僚の順に保守的な位置にあり、逆に野党、労働組合、市民運動、女性運動リーダーは革新的な位置にある。これらと比較すると、マスコミ・リーダーのイデオロギー位置はほぼ中間に位置している。左翼陣営は、マスメディアがあまりにも右翼的であるとし、右翼陣営は、マスメディアがあまりにも革新的であると批判する状況が、図にもよく表れている。

    p44

    その4

    経済学者のダウンズは、小選挙区制の下では、合理的な二大政党は中道の位置を目指して政策上の立場を変えていくと予想したが、二つの図はこのことをよく示している。興味深いのは、安倍晋三首相のイデオロギー位置で、自民党の平均値から大きく乖離し、強い保守の立場に位置している。しかし、安倍首相もダウンズ流に合理的に行動すると仮定すれば、中央に向かって動くだろう。

    p53(webmaster注:「二つの図」とは、自民党と民主党の衆議院議員の自己のイデオロギーの分布図)

    #「その10」をあわせてご覧ください。

    その5

    記者に対する政治家の影響力には、人間的な迫力や魅力といったパーソナルな側面もある。新聞記者からニュースキャスターに転じた筑紫哲也の次の発言はそのことを示しており、大変興味深い。

    (略)

    つけ加えておかなければならないことは、政治マンガなどで戯画化されるのと違って、実在の政治家は、それなりの人間的魅力を備えているという点である。それぞれが、その個性の故にそこまでのし上がってきたという何がしかの人間としての”磁力”を備えており、政治がすぐれて人間関係のマニューバーで成り立っているこの国の場合、その点でも彼らにはかなりの能力がある。(略)

    pp72,73(webmaster注:筑紫哲也の発言は、筑紫哲也「メディアの海を漂流して」より引用されています)

    その6

    また、競争のあるメディア市場では、国民が関心を持つさまざまなニュースをカバーせざるをえず、権力者に有利な記事だけでは国民受けしない。むしろ興味深いニュースやストーリーを好むというマスメディアの構造的バイアスは、権力者に不利なケースももたらしうる。権力に追従するようなストーリーは興味をひかず、逆に、権力者に対する批判的行動、スキャンダル、異議申し立てが、とりわけ興味をそそる。メディアが反権力的であるから政府批判をするというよりも、刺激的な特ダネ、激しい対立を好むというメディアの特性ゆえに政府を攻撃し、政府の問題点を暴くのである。

    p75

    その7

    ソフトニュースとは、娯楽志向の強いニュースのことである。対語はハードニュースであり、こちらは伝統的で「きまじめ」なニュースを指す。

    (略)

    アメリカでは、1980年代からソフトニュースが目立つようになったと言われる。それは先に述べたような、巨大メディア資本である親会社やその株主からの収益性重視の圧力が強まったというだけでなく、別の理由として、メディア市場での競争状況の変化がある。1980年代以降、ケーブルテレビや衛星放送などの普及によって、地上波ネットワークの寡占体制が崩れ(略)テレビ局間・番組間の競争は激化した。新聞もまた、若い世代の読者の減少に危機感を持つようになった。こうした状況で、必死に受け手の注意を引き付けようとして、テレビニュースでも新聞でもソフトニュースのアプローチが広まっていくのである(竹下、1994)。

    メディア市場の競争の激化がソフトニュースの増大をもたらすという事情は、日本でも同様である。たとえば平日の夕方5時台6時台は、民法テレビ各局がニュース番組を放送しているが、そこでは「企画・特集」と称してタウン情報や健康情報などが紹介される。

    pp81-83(webmaster注:竹下(1994)とは、竹下俊郎「変化する仕事環境と記者の意識――米・市場志向型ジャーナリズムの台頭」『総合ジャーナリズム研究』1994年秋号、pp20-24)

