経済財政諮問会議での農業論議
去る10日、経済財政諮問会議で農業政策についての議論が行われたのですが、
経済財政諮問会議の民間議員が農業の改革案を提出した。農業の再生策は農水省も進めているが、より徹底した素早い改革を求める内容だ。
(略)
農業の抜本改革には農業団体や族議員の抵抗が強く、掛け声倒れに終わってきた。安倍首相は改革の実現に向けてリーダーシップを発揮すべきだ。
などと朝日がほめるならば、きっと中身はたいしたものではあるまいと想像し(笑)、確認してみたところ、なかなか評価に困るものでした。
まず、諮問会議での配布資料を見てみましょう。所有から利用へというスローガンで、それは農林水産省がずっと進めてきた(たとえば、これまでの農地制度の改正をご覧ください)ことですから何をいまさらの感もあるわけですが、具体策を見ればなお驚きです。
【「所有」から「利用」への具体策】
5年程度を目途に耕作放棄地ゼロを目指すという目標を設定し、その工程を明らかにする。
農地について定期借地権制度を創設する。
農地利用料は農地の需給を反映したものとし、農地の借り手が経営上、不利にならないような仕組みとする。現行の標準小作料制は一定期間後廃止する。
高齢、相続等により農地を手放すことを希望する人が所有権を移転しやすくするため、農地を株式会社に現物出資して株式を取得する仕組み等を創設する。
強い農業への第一歩――農地の「所有」から「利用」へ――(平成19年第12回経済財政諮問会議提出資料)(webmaster注:箇条書きの数字は、原文では丸付き数字です)
何が驚きといって、まったく現実味がないことです(大田経済財政政策担当大臣による概要紹介にいう5年間で耕作放棄地をゼロにするという民間議員提案についても、5年間でできるのかどうか、どれぐらい難しいのか、すぐには答えられないが、秋の取りまとめまでに検討して考えていきたい
との松岡農林水産大臣のコメントは、その婉曲表現でしょう(笑))。
2項目めと3項目めは、借り手にとって現状よりも有利な貸借としようというものです。一定期間安定して耕作に専念できるようにし、農地利用料も引き下げようというものだからです。しかし、現状が借り手にとって不利に過ぎる、言い換えれば貸し手にとって有利に過ぎるのであれば、1項目めで対策が打ち出されている耕作放棄地の存在は、どう理解すればいいというのでしょう?
耕作放棄地とは、文字通りそこで耕作が行われていない農地のことですが、つまりはこれらは現状の条件では貸借が成立していないということになります。2項目めや3項目めの処方箋が正しいというのであれば、その原因は、貸し手にとってあまりに有利なので、借り手がしり込みして借りないから誰も耕作しない、ということになります。では、なぜ貸し手は条件を引き下げて借りてもらおうとしないのでしょうか? 軽減されるとはいえ固定資産税もかかる土地、自ら耕しているのであればともかく、それが不可能であるというなら、安い利用料であっても貸した方が遊ばせておくよりもお得に決まっています。
3項目めで触れられている標準小作料が価格統制(制度上は単なる参考価格で、それとは異なる価格付けも当事者の合意で可能なのですが、運用の詳細を知るものではないので、それは措きます)であるとしても、魚心あれば水心、歴史上、現実の需給を無視した価格統制が失敗している例などいくらでもあります。現に、「ヤミ小作」でぐぐれば規制逃れの農地貸借が行われていることは明らかです。であれば、統制価格以下で貸したいという申し出が殺到し、耕作放棄地などは限界的な事例でのみしか存在し得ないでしょう。
しかるに、現実はそうではありません。とすれば、借り手が提示する価格は貸し手にとって安すぎるから、なかなか農地の貸借が成立しないのだと考えることが合理的でしょう・・・ん? 先に書いたとおり、遊ばせておくよりは貸した方が得であるはずなのに、なぜ貸すよりも遊ばせておく方が得なのでしょうか。
実は、なぜそんなことが起きるかは、少なくとも伊藤隆敏議員は知っているはずなのです。
経営拡大で一番ネックになっているのが農地の問題である。
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2点目に、農地の価格が高いということも、規模拡大に向けて大きなネックになっている。農地の価格は、公共事業とか、商業施設にしたら高くなるとか、そういう転用期待分の価格が農地価格に反映されているので、純粋にそこで農業生産をした場合の収益還元の価格になっていないことが大きな壁になっている。要するに、農業生産のみでは、その農地を購入してペイすることができない状況である。
第3回EPA・農業ワーキンググループ議事要旨(澤浦彰治グリンリーフ株式会社代表取締役社長・株式会社野菜くらぶ代表取締役社長の発言)
このEPA・農業ワーキンググループとは、経済財政諮問会議の下に設けられたグローバル化改革専門調査会の中のもので、伊藤隆敏委員はそのメンバーのひとりですが、この発言こそが農地の貸借が進まないことの本質を言い当てているとwebmasterは考えます(売買についての言及ですが、貸借でも同じことです)。つまり、転用期待があるので、借り手にとって適正な価格は、貸し手にとっては安すぎるのです。
具体的に数字を置いてみましょう。毎年10万円がそこで行われる農業生産からの収益還元で適正な農地利用料だとします。割引率にもよりますが、毎年10万円という地代から農地の適正価格をディスカウント・キャッシュフローで求めれば、だいたい数百万円といったところでしょう(割引率が1%のときで1,000万円、それより割引率が高ければ価格は下がります)。この土地が、もし農地転用により1億円で売れるとすれば、こんな値段で貸すでしょうか?
