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  • 06/30/2007 (4:06 pm)

    「真の失業率」推計最新版(2007-05現在)

    Filed under: economy ::
    年月   完全     真の    高齢化等 完全失 真の失 高齢化等
         失業率    失業率   補正後  業者数 業者数 補正後
    
    1990  2.1%     3.2%          134  204
    
    1991  2.1%     2.4%          136  155
    1992  2.2%     2.2%          142  142
    1993  2.5%     2.8%          166  183
    1994  2.9%     3.4%          192  228
    1995  3.2%     4.0%          210  266
    
    1996  3.4%     4.1%          225  276
    1997  3.4%     3.8%          230  262
    1998  4.1%     5.1%          279  348
    1999  4.7%     6.3%          317  435
    2000  4.7%     7.0%          320  485
    
    2001  5.0%     7.9%          340  551
    2002  5.4%     9.4%          359  660
    2003  5.3%    10.0%          350  700
    2004  4.7%    10.0%          313  705
    2005  4.4%     9.8%          294  688
    
    2006  4.1%     9.5%    6.7%    275  671  458
    
    2006/Q1 4.4%(▲0.3) 10.9%(▲0.4) 7.2%    286  766  488
    2006/Q2 4.2%(▲0.3) 9.0%(▲0.1) 6.6%    280  631  454
    2006/Q3 4.1%(▲0.2) 8.9%( 0.0) 6.5%    273  627  448
    2006/Q4 3.9%(▲0.4) 9.3%(▲0.5) 6.4%    261  659  440
    2007/Q1 4.1%(▲0.3) 10.7%(▲0.2) 6.6%(▲0.6) 272  752  449
    
    年月   完全     真の    高齢化等 完全失 真の失 高齢化等
         失業率    失業率   補正後  業者数 業者数 補正後
    
    2006/6 4.1%(▲0.1) 8.8%(▲0.1) 6.5%    278  618  449
    2006/7 4.0%(▲0.3) 9.0%( 0.0) 6.6%    288  632  454
    2006/8 4.1%(▲0.1) 8.9%(▲0.2) 6.4%    272  625  443
    2006/9 4.2%( 0.0) 8.8%(+0.1) 6.5%    280  624  446
    2006/10 4.2%(▲0.3) 8.8%(▲0.3) 6.3%    281  622  434
    2006/11 3.9%(▲0.5) 9.2%(▲0.8) 6.4%    292  652  439
    2006/12 3.7%(▲0.3) 9.9%(▲0.5) 6.6%    244  701  448
    2007/1 4.0%(▲0.5) 11.1%( 0.0) 6.9%(▲0.5) 264  784  464
    2007/2 4.1%(▲0.1) 10.8%(▲0.2) 6.6%(▲0.6) 270  760  447
    2007/3 4.2%(▲0.2) 10.1%(▲0.5) 6.4%(▲0.6) 281  712  437
    2007/4 4.0%(▲0.3) 8.8%(▲0.8) 6.0%(▲0.8) 268  619  414
    2007/5 3.8%(▲0.3) 8.0%(▲0.5) 5.8%(▲0.7) 258  567  402
    
    2006/5 4.1%     8.5%    6.5%    277  602  448
    2005/5 4.6%     8.7%    7.1%    307  610  495
    2004/5 4.8%     9.2%    7.2%    319  648  496
    2003/5 5.6%     9.3%    7.6%    375  654  523
    2002/5 5.6%     9.1%          375  635
    2001/5 5.1%     7.0%          348  490
    2000/5 4.8%     6.2%          328  428
    
    (直近月次ボトム)
        5.8%    11.6%     --    385  818   --
       (03/3,4)  (04/2,05/2)        (03/4) (05/2)

    (注)

    • 単位は、失業率関連を除き万人。失業率関連は%(対前年同期(括弧書き)はポイント)。
    • ソースは総務省統計局の「労働力調査」。
    • 月次データは原数値を用いている(季節未調整)。
    • 「真の」値は労働力人口比率が0.64(直近ピーク(1992年))であると仮定した場合の値。
    • 「高齢化等補正」についてはhttp://bewaad.sakura.ne.jp/20060729.html#p02を参照のこと。

    #過去の計数は以下のとおりです。

    2005
    03040506070809101112
    2006
    010203040506070809101112
    2007
    01020304

    06/29/2007 (4:59 am)

    続・Apemanさんの当て逃げ事件に関するご見解への疑問

    Filed under: law, WWW ::

    前回の続きとなります。前回は、Apemanさんのエントリ中、たとえ所有者=運転者=犯人だったとしても、それが法的に確定しない段階で「取引先や職場に迷惑をかけた」といった理由で懲戒解雇するというのは人権という観点からいってかなり問題があるわけだが、もし「所有者は車を当時貸していて誰が運転していたかわからない」という言い訳が事実だった場合、“祭り”に加担した人間たちは一体どう責任をとるつもりなのだろうか?という部分に主として着目して、

    • 「たとえ所有者=運転者=犯人だったとしても、それが法的に確定しない段階で『取引先や職場に迷惑をかけた』といった理由で懲戒解雇するというのは人権という観点からいってかなり問題がある」のはおっしゃるとおりですが、その問題ある行為をしたのはあくまで自動車の所有者の勤務先であって、「祭り」の参加者ではなく(まして、「祭り」の参加者が直接に私刑と称すべき行動に出たわけではなく)、
    • 仮に「祭り」がなければ懲戒解雇が生じ得なかったとしても、「祭り」の参加者の行動は刑法で言えば教唆に問えるようなものではなく、せいぜいが煽動にとどまるでしょうけれども、では煽動行為に有責性を認めるべきかといえば、基本的にはwebmasterは懐疑的、

