というわけで、何とか読み終わりました。豊富な実地データに基づく分析は、非常に勉強になりました。他方で、問題設定がwebmasterから見るとずれているので、その評価を誤っているのではないかという気がします。たとえば、
そして、そうした産業体制の違いが、中国の家電市場における中国企業の台頭と日本企業の後退を説明するのではないか、と考えた。かつて、日本の電機産業の優位性はほとんど揺るがないものと信じられており、その優れた技術をどうしたら発展途上国に移転できるかということがアジア経済研究の世界で関心を集めていた。そのとき多くの研究者が感じていた日本企業の優位性が錯覚だったとは思えない。日本メーカーが中国市場で後退したのは技術の優位性の消失では説明できない。経営の現地化が不十分だといったような戦術的失敗だけで説明することにも無理がある。何かもっと構造的な要因があるのではないか。
p246
という記述があります。ここでいう「中国企業の台頭と日本企業の後退」とは、
プロローグで見たように中国のテレビ市場では、1990年代後半に中国メーカーのシェア拡大と日系メーカーのシェア下落が見られたが、これは競争のなかで垂直分裂が垂直統合に対する競争上の優位を示した出来事だと解釈することができる。つまり、販売量の拡大と低価格が勝負の分かれ目だというときには、部品の調達先をどんどん増やし、部品メーカーどうしを競争させる戦略が有効であり、日系メーカーのように基幹部品を内部で調達することにこだわっていたのでは、量の拡大でも価格でも中国メーカーに負けてしまうのだ。
p51
といった記述のごとく、基本的には消費者向けのシェアを指しています。しかし、たとえばコンピュータ産業において、インテルはその意味でのシェアはゼロですが、それは後退なのでしょうか。インテルが後退したと評されるような場合とは、AMDにCPUのシェアを奪われているような場合であって、デスクトップやノートパソコンを自ら売っていないことを指していうものではないでしょう。
中国における日本企業のあり方を本書に見るならば、
中国のテレビメーカーを日本の電機メーカーが背後から支える関係がより鮮明なのが、テレビ用ICの世界である。中国メーカーが大量生産している21〜29インチのテレビは6から10個ほどのICで回路が構成されている。テレビの回路図を見ると、中国のテレビのICでは日本の電機メーカーが圧倒的な地位を築いていることがうかがえる。
(略)基本回路ICのメーカーはユーザーに対して参照設計、つまりこの通りに回路を組めばテレビとして動作しますよ、という設計図をサービスで提供している。ICがすべて東芝製というのはおそらく参照設計通りに作った結果であり、このテレビの中身は東芝が開発したものだといっても過言ではない。
(略)
(略)この東芝製基本回路を採用した中国メーカー6社のテレビの回路を分析してみると、基本回路以外のICの5割強が東芝、他に三洋、三菱電機、松下電器のものがそれぞれ1割程度を占め、日本以外のメーカーのICは1割以下だった。各社のテレビの回路図を分析すると、中国メーカーのテレビが使用するICの8割前後は日本メーカーのものだと推定される。
以上のように、垂直統合志向が強かった日本メーカーは、中国政府の描いた垂直分裂の構図に否応なく巻き込まれてしまい、ブラウン管やICは中国メーカー向け販売が好調な一方、テレビのほうはハイエンド市場に追いやられるという股裂き状態におかれている。
pp53-55
に代表されるように、コンピュータでいえばCPUを売っているような存在です。webmasterの見るところ、著者は「垂直統合志向が強かった日本メーカー」という先入観ゆえに、このようなあり方を「垂直分裂の構図に否応なく巻き込まれてしまい」「股裂き状態」と評してしまっています。しかし物はいいよう、コアコンピテンスへの経営資源の集中ともいえるわけです。その結果が、日本企業は基幹部品、つまりは利益率の高い分野に注力し、利幅が薄く儲からない分野は中国企業にある意味で押し付けている、という「垂直分裂」に他なりません。
それがわかっているからこそ、
中国のトップメーカーは、従来の戦略に限界を感じ始め、基幹部品の一部を内製化する動きに出ている。たとえば、海信や海爾はデジタル放送対応のテレビ用ICの自主開発に乗り出した。長虹とブラウン管メーカーの彩虹電子が共同で韓国のプラズマディスプレイのメーカーを買収するという話も進んでいる。TCL、創維、康佳、長虹のテレビメーカー4社の共同出資により液晶パネルの工場を建設する計画もある。
ただ、世界中のよいものを「整合」(組み合わせ)することを旨とする中国メーカーであるから、ICを自主開発したり、パネル工場に出資したとしても、自社のテレビには相変わらず日本メーカーのICや台湾メーカーの液晶パネルを使うということは大いにありうる。中国メーカーがおいそれと垂直統合路線に転換するとは思えない。ともあれ、これまでの中国メーカーの経営姿勢に転換の兆しが現れていることは注目に値する。
pp56,57
という現実があり、中国企業としてもより利益率の高い分野にシフトしようと努力しているのです。というのも、薄利多売を極めるという中国企業のコアコンピテンスは、しょせんは中国の消費者の購買力が小さいからこそ大規模に成立しているのであって、今後の中国の経済成長に伴い購買力が大きくなれば、そのもっともおいしい部分は、結局日本企業その他に持っていかれてしまう可能性が高いからでしょう。
その意味で、
