江頭憲治郎、碓井光明編「法の再構築 (1)国家と社会」
これまでの法が「国家と社会との間の境界」の存在を前提にするものであった
との問題意識の下、21世紀初頭の境界の揺らぎの状況に直面して「国家と社会」関係を新たに見直し「法の再構築」を図ろうとする
(p iv)という本書ですが、おそらくは著者陣の狙いのほか、予想外の内容をも含んでいるといえます。実は本書を読むと、霞が関ではどのような議論が行われているのかということが、よくわかるのです。
本書は、分野としては行政法各論ということになるのでしょうか。市場化テストの導入等に当たってどのような関連法整備が必要なのか(第1章)、M&A規制はどうあるべきか(第2章)、PFIの普及等を踏まえあるべき公有財産規制は何か(第5章)、民間団体によるルール設定と利益相反問題をどう捉えるべきか(第7章)といった興味深い話題が取り上げられていますが、これらは皆流動的な事態についての今日的課題であり、当然ながら定番の答えがある話ではありません。
いきおい見通しのよい議論ばかりというわけにはいかず、この考えにはこういうメリットがあるけれども、他方でこのようなデメリットもあり、だからといって別の考えも一長一短で、といったような論述が数多く見られます。また、関連して考慮しなければならない法制度を丁寧に拾っており、細かいことにこだわるなぁという感想を持たれる方も多いでしょう。
この歯切れの悪さや枝葉に渡る議論がなんともいえず霞が関テイストといいますか、そうやってああでもないこうでもないと議論しながら、何らかの方向を定めていくというのはよくある風景です。だからこそ、何らかの批判を受けたとしても、ついついそんなことはわかってるよとか、対案にしたって別の問題があるじゃないかと思ってしまうわけです。
しかし、これが霞が関の姿なんだなぁとわかるのも、霞が関住人でないとつらいといわざるを得ず、果たして本書を読んで得るものが多い読者がどれだけいるのやら、という気がしてしまうのもまた事実。ある程度の土地勘があれば、本書のような各論を見ても、「うちの分野でいえばああいった話だな」ということが察せられるでしょうけれども、そうでなければ、あくまで個別論にしか見えないのも仕方がありません。
加えて、税抜きで5,200円という決して安くはない価格を考えると、お薦めするにもためらってしまいます。結局、立ち読みをした霞が関住人が、「分かる人は分かってくれているんだなぁ」と自己憐憫に浸るぐらいが関の山でしょうか。もちろん、専門の研究者にとっては読み応えがあるのでしょうけれども、専門の研究者は法学者の中でも圧倒的少数ですし・・・。





5月 9th, 2007 at 12:48:17
シリーズ大人買いすますた。2巻にはケン(ジ)・イシカワ先生も書いてるし。
5月 10th, 2007 at 0:17:46
>稲葉先生
大人ですねぇ(笑)。半額ぐらいなら、私もそれほどためらわないのですが・・・。