    との疑問を呈しました。これに対して、(コメント欄でのwebmasterの書き込みも踏まえ)すがりーさんから次のような書き込みがありました。

     なるほど。事後的に明らかになった事実によって、行為の法的評価が異なる可能性を考えていらしたのですね。

     しかしながら、そうであれば、事後的に明らかになった事情(冤罪)によって(解雇時における)解雇権濫用の有無が左右されるということは、論理的にあり得るのでしょうか? 言い訳になりますが、勤務先の責任を問う文章が前置きとなっておりましたので、この点で少々混乱いたしました。

     なお、私は、リンク先の「“祭り”に加担した人間たちは一体どう責任をとるつもりなのだろうか?」との締めは、(とれないでしょ?だから節度をもって振舞いなさいよ。)という趣旨と読みました。

    「Apemanさんの当て逃げ事件に関するご見解への疑問」(6/27付)に対するすがりーさんのコメント

    理屈を申し上げるならば、札幌高判平成16.9.29(労働判例885号32頁)において、

    本件各懲戒解雇については,本件仮処分命令によって,第1懲戒解雇の無効が暫定的に確認され,さらに,Gが同年5月20日に提起した本案訴訟において,第1懲戒解雇は権利の濫用に当たり,第2懲戒解雇もその根拠事実を欠くから,いずれも無効であるとする函館地方裁判所の判断が,札幌高等裁判所及び最高裁判所によって維持されたことが認められる。

    このように,司法の判断によって本件各懲戒解雇が無効であることが最終的に確定した場合には,特段の事情がない限り,本件各懲戒解雇をした1審被告らに,本件各懲戒解雇時において,善管注意義務違反及び忠実義務の違反があったと解するのが相当である。そして,この特段の事情とは,本件各懲戒解雇をすることが当時の客観的事情からやむを得ないといえるかが問題となる。

    道幸哲也「渡島信金会員代表訴訟事件と理事の善管注意義務・忠実義務」

    との判断が示されているように、懲戒解雇の妥当性は善管注意義務・忠実義務の範疇で捉えられ、簡単に言えば刑事裁判における検事の立証責任に比べれば、雇用者の懲戒事由の判断に当たっての事実認定責任はより軽微であると考えられます。言い換えれば、「真犯人」であれば、より根拠が弱くても判断が妥当だったと推測されるでしょうし、「冤罪」であれば、「真犯人」と判断したことについてより高度な合理性・妥当性が問われると思われます。

    しかし思い出してみれば、前回のエントリでwebmasterは、デュープロセスを欠いた責任追及を問題視することにおいて、webmasterはApemanさんと似通った思想的立場にいると思いますと書いたわけです。前回のこの記述と、「真犯人」かどうかを問題にするというのは、よく考えればおかしなことです(本当は、よく考えなくても気付けよ、という話なのですが)。ここで、デュープロセスを定めた憲法の条項を引いてみます。

    第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

    日本国憲法

    ここでいう「何人」には、当然ながら「真犯人」も含まれます。「デュープロセスを欠いた責任追及を問題視する」と自称するならば、webmasterはApemanさんに対して、

    • もし「所有者は車を当時貸していて誰が運転していたかわからない」という言い訳が事実だった場合、“祭り”に加担した人間たちは一体どう責任をとるつもりなのだろうか?といいますが、では言い訳が事実でなかった(自動車の所有者が「真犯人」だった)場合には、問題がないとお考えでしょうか?

    との問題提起をすべきだったのです。Apemanさんのエントリのコメント欄の現状などを見るに、Apemanさん、そしてもちろんwebmasterも、あたかも事実であれば問題がないかのような議論の立て方に巻き込まれてしまったことに、実はより大きな問題が潜んでいたのではないでしょうか。

    #とりあえず、「責任」の定義問題は措きます。

    06/29/2007 (4:46 am)

    宮沢元総理の死去と彼の不良債権処理公的資金注入論

    Filed under: economy, history ::

    頭がよいので総理には向いても(自民党)総裁(もっといえば政治家、かもしれませんが)に向かないという稀有な人材でした。合掌。

    岸信介が宮沢喜一を評して曰く、頭が良くて見識もあり総理に適任、ただし「他人がみんな馬鹿にみえる」ので人の世話をしないから総裁には不適任、との由(pp. 374-375)。岸が「頭が良い」と評しているのは他には彼の兄くらいで、派閥が違う宮沢をここまで褒めるということはよっぽど宮沢が群を抜いていたということでしょう。「世界デフレは三度来る」(ASIN:4062820064)での宮沢の低い評価とあわせて考えるとこの評は大変興味深いものがあります。いずれ彼のことも詳しく調べてみるつもり。

    「最近読んだ本 岸信介特集 その4」(@svnseeds’ ghoti!4/21付)

    彼の「低い評価」とは、結局のところ次のような指摘に尽きましょう。

     不良債権問題で失われた十年をやっちまった戦犯として、あるいは、55年体制からポスト55年にいたる時代の節目の政権を担った宰相として、金丸氏と竹下氏の狭間で棚ぼたの首相就任、そして日本新党ブームみたいな、次の出し物の呼び水的ポジションであることは間違いなく。

     やはり個人的には「不良債権問題を処理するためには政府が財務面で緊急出動して早期に処理しなければならない」というセオリーを知っていながら、右顧左眄首鼠両端の挙句、指導力を発揮できないうちに問題を大きくしてしまったなあという印象が強い。回顧録でもたびたび出てくるネタではあるけれども、彼は周囲を馬鹿にし軽視したが彼の状況を打開するにはそういう人たちに頼らなければならないことに最後まで気づかなかったのだなあという。

    「宮沢喜一「分かっていて何も出来なかった人」逝く」(@切込隊長BLOG(ブログ)〜不滅の俺様キングダム〜6/28付)

    「『不良債権問題を処理するためには政府が財務面で緊急出動して早期に処理しなければならない』というセオリー」とは、宮沢元総理の文脈でいえば1992年8月の発言のことを指すのでしょうけれども、ではあの段階で公的資金を導入していたら、「不良債権問題で失われた十年をやっちまった」現実は変えられたのでしょうか? 経済学の世界では、その理論的構成としてゾンビ仮説というものがあり、