仮に、10年後に転用対象となり1億円で売れる確率が50%であるとして、貸してしまえば(まして、定期借地権であれば)売れないかもしれない、あるいは売れるにせよ解約料なりなんなりとコストがかかって儲けが吹っ飛んでしまうかもしれないと思えば、売れたときと同じだけの儲けが確保されると見込めなければ、貸すはずもありません。これまた割引率にもよりますが、毎年数十万円の利用料収入がなければ割りに合わないということになります(割引率1%のときで毎年約45万円、それより割引率が高ければ価格は上がります)。
だからこそ耕作放棄地が存在するわけです(条件不利地域において、どう経営しようと赤字になるようなところは別の話です。為念)。この例で言えば、遊ばせておくよりは10万円で貸した方がいいと思いきや、数十万円でなければ損をしてしまうので、転用を当て込んで(転用の話があった際にすぐに応じられるように)あえて遊ばせておく選択をした結果、農地において耕作が放棄されるわけです。
である以上は、「農地利用料は農地の需給を反映したものとし、農地の借り手が経営上、不利にならないような仕組みとする」といったところで、世の価格統制がそれこそうまくいかないように、価格はなるようにしかなりません。上記の例を借りるなら、年間10万円で貸すようにしましょうといっても、貸したくない人間にどうやって強制するというのでしょうか。
実は、この点について、EPA・農業ワーキンググループでは、明確な答えを出しています。
(5) 農地関係税制、ゾーニング規制の見直し
農地が農地として利用されるようにするため、農地を農業経営資源として適切に利用している場合は保有コストを下げる一方、農地を適切に利用していない場合は保有コストを上げるという政策が必要であり、新たな理念に基づき農地関係税制を見直すべきである。また、ゾーニング規制についても転用期待を排除する観点から、例えば地域住民の意見を聞き一定期間(30年程度)ゾーニングを固定するシステムの導入を検討すべきである。
グローバル化改革専門調査会EPA・農業ワーキンググループ第一次報告「EPA交渉の加速、農業改革の強化」(webmaster注:括弧つき数字は、原文では丸付き数字です。また、強調はwebmasterによります)
ゾーニング規制、つまりは一定の区域においては転用を禁止するという規制の強化によって、上記の例で言えば転用による売却益を期待できないようにすることにより、10万円で貸そうという気にさせるということです。農地の貸借を活性化するには、これこそがもっとも有効な施策であり、その他は枝葉に過ぎません。にもかかわらず、諮問会議ではその旨がきちんと説明されないというは、いったいどういうことなのでしょうか。
もしその有効性に気づいていないというのであれば、能力に疑問符が付きます。もし諮問会議の性質からしてそのような規制強化は言い出しづらく、とりあえず農林水産省を悪者にしておけということであれば、誠実さに疑問符がつくわけですが・・・。
#以上について、詳しい話は神門善久「日本の食と農」が参考になりますので、ご関心の向きはお目通しいただければ。
なお、個人的意見を申し上げるならば、転用の際に農地としての価格を超える価格がつくというのは、農業に用いると他産業に用いるよりも非効率にしか活用できないということを表しているわけで、そもそも転用規制をやめるべきだと考えています。先の収益還元法でいえば、より高い価格で買えるということは、毎期の賃借料として支払える額が大きい=儲けが大きい、ということなのですから。