    その8

    第三者効果と強い関連をもち、かつ意見の風向きの知覚に影響するという点で示唆に富む仮説が、心理学者のバロンらが提起した「敵対的メディア認知(the hostile media phenomenon)」である(Vallone, Ross, & Lepper, 1985)。これは、党派性の強い人ほど、メディア報道が自分とは反対の立場に偏向していると知覚し、かつ中立的な受け手がそうした報道に影響されるだろうと推定する現象を指す。バロンらが実験で、親イスラエル派と親アラブ派の両方の人々にベイルート虐殺に関する同一のテレビ・ニュースを見せたところ、どちらの立場の実験参加者も、番組や番組制作者が自分たちの側と敵対する方向に偏っていると評定した。

    p137(webmaster注:「第三者効果」とは、自分はメディアに左右されないが、他人は左右されるかもしれないと思う効果のこと。Vallone, Ross & Lepper(1985)とは、Vallone, R. P., Ross, L., and Lepper, M. R., 1985, “The Hostile Media Phenomenon: Biased Perception and Perceptions of Medhia Bias in Coverage of the Beirut Massacre”, Journal of Personality and Social Psychology, 49, pp577-585)

    その9

    実際のところ、小泉ポピュリズムの「日本的特徴」はほとんど存在しない。比較政治学者のウェイランドによるラテンアメリカや東ヨーロッパにおける「ポピュリズム」の定義(Weyland, 1999; 2001)は、小泉首相のポピュリズムの特徴も表現している(Yamada, 2004)。ウェイランドによれば、政治的ポピュリズムとは、無視されていると感じている追随者に政治的リーダー個人が訴えかける時に用いられる戦略である。政治的リーダーは既存の中間諸機構を迂回して(特にテレビを通じて)追随者に直接訴えかける(Weyland, 1999, pp.381-382)。

    さらにウェイランドによれば、政治的ポピュリズムと新自由主義は、それらが共に現状打破の方向性を持っている時には両立可能であるという。一部の利益集団が重要な影響力を行使し、ポピュリストが、それらの集団には「特殊権益」を得ている既成政治家と官僚が含まれている、と非難するのである。このような特殊利益に対する弾劾によって、新自由主義的な改革が強力なイデオロギー的正当性を獲得する。小泉首相は巧みにポピュリズムと新自由主義を結び付けた。そのイデオロギー的結合が、痛みを伴う政策手段を政治的に実現可能なものにしたのである。加えて、政治学者の山田真裕が指摘しているように、有権者は新自由主義的改革の細部を理解してはいなかっただろうけれども、改革イメージを投票の手がかりとして使うことはできたのである(Yamada, 2004)。

    pp250-254(webmaster注:Weyland(1999)とは、Weyland, K., 1999, “Neoliberal Populism in Latin America and Eastern Europe”, Comparative Politics, 31(4), pp379-401。同(2001)とは、Weyland, K., 2001, “Clarifying a Contested Concept: Populism in the Study of Latin American Politics”, Comparative Politics, 34(1), pp1-22。Yamada(2004)とは、Yamada, M., “The Effectiveness of Adopting a Populist Strategy and the Importance of Trust”(2004年日本政治学会研究会(札幌大学)での発表))

    その10

    (略)横軸は防衛力強化や集団的自衛権行使の是非など伝統的な「防衛・安全保障政策」で、軍事力の保持や使用に「積極」的な立場か、それとも「穏健」な立場かの軸である。

    縦軸は「日本型システム」で、終身雇用や公共事業による雇用確保など旧来型システムを「維持」する立場か、自由競争を重視して「改革」する立場かという軸である。主成分分析という統計的手法を用いて、いくつかの質問項目からそれぞれの軸に関して指標化し、分析した。

    自民党の伝統的な政策位置は第一象限(右上)の位置であった。(略)

    しかし小泉首相は、アフガン戦争〜イラク戦争で日米防衛協力を強化するなど安全保障政策では積極的な立場をとる一方、社会経済面では構造改革を掲げ、従来の日本型システムの改革を主張した。図では第四象限(右下)の立場をとったことになる。(略)

    安倍首相についてはどうか。図によれば、安倍首相も2003年の時点では「安保=積極派、日本型システム=維持」という旧来の自民党と同じ立場にあったことがわかる。安倍首相は元来典型的な「自民党システム」の位置にあり、必ずしも改革志向は強くなかったのである。ところが、2005年になると安全保障面は積極的で、日本型システムについては改革という小泉首相と同じ立場へと大きく変化した。

    p258(webmaster注:縦軸については、引用文中にあるとおり、グラフの目分量で1.3からマイナス0.6へのシフトですが、実は横軸についても、1.0から0.7へのシフト(同じく目分量)が見られます。「その4」との関係で興味深いところです)

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