    • 不良債権問題を抱えた邦銀は、本来であれば破綻すべき貸出先を延命させ(ゆえに「ゾンビ」)、
    • その結果、市場から退出すべき低生産性企業が退出せず、経済全体の生産性を下押しした、

    というものがあります。まあ経済学界でもまだ議論が続いている話であり、webmasterごときがこれを妥当でないと論証することなど夢物語ではありますが、日本経済の生産性低下にバブル崩壊後の長期停滞の原因を見出すとしても、

    深尾:
    1つの仮説として、ゾンビ仮説があります。銀行が不良債権問題が表面化しないように、立ち直る見込みのない企業にお金を追い貸ししたり、金利の減免を認めるために倒産しかけている企業(ゾンビ企業)が倒産せず、生産性の高い新しい企業が参入できずにいるために生産性が停滞しているという議論です。しかし、我々が最近分析した結果ですと、工業統計表のミクロデータの分析を1981年までさかのぼってみても、日本では経済の新陳代謝機能は悪かったんです。たとえばアメリカや韓国に比べると1980年代から日本では新規企業の参入は少ないし、生産性の低い企業が必ずしも退出していない。それから生産性の高い企業がどんどん拡大するということもなくて、昔の方が生産性が高かったのは内部効果といいますが、それぞれの工場の中で努力して生産性が上がっていたために、産業全体の生産性も上がっていたということです。

    最近では、生産性が下がったのは結局内部効果が下がったからであって、退出効果や算入効果、再配分効果などは余り変わっていないということがわかりました。そうすると、ゾンビ企業が問題なのではなく、企業内や工場内の生産性の上昇がなぜ減速したかを調べないといけないということになります。あともう1つ解ったのは、最近までデータを伸ばすと、2000年以降、少し明るさが見えてきて、新陳代謝機能がやや多くなったかなという感じはあります。

    日本発展のカギは全要素生産性の成長をいかに加速させるか

    という見方があります。まして、生産性の低下とは需要の低迷に相当程度足を引っ張られた結果であり、需要が底堅ければ長期停滞は避けられたという見方を採るならば、総需要の不調ゆえに不良債権が増えたのであって、不良債権が増えた(ないし「抜本的処理」をしなかった)から総需要が不調になったわけではない、ということになります。

    webmasterはバブル潰しの金融政策こそが長期停滞の主因であると考える身ではありますが、そうした立場からすれば、宮沢元総理の最大の責任は、世のバブル潰しの風潮を拱手傍観したこと、となります(金融政策の独立性を尊重する前提で)。となると、実は切込隊長さんと同様に、「彼は周囲を馬鹿にし軽視したが彼の状況を打開するにはそういう人たちに頼らなければならないことに最後まで気づかなかったのだなあ」という結論になるのが面白いところではありますが。

    06/28/2007 (4:31 am)

    続・観光庁設置要求と「スクラップ玉」

    Filed under: government ::

    打てば響くようにbranchさんに取り上げていただき、感謝の極みでございます(笑)。

    (略)ただ、

    観光重視路線が引用記事のとおりに海外からの観光客の呼び込みもその射程に収めているなら、観光庁長官がスクラップ玉となる国際担当国土交通審議官の職務を実質的に継承する、といったあたりが無難な落としどころなのかもしれません

    という点については疑義があります。

     というのも、確かに国際業務の中で観光関係が占める割合は小さくないものがあるとは思われますが、国土交通省における国際関係組織についてに記されているとおり、「交通分野における環境、セキュリティ等の新しい課題への対応、EPA/FTAを通じた自由貿易推進のための取組み」「社会資本の整備に関連した国際関係事務に関する基本的な政策の企画及び立案、及び、外国人研修生の受入れ、対外取引または海外事業活動に関係する国際経済に関する事項」 といった幅広い事務があるところ、観光と親和性の高い旧運輸省関係でも航空関係、海洋関係(これは海洋庁構想なんてのもありますが(笑))、港湾関係などにおいて観光との関わりがきわめて薄い事務があり、まして旧建設省関係ではどう考えても無関係な事務ばかり。また、外局の長が内部部局の国際業務をも担当するというのは、行政組織としてどのような整理にするのか、あまり筋のよくなさそうな話のように思われます。

     他方、現在国交省においては、観光に関する事務を担当する局長級審議官として総合観光政策審議官が既に存在します。おそらくは観光庁設置にともなって廃止することとなるものと思われるところ、これを財源にして総括審議官(国際担当)を置く、というのが、座りがよさそう。ついでに、官房審議官(国際担当)は観光庁の次長なり部長なりの財源にする、といったところでしょうか。勝手な想像ですが、自分が組織要求の担当とか行管の中の人だったらこういう方向で調整するだろうなぁ、と思いますた。

    続・航海日誌(6/27付)

    筋がいいのはもちろんbranchさんの案なのですが、困ったことがあるとすれば、外交礼譲は日本の役所の繁文縟礼とは比較にならないほど融通が利かない(笑)、ということ。よく外交交渉のニュースにおいて、「次官級会合」とか「局長級会合」といった言葉が流れていますが、つまりはこちらが次官級を出さないと、相手は絶対に次官級を出してきません。branchさんの案では、国土交通省案件では次官級会合ができない、ということになってしまうわけです。

    といっても実態として必要とあらば、たとえば外務省に頭を下げて(笑)外務審議官を名目上のヘッドとして出してもらって実質は関係者同士で仕切るとか、次官級会合でやりあうべきところを局長級会合と大臣会合に振り分けるとか、対応が考えられないわけではありません。そう腹をくくって総括審議官(国際担当)で我慢する、というのは確かに一案ではあります。

