Pirates of the Caribbean: At World’s End
前作の印象からすれば期待はずれというのが正直なところ。キーラ・ナイトレイの男装は相変わらず素敵ですし、アクションも充実で駄作とは言いませんが・・・。
というわけで、以下ネタバレ。
#罪のないネタバレとしては、前回同様、クレジット表示が始まったからといって帰らない方がよいと思います。
本作においては、海賊評議会と女神カリプソについて多くの時間が割かれます。これらについては、それだけもったいをつけて描かれ、さんざん期待を煽るのですが、最後までそれに見合う重要な役割を果たすことなく終わってしまいます。
とりわけ女神カリプソは、デイヴィ・ジョーンズをあのような運命にいざなった存在として出てくるわけで、ましてデイヴィ・ジョーンズは彼女をまだ愛していると途中で描かれるのですから、であればそれがどのようなものであれ、デイヴィ・ジョーンズの最期にはきちんとけじめをつけてくれないことには物語が締まらないといったらありません‐自らも思いをなお寄せているとして彼の魂を救うにせよ、もてあそんだだけだとして精神的にも止めを刺すにせよ。
どちらになるのか、それとももっと他のうまい締め方があるのかと期待して観ていたら、決戦場として大渦巻きを起こして終わりかよ、その後出てこないじゃん! という結末。そんなサプライズは勘弁してください。
海賊評議会の面々も、東インド貿易会社との最終決戦では、結局は横で見ていただけで何の役割も果たしません。そのため、物語の進行上果たした役割は女神カリプソの復活のためにその面々が必要だったということのみで、女神カリプソは上記のとおりですから、これらは全部削ってしまっても何の差支えもなかったでしょう。
単に無駄だったというのならば、まだましですが、これらの存在ゆえに、尺がおそらくはこれ以上伸ばせない中(3時間弱あります)、他の重要な話をきちんと描くための時間が削られるという問題が生じています。エリザベスはなぜウィルを選んだのか、前作のレヴューであれだけ期待したwebmasterとしては、この点は大いに不満です。
加えて、主人公たるジャックのキャラが一匹狼であるので、評議会の場は彼が生きてきません。これはベケット卿とのやりとりについても言えることですが、単なる冒険活劇にすることを嫌って、かえって娯楽としての魅力をそいでしまったようにwebmasterには見えるのです。
#そういえば、あれだけ前作以来ベケット卿を大物悪役にしたてておいて、あのあっけない殺し方はないだろうとも思います。
冒険活劇・娯楽対策と割り切って、評議会や女神カリプソのエピソードはばっさり切り、他方でエリザベスとウィル、ジャックの三角関係の行方と、最終決戦のアクション(個人的には、前作の方がクラーケンの存在もあり盛り上がっていたように記憶しています)にもっと力を入れた方がよかったのではないか、というかそうあって欲しかった、というのがwebmasterの評価です。それはそれで典型的なアメリカ映画で話に奥行きがないといった批評を招くでしょうけれども、そんな芸術性なんか気にするあまり娯楽としての魅力を損ねるのは本末転倒だと思うのです。
#といいますか、上記のとおり中途半端で消化不良な脚本には、そんな芸術性は結果的にありませんし(笑)。

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