従来、工業化を目指す途上国は、まずは輸出向け衣服縫製業のような、外貨を獲得でき、かつ雇用も創出できるような産業から着手することが望ましい、と考えられてきた。だが、これは外国企業の下請生産を行うことにほぼ等しく、こうした発展戦略からは自立的な経営主体は生まれにくい。中国でも輸出向け衣服縫製業は外貨獲得と雇用創出に大きな役割を果たしてきたが、輸出向け生産でいくら技術を磨いても自立はできない。中国でも自社ブランドの衣服で市場に挑戦する経験を経た企業だけが有力アパレルメーカーになることができた。
発展途上国が外国企業の下請だけで持続的な工業化が達成できるとは思えない。下請は工業化のとっかかりにはなるが、工業化をより高次な段階に進めていくうえでは、自立的に経営する自国企業の存在は不可欠である。外国メーカーの力を利用しながらも、特定の外国メーカーには依存しない自立的な企業を生み出した中国の経験は、外国の下請生産とは異なる工業化戦略を示している。
pp231,232
というのは、過大評価であるとwebmasterは思います。中国の家電メイカーその他の製造業は、単にその在り様が縫製業とは異なるだけで、構造としては電機製造における下請に他なりません。
にもかかわらず、仮に中国の製造業が他の途上国のそれと異なり「より高次な段階」の「工業化」への発展を遂げられるとすれば、その原因は巨大な国内市場の存在ではないかとwebmasterは思います。たとえばアメリカなり日本なりへの輸出である程度発展するとしても、その結果として人件費等のコストが上がってしまえば、そうした国への輸出元は他の国に切り替えられてしまい、発展が頭打ちになる危険性があります。
ところが、中国は一人当たりの購買力は小さくとも巨大な人口がいる結果、市場規模は幸いにして(購買力平価基準で)世界第2位であり、しかもそれが大いに成長しています。そこでのビジネスチャンスは数え切れないほど存在するはずで、実際、本書で描かれる各企業は、国内市場での成功により大いに発展してきているわけです。
現時点では、急速な産業発展により労働者の所得水準が向上し、それが市場規模の拡大につながって国内企業の発展を導いていくという好循環が中国経済を覆っています。短期的には北京オリンピック後の需要減をどう乗り越えていくのかがその課題とされていますが、中長期的には、既述のように一定の所得水準の向上によって国内市場において価格ではなく品質等に消費者の目が向くようになったとき、それにどれだけの中国企業がついていけるかどうかが最大の課題であるのではないか、webmasterが本書から得た最大の印象は、そのようなものになるのです。
補論:中国企業の低生産コストについての私論
そもそもの議論の発端であった中国企業の生産コストの謎は、以上のように「垂直分裂」を他の分野の分業と枠組みとしては同じものであると理解すれば、「垂直分裂」がもたらしたものということにはなりません(本書においても、定量的に「垂直分裂」が劇的なコスト削減をもたらした、との論証はなされていません)。手がかりらしきものを本書に探せば、たとえば自動車産業について、小メーカーの半数以上は本当は赤字なのに、地方政府からのサポートや銀行からの借金に頼って無理に生産を続けている状態だと見られる
(p198)といったものはありますが、それで多くが説明できるというものでもないでしょう。
webmasterが本書を読み可能性に思い至ったのは、激烈な価格競争がもたらした適者生存こそが、低コストの源泉ではないか、というものです。たとえば本書のp7にはテレビブランドのシェア変遷が掲載されていますが、その入れ替わりの激しさは目覚しいものがあります。また、本書で紹介されるほとんどの産業において、かつては全国で何百というメイカーが乱立し、それが数十、産業によっては数社にまで淘汰されていっています。
有名な詐欺のテクニックとして、次のようなものがあります。
- 毎週株価の上下を予言する手紙が届き、10週間にわたり、株価の上下を当て続けた。
- 10週後、この株価予測の方法を教えて欲しければ金を払えという要求がきた。
- 金を払ってもなしのつぶて、株価予測もこなくなった。
からくりは簡単で、最初に1024通の手紙を株価の上下512通ずつ送り、結果的に予想を当てた512通につき256通ずつ上下の予測を送り、以後繰り返せば1通は10週間当て続けたということになります。中国企業においても、これと同様のことが生じているのではないでしょうか。
つまり、何らかの秘訣があってコストが下がっているのではなく、激しい価格競争の中で、結果として何とかコストを下げ続けることができた企業だけが生き残り、そうした企業を「中国企業」として観察しているということではないかとwebmasterは思うのです。日本(や他の先進国)の企業では、ある企業はそうした戦略で生き残り、他の企業はブランドをうまく構築して高付加価値で生き残り、と生き残る途が数多いため、平均値を見れば、コストは引き下げられる限界よりも相当程度高くなるでしょう。
しかし、中国企業はコストを下げるしか生き残る途はありません(上海等においては高付加価値路線も可能ですが、そこは外資に押さえられてしまっています)。そのようなフィルタを通したものの平均値は、引下げの限界値に限りなく近くなるでしょう。「コスト引下げに特化するというバイアスのかかった集団を観察しているのだから、そうしたバイアスを持たない他の集団に比べてコストの低さが際立つのは当たり前」‐これこそが中国企業の生産コストの謎に対する答えではないか、そのように本書を読んでwebmasterは思ったのでした。
#誰か実証してください(笑)。