    しかしまあ何かと不便であろう、というのはwebmasterの主観的観測。二国間ならまだ上記のような対応もやりやすいですが、たとえば今後、WTOあたりで公共事業に関する政府調達について次官級会合で調整、というようなことが生じた場合を考えると、基本的に外交は顔の繋がりがモノを言う世界ですから、部外者の外務省の人間が入っていってもすわりが悪いですし、かといって国際的に顔の売れていない事務次官や国土交通審議官が出て行ってもお客さんになってしまいます(言葉の問題については通訳を使うにせよ)。他方で既述のとおり、日本の特殊事情を察して日本だけは局長級でお願いします、といっても相手にしてもらえません。となれば、やっぱり次官級の国際担当者は必要ではないかと。

    branchさんの「外局の長が内部部局の国際業務をも担当するというのは、行政組織としてどのような整理にするのか、あまり筋のよくなさそうな話」との問題提起については、これで総務省と握れるかどうかはわかりませんが、形式的には国土交通審議官ポストを3つ残し、その国際担当は必ず観光庁長官と兼職にする(ので実質的に純増なし)、というのも選択肢足り得るのではないかと思うわけです。内部部局の国際業務は、併任される国土交通審議官(国際担当)として所掌する、ということで。

    06/27/2007 (3:44 am)

    Apemanさんの当て逃げ事件に関するご見解への疑問

    Filed under: law, WWW ::

    まず、そもそもの当て逃げ事件について、以下などご覧いただければと存じます。

    で、この一連の経緯について、Apemanさんが次のようなご見解を示されました。

    (略)被害者本人が、捜査が進まないことにいらだつのもまあわかる。しかし第三者として考えた場合に、被疑者を逮捕してまで取り調べるのが妥当な事件かと言えばとてもそうは思えない。同様な当て逃げ事件がちょくちょく起こっているであろうことは容易に想像がつくが、たまたま車載カメラの映像が記録されていたという理由で(より重大な被害が発生している事件に割かれるはずであった)リソースをこの事件に投入することが「正義」なのか? たとえ所有者=運転者=犯人だったとしても、それが法的に確定しない段階で「取引先や職場に迷惑をかけた」といった理由で懲戒解雇するというのは人権という観点からいってかなり問題があるわけだが、もし「所有者は車を当時貸していて誰が運転していたかわからない」という言い訳が事実だった場合、“祭り”に加担した人間たちは一体どう責任をとるつもりなのだろうか?

    「リンチと化す“祭り”」(@Apes! Not Monkeys!6/26付)

    当サイトをかねてからご覧いただいている方々であれば先刻ご承知でしょうけれども(笑)、デュープロセスを欠いた責任追及を問題視することにおいて、webmasterはApemanさんと似通った思想的立場にいると思います。しかしこと本件については、若干の勇み足だったのではないか、との感を禁じ得ません。というのも、

    • 「たとえ所有者=運転者=犯人だったとしても、それが法的に確定しない段階で『取引先や職場に迷惑をかけた』といった理由で懲戒解雇するというのは人権という観点からいってかなり問題がある」のはおっしゃるとおりですが、その問題ある行為をしたのはあくまで自動車の所有者の勤務先であって、「祭り」の参加者ではなく(まして、「祭り」の参加者が直接に私刑と称すべき行動に出たわけではなく)、
    • 仮に「祭り」がなければ懲戒解雇が生じ得なかったとしても、「祭り」の参加者の行動は刑法で言えば教唆に問えるようなものではなく、せいぜいが煽動にとどまるでしょうけれども、では煽動行為に有責性を認めるべきかといえば、基本的にはwebmasterは懐疑的、

    だからです。

    前者に関して言えば、「もし『所有者は車を当時貸していて誰が運転していたかわからない』という言い訳が事実だった場合」において、まずもって責任を問われなければならないのは「“祭り”に加担した人間たち」ではなく、所有者の勤務先です。その言及を欠いたまま、「“祭り”に加担した人間たち」の責任を真っ先に追及するがごとき言説は、webmasterにはバランスを欠くように見えます。仮に「“祭り”に加担した人間たち」に責任を見出すにせよ、それは勤務先の責任に比して重いはずもないのですから。

    #Apemanさんが勤務先の責任を認めていない、とはwebmasterは思っていません。あくまで議論の組立てとして、ということです。為念。

    後者に関して言えば、Apemanさんにこのようなことを申し上げるのは釈迦に説法ですが(笑)、煽動行為が罪となるのは破壊活動防止法などに限られます。仮に本件における懲戒解雇が違法解雇であったとして、では違法解雇の煽動について、刑事上なり民事上なりの責任を追及すべきであるとApemanさんはお考えなのか、失礼ながら勝手な推測をすれば、そこまでは思いが至っていらっしゃらないのではないでしょうか。

    もし追及すべきということであれば、一般的な煽動罪なり煽動行為に係る不法行為特例法なりを定めるべきだというのが論理的な帰結となりますが、おそらくはApemanさんもそれには反対でしょう。「“祭り”に加担した人間たちは一体どう責任をとるつもりなのだろうか?」との言及は、そうした帰結を容認する余地を内包しているわけで、それなりに危険な認識ではないかとwebmasterは思うのです。

    補足その1

    本件と直接のつながりはまったくないのですが。

    環境保護団体の人達と、原子力発電所の専門家。設計図を前に対峙したところで、専門家でなければ「炉心を囲むコンクリートの適切な厚さ」とか、「配管に必要なステンレスの品質」なんてものはわかりっこない。

    原子力の専門家なんて、魔法使いを相手にしてるのと同じだから、原子炉の核心については専門家任せ。

    (略)

    同じ専門家のはずなのに、医師を相手にするときは、患者さんはたいてい、医療を「理解」している。

    (略)

    なぜ医療なのか。

    恐らくは同じ感覚を持っているのが、たとえば教育現場の人達であったり、もしかしたら進化論学者の人達であったり。プログラマの人たちなんかもきっと、もうすぐこちら側。

    「魔法使い」と「理解可能な技術」とを分けているのは、たぶん素朴な理解モデルを作れるのかどうか。

    技術というのは、最初は「魔法」から始まる。それが成熟して、他の様々な分野から要請があって、技術のカプセル化、モジュール化が押し進められた頃、「間違った理解でも、運用自体は可能」な素朴な理解モデルが作られる。

    理解モデルはそのうち独り歩きをはじめて、「技術モデル」と「素朴な理解モデル」とがしばしばぶつかりあうようになり、モデルの差分は、技術者に対する不興となって埋め合わされる。

    技術労働はいつしか感情労働となり、技術優先のやりかたは顧客の不興を買うばかりになって、感情モデルが技術モデルに優先するようになって、「純粋な子供達が、不純な大人を支配する」時代が来る。

    「子供の国の不純な医学」(@レジデント初期研修用資料6/26付)

    このようなエントリが同日に公表されたというのも、奇妙なシンクロニティであるようにwebmasterは思います。「魔法」という言葉からも、medtoolzさんは絶対にアーサー・C・クラークの「十分に発達した科学技術は、魔法と区別がつかない」(Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic.)という言葉を念頭に立論されていると思いますが、ここでの立論自体は、かつて同じ言葉を引いて小松秀樹「医療崩壊」を論じたwebmasterとしても、十分に納得のいく話です。

    で、本件との関連性をwebmasterがどこに見出したかといえば、法学・法実務もまた、「こちら側」なのだろうなぁ、と。医療その他との違いを見出すならば、とりわけ本件で問題となるデュープロセスについては、そもそも「こちら側」の論理で動く不都合への対抗として築き上げられてきたものだ、ということでしょう。

    その分だけ「感情モデルが技術モデルに優先するようにな」る事態への準備は怠りないと信じたいところですが、成文法が民意を代表する立法府で形成され、慣習法が世の諸活動から帰納的に形成されることからも、究極的にはそのような優先を受け入れてしまう素地が、法学・法実務にはあるといわざるを得ないでしょう‐昨今のはやり言葉とも化している「国策捜査」も、そうした文脈で理解可能です。そのような素地に着目して備えを固めれば固めるほど、ますます「技術者に対する不興」は嵩むわけで、果たして希望はどこにあるのやら・・・。

    補足その2

    下記で見る本件についての2ちゃんねるでの議論の冷静さは、なかなか味わい深いものがあります。

    06/27/2007 (3:40 am)

    観光庁設置要求と「スクラップ玉」

    Filed under: government ::

    branchさんが好きそうなネタ(笑)ですが。

     国土交通省は26日、観光振興の担当部署を統合した「観光庁」(仮称)を2008年度に新設する方針を固めた。外国人客の誘致や観光を起爆剤にした地域再生など、観光立国を推進する体制を強化するのが目的。08年度予算概算要求と組織・定員要求に盛り込んだ上で、必要な法令を改正する考えだ。

     観光庁の設置をめぐっては、昨年12月に観光立国推進基本法が成立した際に、衆参両院が「実現に努力する」と決議。旅行業や航空、鉄道などの業界からも政府、与党に新設の要望が出ていた。

    共同通信「「観光庁」を新設 来年度に担当部署統合」

    仮にこの報道が正しければ、ということではありますが、一般の方々とは異なり霞が関住人として真っ先に気になるのは、スクラップ玉は何だろうか、ということです。上記報道でいえば「予算概算要求」は財務省に、「組織・定員要求」は総務省にということになりますが、ここで重要なのは後者の方。何らかの幹部ポストを新設しようとするならば、今時純増が認められるはずもなく、替わりに同等のポストを廃止することが当然の前提となっているわけですが、この廃止されるポストを業界用語で「スクラップ玉」といいます。

    「同等のポスト」でなければならないわけですが、課長は横滑りにすれば純増はないので、この場合はスクラップ玉をあえて考える必要はありません(現在本省にある課長ポストが全廃されるので、それが自動的にスクラップ玉となります)。外局ですと課の上の組織単位は部となりますが、部長職も(局)次長・審議官級ポストを差し出せばいいので、なんとかなるでしょう。問題は、観光庁長官ポストです。

    外局の長のランクは、指定職第6号俸ということになっています(人事院規則9-42)。これを新設するために、既存のポストをスクラップしようとすれば、国土交通省内のものでいえば、

    • 技監
    • 国土交通審議官
    • 気象庁長官
    • 海上保安庁長官

    ということになります。

    #船員中央労働委員会事務局長(こちらは多分違う)と高等海難審判庁長官(こちらは大いに迷います)はどうなんでしょうか。中の人等でご存知の方がいらっしゃいましたらご教示いただければ幸いです。

    気象庁や海上保安庁を外局でなくするというのも考えづらい一方、技監ポストを廃止しようとすれば事務官と技官の血みどろの内部闘争に発展するでしょうから、これも考えづらいです。あえていえば国土交通審議官は3名いるので1名ぐらい減らしても、とは考えられますが、これも事務次官が旧建設出身の場合には旧建設1名・旧運輸2名、逆に事務次官が旧運輸出身の場合には旧建設2名、旧運輸1名という微妙なバランス(笑)が成立しているので、それをどう維持するかはなかなか頭の使いどころ(無駄な使い方であるのは同業とて認めざるを得ませんが(笑))ではあります。

    出身の異なる事務次官の下で旧省の担当を見る国土交通審議官は外せないとなると、スクラップ玉となる国土交通審議官は消去法的に国際担当ということになります。観光重視路線が引用記事のとおりに海外からの観光客の呼び込みもその射程に収めているなら、観光庁長官がスクラップ玉となる国際担当国土交通審議官の職務を実質的に継承する、といったあたりが無難な落としどころなのかもしれません(で、残る2名の国土交通審議官は旧建設1名、旧運輸1名で固定)。

    06/26/2007 (3:07 am)

    閉鎖経済のシミュレーション

    Filed under: economy ::

    昨日、スタンフォード大学でVirtual Goods Summit 2007というのがあったので行ってきました。ゲーム、デートサイト、SNS、バーチャルワールドなど、いろいろなオンライン事業で売り買いされるバーチャルグッズと、それにまつわる経済の話。

    で、中身はさてはおきつ、しみじみ思ったのが、

    「日本って、本当に世界から隔絶されてるんだなぁ」

    ということ。

    (略)

    私としては、「これはこれでいいんじゃないの?」というのが自論。

    「隔絶された巨大市場」というのは、欲しくても作れるものではない。いつも言うのだが、日本はアメリカに次ぐ第二位の市場。3位のドイツあたりを大きく引き離している。韓国やら中国やらインドなどと比べること自体間違ってるくらい大きい成熟した市場である。しかも、それが世界の他の国から隔絶された文化圏をもっている、というのは素晴しいことではないかと。

    (略)

    「外貨をそれほど稼がずとも、自立して清く貧しく美しく、割と幸せに生きる」

    っていう選択肢は本当に無いのかなぁ、と思うのですよ。太陽発電等をもっと推し進めて輸入燃料依存度を減らす、都市を分散して個々の生活圏を縮小し、燃料を必要とする乗り物への依存度を減らす、などといった方法で燃料消費を極限まで押さえ、一方で食料自給率を圧倒的に上げる(家庭菜園の推奨・・はさすがに無理がありますな)。外貨だって、全く稼げなくなるわけではないし。世界と全く違う、というところを生かして観光客をもっと大量に呼び込むという手もある。

    マクロ経済素人が考えることなので、まぁダメダメかもしれないが、本当にシュミレーションしてみたら面白いんじゃないかなぁ、と思うんですよね。(こういうシュミレーションが既にあったら教えてください。)まぁ、この辺は大学の頃から考えていることなんですが、今回のコンファレンスでさらに、「世界から孤立した日本」というイメージを強めたので、ちょっと言ってみました。

    「日本は世界のブラックホールか桃源郷か」(@On Off and Beyond6/24付)

    まず、それほど日本は世界から隔絶していないよね、という話はあるわけですが(直近のQEでいえば、GDP(季節調整済実質値)559.7兆円に対して粗輸出(同)84.9兆円(対GDP15.1%)、粗輸入(同)60.8兆円(同10.9%)。ちなみにアメリカの直近(2007年第1四半期)値でいえば、GDP(同)11.53兆ドルに対して粗輸出(同)1.34兆ドル(同11.6%)、粗輸入1.95兆ドル(同16.9%)なので、大差ない程度だといえるでしょう)、「外貨をそれほど稼がずとも、自立して清く貧しく美しく、割と幸せに生きる」姿というものを、ここではあえて考えてみたいと思います。

    #緻密な包括的シミュレーションといった代物ではなく、個別のパーツについての適当な考察です。それでよろしければ、以下ご覧ください。

    »

    06/25/2007 (1:29 am)

    ミートホープの偽装牛肉ミンチ事件と情報の非対称性

    Filed under: economics ::

    もちろん、ミートホープ社の虚偽表示は弁護の余地もありませんし、適切な情報開示体制が不備であることも事実なのでしょうけれども、そもそも虚偽表示が容易に可能であり、人為的な情報開示体制を整備しないとそれを見抜けないことが根源的理由なのです。経済学用語でいえば情報の非対称性があるということになりますが、よく教科書に出される例としては中古車の品質、現実の事例としては耐震偽装マンションもこの問題の範疇となります。

    中古車の例で言えば、試乗でわかるような不具合‐エンジン音がおかしいとか、サスペンションが完全にへたっているとか‐は回避できるでしょうけれども、たとえば走行距離が偽装されていた場合、確率論的に故障が起こりやすくなるとしても、偽装どおりであれば統計的に本来1万km走行あたり0.5%のはずが、実際には1%だなんてことは、平均0.5%の分散としてそうであったこともあり得るわけですから、なかなか見破ることができません。

    耐震偽装にしても、一定の加速度の地震に遭った際に壊れる確率を低く偽ったというものですから、そもそも地震が起こらなければ偽装かどうかが試される機会がありませんし、地震に直面して壊れたから偽装、壊れなかったから正確な表示とも限りません。その道のプロであっても見ただけではわからず、きちんと裏を取るには設計図等を基に構造計算をしなければならないわけです。

    今般の偽牛肉ミンチにしても、加ト吉や味の素をはじめとする企業が気付かずに仕入れ続けた、すなわちプロが見抜けなかった偽装なのですから、素人が見抜けないのも仕方がありません。というわけで、情報の非対称性を緩和する措置が必要なのです・・・あれっ?

    中古車は長い間乗ってみないとわからない可能性が高いですし、耐震偽装は地震が来てみないとわからない可能性が高いですが、では牛肉はと考えると、食べればわかるはずなのです。少なくとも、なぜ鶏や豚に比べて牛に高い値段がついているかといえば、高い金を支払うに値する味だと多くの人が思っているからということになります。視覚では判別できず虚偽表示にだまされたとしても、口にすることで高い金に値する味かどうかについての判別は簡単に可能となり、その時点で情報の非対称性は解消されることになるわけです。

    #鶏、豚、牛はアレルゲンでもあるので、それによって肉を選んでいる人もいるでしょうし、ヒンズー教徒やムスリムは宗教上の理由によって肉を選ぶでしょうけれども、ここでは捨象します。

    となれば、初回はだまされて買ってしまったにしても、二度とはだまされるはずがない、はずです。しかし実態はといえば、長きに渡り虚偽表示は行われ続け、今まで牛肉ミンチ製品であるとして口にしたものは、そうではないとは見破られてはこなかったのです。この事実が示すのは、牛肉に対する相対的高値は、味ではない何かのために支払われてきたということに他なりません。

    それが何か、webmasterにはよくわかりませんが、食材を味で選びさえすれば、このような事態は生じるはずもありません‐今般の事件からわかるのは、上記のとおり、味の満足度でいえば、鶏や豚でも牛と同じ程度の満足が得られるということなのですから。どうせ牛を食べたって牛だとはわからないのだから、安い鶏や豚を買おうと合理的に皆が行動するならば、自ずと牛の値段も下がり、すべての消費者にとって幸せな事態が到来するわけですが・・・。

    ま、ミンチだからこそ、ということは言えるでしょうし、コロッケ等に加工された後であればなおさらなのですが。仮にミンチでない肉の印象から牛がいいと思っているのであれば、ミンチは質の悪い肉でもそこそこ食べられるようになる、という事実ぐらいは学ぼう、ということでしょうか。ミンチにおいて元の肉が何かに過剰にこだわることの意味はそれほどありませんし、逆にそれほどこだわりたいのであれば、自分で挽け、ということになるのでしょう。

    #webmasterの主観では、たとえばハンバーグだと鶏を混ぜたほうが食感がよくなる(脂の融点が低いため)と思うので、鶏や豚を「質の悪い」と評価するには抵抗もあるのですが、一般的な理解としては、ということで。

    06/25/2007 (1:27 am)

    MovableTypeからWordPressへの移行はよく見られるようですが・・・

    Filed under: WordPress, WWW ::

    と、実は僕、WordPress は触ったことがないので、ここからは Movable Type vs WordPress ではなく、Contents Management System(CMS)における Web ページの静的生成 vs 動的生成という観点でお送りいたします。

    「静的生成だとリビルドに時間がかかりすぎる。記事数が増えるにつれ、どんどん時間がかかるようになって来た。このツールは重すぎて使えない。動的生成の CMS に乗り換えたら快適になった。動的生成最高。」なんて声がここ最近良く聞かれます。では、リビルド時間にストレスを感じているユーザーはみな、動的生成の CMS に乗り換えるべきなのかというと、すべてがそうとは言い切れません。なぜなら、動的生成の CMS で、消えたように見えるリビルド作業は、決して消え去ってしまったわけではなく、別の形で別のところに大きな負担となってのしかかかってくるのですから。

    静的生成では、Web ページのビルド(構築)の為のコストは運営者側が負担します。これがリビルド作業です。ブログへの訪問者は、既に生成されているファイルにアクセスするだけで、ほとんどコストを負担しない、ストレスを感じずに済むはずです。これに対して動的生成では、Web ページのビルドの為のコストは訪問者が負担することになります。訪問者がブログを訪れる度、DBからデータが読み込まれ、テンプレートが読み込まれ、 Web ページが生成されます。運営者がリビルド作業から開放される代わりに、訪問者がそのコストを負担することになるのです。

    静的生成では、Web ページのビルドにかかるコストは生成する Web ページの規模に比例して大きくなります。訪問者、ページビューがどれだけ増えようが、関係ありません。これに対し動的生成では、ビルドにかかるコストは訪問者、ページビューの数に比例して大きくなります。もしもまだ始めて間もなく、エントリー数も少ないブログであったとしても、そこに膨大なアクセスがあれば、膨大なコストを支払わなければならなくなります。一人一人の訪問者が支払うコストは微細でも、それが積もり積もれば大きなコストとなり、そしてそれはサーバーへの高負荷となって現れます。

    静的生成では 2時間の我慢で済んでいたものが、動的生成ではそこから開放される代わり、サーバーダウンを引き起こす可能性が確実に上がるのです。ダウンしないまでも、多くのレンタルサーバーでは高負荷時に CGI の動作を制限したりしますので、Web ページ自体が見られなくなったりします。静的生成なら、例え高負荷で CGI に実行が制限されたとしても、Web ページ自体はただのファイルですから閲覧することは可能です。これが先に、「動的生成の CMS に乗り換えるべきなのかというと、すべてがそうとは言い切れません」と書いた理由です。

    (略)

    なもので、こんなエントリーをいつか書きたいとずっと思っていました。まぁ、例によって何も解決してはいないのですが、タイトルの質問に答えるとすると、そのコストは運営者が払うべき、と個人的には思っています。静的か動的かにかかわらず、サーバーのスペックアップや、大規模な仕組みの導入など諸々含めて。

    「静的生成と動的生成、Webページをビルドするコストは誰が支払うべきなのか」(@talk to oneself 26/24付)

    幸いにして多くのアクセスをいただき、その一方で動作が重くサーバダウンにも少なくない頻度で見舞われる当サイトは、逆にWordPressからMovableTypeへの移行を検討した方がよいのかもしれません。そもそも、tDiaryを止める際にWordPressではなくMovableTypeを選んでおけばよかったのかも・・・orz。

    一般論として言えば、WordPressからMovableTypeへの移行は、専用のプラグインでのエクスポートを使えば簡単にできるはずなのですが、Markdown (Extra)記法でも問題なくできるのかしらん?

    06/24/2007 (11:35 pm)

    ピーター・アーツ、ボブ・サップを瞬殺@FieLDS K-1 WORLD GP in AMSTERDAM

    Filed under: sports ::

    谷川イヴェントプロデューサに選手を見る目がないのはわかりきったことなのですから、彼からブッキングやマッチメイクの権限を剥奪して、前田日明あたりに任せないと、せっかくライヴァルのPRIDEが実質的に崩壊状態だというのに、客から見放されてしまうことでしょう>K-1。といいますか、地上波でUFCを中継してほしいなぁ・・・CXも、K-1はntvあたりに放送権を売却して、UFCを放送すればいいのに・・・中継からの撤退でPRIDE崩壊の序曲を奏でたのですから、それぐらいは格闘技ファンに対して誠意を見せてくれてもいいのに・・・。

    06/23/2007 (11:43 pm)

    マネーストック統計

    Filed under: economics, BOJ ::

    にマネーサプライ統計の名称が変わるらしいです。

     日本銀行では、現在、本年10月から実施される郵政民営化や、金融商品の多様化等の環境変化に対応するため、「マネーサプライ統計」の見直し作業を進めております。今般、その方向性が固まってきたことから、その内容を公表して、広く皆様のご意見をお伺いすることにしました。

     今回の見直しの主な変更点は次のとおりです。

    1. M2+CD対象預金と郵便貯金・系統金融機関預貯金を統合し、全預金取扱機関の預貯金を包含する新「M3」を作成します。なお、現行「M2+CD」と接続する指標については、新「M2」として当面は公表を継続します。

    2. 通貨保有主体の範囲を見直し、「証券会社」、「短資会社」、「非居住者」を通貨保有主体から除外します。

    3. 広義流動性に「私募投信」、「金融機関発行普通社債」を追加する一方、「債券現先取引、現金担保付債券貸借取引」を除外します。

    4. 統計の名称を「マネーサプライ統計」から「マネーストック統計」に変更します。

    マネーサプライ統計の見直し方針── ご意見のお願い ──(html版(冒頭のみ掲載))

    1は尤もな変更だと思いますし(郵便貯金はともかく、系統金融機関預貯金をM2から外していたことには、経緯以上の意味があるとは思えません)、2や3も説明を読む限りなるほど、というものです。しかし、名称をマネーストックに変更するのは、

    通貨統計の名称については、1967 年に「マネーサプライおよび関連指標」の作成が開始されて以来、「マネーサプライ統計」という名称が用いられてきました。

    しかし、海外では、当初はmoney supplyという名称を用いていましたが、その後徐々にmoney stockやmonetary aggregatesといった用語が使用されるようになりました。具体的には、米国では1970年12月、英国では1971年にそれぞれmoney supplyからmoney stockに変更されたほか、欧州中央銀行では、1998年の設立時からmonetary aggregatesという名称を使用しています。

    こうした国際的な動向を踏まえ、今回の見直しを機に、現在の「マネーサプライ統計」の名称を「マネーストック統計」に変更する予定です。

    マネーサプライ統計の見直し方針── ご意見のお願い ──(pdf版)

    と言われても、昔ながらのものでいいんじゃないの、という気がしないでもありません(どうしてもというならば、海外向け、具体的には英語版の資料の名前だけ変えればいいわけで)。実際、The Concise Encyclopedia of EconomicsのMoney Supplyの項(Anna J. Schwartzによるもの)を見る限り、英語圏でも経済学の世界ではmoney supplyの方が標準的な言い方であるように思われますし。

    ちなみに、変更が「マネーストック統計」へであって「マネタリーアグリゲイト統計」へではないことは、変更を所与とするなら、webmasterは評価したいと思います。というのも、現在のマネーサプライ統計のURIはhttp://www.boj.or.jp/theme/research/stat/money/ms/index.htmなのですが、monetary aggregatesだとこれがhttp://www.boj.or.jp/theme/research/stat/money/ma/index.htmに変更され、このページへの従来のリンクがデットリンクになってしまうと予想されるからです。ま、「マネーストック統計」にした理由は、そちらの方が日本人にとって親しみのある英単語だとか、長さが短いとか、そういった理由であって、URIを変更せずに済むなんてことは考慮の外でしょうけれども(笑)。

    06/22/2007 (9:30 pm)

    官庁訪問者に告ぐ! 霞が関(の人事担当者)はこんな人材を求めています!

    Filed under: government ::

    t9930211さん経由で見た人事院調査に、「【表3】採用者を決定するにあたって特に重視している資質・能力(各府省別)」というのがあり、「各府省別」に具体名がないのが残念ですが(笑)、なかなか面白い結果となっています。1位を5点〜5位を1点(全部同順位とあるものはすべて3点)として定量化すると、次のようなものとなりました。

    順位(点数順) 資質・能力 点数合計 言及府省数(全15) うち1位府省数 言及府省ベース平均点
    1 コミュニケーション力 44 13 5 3.38
    2 責任感 36 10 0 3.6
    3 主体性 27 7 2 3.86
    4 協調性 24 10 1 2.4
    5 信頼性・誠実性 17 5 1 3.4
    6 チャレンジ精神 14 3 2 4.67
    ポテンシャル 14 5 1 2.8
    リーダーシップ 14 9 0 1.56
    9 論理性 13 6 0 2.17
    10 創造性 10 3 1 3.33
    11 積極性 5 1 1 5
    12 感受性 1 1 0 1
    精神力 1 1 0 1
    倫理観 1 1 0 1

    主要なものを分類すれば、

    万能(多くの府省(=言及府省数7以上)で高い評価(平均点3点以上))

    コミュニケーション力、責任感、主体性

    無難(多くの府省でそれなりの評価(平均点3点未満))

    協調性、リーダーシップ

    好きな人は大好き(一部の府省(=言及府省数6以下)で高い評価or万能・無難以外で1位府省あり)

    信頼性・誠実性、チャレンジ精神、ポテンシャル、創造性、積極性

    といった具合でしょうか。既述のとおり具体的府省名の言及がないので、あくまで一般的傾向しかわかりませんが、ご参考にしていただければ幸いです。

    #ちなみに、webmasterの好みを申し上げれば、1位論理性、2位主体性、3位コミュニケーション力、4位創造性、5位協調性、となります。

    06/21/2007 (8:58 pm)

    デフレ下の利上げはおかしいことの傍証

    Filed under: economy, BOJ ::

    この手の地道な検証をwebmasterはサボっているので、備忘として。以後この手の議論をするときには引こうかとの下心で(笑)。

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